
日本では、最低賃金法に基づき、使用者が従業員に対して支払うべき最低賃金額が決定されています。
タイでも日本と同様に最低賃金制度が存在します。タイの最低賃金は、地域別最低賃金と、技能別最低賃金の2種類に分かれます。地域別最低賃金は、地域(県)ごとに決定され、職業・年齢・性別・国籍などに関係なく、その地域で働く従業員に適用されます。技能別最低賃金は、一部の職業に関して認定を受けた技術者に適用されます。
今般、タイの地域別最低賃金の額が改定され、2022年10月1日から改定後の額が適用されていますので、お知らせします。
地域別最低賃金の改定(2022年10月1日から適用)
今般、タイの地域別最低賃金の額が、賃金委員会の通達(Notification of Wage Committee Re: Rate of Minimum Wage (No.11))によって、以下の表のとおり改定されました。
改定後の額は、2022年10月1日から適用されています。
全体的に5%程度(日額10〜20バーツ程度)上昇していますので、自社の従業員の給与額が改定後の額を下回っていないか、念のため、ご確認なさることをおすすめします。
2022年10月1日〜の地域別最低賃金額(日額)

一点注意をしておくと、この最低賃金額は、時間外労働分の賃金は含みません。
タイでは、1日の労働時間が8時間まで(一部の危険な業務については7時間まで)と定められています(労働者保護法23条1項。なお、以下この法令を「LPA」といいます)。この時間内の労働への対価が、最低賃金日額を下回ってはならないのです。
なお、月給制の従業員の最低賃金(月額)は、次の計算式によって算出できます。
【最低賃金額(日額) ✕ 30日】
たとえば、バンコク勤務の従業員の場合、最低月給額は、 10,590 THB(353 ✕ 30)となります。
時間外労働手当や解雇補償金への影響
この最低賃金額は、以下のとおり、時間外労働手当や解雇補償金の基礎となる賃金額にも影響します。最低賃金額の改定に合わせて月給額を修正したものの、時間外労働手当や解雇補償金の計算では修正前の金額を用いてしまった結果、不十分な支払いとなるといった事態が生じるおそれもあります。そのため、賃金額の見直しの際には、時間外労働手当や解雇補償金の算定の基礎となる額についても、目を向けておくことが大切です。
(1) 時間外労働手当
従業員が時間外労働に従事した場合、使用者は、時間外労働がされた時間について、「通常の賃金」の1.5倍の額を支払う必要があります(LPA61条)。この「通常の賃金」は、月給制の場合、次の計算式によって算出されます(要は、1時間あたりの額を算出しています)(LPA68条)。
【月給額 ÷ 30 ÷ 労働日1日当たりの平均労働時間】
この計算上の月給額も、当然ながら、最低賃金を下回ってはいけません。
なお、これは、休日労働や休日時間外労働でも同様です。
※時間外労働、休日労働、休日時間外労働の詳細については、「タイの労働法制と実務 vol.2 賃金に関する原則と基本ルールの概要」をご参照ください。
(2) 解雇補償金
従業員を普通解雇する場合(その他会社側の事情により労働契約が終了する場合)、タイでは、解雇補償金を支払う必要があります。
解雇補償金の最低額は労働者保護法によって決定されています。つまり、使用者は、解雇する従業員の勤続年数に応じて、「最終賃金」の30日分〜400日分以上の額を解雇補償金として支払う必要があります(LPA118条)。
そして、この計算上の1日当たりの賃金額も、当然ながら、最低賃金を下回ってはいけません。
※解雇や解雇補償金の詳細については、「タイの労働法制と実務 vol.7 解雇に関するルールと実務 その1」及び「タイの労働法制と実務 vol.9 解雇に関するルールと実務その2 ー解雇の公正性に関する判例ー」をご参照ください。
最低賃金額未満の賃金を支払っている場合のリスク
使用者は、従業員に対し、最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません(LPA90条)。
従業員の賃金が最低賃金額を下回る場合、使用者に差額分の支払義務が生じます。
これに加えて、以下のとおり、遅延利息を支払わなければなりませんし、罰則が適用されるおそれもありますので、注意が必要です。
(1) 遅延利息
使用者は、差額分につき、年15%の割合による遅延利息の支払義務が生じます。
また、使用者が故意に合理的理由なく支払っていない場合、この年15%の遅延利息に上乗せして、7日ごとに年15%の割合による追加的な遅延利息を支払わなければなりません(LPA9条)。
(2) 罰則
使用者に対して、労働者保護法違反として、6ヶ月以下の禁錮もしくは10万バーツ以下の罰金、又はそれらの併科が科せられるおそれがあります(LPA90条1項、144条)。
使用者が法人である場合には、法人だけではなく、代表者など役員や責任者に対しても、同様の刑が科せられるおそれがあります(LPA158条)。
最後に
今回は、地域別最低賃金の改定についてお知らせしました。
すでに改定後の額が適用されていますので、まだ自社の従業員の給与額について確認がお済みでない場合は、念のため、速やかに確認しておきましょう。