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1 はじめに
管轄とは、ある紛争において特定の裁判所が権限を行使し得る範囲をいいます。これは、紛争の当事者側から見ると、「どこの裁判所に訴訟提起することができるか?」という問題と言えます。
管轄が認められない場合には、その裁判所では訴訟を行うことができません。そのため、最終的な紛争解決手段として訴訟を選択する場合、どこの裁判所に管轄が認められるかは重要になります。
仲裁の場合には管轄の根拠が仲裁合意になります。つまり、仲裁合意の中で明示されている仲裁機関において仲裁手続を行うこととなります。
今回も、単純化した具体的事例を通して、国際紛争における管轄を検討します。
2 事例の設定
具体的な事例は第1回のとおりです。
事例
日本の工業用部品メーカーであるA社は、タイのB社との間で、日本の工場で製造した工業用部品1000個を5000万円で売却する契約を締結し、製造した工業用部品1000個を全て輸出した。ところが、B社は売却代金5000万円が支払期日を過ぎても支払っていない。
3 訴訟の場合
当事者間での交渉など任意の紛争解決が難しいなどの理由により、訴訟提起する場合、各国の法令に従って管轄の有無が決定されます。つまり、訴訟提起先として検討している裁判所がある国の法令を見れば、その裁判所に訴訟提起できるかどうかが分かります。
(1)日本での訴訟提起を検討する場合
日本の民事訴訟法における国際的な紛争に関する管轄についての規定は、以下の通りです。
まず、一定の例外を除き、当事者は合意により管轄を定めることができます(民事訴訟法第3条の7第1項)。そのため、当事者が、取引基本契約書等において、どこの裁判所で訴訟を行うか合意している場合、その合意に従って、裁判所が決定されることとなります。
次に、管轄の合意がない場合、下記に該当する場合には日本の裁判所に管轄が認められます。
① 主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき、これがない場合又は所在地が知れない場合
− 代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるとき(民事訴訟法第3条の2第3項)
② 契約上の債務の履行の請求、契約上の債務に関して行われた事務管理若しくは生じた不当利得に係る請求、契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴え
− 契約上の債務の履行地が日本国内にあるとき(同法第3条の3第1号)
③ 財産上の訴え
− 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(同第3号)
④ 事務所又は営業所を有する者に対する訴えでその事務所又は営業所における業務に関するもの
− 当該事務所又は営業所が日本国内にあるとき(同第4号)
⑤ 日本において事業を行う者に対する訴え
− 当該訴えがその者の日本における業務に関するものであるとき(同第5号)
⑥ 不法行為に関する訴え
− 不法行為があった地が日本国内にあるとき(同第8号)
⑦ 不動産に関する訴え
− 不動産が日本国内にあるとき(同第11号)
上記に該当しない場合には、日本の裁判所において訴訟を提起したとしても、裁判所により却下されることになり、日本における訴訟提起は断念せざるを得なくなります。
(2)タイでの訴訟提起を検討する場合
他方、タイでは、次の場合にタイの裁判所に管轄が認められることが定められています(タイ民事訴訟法3条〜4条の3)。
① 被告が現在タイに居住し、又は、被告の主たる事業所がある場合
② 被告が訴訟提起直前の2年間にタイに居住したことがある場合
③ 被告が訴訟提起直前の2年間に、自らもしくは代理人を通じて又は取引継続のための者をタイ国内に置くことにより、タイでビジネスを行ったことがある場合
④ 訴訟の対象となる不動産がタイに所在する場合
⑤ 訴訟の原因となる行為がタイで行われた場合
⑥ 被告がタイ国内に居住しておらず、かつ、訴訟の原因行為がタイ国内で発生していない場合において、原告がタイ国籍またはタイ国内に居住地を有している場合
日本と異なり、当事者が合意により管轄を定めることができるという明文の規定がないことに注意が必要です。
そのため、たとえ管轄について合意していたとしても、その合意ではなく、上記の基準に従って管轄裁判所が決定される可能性があるものと考えておくべきでしょう。
(3)強制執行の可否という視点
以上の通り、ある国での訴訟が可能かどうかは、その国の法令において、裁判所が取り扱える事件についてどのような規定を置いているかによって決まります。しかしながら、「その国で訴訟提起できるかどうか」という視点のほか、強制執行の可否という視点も忘れてはなりません。
第1回記事で述べたように、日本の裁判所でなされた判決に基づき、外国でそのまま強制執行できるわけではありません。これは、タイを含む多くの外国の裁判所でなされた判決も同様であり、その国以外の国でそのまま強制執行できるわけではありません。原則として、判決に基づく強制執行は、その判決がなされた国内だけでしか行うことができないのです。
したがって、相手方の財産への強制執行を視野に入れる場合には、相手方の財産が所在する相手方の国での訴訟を選択せざるを得ないこととなります。
(4)補足:送達の問題
また、仮に日本の裁判所に管轄が認められ、かつ、日本に所在する財産を対象として強制執行ができる可能性が高いとしても、外国に所在する相手方に対して訴訟を提起する場合には、送達の問題が生じるということを加味しておく必要があります。
外国に所在する会社を相手方として訴訟を提起した場合、訴状は、民訴条約や送達条約等にしたがい送達されます。例えば、領事送達という方法によると、東京地方裁判所を専属管轄とする合意がある場合、東京地方裁判所→東京高等裁判所→最高裁判所→外務省→日本国領事館→外国の指定当局または中央当局→相手方というプロセスにより、訴状は相手方に送達されます。
