執筆:弁護士 中牟田 智博
みなし優先株式とは?仕組み・活用場面・転換手続を弁護士が分かりやすく解説
シード期のスタートアップが資金調達を検討するとき、「優先株式で調達したいが、条件交渉に時間もコストもかけられない」という悩みに直面することは少なくありません。そこで近年活用が広がっているのが「みなし優先株式」です。
みなし優先株式は、発行時点では普通株式でありながら、将来の本格的な資金調達(シリーズA等)の際に優先株式へ転換されることをあらかじめ合意しておくスキームです。手続が比較的シンプルで、シード期のスピード感に合った調達手法として活用されています。
本記事では、みなし優先株式の仕組み、活用場面、メリット・デメリット、そして発行に必要な「株式の転換に関する合意書」まで、法律の知識がない経営者の方にも分かりやすく解説します。
1.みなし優先株式とは?
(1)前提:普通株式と優先株式の違い
みなし優先株式を理解するには、まず「普通株式」と「優先株式」の違いを押さえる必要があります。
実は、「優先株式」という言葉は会社法の条文には登場しません。会社法上存在するのは「普通株式」と「種類株式」という概念です。種類株式とは、剰余金の配当や残余財産の分配など、会社法108条1項各号に掲げる事項について内容の異なる2種類以上の株式を発行した場合の、それぞれの株式を指します。
このうち、配当や残余財産の分配などの面で他の株式より優先的な取扱いを受ける種類株式を、実務上「優先株式」と呼んでいます。たとえば「A種優先株式」を新たに発行すると、その会社の株式は「普通株式」と「A種優先株式」という2種類の種類株式で構成されることになります。
スタートアップ投資で用いられる優先株式には、一般に次のような内容が定められます。
| 優先配当 | 他の株式より優先的に配当を受けられる |
| 優先残余財産分配 | 会社を清算する場合などに、他の株式より優先的に残余財産の分配を受けられる(M&Aを会社の清算とみなす合意と組み合わせることで、投資家に優先的にリターンを分配する役割をもちます) |
| 普通株式を対価とする取得請求権 | 株主の請求により、優先株式を普通株式に転換できる |
| 金銭を対価とする取得請求権 | 株主の請求により、優先株式を金銭と交換できる |
| 普通株式を対価とする取得条項 | 会社側の請求により、優先株式を普通株式に転換できる(IPO時に株式を普通株式に一本化するために用いられます) |
投資家にとって優先株式は、投資先が思うように成長しなかった場合でも投資回収の可能性を高められる「保険」のような役割を果たします。一方で、スタートアップ企業にとっても、経営株主の持株割合の希薄化を軽減しつつ、より大きな金額の調達を実現できます。だからこそ、ベンチャーキャピタル(VC)からの本格的な調達では優先株式が標準的に用いられているのです。
(2)通常の普通株式とみなし優先株式の違い
では、みなし優先株式は通常の普通株式と何が違うのでしょうか。
| 通常の普通株式 | 剰余金の優先配当等の条件が一切付いていない、いわば「素の」株式です。 |
| みなし優先株式 | 株式そのものは上記と同じ普通株式です。しかし、将来一定の条件を満たす優先株式が発行された場合に、その優先株式と同じ条件の優先株式へ転換される旨の合意を、発行会社・株主間であらかじめ行っている点が異なります。 |
つまり、みなし優先株式とは特別な種類の株式ではなく、「普通株式+将来の転換合意」という契約上の仕組みです。
株式の設計(定款変更や種類株式の登記)を先送りにしつつ、投資家には「次のラウンドで発行される優先株式と同等の権利を、より低い株価で取得できる」という経済的メリットを提供できます。この点で、みなし優先株式は投資家を「優先株主とみなして」取り扱う仕組みといえます。
(3)みなし優先株式の一般的な内容
みなし優先株式に関する合意には、一般に次の2つの転換パターンが定められます。
① 適格ファイナンスの発生による転換
「適格ファイナンス」とは、たとえば「調達総額1億円以上」といった一定規模以上で、かつ一定の条件(残余財産の優先分配、議決権あり、取得請求権付株式であること等)を満たす優先株式による資金調達を指します。
適格ファイナンスが発生した場合、みなし優先株式は、その優先株式と同順位で、価格(発行当初の払込金額)のみ異なる優先株式へ転換されます。
