
執筆:弁護士 森田 芳玄(AI・データ(個人情報等)チーム)
『連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(2) 請負契約と準委任契約の区別の判断基準について(後編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(3) 仕様の重要性について』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(4) プロジェクトマネジメント義務』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(5) 準委任契約について』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(6) 損害賠償請求について』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(7)段階的契約について』はこちらから
1.はじめに
システム開発業務を委託/受託するに際してトラブルに巻き込まれてしまうことは意外にあるものです。そのようなときに後悔しないように、本連載では事前に対処するべき事項や、実際にトラブルになってしまった際の対処法などをできる限りやさしく解説してゆくことを目的としています。
第8回目は、システム開発契約と下請法(正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」ですが、本稿では「下請法」と呼びます。)について確認してみたいと思います。また、インボイス制度との関係についても簡単に触れたいと思います。
2.下請法の適用対象
システム開発案件では、通常、委託者(ユーザー)が受託者(ベンダ)に委託することになりますが、受託者だけで完結せず、さらに別のシステム開発企業に委託する(いわゆる下請け)ことが多いかと思います。また、受託者の中で実際に開発を行う人員の中には、当該受託者と雇用契約関係にある従業員だけではなく、いわゆるフリーランス(個人事業主)として関与しているメンバーがいたりすることもよくあることですが、このようなフリーランスの人員も法的には業務委託契約関係にあるといえるため、下請けに該当することになります。
そのような下請けの関係にある事業者との契約においては、一般的に対等な立場での交渉が困難であることから、下請法による規制を受けることになります。そこで下請法の適用対象となるのがどのような場合なのかが問題となります。
下請法の適用対象になるか否かの条件については、取引の種類によって異なるため事前の確認が必要となります。そして今回のテーマであるシステム開発案件についてはプログラムの作成に係る情報成果物作成委託に該当することになるため、適用対象となるのは、以下の場合になります(下請法第2条第3項、第6項ないし第8項)。
①親事業者の方が資本金3億円超の法人事業者の場合
⇒下請事業者の方が資本金3億円以下の法人事業者又は個人事業者
②親事業者の方が資本金1千万円超3億円以下の法人事業者の場合
⇒下請事業者の方が資本金1千万円以下の法人事業者又は個人事業者
ここで注意するべきなのは、②の方であり、下請事業者の方が資本金1千万円「以下」の法人事業者又は個人事業者とありますので、親事業者の方が資本金1千万円「超」の場合、かなり広く該当する可能性があるということになります。
3.システム開発の場合における留意点
原則としては、上記のとおりなのですが、システム開発に関しては以下の留意点があります。
すなわち、基本的には、第三者にサービスを提供している事業者がその情報成果物の作成を下請事業者に委託する場合や、情報成果物の作成を請け負うことを事業としている事業者がさらに別の下請事業者に委託する場合になどには、下請法の適用があることになります。
しかしながら、たとえば自社内だけで使用する会計システムの作成を計画しているような場合、その自己使用予定の情報システムの作成を委託する場合には、受託する方の事業者の方は「下」請けではないと考えられますので下請法の適用対象外とされています(なお、当然のことながら、その会計システムの作成を請け負った事業者が別の事業者にさらに委託する場合には、そちらの方は下請法の適用対象となります。)。ただし、自己使用のシステム開発の委託であっても、自社においても業として行っている程度にシステム開発業務を行っている場合には、本来的に自社で開発できるものを委託することになりますので下請法の対象となります。
また、自社ではシステム開発業務を行っていない場合であっても、たとえば完成した会計システムを自社内だけで使用するのではなく、消費者や他の事業者に提供する予定のものである場合には、当該システムの開発を委託する取引は下請法の適用対象となります。
なお、システム開発案件において、業務委託契約は請負契約型と準委任契約型がありますが、どちらの契約形態であっても下請法の適用対象になることには変わりありません。
4. 下請法が適用される場合の規制(下請法第2条の2、第3条、第4条、第4条の2、第5条)
(1)親事業者の義務
親事業者の義務としては以下のものが挙げられます。
・書面の交付義務
・代金の支払期日を定める義務
・書類の作成・保存義務
・遅延利息の支払義務
このうち、書面の交付義務については、書面に記載すべき具体的な事項が法令上定められているため、その漏れがないかを確認する必要があります。原則として業務を委託する度に必要となるものですが、基本契約書が締結されているような場合については、その基本契約書に記載されている事項について重ねてすべての記載事項を個別の委託の際に記載することまでは必要ないとされています。
また、代金の支払期日は、成果物を「受領した日」から60日以内とされている点に注意が必要です。というのも、受領した日から起算しますので、「毎月末日締め翌々月末日払い」とすると、受領した日から60日を超過するケースが発生するためです。
なお、書面の交付義務や書類の作成・保存義務に違反する場合には罰則(下請法第10条)が規定されています。
(2)親事業者の禁止事項
親事業者の禁止事項としては以下のものが挙げられます。
・受領拒否の禁止
・代金の支払い遅延の禁止(60日ルール)
・代金の減額の禁止
・返品の禁止
・買いたたきの禁止
・購入・利用強制の禁止
・報復措置の禁止
・有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止
・割引困難な手形の交付の禁止
・不当な経済上の利益の提供要請の禁止
・不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止
上記のうち、太字にしたものについてはシステム開発業務においてもよく起こり得るものですので注意が必要です。そして、親事業者がこれらの禁止事項に違反した場合には、公正取引委員会による勧告措置(下請法第7条)がなされることになります。
(3)インボイス制度との関係
ところで、いわゆるインボイス制度が2023年10月1日から始まるということで、事業者においてはその対応を行うべきことになります。その際に、下請事業者が免税事業者であることを理由として一方的に代金の減額を行ったり、免税事業者から課税事業者に転換した下請事業者が価格交渉を要請してきたのに対して一方的にそれを拒絶して従来通りの価格を強制することは、上記の禁止事項に該当する可能性があります。親事業者としては、下請法の禁止事項にも十分に配慮した対応を行うべきことになります。
5.まとめ
以上のとおり、下請法はその規制事項が広範に及ぶにもかかわらず、意外に見落とされがちです。緊急案件などということで、契約書の締結(書面の交付)が後回しになり事実上業務が先行してしまう事例を見かけますが、親事業者側としては、契約書の締結がない場合には事後的に紛争のリスクを抱えるという問題もさることながら、そもそも下請法に違反している可能性がある点に留意が必要です。
以上