送達されるまでの期間は、送達の方法や相手方が所在する国にもよりますが、最短でも3ヶ月程度、長ければ1年以上となる場合があります。
このように、日本国内での訴訟とは異なり、訴状送達にかなりの時間を要します。そのため、訴訟を提起する場合には、紛争解決までにある程度の期間を要することを把握しておく必要があります。
4 仲裁の場合
仲裁により紛争解決を行う場合には仲裁合意が必要であるところ、仲裁合意の中で、仲裁機関が指定されているはずです(アドホック仲裁(※1)の場合は異なりますが、アドホック仲裁による場合は稀ですので省略します)。
したがって、その合意された仲裁機関において、仲裁手続を行うこととなります。
当事者が合意した仲裁機関について、実際に紛争が生じてから争いになることはあまり想定されません。争うとすれば、当事者は仲裁合意の不存在や無効等を主張する、あるいは、仲裁合意の存在を前提として対象となる紛争が仲裁合意の範囲外であることを主張することになります。したがって、仲裁手続における管轄の有無ないしその範囲の争いは仲裁合意の有無ないしその範囲の争いに収斂されることになります。
5 事例を通じた紛争解決手段の検討
(1) 仲裁合意がある場合
A社とB社との契約において、仲裁条項(仲裁合意)が含まれている場合、A社は、その条項に従い、規定されている仲裁機関に対して仲裁申立てを行うこととなります。
仲裁条項がある場合において、仲裁を選ばず裁判所に訴訟提起するという選択肢もないわけではありません。しかしながら、B社から「仲裁合意がある以上、訴訟は行うことができず、仲裁で解決すべきだ」という主張がされれば、訴訟提起しても却下されることとなります(日本仲裁法14条。タイ仲裁法14条)。
なお、仲裁と訴訟のどちらも選択できるという内容の仲裁条項を入れることは避けておくべきです。なぜならば、紛争が生じた場合に仲裁によって解決すべきか、裁判によって解決すべきかが不明であり、両方の紛争解決手段においてそれぞれの申し立てが却下されてしまい、どちらによる解決も実現できなくなってしまうおそれがあるからです。つまり、仲裁を申し立てた場合は裁判で解決すべきという理由で却下される一方、裁判を提起しても仲裁で解決すべきという理由で却下されるおそれがあります。
(2) 仲裁合意がないが、当事者の間で訴訟に関する管轄の合意がある場合
A社とB社との契約において、例えば、紛争が生じた場合は東京地方裁判所を管轄とする旨の管轄に関する条項(裁判管轄に関する合意)が含まれている場合、A社は、その条項に従い、規定されている裁判所に対して訴訟を提起することとなります。
このような条項がある場合において、別の裁判所に訴訟提起するという選択肢もないわけではありません。しかしながら、B社から「裁判管轄に関する合意がある以上、この裁判所で訴訟を行うことができず、規定されている裁判所で訴訟すべきだ」という主張がされれば、訴訟提起しても却下されることとなります。なお、日本の場合、管轄が認められない裁判所に訴訟が提起されれば、裁判所が申し立て又は職権により管轄のある裁判所に事件を移送することになります(日本民事訴訟法16条)。
なお、細かな話をすると、裁判管轄に関する合意には、「専属的な管轄の合意」と「任意的な管轄の合意」の2種類があります。専属的な管轄の合意は、合意した裁判所にのみ訴訟を提起できるという合意である一方、任意的な管轄の合意は、合意した裁判所の他に民事訴訟法に基づいて管轄が認められる裁判所にも訴訟を提起できるというものです。
(3)仲裁合意も裁判管轄に関する合意もない場合
この場合、前述した日本の民事訴訟法とタイの民事訴訟法の定めに従い、どこの裁判所に訴訟提起するかを決定することとなります。
まず、日本の裁判所に管轄が認められるかどうかについては、次のとおりとなります。
B社の事務所や営業所が日本国内にある場合には、日本の裁判所に管轄が認められます。次に、A社はすでに商品は発送しており、弁済の履行地はその物が存在した場所となるので、日本の裁判所に管轄が認められます。また、差し押さえすることができる被告の財産が日本国内にあるときにも、日本の裁判所に管轄が認められます。このケースの場合、日本の裁判所に訴訟を提起して勝訴判決を得た場合、容易に執行が可能ですので、日本の裁判所に訴訟提起するのが理想的であるといえます。
次に、タイの裁判所に管轄が認められるかどうかについては、次のとおりとなります。
B社はタイ企業ですので、当然ながら主たる事業所をタイ国内に有しているはずです。そのため、タイの裁判所に管轄が認められます。また、取引の一部(例えば、商品の受領など)がタイ国内で行われているため、訴訟の原因となる行為がタイで行われたことを理由として、タイの裁判所に管轄が認められる可能性もあります。
以上のとおり、本件では、日本とタイの両方の裁判所で訴訟提起できることとなります。
そこで、どちらの裁判所に訴訟提起するかを決定していくこととなりますが、原則的には、タイの裁判所に訴訟提起すべきであると考えられます。なぜならば、本件のようなケースでは、たとえ訴訟で勝訴したとしても相手方が任意に履行してくれるとは限らず、強制執行の可能性を視野に入れざるを得ないからです。そして、前述のとおり、強制執行を視野に入れる場合には、執行の対象となる財産がある地での訴訟を行うべきだからです(本件の場合、B社の財産は日本ではなくタイにあることの方が多いと思われます)。
6 まとめ
本コラムでは、事例を通して、国際紛争における管轄について検討しました。管轄の検討は紛争解決手段を検討する上でとても重要になってきますので、本記事が紛争解決手段を決定する際の手助けになれば幸いです。
(※1) 機関仲裁とアドホック仲裁の詳細については、「国際商事仲裁の利活用 第2回 機関仲裁とアドホック仲裁」を参照ください。