たとえばシード期に1株1万円でみなし優先株式に投資した投資家は、シリーズAで1株3万円のA種優先株式が発行された際、1株1万円ベースのまま、A種優先株式と同等の権利を持つ優先株式(A-1種優先株式等)を取得できる、というイメージです。早い段階でリスクを取った投資家が、割安な価格で優先株式の権利を得られる設計になっています。
② 適格ファイナンスが発生しない場合の転換
適格ファイナンスの条件を一部満たさない資金調達しか行われなかった場合でも、一定の要件のもとで優先株式へ転換できる旨を定めておくのが一般的です。例えば、議決権ベースで、当該みなし優先株式の株主の過半数の賛成がある場合などです。これにより、想定どおりのラウンドが実現しなかった場合でも投資家の権利が保護されます。
2.みなし優先株式の活用場面
(1)みなし優先株式を使う目的
一般的に、みなし優先株式が最も活躍するのは、シリーズAを見据えたプレシリーズA(シード後期)の資金調達です 。[1]
同じシード期でも、フェーズによって適否は下記のように整理できます。
| エンジェル〜シード最初期 | まだ適格ファイナンス(シリーズA)の見通しが立ちにくく、みなし優先株式を使うにはやや早い段階です。この段階では、J-KISS等の新株予約権型や、シンプルな普通株式での調達が選ばれることも多くあります。 |
| プレシリーズA(シリーズAが視野に入った段階) | 次のラウンドで優先株式が発行される蓋然性が高い時期では、「その優先株式に転換される合意」が意味を持ちます。ここがみなし優先株式の本領です。 |
このような違いが生じるのは、みなし優先株式の価値が「将来の適格ファイナンスへの転換」にあるためです。
シリーズAがある程度現実的なタイミングでないと、投資家にとっても転換合意の実効性が見えにくいのです。
そのうえで、プレシリーズA前後のスタートアップには、次のような事情があります。
- 事業計画が流動的で、優先株式の詳細な条件(優先分配の倍率、希釈化防止条項等)を確定させるのが難しい
- 優先株式の発行には、定款変更・登記などの手続コストと複雑な契約交渉のための弁護士費用がかかり、少額調達には見合わないことがある
- 資金調達に時間をかけずプロダクト開発に集中したい
一方、投資家側にも「普通株式のままでは、後のラウンドの優先株主に劣後してしまう」という不安があります。
みなし優先株式は、会社側のスピード・コストのニーズと、投資家側の権利保護のニーズを橋渡しする仕組みといえます。
なお、同じくシード期の調達手法としてはコンバーティブル・ボンド(転換社債型新株予約権付社債)やJ-KISS等の有償新株予約権もあります。
みなし優先株式はこれらと異なり、投資家が発行時点から「株主」となる点が特徴で、投資家が株主としての地位(議決権等)を重視する場合に選択されやすい手法です。
(2)みなし優先株式のメリットとデメリット
メリット
- バリュエーションの柔軟性
将来のラウンドと同等の優先権を提供できるため、シード期でも投資家の理解を得やすく、調達の選択肢が広がります。 - 手続がシンプルでスピーディー
発行するのは普通株式なので、種類株式の発行に必要な定款変更等が発行時点では不要です。契約書の交渉も、優先株式での投資契約に比べれば軽量で済みます。 - コストを抑えられる
優先株式を一度発行すると、その後の資金調達は既存の優先株式の条件を踏まえて行わなければならないため、慎重な設計と契約交渉が必要です。みなし優先株式であれば、そのためのコストを実際に優先株式が必要になるタイミングまで先送りできます。 - 希釈化比率の明確性
同じくシード期の調達手法であるコンバーティブル・ボンド(転換社債型新株予約権付社債)やJ-KISSでは、将来の適格資金調達の時点まで投資家に付与される株式数が確定しませんが、みなし優先株式の場合は発行の時点で株式数が決定しているため、資本政策の見通しがよい点もメリットです。
デメリット・注意点
- 転換時に全株主の協力が必要
後述のとおり、普通株式の一部を種類株式に変更するには全株主の同意が必要です。
株主が増えてから合意を取り付けるのは困難なため、発行時点で全株主から合意を取り付けておく必要があります。 - 契約設計を誤ると転換できないリスク
適格ファイナンスの定義や転換手続の定めが不十分だと、いざという時に転換がスムーズに進まないおそれがあります。
そのため、みなし優先株式は、普通株式やJ-KISSと比較すれば設計のコストは多少高いといえます。 - 税制適格ストックオプションへの影響
みなし優先株式の発行価額は、その後に発行する税制適格ストックオプションの行使価格に影響することがあります。
