【弁護士解説】連載:労働基準法概説(2)

執筆:弁護士 髙林 寧人 フィンテックチーム

連載:労働基準法概説(1)』はこちらから

 前回の記事では、労働基準法(以下「労基法」といいます。)における総則的な箇所について概説しました。

 本記事以降は、各論的に労基法における主要なルールについて、概説していきます。

 本記事では、まず、使用者に課される労働条件の明示義務について、弁護士が分かりやすく概説します。

1. 労働条件の明示義務

(1)  趣旨

 労基法は、労働契約についての全国一律の最低基準を定めていますので、もし合意した労働条件が労基法の定める基準を下回っている場合には、当該合意の労働条件は無効となります(強行的効力)。

 このような労基法の実効性を確保するためには、労働者において、これから締結する労働契約が労基法の定める基準を満たしているか否かを明確に確認できる必要があります。また、労働基準法違反については罰則がありますので、国家の側からも、明確に確認できる必要があります。

 そこで、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」(労基法第15条第1項)とされています。

 

(2)  違反の効果

 使用者は、労働条件の明示義務に違反した場合、30万円以下の罰金を科せられる可能性があります(労基法第120条第1号)。

 労働者は、「明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。」(労基法第15条第2項)とされており、加えて、「就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。」(労基法第15条第3項)とされています。

 

(3)  明示すべき具体的事項等

 明示すべき労働条件の事項は、以下に大別されます。

絶対的明示事項

必ず明示しなければいけない事項

相対的明示事項

必ず明示しなければいけない訳ではないが使用者がその内容について定めている場合には明示が必要となる事項

 労働条件の明示の方法については、書面交付によるのが原則ですが(労基法施行規則第5条第4項本文)、例外的に、労働者が希望した場合で、プリントアウトなど書面として出力できる態様であれば、ファクシミリやメールの方法(以下「書面等」といいます。)によって明示することも可能です(労基法施行規則第5条第4項但書第1号、第2号)。

 

 対象となる労働者、明示の要否、明示方法などを整理すると、以下の表のとおりとなります。

 なお、以下の表中の網掛け部分は、2024年4月から追加された事項であり、また、パートタイム労働者については、明示すべき労働条件の事項が追加されています(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第6条第1項)。これらについては注意が必要です。

対象労働者

絶対的/相対的

明示事項

明示方法

全労働者

絶対的

労働契約の期間

書面等

期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準
(通算契約期間又は有期労働契約の更新回数に上限がある場合には当該上限を含む。労基法施行規則第5条第1項第1号の2)

就業の場所及び従業すべき業務
(就業場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。労基法施行規則第5条第1項第1号の3)

始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換

賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期

退職(解雇の事由を含む。)

昇給

書面等又は口頭

相対的

退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期

書面等又は口頭

臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額

労働者に負担させるべき食費、作業用品その他

安全及び衛生

職業訓練

災害補償及び業務外の傷病扶助

表彰及び制裁

休職

パートタイム労働者

絶対的

昇給、退職手当、賞与の有無

書面等

相談窓口

 

2. 就業規則による労働条件の明示

(1)  労働契約法第7条

 上述のとおり、使用者は、労働契約を締結するに際し、労働者に対して労働条件を明示しなければならないことになっていますが(労基法第15条第1項)、上記表のとおり、相対的明示事項も含めると、明示すべき事項は多岐に渡ります。

 もちろん、全ての明示すべき事項を逐次労働条件通知書に記載して交付することも可能ではありますが、手続的な負担は生じます。

 

 ここで、労基法とは別の法律になりますが、労働契約法という法律があります。

 労基法は、労働契約についての全国一律の最低基準を定めるものとして1947年に施行されましたが、その後、契約社員、パートタイマー、アルバイトなど、正社員とは異なる就業形態が多様化し、労働契約をめぐる紛争が増加しました。

 これに対し、裁判所は、民法や判例法理を個別具体的に解釈適用することで対処してきましたが、このような個別具体的な対処には限界があったため、労働契約に関する民事的なルールを体系化・明確化して個別労働関係紛争を予防する目的で、2008年に労働契約法が施行されるに至りました。

 この労働契約法第7条においては、「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」と定められています。

 就業規則とは、使用者が労働基準法に基づいて労働者が守るべき労働条件の詳細や職場のルールを定めたものです。

 実務上、明示すべき事項を逐次労働条件通知書に記載しておくことはせず、就業規則の周知をなしたうえで労働条件通知書に「就業規則に準ずる。」などと記載する方法にて、労働条件の明示義務を履践することがよくあります。

 

(2)  就業規則の周知の方法

 就業規則の周知の方法については、「常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない。」とされています(労基法第106条第1項)。

 

(3)  採用内定との関係

 裁判例上、多くのケースでは、労働契約は、採用の内定を出した時点で成立すると評価されます。

 そのため、使用者は、内定者に対しては、採用の内定を出した時点で労働条件を明示すべきであることになります。

 もし交付する労働条件通知書の中に「就業規則に準ずる。」などと記載して労働条件の明示を履践するのであれば、採用の内定を出す時点までに内定者に対して当該事項に対応する就業規則の箇所を周知しておくべきこととなります。

 

3. おわりに

 本記事では、特に労働条件の明示義務について概説しました。

 労働条件の明示は、労基法に定める義務の履践の出発点となるものです。

 使用者は、労働条件の明示義務に違反した場合には、30万円以下の罰金を科せられる可能性がありますが(労基法第120条第1号)、これのみならず、後日に当該労働契約を巡った紛争が生じてしまうリスクが高まります。

 使用者においては、対象となる労働者、明示の要否、明示方法などを個別に確認して、労基法に定められている手続きを確実に履践していくことが重要です。

執筆者

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