【弁護士解説】スタートアップのための投資契約の解説-「財産分配契約書」編-

執筆:弁護士 中牟田 智博

1.財産分配契約書を締結する意義と背景


スタートアップがエクイティファイナンス(株式等による資金調達)を実施するとき、一般的には「投資契約書」「株主間契約書」財産分配契約書」の3点の投資関連契約を締結することになります。
今回は、これらのうち「財産分配契約書」に焦点を当て、各条項の意味を解説します。

財産分配契約書は、「買収にかかる株主分配等に関する合意書」「株主間における合意書」など、様々な名称で呼ばれることもあります。端的に言えば、会社がM&Aによってエグジットする際に、売却対価をどのように株主間で分配するかを事前に合意しておく契約です。


従来の日本のスタートアップエコシステムでは、IPOが主要なExitルートでした。
しかし近年はM&Aによるバイアウトも一般的な選択肢となり、M&A時の対価分配ルールを全株主間で明確化するニーズが高まっています。株主間契約書の中に含める形で規定することもありますが、以下の理由から独立した契約書として切り出すことが推奨されます。

  • 株主間契約には、事前承認条項、取締役指名権など、持株比率が低い株主には関係のない条項が多く含まれるため、これらの株主との間では対価分配ルールを抜き出した契約を締結することが望ましい。
  • 株主間契約と財産分配契約の優先関係が問題になる場合があるが、M&Aに関する事項は財産分配契約を最優先させることが、株主全体の利益の観点から望ましい[1]
  • M&Aでの買収者は株式の100%取得を希望することが多いため、同時売却請求権(2.(2)で解説します。)は低持株比率の株主を含め全株主で契約しておくことが重要[2]

投資契約書は当該ラウンドに出資する投資家と会社の間での取決めであり、それ以外の株主は参加しません。
また、株主間契約書は特定の株主に対して特別な契約上の権利を与えるためのものですので、全ての株主が参加するとは限りません。
一方、財産分配契約書は、全株主が参加する必要があります。M&Aを実施する際の合意形成のルールや、リターンの配分方法の取決めは、全ての株主を巻き込まなければ効力がないからです。
そのため、エンジェル投資家を含む既存株主や、将来の株主を契約当事者に取り込むための仕組みが設けられます。


2.財産分配契約書の各条項の解説


以下では、財産分配契約書に盛り込まれる主な条項を、具体的な事例とともに解説します。

みなし清算条項とは、会社がM&A(株式譲渡、合併、株式交換等)によって経営支配権が移転した場合に、会社を清算したものとみなして、M&Aの対価を株主間で分配する条項です。

通常、スタートアップの発行する優先株式は、会社が解散・清算する場合における残余財産に関して、普通株式よりも優先的に分配されることとなっていますが、これは「解散・清算時」の規定であり、株式の売買であるM&Aには直接適用されません。そのため、M&Aによる売却対価の分配にも同様のルールを適用するために、みなし清算条項が必要となります。

みなし清算に関する条項は、定款に記載する場合もありますが、その有効性はまだ裁判例などによって公的に確認されていません。そこで、合意に基づく契約という形で全株主に適用するという方法をとるのが一般的です。


例えば、スタートアップが低いバリュエーションでやむを得ずM&Aに至るケースを考えます。
みなし清算条項がなければ、売却対価は単純に持株比率に応じて分配されます。しかし高いバリュエーションで投資した投資家は、この場合に大きな損失を被ります。
みなし清算条項があることで、投資家は残余財産優先分配権と同じ優先順位でM&Aの対価を受け取れるため、投資リスクを軽減できます。
スタートアップの立場からは、投資家に優先権を付与することで、(経営株主が受け取る対価の割合が減少することと引換えに、)高いバリュエーションで出資を得るための交渉材料とすることができます。


ドラッグ・アロング条項(同時売却請求権)とは、多数株主(主に一定割合以上の優先株主)が承認したM&Aについて、全ての株主に対して株式の売却への参加を強制できる権利です。「強制売却請求権」と呼ばれることもあります。


M&Aを検討する買収者の多くは、対象会社の株式100%の取得を求めますので、株式の一部を保有する少数株主が売却を拒否した場合、M&A全体が頓挫するリスクがあります。
ドラッグ・アロング条項は、このような少数株主による拒否権の行使のような状況を解決し、スムーズなM&Aの実行を可能にします。


