マレーシアにおける非公開会社のコーポレートガバナンス

執筆:弁護士 吉岡 拓磨、マレーシア法弁護士 (Not admitted in Japan) Saiful Aziz国際チーム



はじめに

マレーシアで会社を設立し、事業を軌道に乗せた後、多くの経営者が直面するのが「ガバナンスの整備」という課題です。「設立時に株式構成や意思決定ルールをきちんと決めておかなかった」「投資家や共同創業者との間でトラブルが生じた」こうした事態は、設立初期のガバナンス設計の不備から生じることが少なくありません。

非公開会社の経営は、日常業務や収益をあげることに留まるものではありません。コーポレートガバナンスは、成長・資金調達・買収・株主の出口戦略・事業承継計画といった局面において不可欠なものとなります。

非公開会社は一般に、上場企業よりも柔軟性に会社を経営することが可能です。上場企業はマレーシア証券委員会が発行する「マレーシア・コーポレートガバナンス規範」(以下「MCCG」といいます。)の遵守が義務付けられていますが、非公開会社については、2016年会社法(以下「会社法」といいます。)が最低限のガバナンス枠組みと遵守要件を定めています。


主要なガバナンスリスク:オーナー経営の場合

多くの非公開会社はオーナー経営であり、取締役と主要な株主が同一人物であるケースが少なくありません。これ自体は違法ではないものの、適切なガバナンス体制を構築していなかったことによりリスクが顕在化することがあります。

実際に問題となるケースとして、例えば「オーナー兼取締役が会社と自身に有利な取引を承認し、少数株主から訴訟を提起された」「取締役会決議を経ずに重要な資産処分が行われ、後のデューデリジェンスで問題が発覚した」といった事例が挙げられます。

こうしたリスクを未然に防ぐには、会社法が定める取締役の義務を正確に理解することはもちろん、定款による会社内部のルール整備、実質的支配者の適切な管理、日常的なコンプライアンス対応を含む、包括的なガバナンス設計が求められます。以下では、その具体的な内容を順に解説します。


取締役の義務

マレーシアでは、会社取締役による権限濫用を防止するため、会社法が取締役に一定の要件と義務を課しています。

  • 正当な目的のために、誠実かつ会社の最善の利益のために行動しなければなりません(会社法第213条第1項)
  • 合理的な注意・技能・勤勉性をもって職務を遂行する義務を負います(会社法第213条第2項)
  • 会社法第214条第1項は「経営判断原則」を定めています。これは日本と同様、重大な個人的利益を有することなく、十分な情報に基づき、かつ当該決定が会社の最善の利益に合致するとの合理的な過程のもとで下された経営判断を下した取締役を、一般に保護するものです。
  • 取締役は職務・権限を部下に委任することができますが、その場合も部下の行為について引き続き責任と説明義務を負います(会社法第216条第1項及び第2項)
  • ノミニー取締役もまた、自身を選任した株主ではなく会社に対して義務を負います(会社法第217条第1項)
  • 取締役および役員は、個人的利益のために会社財産・情報・地位・ビジネス機会を不正に利用することを禁じられています(会社法第218条)
  • 会社との契約または締結予定の契約について、直接・間接の利益を有する取締役は、取締役会に開示しなければなりません(会社法第221条)。なお、非公開会社の取締役は、当該契約に利益を有する場合であっても、当該契約に関する議決に参加することが認められています(会社法第221条第1項及び第2項)
  • 会社は、取締役またはその関係者への貸付、および取締役またはその関係者が借り入れたローンへの担保提供・保証を禁止されています(会社法第224条)
  • 会社財産の取得または処分、および株主・取締役・株主と関係のある者・取締役と関係のある者との間の一定金額以上の関連当事者取引については、株主の承認が必要です(会社法第223条及び第226条)


定款

定款は、会社経営に対する適切な抑制・均衡を確保するための、最も有用なガバナンス文書です。複数の関係者(株主、家族関係者、新規投資家等)、または事業承継上の問題が存在する場面では、特にその重要性が増します。

会社法のもとでは、非公開会社が定款を作成することは必須ではありません。しかし、株主の特別決議を経ることで任意に作成することができます。定款が作成された場合、その内容は会社・取締役・株主の全員を拘束します。

実際に定款に記載すべき事項の一例は以下のとおりです。

  • 重要事項(Matters Reserved):株主の承認を要する重要事項の指定
  • 株式譲渡制限
  • 新株発行に関する先買権(既存株主が新株を優先的に引き受ける権利)
  • 取締役の選任・解任
  • 取締役会・株主総会における定足数および議決要件
  • デッドロック:株主間で意見が対立し意思決定が膠着した際の解決手続き
  • 利益相反への保護措置(特に取締役が会社の特定事項・契約に個人的利益を有する場合)
  • 株主の情報開示請求権
  • 配当方針
  • タグアロング:少数株主が多数株主の株式売却に際して同条件での売却に参加できる権利
  • ドラッグアロング:多数株主が少数株主に対して同条件での売却への参加を求める権利
  • 出口戦略:株主が保有株式を換価するための手続き(買取請求・IPO条項等)

特に投資家や共同創業者が存在する会社では、これらの事項を定款または株主間契約に明記しておくことが、将来の紛争予防において極めて重要です。ただし、会社法は、マレーシアにおける会社の関係者に対して最低限の保護を提供するものであり、定款の各規定は会社法に規定される内容を下回ってはならないことに留意が必要です。


実質的支配者

今日のコーポレートガバナンスでは、登記簿上に記録された株主・取締役の把握だけでは不十分です。会社を最終的に所有または支配する自然人、すなわち「実質的支配者」(Beneficial Owner、以下「BO」といいます。)の特定も義務付けられています。会社法は、マレーシア会社委員会(以下「SSM」といいます。)への開示を義務付けるBO制度を設けています。

