日本の判決に基づくマレーシアでの執行

執筆:弁護士 吉岡 拓磨、マレーシア法弁護士 (Not admitted in Japan) Saiful Aziz国際チーム



はじめに

日本で裁判を起こし、勝訴判決を得たとしても、相手の資産がマレーシアにある場合、その判決をマレーシアでそのまま執行することはできません。

「日本で勝ったのに、またゼロから裁判をしなければならないのか?」という疑問はよく聞かれます。答えはノーです。正しい手続きを踏めば、日本の判決に基づきマレーシアで執行することができます。ただし、自動的に執行されるわけではなく、マレーシアでの法的手続きが別途必要になります。

本稿では、その方法と注意点をわかりやすく解説します。


なぜ日本の判決をマレーシアで執行できないのか

マレーシアでは、1958年外国判決相互執行法(”REJA”)が「簡略化された登録」制度を定めています。この制度は、マレーシアと相互執行国との間では、それぞれの裁判所による判決を執行できることを担保するものです。この制度が使えるのは、シンガポール、香港、英国などの特定の「相互執行国」に限定されています。残念ながら、日本はこのリストに含まれていませんので、日本の判決に基づき、マレーシアで執行することはできません。


では、どうすればマレーシアで執行できるのか

マレーシアの裁判所は、コモン・ローに基づき、「日本の確定判決は、被告が支払うべき法的な債務をすでに生み出している」と解釈します。つまり、「日本の裁判所が〇〇円を支払えと命じた」という事実そのものが、マレーシアにおいても支払義務の根拠になるという考え方です。この解釈が認められれば、その債務をマレーシア国内で執行することができます。また、日本の判決が確定していることが証明された場合、基本的には被告側が「支払わなくていい理由」を自ら立証しなければならない立場になります。

この方法によれば、日本の判決を根拠にマレーシアで新たな訴訟を提起し、「日本の裁判所がすでにこう判断した」という事実を主な証拠として活用することができます。重要なのは、「日本での裁判をもう一度やり直す」わけではないという点です。日本の判断を前提として手続きが進むため、主張や証拠を一から出し直す必要はありません。

なお、理論上は「日本の判決を使わずに、マレーシアでゼロから新たな訴訟を起こす」という選択肢もあります。ただし、この方法は日本での確定判断を無視してすべての審理をやり直すことになるため、時間・費用・労力の負担が大幅に増えます。したがって、実務上、この方法が選ばれることはほとんどありません。


要件

このコモン・ローに基づく執行を求めるための要件は、明文化されているわけではありませんが、一定の要件があります。

  • 終局的かつ確定的な判決:外国判決は、当事者間の本案について終局的かつ確定的であることが必要です。一時的な命令や仮処分ではないことが必要です。

  • 確定した金額の判決:外国判決は、算定可能な金銭の支払いを命じるものでなければなりません。また、税金、罰金、または制裁金に関するものであってはならず、一般に差止命令や特定履行などの金銭以外の救済を含むものであってはなりません。

  • 権限を有する裁判所管轄:外国裁判所は、被告がその管轄区域内に存在していた場合、裁判所の権限に服した場合、または契約によりその裁判地を合意していた場合など、マレーシアの国際私法上認められる管轄権を行使したものでなければなりません。

  • 抗弁の不存在:コモン・ローに基づく執行が、基本的な法的保護と矛盾するものであってはなりません。詐欺、信義則違反、マレーシアの公序良俗との抵触など、有効な抗弁が成立する場合、裁判所は判決による執行を否定することがあります。


手続

上記の要件を満たすと判断された場合、原告はマレーシア高等裁判所における正式な執行手続きを進めることができます。以下は、典型的な手続きステップの概要です。

1.第1段階:令状及び請求陳述書の申請

    まず、マレーシア高等裁判所に訴状を提出します。ここで請求する内容は「日本の判決によって発生した支払債務の履行」です。つまり、日本での裁判の中身を一から争うのではなく、「日本の判決が確定しているのだから支払うべきだ」という点だけを主張します。通常の訴訟とは異なり、この訴訟は当事者間の元の紛争を再審理することを目的としません。

    2.第2段階:管轄外への訴訟書類の送達

    被告が日本に居住または所在している場合、原告は裁判規則のOrder11に従い、管轄区域外への送達について、マレーシアの裁判所から「許可」を取得しなければなりません。許可の申請においては、請求がOrder11に定める管轄要件に該当すること、およびマレーシアが訴訟の適切な裁判地であることを示す必要があります。

