【弁護士解説】「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」が専属マネジメント契約に与える影響

執筆:弁護士 田中 伸二 メタバース / エンターテインメントチーム





1.はじめに

令和7年9月30日、公正取引委員会と内閣官房の連名で、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下「本指針」といいます。)( https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/sep/250930_geinoushishin.html )が公表されました。

これまで、芸能業界の専属マネジメント契約は、業界特有の「慣習」や「暗黙のルール」に委ねられる部分が多く、契約内容が不明確であったり、退所や移籍を巡るトラブルが頻発したりしていました。

本記事では、この新たな本指針の概要と、芸能事務所が採るべき対応、そして今後の専属マネジメント契約に与える影響について、弁護士の視点から分かりやすく解説します。



2.本指針が公表された背景について

本指針が公表された背景には、コンテンツ産業における「個人の力」の台頭があります。

本指針の冒頭にも、「コンテンツの競争力の源泉は、クリエイター個人に移りつつある」(本指針1頁)と明記されています。

YouTubeやSNSなどのプラットフォームが普及したことで、芸能事務所の強力なプロモーションがなくても、個人でファンを獲得し、収益を上げることができるようになりました。

一方で、日本のエンターテインメント業界は、長らく「日本型プロダクションシステム」によって支えられてきました。これは、芸能事務所が初期投資(レッスン費や生活費)のリスクを背負って新人を育成し、売れた後にその投資を回収するというビジネスモデルです。このシステム自体は、日本の高品質なコンテンツを生み出すために機能してきました。

しかし、このシステムを維持するための「長期間の専属拘束」や「退所後の活動制限」といった慣習が、現代において、実演家の自由な活動を阻害し、不当な不利益を与えているケースが散見されるようになりました。フリーランス法の施行など、多様な働き方を保護する法整備が進む中で、芸能分野においても、公正な競争環境を整え、実演家に適切に収益を還元するエコシステムを構築する必要性が高まってきたため、本指針が公表されたといえます。



3.本指針が専属マネジメント契約に与える影響

本指針は、芸能事務所と実演家(タレント等)との間の取引関係において、独占禁止法やフリーランス新法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)、取適法等の観点から「問題となり得る行動」と「採るべき行動」を明確に示しています。

特に、多くの実演家が締結している「専属マネジメント契約」の実務に直結する内容が多く含まれています。ここでは、芸能事務所が採るべき対応として、マネジメント契約に与える影響が大きい5つのポイントに絞って解説します。

ポイント1:契約期間等の条項における対応事項

専属マネジメント契約において、最も重要な要素の一つが「契約期間」です。

長すぎる契約期間は実演家の移籍や独立の自由を不当に奪う可能性があるため、本指針では厳格なルールが示されました。

① 契約期間の設定と協議

 本指針では、以下のように定められています。

「専属義務を定める契約期間は、契約締結の段階(又は更新の段階)において、実演家の要望も踏まえつつ双方合意の上定めることとし、実演家が芸能事務所提示の期間より短い契約期間を求める場合には、芸能事務所が育成等のための投資費用(以下「育成等費用」という。)を合理的な範囲で回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間について、実演家に十分説明し、協議すること」(本指針6-7頁)

つまり、芸能事務所は「慣習だから一律3年」といった一方的な押し付けではなく、なぜその期間が必要なのか(レッスン費やプロモーション費などの投資回収計画)を実演家に説明し、納得を得る必要があります。

② 期間延長請求権の制限

芸能事務所側の判断のみで契約を更新できる「期間延長請求権」についても指摘がなされています。

 「期間延長請求権(芸能事務所からの請求により契約を更新できる権利)を契約上規定する場合には、育成等費用を合理的な範囲で回収し、かつ、合理的な範囲で収益の確保の必要性があると認められる場合において、1回に限る等合理的な範囲で行使できるものとし」なければならないとされています(本指針9頁)。

移籍のけん制や引き抜き防止だけを目的とした期間延長は、優越的地位の濫用となるおそれがあります。


ポイント2:競合避止義務等の条項における対応事項

退所後「半年間は芸能活動をしてはいけない」「他の事務所に所属してはいけない」といった、いわゆる「競業避止義務」やフリー期間の強制についても、明確な見解が示されました。

本指針は、「原則として、契約上、競業避止義務等を規定しないこと(既存の契約で定められている場合は競業避止義務等を定める条項を削除すること)」と明記しています(本指針11頁)。

一般的な企業間で競業避止義務が認められるのは「営業秘密の保護」が目的の場合ですが、実演家が事務所の運営上の重大な秘密を知る立場にあることは稀です。

そのため、退所後の活動制限は独占禁止法違反となる可能性が高く、専属マネジメント契約書にこの条項がある場合は、速やかに見直し・削除を検討する必要があります。


ポイント3:移籍・独立に係る妨害行為

実演家が事務所を退所し、移籍・独立しようとする際の妨害行為や、過度な金銭的要求も厳しく制限されます。

① 移籍金(金銭的給付)の要求

退所時に違約金や移籍金を要求すること自体は直ちに違法ではありませんが、その金額は「合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲での収益を確保するため、必要かつ相当と認められる範囲に限るものとすること」とされています(本指針13頁)。

