【弁護士解説】老人ホーム事業者が取るべき対策

執筆:弁護士 大橋 乃梨子  (メディカル・ビューティー・ヘルスケアチーム)

1.はじめに

 現在、65歳以上人口割合は2020年から一貫して上昇し、今後高齢化はより進行するとされています。
 高齢者にとってより便利なサービスの提供や開発が日々進むなかで、全国でも多くの老人ホームが運営されており、利用者も年々増えています。
 このような、老人ホームを運営するときに気を付けることはなんでしょうか。
 老人ホームを運営するためには、様々なルールや契約時における留意点等、サービス提供事業者として留意すべきポイントが多くあります。
 そこで、本記事では、弁護士の視点から、高齢者施設、主に有料老人ホームのサービス提供者として留意すべきポイントとして、

① 利用者との契約において注意するポイント
② 利用者の個人情報等を取り扱う際に注意するポイント

について詳しく解説します。

2.利用者との契約のポイント

 有料老人ホーム事業者が利用者にサービスを提供する場合、利用者とは、サービスの利用契約を締結しますが、その際のポイントはなんでしょうか。

 ここでは、

① 契約書に必要な条項
② 契約書で定めてはいけない条項
③ 重要事項説明書の提供
④ 利用者の意思能力の確認
⑤ その他の注意点

を見ていきましょう。

(1)   契約書に必要な条項

 厚生労働省が定める「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」には、利用契約書に明示すべき事項として、以下のものを定めています。

有料老人ホームの類型

提供されるサービス等の内容、利用料等の費用負担の額

入居開始可能日

身元引受人の権利・義務

契約解除の要件、その場合の対応

前払金の返還金の有無

返還金の算定方式及びその支払時期等

 そのため、事業者は、これらの事項がしっかりと契約書に定められているかを確認しましょう。

(2)契約書に定めてはいけない条項

 また、消費者契約法(平成十二年法律第六十一号)の適用を受けますので、契約内容が同法に反していないかという点も確認する必要があります。

 具体的には、

・事業者の賠償責任を全て免除する条項
・事業者に故意・重大な過失がある場合に賠償額の一部を免除する条項
・利用者がどんな場合でも契約を解除(キャンセル)できないとする条項
・利用者が成年後見制度を利用すると契約が解除されてしまう条項
・違約金が事業者の平均的な損害額よりも高額になっている条項

等の条項は、消費者契約法によって無効になります。そのような定めをしても意味がありませんので、このような条項がないかどうかも確認しましょう。

(3)重要事項説明書の提供

 また、老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号)第29条第7項及び同施行規則第20条の8、第20条の5第16号により、施設において供与される便宜の内容、費用負担の額その他の入居契約に関する重要な事項を説明することを目的として作成した文書(いわゆる重要事項説明書)を提供する義務があります。

(4)利用者の意思能力の確認

 施設の利用契約は、原則として施設と利用者本人との間で締結します。
 この場合、契約が有効に成立するためには、利用者に意思能力と行為能力があることが必要です。
 契約は、利用者が「この老人ホームを利用したいので契約をしたい。」という意思を表示し、事業者が「分かりました。契約に応じます。」と受諾することで成立します。
 この時に、利用者に必要な能力が、意思能力と行為能力です。
 まず、意思能力とは、有効に意思表示をする能力のことをいいます。
 民法(明治二十九年法律第八十九号)では、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする(第3条の2)と規定されています。
 次に、行為能力とは、契約等の法律行為を単独で確定的に有効に行うことができる能力をいいます。
 制限行為能力者による契約締結等の行為は、取消しの対象となります(民法第8条、第13条第4項、第17条第4項)。具体的には、成年被後見人や被保佐人等が規定されています。
 この意思能力や行為能力は、一般的には問題になることが多くありません。
 しかし、老人ホームの利用者の場合、高齢の方が多く、加齢により、判断能力が衰えてしまっていることがあります。
 そのため、契約するときは、利用者の方が十分な意思能力があるかどうか、行為能力の制限を受けているかどうかの確認が必要です。
 具体的には、利用者本人が意思能力を有するかを確認し、意思能力を有していない場合や疑いがあるときは、代理人になる成年後見人が付いているかを確認する必要があります。
 また、利用者本人の行為能力が制限されている場合には、それに合わせた対応が必要です。
 成年被後見人であれば、代理人たる成年後見人と契約手続きを実施する必要があります。
 被保佐人であれば、施設の利用契約の締結に対して、保佐人の同意(民法第13条)があるか確認する必要があります。

(5)その他の留意点

 最後に、利用料の支払が滞る場合等に備えて、保証人を付けてもらい、保証契約を締結することも検討する必要があります。
 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じないとされている(民法第446条第2項)ので、口頭で約束するのではなく、必ず契約書を作成することが必要となります。運用に際して注意が必要です。