    許可が認められた後、司法文書は適用される国際手続きに従って送達されなければなりません。日本への書類送達はUnit Sijil Amalan Guaman(USAG)という行政窓口を通じて行われます。翻訳の準備・送達手続き・日本側での処理まで含めると、全体で数か月〜1年かかることを念頭に置く必要があります。

    3.第3段階:略式判決の申請

    被告に対する送達が完了した後、原告は通常、裁判規則のOrder14に基づく略式判決の申請により、正式な裁判を回避しようとします。このような申請において、原告は、権限ある日本の裁判所がすでに本案について判断を下しているため、被告には「争うべき問題」も有効な抗弁も存在しないと主張します。

    裁判所が日本の判決を有効と認めれば、マレーシアの判決として同等の法的効力を持つ命令が発せられます。これにより、通常のマレーシア国内の強制執行手続き(資産の差押えなど)を進めることができます。


    円滑な執行を妨げる障害

    1.国外送達

      マレーシアにおける日本の判決の執行において最も大きな障害の一つは、被告への訴訟書類の送達です。多くの場合、被告が日本在住者または日本で設立された法人であることが多いです。そのため、マレーシアで手続きが開始されると、原告は日本に所在する被告に対して、送達をしなければなりません。

      マレーシアはハーグ送達条約の締約国ではないため、裁判規則に従って、海外送達を実施しなければなりません。この段階での重要な実務上の問題は、裁判文書の日本語翻訳です。日本当局は一般的に、送達手続きを進める前に、関連する訴訟書類の完全かつ正確な日本語翻訳を要求します。法律文書の技術的な性質を考慮すると、これらの翻訳の作成と確認には相当な時間がかかる可能性があります。

      実務上、マレーシアから関係する日本当局への書類の送達だけでも、約1〜2か月かかる場合があります。送達された書類が日本に届くと、日本の外務省(MOFA)がこれを受領し、日本の手続に従って日本の裁判所に送達されます。送達が進む前に、当局は通常、日本語翻訳の適切さを含む手続き要件への適合性を確認するために書類を審査します。実務上、この行政処理と確認の段階では、裁判所が送達を開始するまでに数か月かかる場合があります。したがって、翻訳要件と行政処理の双方から、全体的な送達プロセスは、送達証明がマレーシアの裁判所に返送されるまでに数か月〜1年を要する可能性があります。

      2.異議の申立て

      送達が成功した後も、被告が異議を申し立てた場合、略式判決が認められず、正式な裁判に移行する可能性があります。マレーシア法の下では、被告が外国判決の承認または執行に対する有効な抗弁を示すことができれば、略式判決の言渡しを回避することができます。異議申立の事由としては、例えば、外国裁判所が被告に対する管轄権を有していなかった場合、外国裁判所での手続が違法であった場合などです。


      実務上の考慮すべき事項

      1.執行前の資産調査

        マレーシアでの手続を開始する前に、被告の資産を調査する必要があります。債権回収に影響を与える可能性のある担保権、抵当権、または競合する請求の有無を確認すべきです。この調査により、執行措置が実効性を持つことが確保され、債務者の支払不能によって執行不可能な判決のためにリソースを費やさずに済みます。

        2.時効期間

        1953年時効法に定める時効期間を厳格に遵守しなければなりません。外国判決に基づく訴訟は、一般的に日本の判決日から6年以内に提起しなければなりません。この期間内にマレーシアでの訴訟を提起しなければ、元の日本での訴訟結果にかかわらず、請求が時効消滅する可能性が高くなります。

        3.通貨と判決後の利息

        外国判決の金額は通常、マレーシアの裁判所が判決を下す時点の適用為替レートでマレーシア・リンギット(MYR)に換算されます。判決後の利息についても認められることがあり、通常は年5%の利率ですが、正確な利率は1956年民事法に基づく裁判所の裁量に委ねられています。

        4.訴訟費用と費用担保

        原告は、訴訟費用、翻訳費用、および裁判所申請費用を要することを見込んでおく必要があり、特に複雑または長期化する手続きでは金額が高額に達する可能性があります。また、原告がマレーシアに拠点を持たない外国法人である場合、マレーシアの裁判所が「費用担保(Security for Costs)」の提供を原告に求める場合もあります。


        まとめ

        日本の判決がマレーシアで執行できないからといって、諦める必要はありません。正しい手順を踏めば、マレーシアの裁判所は日本の確定判決を尊重した上で執行を認めてくれる可能性があります。ただし、送達に時間がかかること・相手の資産状況の事前確認が重要なこと・費用負担が生じることは、あらかじめ理解しておく必要があります。早めに専門家に相談し、実行可能な回収戦略を立てることをお勧めします。

        顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

        ※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

        GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)