【弁護士解説】連載:労働基準法概説(3)‐労働時間に関する規制‐

執筆:弁護士 髙林 寧人 フィンテックチーム

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 労働基準法(以下「労基法」といいます。)上の「労働者」とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労基法第9条)であり、つまりは、労働者は、使用者に労働時間を提供して、その対価として賃金を得ている訳です。

 使用者と労働者が同意していれば使用者は労働者を上限なく働かせることができるのかといえば、そうではありません。

 近年、長時間労働が原因で労働者が過労死するなどの社会問題が起こっており、使用者において、労働時間に関する規制についての理解を深めておくことはますます重要になっています。

 本記事では、労働時間に関する規制の基礎知識について、弁護士が分かり易く概説します。

1. 労働時間とは

 そもそも、労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」(最判平12.3.9三菱重工長崎造船所事件)です。

 すなわち、労働時間該当性は、就業規則や雇用契約書における記載のいかんにかかわらず、労働者が使用者の指揮命令下におかれていたか否かの観点から実態的に判断されます。

 より具体的には、強制性の程度、業務との関連性の程度、時間的・場所的拘束性の有無などの要素を総合的に考慮して、個別具体的に判断されます。

 したがって、使用者の指揮命令下におかれていたのであれば、業務に付随する準備や片付けなどの時間、実際に作業していない待機時間や仮眠時間といった手待ち時間も、労働時間となります。

 また、使用者が労働者に対して具体的に指示した業務量が正規の勤務時間内ではなされ得ないような場合には、正規の勤務時間外であっても、それは使用者による黙示の指示があったものとして、労働時間となり得ます。

 使用者においては、まずもって、何が労働時間となり得るのかについて正確に理解しておくことが重要です。

 

2. 法定労働時間(原則)

(1)  法定労働時間とは

 労基法第32条において、使用者は、1日の間に休憩時間を除いて8時間までしか労働させることができず、かつ、1週間で休憩時間を除いて40時間までしか労働させることができないとされています。

 これを「法定労働時間」といいます。

  なお、特例的に、以下のいずれかの業種に該当し、かつ常時使用する労働者(パートタイム労働者・アルバイトなども含む。)が10人未満の事業場(特例措置対象事業場)については、法定労働時間は「1日8時間・週44時間」に延長されています(労基法第40条)。

商業

卸売業、小売業、理美容業、倉庫業、その他の商業

映画・演劇業

映画の映写、演劇、その他の興業の事業(映画製作事業を除く。)

保健衛生業

病院、診療所、社会福祉施設、浴場業、その他の保健衛生業

接客娯楽業

旅館、飲食店、ゴルフ場、公園・遊園地、その他の接客娯楽業

 

 法定労働時間を超える労働のことを(法定労働)時間外労働といいますが、上記のとおり、使用者は労働者に時間外労働をさせることができないのが原則です。

 この原則は、当該労働者の希望や同意があったとしても揺るぎません。

 

(2)  適用除外

 以下については、そもそも法定労働時間の適用対象外とされています(労基法第41条)。

1 農業、水産業などの仕事に就いている者

2 管理監督者
※以下の基準を満たす必要があり、いわゆる「名ばかり管理職」では足りません。
⑴経営者と一体的立場といえる職務内容と責任・権限の付与があること
⑵管理監督者としてふさわしい待遇がなされていること
⑶スタッフ職の場合、経営上の重要事項に関する企画立案などの部門に配属され、ラインの管理監督者と同格に位置づけられ、ふさわしい待遇を受けていること

3 監視又は断続的労働(管轄の労働基準監督署の許可を得た場合に限る。)

4 宿日直勤務(管轄の労働基準監督署の許可を得た場合に限る。)

5 機密の事務を取り扱う者(秘書など経営者と一体をなす者)

 

3. 時間外労働(例外)

 使用者は労働者に時間外労働をさせることができないのが原則ではありますが、例外も設けられています。

 以下、これらについて確認していきます。

 

(1)  災害その他避けることのできない事由によって臨時の必要がある場合

 「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において」(労基法第33条第1項)時間外労働をさせることができます。

 これによる場合、使用者は、原則として事前に管轄の労働基準監督署の許可を受ける必要がありますが、「ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。」(労基法第33条第1項但書)とされています。

 

(2)  労基法第36条第1項に基づく協定(36協定)がある場合

(ア) 36協定とは

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては」(労基法第36条第1項)、時間外労働をさせることができるとされています。

 なお、使用者は、事業場ごとに、36協定を締結しておく必要があります。

 また、36協定の効果は、労基法違反を免れるという限度ですので、実際に使用者が時間外労働を命じるためには、就業規則などにおいて「業務上の都合によりやむを得ない事由のある場合は時間外労働に関する労使協定の範囲内で時間外労働を命じることがある。」などの根拠規定を整備しておくことが必要です。

 