なぜなら、ストックオプションについて税制上の優遇措置を受けるためには、行使価格を「契約締結時の普通株式の時価以上」で設定しなければなりません。ここで、みなし優先株式はあくまでも普通株式であるため、ストックオプションの行使価格をみなし優先株式の発行価額より低く設定してしまうと、「時価より低い価格で設定した」とみなされ、税制適格の要件を満たさなくなるおそれがあります。
3.みなし優先株式の発行手続
(1)会社法上必要な手続(非公開会社の場合)
みなし優先株式の発行は、法的には「普通株式の第三者割当による発行(募集株式の発行)」です。非公開会社の場合、一般に次の流れで進めます。
- 取締役(取締役会)による株主総会の招集
募集株式の発行、および総数引受契約締結の承認又は割当決定を議題とします。 - 株主総会決議
募集事項の決定は、原則として株主総会の特別決議によります。 - 投資契約書及び株式の転換に関する合意書の締結
みなし優先株式のスキームの核心部分です(詳細は次項)。 - 株主(投資家)による金銭の払込
- 登記申請
発行済株式総数・資本金の額の変更登記を行います。
発行する株式自体は普通株式なので、種類株式発行のための定款変更はこの時点では不要です。
(2)株式の転換に関する合意書
みなし優先株式のスキームで必須となる契約書が、「株式の転換に関する合意書」です。
この合意書が必要なのは、普通株式の一部を種類株式(優先株式)に変更するためには、全ての普通株主の同意が必要と解されているためです。
将来の転換時に一人でも株主が反対すれば、転換は実現できません。
そこで、発行会社・経営株主・投資家の三者間で締結する投資契約書とは別に、発行会社と全株主との間で「株式の転換に関する合意書」を締結し、適格ファイナンス発生時等に転換に協力する義務をあらかじめ定めておくのです。
4.みなし優先株式を優先株式に転換する際の流れ
シリーズA等で適格ファイナンスが発生すると、いよいよみなし優先株式を優先株式へ転換します。
転換にあたっては、おおむね次の対応が必要になります。
- 適格ファイナンス該当性の確認
新たに発行される優先株式が、合意書に定めた適格ファイナンスの要件(調達額・株式の内容等)を満たすかを確認します。 - 定款変更(種類株式の内容の定め)
転換先となる優先株式(例:A-1種優先株式)の内容を定款に定めるため、株主総会の特別決議を行います。 - 株式の内容変更に関する株主の同意取得
株式の転換に関する合意書に基づき、全ての普通株式を保有する株主から普通株式の一部を優先株式へ変更することへの同意を取得します。合意書を締結済みであれば、株主は契約上この同意に協力する義務を負っています。 - 登記申請
発行可能種類株式総数や種類株式の内容、変更後の株式数等について変更登記を行います。
転換のタイミングはシリーズAの調達実務と同時並行で進むため、事前の契約設計が不十分だとラウンド全体のスケジュールに影響しかねません。みなし優先株式は「発行時は軽く、転換時に本番を迎える」スキームであることを意識し、発行段階から転換時を見据えた契約書を整備しておくことが成功のカギです。
まとめ|みなし優先株式のご相談はGVA法律事務所へ
みなし優先株式は、シード期のスタートアップがスピーディーかつ低コストで資金調達を行いながら、投資家に優先株式と同等の経済的メリットを提供できる優れたスキームです。
一方で、その実効性は「株式の転換に関する合意書」をはじめとする契約書の設計品質に大きく依存します。
☑ 適格ファイナンスの定義は自社の資金調達計画に合っているか
☑ 全株主との合意は漏れなく締結できているか
☑ みなし優先株式を優先株式に転換する際の手続を理解しているか
こうした論点は、スタートアップの資金調達支援に精通した弁護士のサポートを受けながら検討することを強くおすすめします。
みなし優先株式に関するご相談は、スタートアップ法務に強いGVA法律事務所へ。
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[1] シリーズA以降の会社が既存の優先株式ラウンドの合間に短期のブリッジ調達として類似のスキームを使う例もあり、「シード期専用」というわけでもありません。
監修
弁護士 小名木 俊太郎
企業法務においては 幅広いサービスを提供中。ストックオプション、FinTech、EC、M&A・企業買収、IPO支援、人事労務、IT法務、上場企業法務、その他クライアントに応じた法務戦略の構築に従事する。セミナーの講師、執筆実績も多数。


