【弁護士解説】連載:システム開発紛争の基本問題(11)システム開発において契約書が存在しない場合の問題

執筆:弁護士 森田 芳玄AI・データ(個人情報等)チーム

連載:システム開発紛争の基本問題(8)システム開発契約と下請法について』はこちらから

連載:システム開発紛争の基本問題(9)システム開発における「完成」の意義』はこちらから

載:システム開発紛争の基本問題(10)システム開発契約における契約解除の問題』はこちらから

1.はじめに

 システム開発業務を委託/受託するに際してトラブルに巻き込まれてしまうことは意外にあるものです。そのようなときに後悔しないように、本連載では事前に対処するべき事項や、実際にトラブルになってしまった際の対処法などをできる限りやさしく解説してゆくことを目的としています。

 第11回目は、システム開発において契約書が存在しない場合の問題について検討してみたいと思います。

 

2.契約書を締結することの意義・メリット

 まず、そもそも契約書を締結することの意義について検討してみたいと思います。契約書を締結していなかった場合においてトラブルが発生してしまった際に、どのように解決されるのかといいますと、基本的には法律の条文に従って解決されることになります。たとえば、相手方の行為により損害を被ってしまった場合というのは、通常は債務不履行責任(民法第415条)ないしは不法行為責任(民法第709条)ということで、契約書の締結がなかったとしても法律上、損害賠償を請求することができると規定されています。また、購入した品物が不十分なものであったという場合には、契約不適合責任ということで、目的物の修補や代替物の引渡し等を請求することができます(民法第562条)。

 このようにトラブルが起きてしまった場合において、契約書がなくても、たいていの場合においては法律上の条項に基づき何らかの請求ができることになります(ただし、少数ではあるものの、一部の契約類型については契約の成立のために契約書の締結が要求されている場合もありますので留意が必要です。)。そうなると契約書を締結するメリットがないのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。

 契約書を締結することの意義の1点目は、法律の条項よりも自らに有利な内容に修正できる点にあります。たとえば、損害賠償責任について、支払う上限額を「受け取った報酬金額まで」などとするような修正をすることが考えられますが、このようなことは当事者間の取決めがなければ認められるものではありません。また、裁判管轄については、基本的な原則としては被告となる方の当事者の住所を管轄する裁判所になりますが、これを常に自らの最寄りの裁判所にしておきたいときは、契約書において専属的合意管轄裁判所を定めておく必要があります。これらはもちろん、相手方が承諾しないとそのように修正できない事項ではありますが、交渉次第ではそのように法律の定めよりも自己に有利にすることができる場合があります。

 2点目としては、そもそも法律に規定のない事項について取り決めておく必要がある場合においてその取決めを明確にしておく点にあります。たとえば、「毎月末日で締めて、翌月の5日までに請求書を発行する」などのような請求書発行フローを取り決めたい場合や、「報酬合計額1000万円を100万円ずつ10回の分割払いで支払う」などのような報酬の支払方法など、個々の案件に応じた詳細な取決めについては、当然のことながら法律の条文にはない事項になりますので、契約書において取り決めておく必要があることになります。

 以上のように、法律よりも有利にしたい場合や、あるいは法律に規定のない事項を取り決めて明確しておくことに契約書締結の意義・メリットがあるということになります。

 

3.システム開発契約において契約書を締結していない場合があるのは何故か

 上記のとおり、契約書締結の意義・メリットは疑いのないところであります。しかしながら、システム開発案件においては、一般的に金額が高額になる場合も多く、また売買契約のような一回限りのものではなく、一定期間継続するものであり、契約書締結の必要性が相対的に高いにもかかわらず、契約書を締結されていない事例が散見されます。これはどうしてなのでしょうか。

 まず考えられる理由の一つ目としては、緊急性の高い案件で、契約書の確認が後回しになってしまうことが考えられます。契約書の確認は、専門的知識が必要であることもあり、事業部門とは異なる別部門で確認するとか、あるいは外部の専門家に確認を依頼するということが通常であるかと思われますが、その確認の間、あるいは確認を踏まえた契約条項の調整のやり取りの間にも、開発自体が事実上進んでしまっており、なし崩し的に契約書の締結がないままトラブルに至ってしまうというケースです。

 つぎに理由の二つ目としては、開発の当初の段階では対象となるシステムの全体像が確定しておらず、それゆえ、報酬額や期間なども決められないということで、契約の締結が後回しになってしまうというケースです。システム開発の類型として、事前に仕様を全て決めてしまわずに、開発の工程を進めてゆく中で仕様も随時決めてゆくという手法(いわゆるアジャイル型の開発手法)がとられることも多いと思いますが、そのような場合には、結局のところ費用がどれくらいになるのか、どれくらいの期間を要するのかが事前にはわからず、決められないがゆえに契約の締結自体が後回しになってしまうというパターンです。

 以上のように、システム開発案件は、要求される技術の高度化が日々進み、細心の注意を払って取り決めておくべき事項が増えているにもかかわらず、かえってその性質上、定型的な取決めになじまずに契約書の締結が後回しになってしまいがちである、という特徴があるように思います。

 