(イ) 36協定の効果

 36協定を締結した場合、使用者は、「月45時間かつ年360時間まで」時間外労働をさせることが可能となります(労基法第36条第3項、第4項)。

原則

月45時間かつ年360時間まで

 しかしながら、実は、36協定において、いわゆる「特別条項」を定めることにより、使用者は、上記の原則的な上限である「月45時間かつ年360時間まで」を超えて時間外労働をさせることが可能となっています(労基法第36条第5項)。

 この特別条項について、従前は、上限規制が無かったため、事実上、使用者は、特別条項を根拠に、時間外労働を上限なく命じることが可能となっており、過労死などが社会問題化しました。

 そこで、2019年4月に働き方改革関連法が施行され、その一環として、特別条項をもってしてもなお超えてはいけない罰則付きの上限規制が設定されました。

 設定された特別条項における上限規制は、以下のとおりです。

 

※1か月

時間外労働+休日出勤

月100時間未満

※2~6か月

時間外労働+休日出勤

月平均で80時間以内

※1年

時間外労働

720時間以内

  ※月45時間超は、年6か月(1か月×6回)までに限られます。

 

 なお、上記の特別条項における上限規制については、一定の事業・業務については適用が5年間猶予されていましたが、猶予期間は、2024年3月をもって満了しました(いわゆる「2024年問題」)。

 猶予期間満了後の取扱いについては、各業種によりますので、本記事では割愛します。

 使用者は、36協定の範囲内であっても労働者に対する安全配慮義務を負うことに変わりはありませんので、時間外労働の時間が長くなるほど過労死などとの関連性が高まっていくことに十分留意しておくべきです。

 

(3)  時間外労働の対価(割増賃金)

 上記のとおり、使用者は、法定の手続きを履践することによって、労働者に時間外労働をさせることが可能ですが、時間外労働分については、労基法にしたがって割増しした賃金を支払わなければなりません(労基法第37条第1項)。

 

 割増率は、以下のとおりです。

月60時間以内の部分

25%以上

月60時間を超える部分

50%以上(中小企業を含む。)

 

4. 時間外労働が制限されるケース(例外の例外)

 36協定の締結などにかかわらず、以下のとおり、時間外労働は制限されます。

18歳未満の者

時間外労働は不可(労基法第60条)

妊娠中、産後1年を経過しない女性が請求した場合

時間外労働は不可(労基法第66条)

法令で定める危険有害業務に従事する者

1日の時間外労働は2時間以内(労基法第36条第6項)。

小学校入学前の子を養育する者又は要介護状態の家族の介護を行う者から、時間外労働を月24時間かつ年150時間を超えないよう請求があり、事業の正常な運営に支障を及ぼさない場合

左記を超える時間外労働は不可(育児介護休業法第17条)。

 

5. 労働時間の管理・保存

(1)  労働時間の管理

 上記のとおり、労働時間に関する規制は様々制定されていますが、使用者がこれらの規制を遵守するためには、使用者において労働者1人1人の労働時間を正確に管理していることが大前提となります。

 

(ア) 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン

 労働時間の管理については、労基法に直接の規定はありませんが、近年、過労死などが社会問題化したことを受けて、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)が策定されるに至り、使用者が講ずべき措置が示されました。

 

 このガイドラインにおいて、原則的な労働時間の管理方法として、以下が示されました。

使用者が自ら現認することにより確認し記録する方法

タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録などの客観的な記録を基礎として確認し適正に記録する方法

 

 自己申告制による労働時間の管理については、タイムカードなどの方法よりも客観性が乏しく、また、使用者が労働者に対して労働時間を過少申告させるおそれもあります。

そのため、自己申告制による労働時間の管理については、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには実態調査を実施して所要の労働時間の補正をすることなど、自己申告の適正さを確保するための所定の措置が講じられていることを条件として、例外的に許容されることとなりました。

 

(イ) 副業・兼業

 労基法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」とされています。

 そのため、使用者は、労働者の副業・兼業先の労働時間も通算して労働時間を管理する必要があります。

 副業・兼業の内容について、事前に労使双方で十分に確認しておくことが重要です。

 

(2)  保存義務

 2020年4月の労基法の改正により、使用者は労働時間の記録を5年間保管すべきこととなりました(労基法第109条)。

 IPO審査の際には、保存された労働時間の記録の正確性について、PC起動データなどの客観的記録から照合されることもありますので、特にスタートアップ企業は、日頃からこの点に留意しておくべきです。

 

 

6. おわりに

 本記事では労働時間に関する規制について概説しました。

 本記事では割愛しましたが、時間外労働規制の例外として、変形労働時間制、フレックスタイム制、事業場外労働、裁量労働制など、発展的な制度も整備されています。

 使用者は、本記事で概説した基礎知識を今一度確認し、自社にとってどのような労働形態を導入・整備していくべきか、個別具体的に検討する必要があります。

執筆者

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