タイにおける労働者保護法の改正

執筆:弁護士 靏拓剛弁護士 公文 大国際チーム



今般、タイにおいて、労働者保護法(Labor Protection Act。以下、「LPA」といいます。)が改正され、2025年12月7日から施行されています。また、2025年12月8日、労働省から、改正内容に関する解説(以下「労働省解説」といいます。)が公表されました。

今回の改正は、主として妊娠や出産について従業員の保護を強化するものとなっています。

以下、改正の内容を概観します(なお、今回の改正では、国営企業など政府系機関における雇用ルールについての改正も含んでいますが、この点は省略します)。


出産休暇の期間伸長

改正前まで、女性従業員は、1回の妊娠につき、98日間の出産休暇を取得することができました。
今回の改正で、この期間が120日に伸長されました(LPA第41条改正)。
また、改正前まで、女性従業員が出産休暇を取得した場合には、45日まで有給として賃金を全額支払わなければならないこととされていました。
今回の改正で、この賃金全額を支払うべき日数も60日に増加されています(LPA第59条改正)。
したがって、2025年12月7日以降、「出産休暇は120日まで取得可能であり、そのうち60日が有給」となりました。

この点、労働省解説によると、12月7日よりも前に出産休暇を申請して現在出産休暇中にある従業員についても、この最長120日、60日有給というルールが適用されます。したがって、その従業員が120日までの期間延長を申請する場合は、会社は延長に応じなければなりません。また、有給となる範囲については、12月7日の時点ですでに改正前のルールに従い45日分を有給として扱っていたとしても、12月7日以降の出産休暇のうち15日分(60日と45日の差分)まで有給とすべきこととされています。
他方、12月7日の時点ですでに出産休暇98日を使い終わっていた従業員については、改正法の施行日時点ですでに出産休暇の権利がなくなっているため、22日(120日と98日の差分)の追加的な休暇を請求したり、そのうち15日分を有給とするよう請求したりすることはできないこととされています。

なお、念のため補足しておくと、出産休暇を連続して取得する場合、その期間中の週休日や祝日も取得日数にカウントされます(この点は、改正前から変更がありません)。 例えば、土曜と日曜が週休日である場合において、2025年12月10日から120日間の出産休暇を連続して取得する場合、その末日は、2026年4月8日となります。この間、土曜と日曜が合計34日間ありますが、この34日間も120日間の休暇日数に含まれるのです。


子が合併症等を有するおそれがある場合の出産休暇の延長

今回の改正で、生まれた子が合併症等のリスクを抱えている場合に出産休暇を延長できる旨の規定が新設されました。
つまり、女性従業員は、出産休暇を取得している場合、生まれた子が合併症・障害・異常を有するおそれがあるときは、連続15日の追加の休暇を取得することができます。ただし、この追加の休暇を取得する場合、従業員は、医師が発行した診断書を会社に提出しなければなりません(LPA第41条4項。新設)。
この点、条文上は「連続15日の追加の休暇」と規定されていますが、必ず連続で取得しなければならないわけではなく、分割して取得することも可能です。また、15日間の取得が必須ではなく、15日未満の日数での取得も可能です。ただし、休暇が連続して取得される場合、その期間中に含まれる休日も、休暇日数の合計に含まれます。
また、条文上では明示されていませんが、労働省解説によれば、この休暇の対象となる子の合併症・障害・異常は、出産に起因するものに限定されています。つまり、出生時には健康であったものの、その後の不適切なケアによって合併症等が生じた場合、この追加の休暇の対象とはなりません。もっとも、どの範囲のものが「出産に起因する」と評価されるかは不明瞭ですので、会社側の基本的な姿勢としては、明らかに出産とは関係しない場合を除き、この休暇を認めていく運用となるのではないかと予想します。

なお、この追加の休暇中、会社は、その従業員に対して賃金の50%を支払わなければなりません(LPA第59条の1。新設)。

配偶者の出産支援休暇

今回の改正で、出産後の配偶者を支援するために休暇を取得できる旨の規定が新設されました。
つまり、従業員は、出産後の配偶者を支援するため、出産日から90日が経過するまでの間に、最大15日まで休暇を取得することができます(LPA第41条の1。新設)。
この15日間は、連続して取得することも、分割して取得することも可能であり、15日未満の日数での取得も可能です。ただし、休暇が連続して取得される場合、その期間中に含まれる休日も、休暇日数の合計に含まれます。
また、この休暇を取得できる従業員は、出産した人と法律上の婚姻関係にある者に限られます。ただし、性別は問いませんし、休暇を取得する従業員と子との間に血縁関係があることも要求されていません。例えば、もともと他人の子を妊娠していた女性と婚姻した男性も、その出産を支援するためにこの休暇を取得できます。
この点、条文上は明記されていませんが、会社は、この休暇の取得を申請する従業員に対し、婚姻証明書や出生証明書など関連書類の提示を求めることができると考えられます。

なお、この休暇は全期間を有給として賃金を全額支払わなければなりません(LPA第59条の2。新設)。

労働条件報告書の書式交付の廃止

改正の前後を問わず、10人以上の従業員を雇用する会社は、毎年1月、労働条件に関する報告書を労働省に提出しなければならないこととされています。
この点、改正前までは、労働局担当官が、10人以上の従業員を雇用する会社に対して報告書の書式を「配布」すべきこととされていましたが、実務上、書式の配布はされておらず、会社が労働省のウェブサイトからダウンロードする運用が定着していました。今回の改正は、ルールをこの実務上の運用に合わせるものであり、労働担当官から会社への書式の配布が廃止されています(LPA第115条の1改正)。
つまり、会社のすべきことには変更がありません。

さらなる改正の可能性(2025年12月24日現在)

もともと、今回改正されたもののほかにも様々なLPAの改正法案が国会に提出されていました。
2025年12月24日現在、下院が解散されたためこれらは廃案となりましたが、選挙後あらためて国会への法案提出及び審議が行われる見込みです。
審議される可能性のある重要な改正案は、次のとおりです。

・週休日を1日から2日に増加

・週の労働時間の上限を48時間から40時間に短縮

・年次有給休暇の日数を6日から10日に増加

・職場への授乳施設の設置の義務化

・家族の病気を看護するための休暇の導入

・月経休暇の導入

これらの改正が実現すれば、各会社の就業日や所定労働時間などに大きな影響を与えます。公布から施行までには相応の猶予期間が設けられるはずですが、いずれにせよ、改正の動向をしっかりと見守る必要があります。

以上

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