4.契約書がない状態でトラブルが生じた場合にどうなるか

 それでは、契約書がない状態でトラブルが生じてしまった場合には、どのように解決されることになるのでしょうか。

 その場合、まずはじめに確認すべきことは、当該トラブルに関して、それに対応する法律の定めがあるか否か、ということになります。たとえば、報酬額の取決めがなかった場合においても、商法第512条において、「商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。」との定めがあり、適切な報酬額がいくらであるのかの主張・立証の問題はあるにせよ、報酬の取決めがないから報酬の請求が一切できない、ということにはなりません。この点については、巷に流布する情報を鵜吞みにせずに専門家の確認が必要になるところかと思います。

 つぎに、契約書に代わり得るものが存在しないか確認することになります。当事者双方により締結されている契約書はもちろん当事者の意思を反映させたものとして、もっとも証拠としての価値があるものになりますが、契約書以外は全く証拠としての価値がないというわけではありません。「○○契約書」というタイトルでなくても、何らかの合意事項が記載されており、双方が署名ないしは記名押印している書面があれば、もちろん両当事者の合意を証する書面ということになります。

また、それがなくても、メール上のやり取りや、コミュニケーションツールでのやり取りでも、場合によっては両当事者間の合意を証する証拠になり得ることがあります。ただし、やはりそれらの場合には契約書に比べますと、担当者レベルでのメールのやり取りでは、本当の会社の意思が反映されたものであるのかについて疑義が生じる場合もありますし、コミュニケーションツールの場合には、記載されたコメントがあとから修正や削除されてしまう場合もあることから、契約書に比べると証拠としての価値がやや劣るということになってしまいますが、証拠としての価値がないというわけでは全くありません。

 したがって、契約書がない場合においても、このような両当事者の合意と認められるようなやり取りがあったか否か遡って確認することが重要です。反対にいえば、そのような労力のかかる作業をしなくても、明らかに証拠として認められる契約書の存在がいかに重要かということになるかと思います。

 

5.契約書が締結されていない場合の事後的な対応方法

 最後に、契約書が締結されていないまま開発が進んでしまった場合の事後的な対応方法について検討したいと思います。

 まず、トラブルになっていない段階でしたら、当然のことながら、契約書の締結を目指すのが最善ということになります。上述したように、「○○契約書」というタイトルである必要はないため、とりあえず最低限の取決めだけを記載した覚書、念書のようなタイトルの簡便なものであったとしても(それがこちらの意図する内容が正しく反映されている限り)、まったく締結されていない状態よりも良いですので、締結できるように交渉するのが望ましいことになります。ただし、簡便な内容の書面の場合、記載されていない事項については法律に従って処理されることになりますので、その法律に従った取扱い部分が自己にとって有利になるのか不利になるのかという検討は本来的には必要であり、その点は専門家に確認するのが望ましいといえます。

 つぎに、すでにトラブルに発展してしまっている場合、友好的な関係性がなくなっていると思いますので、何らかの書面の締結が難しいことがあるかと思います。その場合においては、上述のとおり、書面になっていないメールやコミュニケーションツールでのやり取りの中で、当事者間の合意とみられるような部分を確認しておくことが重要です。そして、事後的に内容の変更・削除をされないように印刷・保管しておくことも必要になります。また、会議などの発言のように何も証拠として残っていない場合には、言った言わないの水掛け論になってしまいますので、議事録に残して共有するということも有用です。

 また、これは必ずしも契約を締結していない場合に限らず、契約を締結している場合においても必要なことではありますが、システム開発の場合、成果物が適切なものであったか否かという点と、支払うべき報酬額が適切であるか否かという点が、多くの場合争点になるものと考えます。したがって、成果物については、委託側も受託側もそれぞれが確実に保存しておくことが重要です。現時点での最終的な成果物(バージョン)だけではなく、ある段階・時点ごとの成果物(バージョン)も保管しておくことが望ましいといえます(ある段階・時点での成果物が適切であったのかということが争点になる場合もあるためです。)。

 また、報酬額の適切性に関しては、受託側では、それぞれの工程や成果物ごとにかかった工数・稼働時間・人員などについてはできる限り記録として正確に残しておくことが重要です。他方で、委託側においては、それらについての報告を逐次求めることが重要になります(とくに準委任契約のように、稼働単位で報酬が発生する場合)。これらの記録は、最終的に報酬額が適切か否かを判断するための根拠として必要になる場合があるためです。

 

6.まとめ

 以上、システム開発において契約書が締結されていない場合を整理しました。システム開発案件はトラブルに発展しやすい要素を含んでいるにもかかわらず、契約が締結されていない場合を多く見掛けます。契約書が締結されていなくても法律によって解決される場合もありますが、自社に有利な解決を実現できるとは限らないため、事前に契約書を締結するのが原則となります。ただ、もし契約を締結していないまま開発が進んでしまったような場合には、上記のような対応方法をとっていただくとともに、契約を締結していてもいなくても、成果物の保存や報酬の根拠となる稼働時間等の記録は確実に残しておくことが重要になります。

▼過去シリーズはこちら

連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)』はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(2) 請負契約と準委任契約の区別の判断基準について(後編)』はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(3) 仕様の重要性について』はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(4) プロジェクトマネジメント義務』はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(5) 準委任契約について』はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(6) 損害賠償請求について』はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(7)段階的契約について』はこちらから

連載:システム開発紛争の基本問題(8)システム開発契約と下請法について』はこちらから

連載:システム開発紛争の基本問題(9)システム開発における「完成」の意義』はこちらから

載:システム開発紛争の基本問題(10)システム開発契約における契約解除の問題』はこちらから

執筆者

顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)