3.利用者の情報の取扱いに関するポイント

(1)概要

 有料老人ホームでは、利用者本人の個人情報を扱うのは当然ですが、その他にもご家族の個人情報等、多くの個人情報が扱われます。
 特に注意が必要なことは、老人ホームでは、利用者の健康管理も行いますので、扱う一般的な個人情報(個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号)(以下「法」といいます。)第2条第1項)だけでなく、病歴、健康診断の結果等の要配慮個人情報(同法第2条第3項)も含まれることです。

(2)事業者が負う守秘義務

 社会福祉士及び介護福祉士法(昭和六十二年法律第三十号)第46条、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第68条の37等において秘密保持義務が定められており、介護事業者及びスタッフにとって、守秘義務は遵守すべき重要な義務といえます。
 守秘義務の対象になる情報には、個人情報はもちろんですが、利用者に関する事項が広く含まれます。

(3)個人情報

 個人情報保護法において、「個人情報データベース等」は次のように定義されています。(法第16条第1項)

この章及び第八章において「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の集合物であって、次に掲げるもの(利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるものを除く。)をいう。
一 特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの

 

 また、「個人情報取扱事業者」は次のように定義されています。(法第16条第2項)

 この章及び第六章から第八章までにおいて「個人情報取扱事業者」とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者をいう。ただし、次に掲げる者を除く。
一 国の機関
二 地方公共団体
三 独立行政法人等
四 地方独立行政法人

 有料老人ホームの場合、利用者本人や家族の情報を取得し、事業用のデータベース等で保管しているものと思いますので、個人情報取扱事業者として、個人情報保護法の規定を遵守する必要があります。その一部をご紹介します。

 具体的には、病歴等を含む要配慮個人情報の取得に際しては、本人の同意を得る必要があります(法第20条第2項)。
 個人情報の取扱いに際しては、利用目的を定めることが必要で(法第17条)、利用できるのは、その目的の範囲内に限られます(法第18条)。
 また、適正に取得すること(法第20条第1項)や、利用目的を利用者に通知する必要(法第21条)があります。
 守秘義務を守り、個人データの漏洩や滅失を防止するため、適切な安全管理措置を講じる(法第23条)ほか、実際に個人データを取り扱う従業者に対しては、必要かつ適切な監督を実施しなければなりません(法第24条)。
 また、個人データを第三者に提供する場合には、原則として利用者本人から同意を取得する必要があります(法第27条)。
 保有個人データに関する事項の公表、開示、訂正等に関する規定も確認する必要があります(法第32条~第35条)。

 さらに、「医療・介護事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(個人情報保護委員会・厚生労働省)が定められていますので、同ガイダンスの内容を確認して、施設内における個人情報の適切な取扱いを定める必要があります。

 日々多くの情報が取り扱われることをふまえると、情報の取扱いについて一律的に整備・周知可能なよう、プライバシーポリシーや個人情報取扱規程を整備することもひとつの有用な方法です。

 その他、近年では現場のデータを活用した新たなビジネスも生まれています。
 このようなデータ利用を適法に実施するための規制についてもチェックする必要があります。

4.最後に

 本記事では、契約と個人情報の取扱いに関するポイントを見てきました。

 契約では、

・契約書に必要な事項が漏れなく入っているかどうか
・契約書に問題のある条項はないか
・利用者の判断能力に疑問がある場合に、このまま契約してもよいのか

等の確認が必要ですし、

 個人情報については、

・取り扱う個人情報ごとに正しく利用目的を定められているかどうか
・適切に取得できているかどうか
・第三者に提供する場合のルールを守れているかどうか

等が重要になります。

 これらを適切にできていないと、契約トラブルに繋がったり、個人情報保護法に違反してしまう可能性もあります。

 GVA法律事務所では、法令やガイドラインに沿った契約書の整備や、個人情報の取扱いに関するアドバイスやプライバシーポリシーの作成のサポートをしております。

 本記事を読んで、自社の対応に不安を感じる方や、専門家によるチェックやサポートをお望みの方は、初回相談は30分無料で行っておりますので、お気軽にお問合せください。

監修
弁護士 早崎 智久
(スタートアップの創業時からIPO以降までの全般のサポート、大手企業の新規事業のアドバイスまでの幅広い分野で、これまでに多数の対応経験。 特に、GVA法律事務所において、医療・美容・ヘルスケアチームのリーダーとして、レギュレーションを踏まえた新規ビジネスのデザイン、景表法・薬機法・健康増進法などの各種広告規制への対応、医療情報に関する体制の整備などが専門。)

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