法外な移籍金で退所を断念させる行為は独占禁止法違反になる可能性があります。

また、一括での支払いが実演家の負担になる場合は、退所後の収益から一定割合を支払う「サンセット条項」を検討することなども推奨されています。

② 移籍先や取引先への圧力・妨害

移籍した実演家に対し、テレビ局等の取引先に圧力をかける行為は典型的な「取引妨害」です。

本指針では、「移籍・独立した実演家について、例えば、放送事業者等に対して円満退所でなかったことやトラブルがあったことを伝えて、起用しないことを放送事業者等に忖度させたり、トラブルの可能性があると思わせたりすることにより、起用を見送らせるというようなことにならないよう言動に留意すること」とされています(本指針16頁)。

直接「使うな」と言わなくても、実演家に関するネガティブな情報を流して現場に「忖度」させるような言動も許容されないと考えられています。


ポイント4:実演家の権利に対する行為

YouTuberやVTuber、インフルエンサーにとって特に重要なのが、成果物の権利や「芸名」「アバター」の取り扱いです。

① 芸名・グループ名の使用制限

「合理的な理由が無い限り芸名等の使用の制限を行わず、制限する場合においてもその制限の方法は合理的な範囲の使用料の支払等の代替的な手段も含めて合理的なものとし」(本指針21頁)とされています。

実演家が事務所に入る前から使っていた芸名や、VTuberとしてのキャラクター(ガワ)の権利を、特段の投資もしていないのに事務所が退所後に取り上げる行為は、優越的地位の濫用に該当する可能性があります。

② 過去のコンテンツ等の利用許諾

退所後に、実演家が所属時代に出演した映像やコンテンツを使いたいと申し出た場合、「放送事業者等の取引先等から利用の申出があった場合には、各種権利等の利用を許諾しないことに合理的な理由がなければ、各種権利等の利用を許諾すること」とされました(本指針19頁)。

嫌がらせ目的で許諾を拒否することは許容されません。


ポイント5:実演家の待遇に関する行為

報酬の計算方法や、業務の強制についても、適正化が求められています。

① 報酬決定と明細の透明化

いわゆる「どんぶり勘定」はもはや通用しません。

本指針では、「契約締結時、契約更新時、又は相当期間ごとに、実演家と十分な協議を行った上で、報酬(二次使用料、SNSやファンクラブ運営、グッズ販売による収益等の配分を含む。)の額・歩合の率、実演家が負担することとなる経費(報酬から控除する経費)等の条件について、できる限り契約上明記すること」を求めています(本指針22頁)。

また、報酬の支払い時には、「①実演家の業務ごと(芸能事務所と取引先との契約ごと)の契約金額の総額、②①のうち芸能事務所及び実演家それぞれへの分配額又は比率、③②の実演家への報酬額から差し引く費用等がある場合は、その項目及び金額」を明示した明細を発行する必要があるとされています(本指針29頁)。

② 業務の強制の禁止

本指針では、「実演家が希望しない可能性がある内容の業務の依頼を取引先から受け、実演家の将来を見据えた育成やプロモーションなどの観点からその業務を引き受けようとする場合には、その必要性などを実演家に十分に説明し、実演家と協議した上で、実演家本人が納得した場合に限り引き受けること」とされています(本指針24頁)。

特定の仕事を受けないと干す、といった報復行為は厳禁です。



4.まとめ

これまでの「業界の慣習」に頼った曖昧な契約や、事務所側に一方的に有利な条項(退所後の活動制限など)は、独占禁止法等の法令違反となるリスクが極めて高くなりました。今後は、実演家と「十分な協議」を行った上で、契約期間、報酬の計算方法、権利の帰属などを書面(電子契約含む。)で明確に定めることが必須となります。

専属マネジメント契約は、事務所を守るためのものではなく、「実演家とのフェアな協働関係を証明するためのツール」へと役割が変化したと言えます。

以上のとおり、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する本指針」は、エンターテインメント業界がより健全に、そして持続的に発展していくための重要な道標といえます。

しかし、長年の慣習を自社の力だけで変革し、契約書を法的に問題のない形にアップデートすることは、専門的な知識を要します。

「うちの契約書はこのままで大丈夫だろうか」、「タレントから契約内容の見直しを求められたがどう対応すべきか」と不安に思われる芸能事務所の運営会社の経営者の方や法務担当者の方も多いのではないでしょうか。

また、実演家の皆様も、ご自身の契約が適正なものか、不当な制限を受けていないか、一人で悩みを抱え込む必要はありません。

「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する本指針」に関する対応や、専属マネジメント契約の見直し、トラブルに関するご相談は、GVA法律事務所へご相談ください。

弊所では、エンターテインメント法務に精通した弁護士が、最新の法令や本指針に基づき、あなたの事務所や活動を強力にサポートいたします。

初回相談は(30分)無料です。まずはお気軽にお問い合わせください



監修
弁護士 箕輪 洵
(スタートアップ企業を中心に、上場企業から中小企業まで企業法務を幅広く対応。知的財産法を得意とし、特にメタバース法務、エンターテインメント法務に注力。)

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