
執筆:弁護士 岡野 琴美 (フィンテックチーム)
皆さんは、「種類株式」や「優先株式」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。近年、スタートアップの資金調達において種類株式の活用は一般的になっています。資金調達にあたり種類株式を活用したいがどのような種類株式を発行すべきかわからない、VCなどの投資家から種類株式の発行を求められているが発行するべきなのかわからない、といったお困りごとを抱えている事業者様も多いのではないでしょうか。
本記事では、全3回に分けて、スタートアップが知っておくべき種類株式の基礎知識を解説いたします。
第1回では、種類株式の概要やスタートアップが種類株式を発行する意義についてみていきましょう。
第2回では主に各種種類株式の内容について、第3回では主に種類株式の発行方法について解説いたしますので、種類株式の発行を現に検討されている事業者様はもちろん、将来的に資金調達を予定されている事業者様や、スタートアップに携わる全ての方に、ぜひ最後までお読みいただければと思います。
1.種類株式とは
会社法は、株式会社が権利の内容の異なる2種類以上の株式を発行することを認めています。「種類株式」とは,剰余金の配当や残余財産の分配等、一定の事項に関して株主の権利を優先または制限し、複数の種類の株式を株式会社が発行する場合の各株式のことをいいます(会社法108条1項)。
いわゆる普通株式も定義上は種類株式の一種となりますが、実務上、種類株式というときは普通株式以外の株式を意味することが一般的ですので、本記事でも、「種類株式」は普通株式以外の株式を指す言葉として使用しております。
そして、剰余金の配当等において普通株式に優先することを定めた種類株式を、一般に「優先株式」といいます。「優先株式」が普通株式にどのように「優先」するのかはさまざまであり、配当においては普通株式に優先するものの、議決権がないといった内容の優先株式もあります。
会社法で明記されている種類株式の内容は9種類ですが、契約で個別に合意することによって、多様な内容を設定することができます。もっとも、種類株式の内容を契約ごとに個別に設定できるということは、投資家それぞれのニーズに合わせた種類株式を柔軟に設定できるというメリットがある反面、発行後の運用が過度に複雑になってしまったり、その後の投資ラウンドでの交渉が難航したり、種類株式間の整合性が取りづらくなったりといったデメリットも想定されます。
よって、種類株式の発行にあたっては、中長期の資本政策を考慮して、その内容を慎重に設計することが重要となります。
2.日本における種類株式の活用
スタートアップの株式による資金調達には、普通株式による資金調達と種類株式による資金調達があります。海外、特にシリコンバレー等アメリカのスタートアップ企業が資金調達をする際には従来から種類株式が広く用いられていましたが、日本のスタートアップ黎明期においては、普通株式による資金調達が主流となっていました。
その理由としてはさまざまな点が指摘できますが、主な理由として、以前の商法においては、種類株式として発行できる株式の内容が厳格に制限されており、種類株式の種類が限定的であったことや、原則として種類株式の内容を定款で定めなければならず、種類株式発行を機動的に行いにくかったこと、どのような場合に種類株主総会決議が必要なのか明確ではなく、法的リスクを内包していたことなど、種類株式の使い勝手が悪かったことが考えられます。しかし、平成13年及び平成14年における商法改正をふまえて、現在ではかかる制度上の問題点は解消されているといえます。また、近時多様な株式の発行への需要が高まったことや、種類株式の発行には以下のように発行会社と投資家双方にメリットがあることから、近年日本においても種類株式が広く活用されるようになり、現在では、1億円以上の資金調達においては種類株式を用いることが主流となっています。
3.種類株式を発行する意義
(1)投資家にとってのメリット
投資家にとっては、種類株式を取得することにより投資のリスクを軽減することが最も大きいメリットといえるでしょう。投資家にとって、様々な権利が付与された優先株式は、投資リスクの高いスタートアップに多額の資金を拠出することの保険になり得ます。例えば、仮にベンチャー企業が倒産等により清算することになった場合であっても、種類株式において残余財産の分配について他の投資家に対する優先権を設定しておくことで、損失を回避する、あるいは損失を一定の範囲にとどめることが可能となります。