「実質的支配者」とは、会社を最終的に所有または支配する自然人であり、直接・間接を問わず実効支配を行使する者も含まれます。会社はBO名簿を作成・保管し、変更があればSSMに届け出なければなりません。BOとなる個人自身にも、会社への通知・変更の更新義務があります。

SSMが2024年4月1日付(2025年1月10日改訂)で発行したガイドラインによれば、以下の者が会社法上の「実質的支配者」に該当します。

  • 会社の株式の20%以上を直接または間接に保有する者
  • 会社の議決権付き株式の20%以上を直接または間接に保有する者
  • 会社、取締役、または経営陣に対する最終的な実効支配(公式・非公式を問わない)を行使する権利を有する者

BO登録を怠った場合、SSMによるペナルティが課される可能性があります。資金調達・M&A・事業承継といった重要局面では、BOに関する記録の正確性がデューデリジェンスで精査されることも多く、日頃からの適切な管理が不可欠です。


継続的コンプライアンス ― 年次報告、財務諸表、監査

ガバナンスは特別な局面だけで求められるものではありません。日常的なコンプライアンスの積み重ねもガバナンスの重要な柱です。

非公開会社は、設立日から30日以内に、毎暦年の年次申告書を登記官に届け出なければなりません。また、財務諸表および報告書を株主に回覧した後、30日以内に登記官へ提出する義務があります。さらに、非公開会社は、事業年度終了後6ヶ月以内に財務諸表および報告書を株主に回覧することが義務付けられています。

監査については、会社法上の原則として、すべての非公開会社は各事業年度に監査人を選任しなければなりません。ただし、SSMはその定める基準を満たす一定の非公開会社について、監査の免除を認める場合があります。

年次申告・財務諸表提出・監査のいずれも、期限を忘れてしまいがちな事項です。特に日本から遠隔で現地法人を管理している場合、現地の専門家との連携体制を整備しておくことが、コンプライアンス上のリスク管理として有効です。


財務上の問題

1.財務支援(Financial Assistance)

    会社は原則として、自己株式または親会社株式の取得を目的とした取引(融資・保証・担保提供)を、直接・間接を問わず実行することを禁じられています。

    この規制は、エグジット・グループ内支援・株式取得資金調達のための保証・担保設定といった場面で問題となりがちです。該当する取引を検討する際は、事前に専門家の法的助言を得ることを強く推奨します。

    2.配当

    配当は、財務上の支払能力を有する会社のみが行うことができ、分配可能な利益の範囲内に限られます。配当を実施する前に、取締役は配当を正式に承認し、配当後12ヶ月以内に期限の到来する債務を弁済できる状態にあることを確認しなければなりません。

    会社法に違反した配当が実施された場合、会社は株主から超過分を回収できるほか、違法な配当を承認した取締役にも責任が生じる可能性があります。


    業種別コンプライアンスの適用

    会社法はガバナンスの基本的な出発点ですが、非公開会社のガバナンスはそれで終わりではありません。事業内容に応じて、業界ライセンス等の要件が、企業運営とリスク管理の観点から同等以上に重要となる場合があります。

    例えば、建設業の非公開会社はマレーシア建設産業開発局(CIDB)のライセンス要件・ガイドラインに、医療・製薬業の非公開会社はマレーシア保健省および国家医薬品規制庁(NPRA)等の関係当局のライセンス要件・ガイドラインにそれぞれ従う必要があります。

    規制業種においては、会社関係の申告、営業ライセンス、内部コンプライアンス責任を一体的に管理することで、コーポレートガバナンスが最も有効に機能します。定期的に見直されるシンプルなコンプライアンスマップの作成が、見落とし防止に大きく役立ちます。


    非公開会社に推奨されるガバナンス措置

    MCCGは主として上場企業を対象としていますが、その原則の多くは、特に取締役会の監督、情報開示規律、健全なガバナンス文化の醸成といった観点から、非公開会社のベストプラクティスにも有効に応用できます。実務上、以下のガバナンス措置を講じることを推奨します。

    • 定款の採択・更新:ガバナンス上の規制を明確に定めた定款の採択または更新を検討すること
    • 株主間合意の明確化:投資家や家族関係者が存在する場合には、先買権・タグアロング権・ドラッグアロング権・出口メカニズムなどの合意事項を定款や契約書に組み込み、明確化・一貫して適用すること
    • 意思決定の文書化:取締役会決議、書面による社員決議(該当する場合)、議事録、主要契約の承認書類などによる記録を適切に保持すること。権限・承認・根拠の明確な記録は、紛争・資金調達・M&Aの場面で不可欠です
    • 行動規範(Code of Conduct)の整備:利益相反・贈答品・機密情報の取扱い・関連当事者取引を明確に定めたコード・オブ・コンダクトのもとで取締役が職務を遂行できる体制を整えること
    • 法定記録の維持:株主名簿・最新のBO情報等の法定記録を日頃から適切に維持・更新すること
    • 署名・承認マトリックスの導入:組織全体で一貫して遵守される明確な署名・承認権限基準を設けることで、文書の作成・執行が法定要件に合致したものとなります


    まとめ

    マレーシアへの進出を検討する会社にとって、設立後のガバナンス設計が長期的な事業運営の安定性を左右します。会社法が定める最低限のルールを把握した上で、自社の株主構成・事業内容・成長フェーズに応じた定款・株主間契約・内部規程を整備することが、将来の紛争予防と健全な会社経営の基盤となります。「後からやり直す」ことは、コストの面でも時間の面でも大きな負担を伴います。設立初期から信頼できる専門家と連携し、適切なガバナンス設計を行うべきでしょう。

    顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

    ※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

    GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)