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【弁護士解説】連載:システム開発紛争の基本問題(6) 損害賠償請求について
2023/7/27
執筆:弁護士 森田 芳玄(AI・データ(個人情報等)チーム)
『連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(2) 請負契約と準委任契約の区別の判断基準について(後編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(3) 仕様の重要性について』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(4) プロジェクトマネジメント義務』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(5) 準委任契約について』はこちらから
システム開発業務を委託/受託するに際してトラブルに巻き込まれてしまうことは意外にあるものです。そのようなときに後悔しないように、本連載では事前に対処するべき事項や、実際にトラブルになってしまった際の対処法などをできる限りやさしく解説してゆくことを目的としています。
第6回目は、損害賠償の問題について考えてみたいと思います。
システム開発紛争に限らず、トラブルが発生した場合には、相手方に対する損害賠償請求を検討することになるかと思います。しかしながら、損害賠償請求については、認められるための基本的な考え方がいくつかあります。
(1)請求できるのは実際に生じた損害が原則
まず、損害賠償請求できる項目としては、実際に生じた損害であるのが原則となります。この点については、この後個別に検討することになりますが、現に追加で費用負担することになったとか、余計にかかった人件費など実際に負担した損害については認められやすいことになります。他方で、このシステムが順調に完成していれば得られたであろう利益のような将来得ることができた利益については、相対的に認められない場合が多いのではないかと考えられます。
(2)損害にはその原因となる行為との間に因果関係が必要
上記と関連して、損害賠償請求が認められるためには、原因となった行為と損害との間に因果関係が必要となります。そして、その因果関係というのは、その損害が原因となる行為により通常生じるといえる損害であるかどうか、という考え方で判断されます。また、通常生じる損害といえず、特別な事情により生じた損害であった場合には、その損害の発生について加害者側が予見することができたかどうか、という観点から判断されます。
たとえば、受託者の責任で完成が遅延したという場合、完成させるために追加で費用負担が生じたということであれば、その遅延行為により追加開発費用が必要となるのは通常生じる損害と考えることができるため、その間に因果関係があると認められやすいことになります。
他方で、受託者の責任で完成が遅れたため、本来向上することが見込まれた売上が得られなかったという請求はどうでしょうか。たしかに、予定どおりにシステムが完成していれば売上が向上していたかもしれないとはいえますが、実際にどれくらいの売上向上効果が見込まれるかは、その時々の経済情勢や新サービスであれば広告宣伝の有無などの諸要素が関係してくるため、一概にいくらの損害が生じたと判断することは難しいといえます。そのような場合には、因果関係が否定される場合が多いのではないかと思われます。
(3)損害を請求する側が立証することになる
最後に、上記のような損害の存在やその因果関係については、基本的には損害賠償請求を行う側が立証しなければならないことになります。したがって、追加で費用負担が生じたという場合のその追加費用については、その損害額の根拠を明示するとともに証拠を提出しなければならないことになります。そういう意味では、上記の将来の売上見込みというのは、因果関係の問題もさることながら、損害額の立証の面でも難しいということになるかと思います。
それでは、委託者側において、損害賠償請求を行う場合に想定される主な損害項目について検討したいと思います。委託者側から損害賠償請求を行う場合というのは、受託者側の開発が予定通りには進まず、指定した期日に間に合わないとか、そもそも開発が途中で頓挫してしまうような場合かと思います。
(1)受託者側の原因となる行為から直接生じた費用
たとえば受託者側の開発が予定通りに進まずに、別の開発業者に追加で費用を出して開発のサポートをさせたというような場合にはその追加の費用については請求が認められることが多いのではないかと思われます。
他方で、委託者が受託者との間の契約を解除しつつ、別の開発業者に新たにシステム開発を委託するような場合、その開発費用を元の受託者に請求するということも考えられますが、これについては、たしかに元の受託者との契約解除により別の開発業者に新たに委託することになったわけですが、そうすると新たなシステム開発が委託者の負担なしで実現できることになってしまうため、このような請求は認められないと考えられます。
(2)将来見込まれる利益(逸失利益)
問題となっているシステムの開発が遅延したため、対外的なサービスのリリースが遅れたことによって当初見込まれた売上が得られなかったとか、社内システムの運用開始が遅れたことによって業務効率化の実施時期が遅れたことにより費用削減効果を得られなかったという主張があります。
このようないわゆる逸失利益については、上述したとおり、そのときの経済情勢や、対外的なサービスであれば広告宣伝効果の有無、社内システムであれば会社内における周知徹底や運用の取り組みなど、あらゆる不確定要素に左右されるものであるため、実際の損害額の立証も難しいこともありますが、一般的には因果関係が認められない場合が多いのではないかと思われます。
(3)委託者側の人件費
受託者側の開発遅延などによって、委託者側において余分にかかった人件費についても請求を検討することが多いかと思います。
この点については、受託者側の開発を補うために委託者において新たに追加で必要人員を雇ったりした場合には、その人件費については認められる場合が多いと思われます。他方で、元々雇用していた従業員の賃金相当額については、そのシステム開発案件を担当していてもいなくても発生したものであると考えられるため、一般的には認められないことが多いと考えるべきと思われます。
つぎに、受託者側が委託者に対して損害賠償請求をする場合について考えます。この場合は、例えば委託者が必要な協力義務を履行しなかった結果、開発業務が予定通りに進まずに頓挫した、というような場合が考えられます。
(1)受託者側の原因となる行為から直接生じた費用
委託者の責任によってプロジェクトが頓挫したというような場合でも、受託者の下請企業に対する支払は避けられない場合もあります。このように直接的に生じた損害については認められることが多いと考えられます。
(2)将来見込まれる利益(逸失利益)
受託者側での将来見込まれる利益としては、本来契約を達成したならば得られたであろう報酬が考えられます。
これについては、開発業務の頓挫した原因が委託者側にあるということであれば、その原因行為との因果関係があるということで請求が認められる場合が多いと考えられます。ただし、たとえば毎月の稼働量に応じて報酬が発生するような履行割合型準委任契約などの場合において、契約期間の途中で解除があった場合に、どの期間分まで請求が認められるかはケースバイケースかと思われます。
(3)受託者側の人件費
受託者側の人件費が損害になる場合とは、プロジェクトが委託者の責任により頓挫したという場合においてそれまでに発生した人件費を請求することが考えられます。
この場合には、まさに受託者側のリソース(人員)を当該プロジェクトに投入したにもかかわらず報酬が得られていないということになるため、その人件費相当額が損害として認められることになると思われます。というのも、この場合にはそのプロジェクトをしないのであれば受託者側の人員は他の案件を行うことで利益を上げることが可能であったと考えることができるためです。
ただし、上述のとおり、損害賠償は請求する側が立証しなければならないのが原則であるため、損害額については請求する受託者の方で根拠を明確化しなければならない点に注意が必要です(どの人員がどれくらい稼働したかがわからないと、立証できなくなってしまう可能性があります。)。
今回は、システム開発における損害賠償について整理してみました。現状の裁判実務においては、現実に発生した損害を基本として、因果関係の範囲内で認められるということを原則とするため、実際の想定よりも損害賠償請求が認められる範囲が狭いと感じられることが多いのではないかと思われます。また、損害賠償請求が認められるためには、その請求を行う側で立証しなければならないため、たとえば日々の稼働実績などの記録の保存を怠らないことも重要になってきます。
以上
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