また、たとえ持株比率が少ない投資家であっても、種類株式に役員選任権や拒否権を設定することにより、持株比率以上の影響力をスタートアップに行使することが可能となります。このように、保有する議決権の割合に係わらず、スタートアップの経営に関与することができるのも、投資家にとって種類株式を活用するメリットとなります。
(2)発行会社(スタートアップ)にとってのメリット
上記のとおり、普通株式に優先する権利を付与した種類株式を発行することが投資家にとってメリットとなることは明らかですが、一方で、発行会社であるスタートアップ側にはメリットがないのではないか、と考える方もいるかもしれません。
しかし、発行会社にとっても、種類株式を発行することには以下のようなメリットがあるのです。
① 持株比率の希釈化を押さえた資金調達
優先的な権利の付された種類株式は、普通株式よりも一定程度高い価値を持つと評価されるため、一般に、種類株式一株当たりの株価を普通株式の公正価格よりも高く設定することが可能となります。
たとえば、投資家が5,000万円を投資する場合において、普通株式の価額が20万円/1株であるところ、種類株式を50万円/1株として設定する事例を考えてみましょう。
普通株式の発行による場合、発行会社は投資家に対し、250株(5,000万円÷20万円/1株=250株)を付与することになります。
一方で、種類株式の発行による場合、発行会社は投資家に対し、100株(5,000万円÷50万円/1株=100株)を付与することになります。
このように、発行会社は、規模の大きい資金調達を行う場合であっても、より少ない株数を発行して必要な額の資金を調達することができ、既存株主の持株比率の希釈化を抑えることができます。
また、持株比率の希釈化防止以外にも、無議決権株式や議決権制限株式を発行することによって、資金調達後も創業者が会社の支配権を堅持することが可能となります。
② 出資時点での過度な責任の回避
仮に残余財産分配権などにより投資資金の最低限の回収が確保できる等、投資リスクの軽減ができるようであれば、投資契約上の買取り条項(一定の状況下でベンチャー企業や経営者による発行株式の買取りを約定させる条項)等、スタートアップ側が出資時点で過度な責任を負うことを回避することも可能となります。
※ストック・オプションの行使価額は必ずしもオプションの目的となる株式の公正価格である必要はありませんが、行使価額がオプションの目的となる株式(通常は普通株式)のオプション付与時の公正価格以上であることが、行使時課税の繰延が認められるための1つの要件とされます(租税特別措置法29条の2第2号)。
4.設計方法
種類株式の内容の多くの事項については、それぞれいくつかの選択肢があり、スタートアップにとって望ましいものもあれば、投資家にとって望ましいものもあります。このうちいずれが選択されるかはスタートアップと投資家との間の交渉により決定されることになりますが、投資家の目線は、どのステージにいるスタートアップに投資するのかによって様々であり、また、投資家の属性によっても異なります。
種類株式の内容は、スタートアップにどれほど逼 迫した資金需要があるか、当該スタートアップへの投資を希望する投資家がどれほど多いか、全体的な投資環境がスタートアップにとって有利か、投資家側にとって有利か等の要因により、個別の案件ごとにスタートアップ・投資家間のバーゲニング・パワーは異なります。出資を受ける立場であるスタートアップは、多くの場合、投資家からの投資条件の提案をある程度尊重せざるを得ないと想定されますが、種類株式は、双方に上記のようなメリットがある一方で、一度発行すると、次回ラウンドの資金調達において、発行済種類株式の内容を前提にその後の資金調達の条件を検討することとなります。
また、次回ラウンドの調達時には、前回と同様もしくはそれ以上に投資家に配慮した契約を締結しなければならない可能性が高く、スタートアップとしては、種類株式の発行にあたり、その内容と効力を十分に理解した上で、既存の利害関係者とも協議をし、投資家との十分な交渉を経て、将来を見据えたうえで慎重に設計を行う必要があるといえるでしょう。
第2回では、スタートアップが発行することが多い種類に焦点を当て、各種種類株式の内容について解説していきます。
監修
弁護士 熊谷 直弥
(2012年の弁護士登録以来、一貫して企業法務を扱う。中小企業から上場企業まで広く担当し、契約法務、人事労務、紛争、渉外法務、商標等で研鑽を積む。2019年GVA法律事務所入所後、スタートアップ企業の法務支援に注力し、IPOやその先の成長までの伴走を複数経験。顧問先スタートアップSaaS企業の監査役を務める。所内のWEB3チームのリーダーとして、NFT関連ビジネスや暗号資産、STO、その他トークンビジネス等の研究及び実務を対応。NFT書籍の監修の他セミナー等でのNFTに関する情報発信も多数。)