この条項は投資家保護の観点から重要である一方、経営株主にとっては経営の自由度を制約するリスクを伴います。特に、ドラッグ・アロング条項が「経営株主の同意なく」発動できる設計になっている場合、創業者がIPOを目指しているにもかかわらず、多数の投資家による決議でM&Aが強制されるシナリオがあり得ます。

実務上は以下のような条件設定で、創業者側のリスクを限定することが交渉ポイントとなります。

  • 一定の取締役会承認を発動条件とする
  • 経営株主の同意を必要条件とする
  • 売却価格に下限を設ける(一定金額以上でないと発動できないようにする)
  • 発動可能期間を限定する
  • 競合する企業などを売却先として除外する


スタートアップは資金調達のたびに新たな投資家(株主)が加わります。財産分配契約書の効力は全株主に及ぶ必要があるため、新規投資家が加わるたびに財産分配契約書に参加させる仕組みが必要です。
この条項は、新規株主が財産分配契約書の当事者となることを条件に株式取得を認める旨を定めるものです。


新規株主が財産分配契約書に参加していない場合、みなし清算条項やドラッグ・アロング条項の対象から外れてしまい、M&A時の対価分配が複雑化したり、イグジット自体が困難になったりするリスクがあります。
特に複数ラウンドにわたって資金調達を重ねたスタートアップでは、ラウンドごとに財産分配契約書への参加手続きが適切に行われているか確認することが重要です。

3.弁護士への相談ポイント


財産分配契約書は、一見すると将来のイグジット時に効力が生じる「遠い将来の話」のように感じるかもしれません。
しかし、資金調達時に財産分配契約書の内容を適切に設計・交渉しておくことは、会社の将来に大きな影響を及ぼします。以下のような局面で、弁護士への早期相談を検討してください。

優先株式の発行条件(残余財産分配の参加型・非参加型、優先倍率など)と財産分配契約書の内容は密接に連動します。資金調達の前に各条項の意味と影響を正確に把握し、自社にとって合理的な条件で交渉できるよう準備することが重要です。

後続ラウンドでは、既存の財産分配契約書の変更(当事者の追加、ドラッグ・アロング条項の売却価格の下限の変更など)が必要になることがあります。変更にあたっては既存株主全員の同意が必要なケースもあり、交渉・手続きが複雑です。
弁護士のサポートのもとで進めることで、既存株主との関係を維持しながらスムーズな調達が可能になります。

M&Aの具体的な話が出てから財産分配契約書の内容を精査し始めると、想定外の問題が発覚して交渉が難航するケースがあります。M&Aに向けた初期交渉の段階から弁護士を巻き込み、財産分配契約書の条項に基づく対価分配のシミュレーションや、未参加株主への対応策を事前に検討しておくことをお勧めします。

一部の株主がM&Aへの参加を拒否しているケースや、ドラッグ・アロング条項の発動条件が満たされているかどうか判断に迷うケースは、法的判断が必要です。早めに専門家に相談することで、トラブルを未然に防ぐことができます。


まとめ


本記事では、スタートアップのエクイティファイナンスにおける「財産分配契約書」の主要条項について解説しました。

各条項のポイントを以下に整理します。

  • みなし清算条項:M&A時にも清算と同じ分配ルールを適用。定款だけでなく財産分配契約書に規定する。
  • ドラッグ・アロング条項:全株主に強制売却を求める権利。発動条件の設計が経営株主のイグジット戦略を左右する。
  • 新規株主の参加条項:ラウンドごとに全株主が財産分配契約書に参加することを確保する仕組み。

資金調達の各フェーズで弁護士と連携しながら、自社の状況に最適な設計を追求することが、スタートアップの持続的な成長とスムーズなイグジット実現への近道となります。


[1] 経済産業省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)47頁

[2] 経済産業省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂版)50頁




スタートアップ法務に関するご相談は、GVA法律事務所へ

エクイティファイナンスや投資契約・財産分配契約書など、

スタートアップの資金調達・イグジット法務を専門の弁護士が丁寧にサポートします。

初回相談(30分)無料。まずはお気軽にお問合せください

顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)