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【弁護士解説】連載:システム開発紛争の基本問題(5) 準委任契約について
2023/5/16
執筆:弁護士 森田 芳玄(AI・データ(個人情報等)チーム)
『連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(2) 請負契約と準委任契約の区別の判断基準について(後編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(3) 仕様の重要性について』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(4) プロジェクトマネジメント義務』はこちらから
システム開発業務を委託/受託するに際してトラブルに巻き込まれてしまうことは意外にあるものです。そのようなときに後悔しないように、本連載では事前に対処するべき事項や、実際にトラブルになってしまった際の対処法などをできる限りやさしく解説してゆくことを目的としています。
第5回目は、お問い合わせを受けることの多い準委任契約について、改めて検討してみたいと思います。
第1回目の記事にも記載しましたが、準委任契約とは、当事者の一方(すなわち委任者側)が事務をすることを相手方(すなわち受任者側)に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずるとされる契約(民法第656条)です。なぜ「準」委任契約なのかといいますと、通常の委任契約というのは、「法律行為」(契約の締結など)を委任する場合に適用されるものだからです。システム開発業務において委託される業務内容は、法律行為ではなく事務処理行為なので、委任契約そのものではなく「準」委任契約ということになります。ただし、準委任契約も委任契約の条項が準用されることとされています(民法第656条。以下で挙げる条文は委任契約の条文ですが、民法第656条により準委任契約にも準用されることになります。)。
準委任契約においては、2020年4月施行の民法改正により、「履行割合型」と「成果完成型」という類型があることが明文化されました。
「履行割合型」の準委任契約とは、これまでも一般的に準委任契約といった場合にイメージされてきた、たとえば月単位で稼働した分だけの報酬が請求できるといった内容の契約類型です。
「成果完成型」の準委任契約とは、一定の成果の引渡しと同時に報酬の請求ができるとする契約類型となります。
両者の相違点は、主に以下の2点になります。
すなわち、上記のとおり、報酬の請求できるタイミングが、「履行割合型」では「委任事務を履行した後」(民法第648条第2項)であるのに対し、「成果完成型」では「成果の引渡しと同時」(民法第648条の2第1項)とされています。
もう一点は、委託者側の責めに帰することができない事由によって仕事が完成しなかった場合の取扱いです。「履行割合型」の場合には、「既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる」(民法第648条第3項)とされているのに対して、「成果完成型」では、既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって委託者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなして、委託者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができるとされています(民法第648条の2第2項・同法第634条)。
他方で、それ以外については、両者の類型に相違はありません。すなわち、受託者の義務として、善管注意義務を負うこと(民法第644条)、行った業務が不十分の場合に債務不履行責任を負うこと、当事者がいつでも解除することができること(民法第651条)などに違いはありません。
上記のような整理をすると、請負契約と成果完成型の準委任契約は何が異なるのかという点が疑問になります。いずれも、仕事の成果物の引渡しと同時に報酬が発生するという点では類似しているといえるからです。
しかしながら、請負契約の場合には、仕事の完成が報酬の発生要件であるのに対して、成果完成型の準委任契約では仕事の「完成」という概念はありません。したがって成果の引渡しを行えば報酬を請求できるということになります。
この点は、請負契約では通常、委託者側において検収という工程があり、引き渡された成果物が委託した内容どおりに制作されているかの確認作業があるのに対して、準委任契約の場合には、一般的にそのような工程が存在しない点に違いが現れるといえます。
また、請負契約の場合には、契約不適合責任(2020年4月施行の民法施行前では「瑕疵担保責任」といわれていたもの。)があるのに対して、準委任契約の場合には、そのような特別の責任規定は設けられておらず、民法に規定されている債務不履行の原則に従うことになります。
そうすると、同じように成果物を納品しなければならないのに、準委任契約の方が受託者に有利に見えますがそうとは言い切れません。準委任契約の場合には、善管注意義務に基づく業務の遂行が要請されます(民法第644条)。したがって、不十分な業務しかしていなかった場合には、善管注意義務違反による責任追及を受けることになります。
以上のように、準委任契約の2つの類型の違いと、請負契約と成果完成型の準委任契約の違いを整理しましたが、それぞれの境界線は微妙であって明確に区別し切れない場合もあります。
紛争になった場合には、一義的には契約書のタイトルや契約書に記載されている条項の内容から、委託者、受託者それぞれの権利義務が判断されることになりますが、この種の類型の契約書では「業務委託契約書」となっていることが多く、契約書のタイトルだけでは明確にはなりません。
また、契約書の内容を見ても、稼働単位で報酬が請求できるとする一見すると履行割合型の準委任契約のような条項がありつつも検収の条項も規定されていたりするなど、契約書の条項だけからは截然と区別できない場合も多々あります。
そのような場合に、どのように当事者の権利義務関係が判断されるのかが問題となりますが、実際の当事者間での業務実態に基づいて判断がされることが多いと思われます。すなわち、契約書の条項と実態に齟齬がある場合には、実態に基づいて当事者間の権利義務が認定されることになります。
したがって、契約書を締結する場合には、実際の委託者・受託者間の実態に合致した内容としておくことが重要であるとともに、もし、契約締結後に齟齬が生じることが判明した場合には、双方の認識に相違がないように実態にあうような合意を覚書などの締結によりあらためて明文化しておくことが望ましいといえます。
そうすると、最終的には実態が重視されて契約の法的性質が判断されるのだとすると、契約書を締結する意味があるのか、という疑問が出てきます。しかしながら、契約書の中には、当事者が一方的に解除できる事由を定めたり、信用不安の際に期限の利益を喪失させたり、裁判管轄条項など、問題が発生しないと活きてこない条項というものがあり、そのような条項は契約書がなければ、自己に都合の良い内容を定めておくことができません。また、請負契約の場合には、何よりも「完成」させるべき仕事の内容(いわゆる「仕様」)自体を明確化しなければ深刻な問題が生じます(この点は拙稿第3回目の記事をご参照ください。)。さらには、業務の実態に基づいて契約の法的性質が判断されるといっても、まだそのような実態が何も形成されていないような事項については、やはり契約書の文言が重視されることになります。その意味では契約書を締結する意義は十分に存在するといえます。
今回は準委任契約について、あらためて整理してみました。2つの類型のうち成果完成型の準委任契約は、請負契約とも似ている点もありつつ、仕事の「完成」が条文上求められていない点、契約不適合責任がない点で請負契約よりも受託者にとって有利なのではないかと考えられがちです。しかしながら、受託者側も善管注意義務を負うことになるため、必ずしも責任を委託者に押し付けて、ただ作業だけすればよい、ということにはならない点にはくれぐれも注意が必要です。
また、契約書の内容と実態に齟齬がある場合においても、契約書の内容だけで判断されるということにはなりません。実際に紛争が生じた場合には、実態を考慮した権利義務の判断がされますので、むしろ契約書と実態に乖離が生じないような契約内容とするべく契約締結段階でも気を付けるべきことになります。
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