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これまで、タイとマレーシアにおいて民事訴訟手続を紛争解決手段として選択した場合を想定して、それぞれの国における民事訴訟手続について概観しました。
今回は、フィリピンにおける民事訴訟手続を概観し、その特徴について整理します。
第1 フィリピンの裁判所の基本構造
フィリピンの裁判所の構造は、おおよそ以下のとおりです。一部の例外はありますが、フィリピンも日本と同じように三審制(地裁⇒高裁⇒最高裁)を採用しています。
Regional Trial Courts(地方裁判所)
基本的に第一審として審理を行う。
Court of Appeals(高等裁判所)
Regional Trial Courts等からの上訴を扱う。日本でいう高等裁判所。
Supreme Court(最高裁判所
Court of Appeals等からの上訴を扱う。日本でいう最高裁判所。
第2 民事訴訟の第一審手続の流れ
(1) 流れ
フィリピンにおける民事訴訟第一審の流れは、おおよそ、以下のとおりです。
① 原告による訴状の提出
② 被告による答弁書の提出
③ その他主張書面の提出
④ プレ・トライアル
⑤ 裁判所付属調停(CAM)と司法的紛争解決(JDR)
⑥ トライアル(審理)
⑦ 判決
(2)原告による訴状の提出
訴訟提起は、日本と同様、裁判所への訴状の提出によって行われます。
(3)被告による答弁書の提出
訴状提出後、裁判所が被告に対して訴状を送達します。
被告は、原則として、訴状が送達されてから30日以内に答弁書を提出しなければなりません。
答弁書においては、訴状に記載された事実について、事実として認めるか否認するかを明示する必要があります。そして、具体的に否認されていない事実は、事実として認めたものとみなされ、以後、争うことができなくなります。そのため、被告は、原告の主張をしっかりと検討して、否認すべき部分を洗い出し、漏れなく否認しておく必要があります。
(4)その他主張書面の提出
当事者は、訴状や答弁書に記載していない主張を追加したい場合、プレ・トライアルが始まるまでであれば、書面を提出して主張を追加することができます。
もっとも、日本のように何度も書面を提出するようなことは行われていません。実務上、訴状や答弁書の提出後さらに主張を追加するケースはそれほど多くなく、新たな事実が発覚した場合などに限られており、仮に追加するにしても1回程度にとどまっています。また、主張に関する修正を行う場合には裁判所の承認が必要となります。
基本的には、原告であれば訴状で、被告であれば答弁書で、全ての主張を展開しておくべきでしょう。
(5)プレ・トライアル
プレ・トライアルは、事実関係や争点について確認し、取り調べる証拠を決定することを目的とした手続です。
当事者は、プレ・トライアル期日の前に、それぞれの主張に関する事実や争点を整理した書面、取り調べを求める証拠の一覧等を提出しなければなりません。そして、プレ・トライアル期日において、裁判所の主導のもと、争点や取り調べるべき証拠(尋問すべき証人を含む)等が整理されるのです。
この点、プレ・トライアル終了後に新たな主張や証拠を追加すると、プレ・トライアルでの争点整理等が無駄になりかねません。そのため、プレ・トライアル後の主張や証拠の追加は、原則的に禁止されています。したがって、プレ・トライアルまでに、主張すべき事項を全て主張しておくこと、及び、取り調べてほしい証拠全ての取調べ請求をしておくことが大切です。
なお、補足として、フィリピンでは、自分の主張の立証方法の一つとして、相手方に対し宣誓の上で質問に書面回答するよう求めたり、相手方が保持しているはずの文書やデータを提出したりするよう求めることができます。
(6)裁判所付属調停(CAM)と司法的紛争解決(JDR)
プレ・トライアルの後、一部の例外的ケースを除き、裁判所付属調停(Court-Annexed Mediation:CAM)が行われます。これは、和解による友好的解決を目指したプロセスですが、CAM開始から30日以内に和解に至らなければ終了するという期限があります。
もっとも、CAM内で和解に至ることができずとも、裁判官が和解の可能性が高いと考えた場合、司法的紛争解決手続(Judicial Dispute Resolution:JDR)という、CAM同様に和解を目指す手続に進みます。
(7)トライアル(審理)
CAM(やJDR)で和解に至らない場合、トライアルという審理手続に進みます。トライアルでは、証人尋問を含む証拠の取調べが行われます。
トライアルは英語で行われます。タガログ語も使用可能ですが、英語に通訳されます。
トライアルにおいて当事者が行うべきことは、プレ・トライアルにて取り調べることが決定された証拠の提出、及び、尋問です。
なお、尋問の基本的な流れは、日本における尋問と同様、申請した側による尋問(主尋問)から始まり、相手方による反対尋問、申請した側による再尋問(再主尋問)、相手方による再反対尋問と進みます。また、裁判所は証人に対して適宜質問することができます。
(8)判決
裁判所は、トライアルの結果を踏まえ、判決を下します。
(9)判決に不服がある場合
判決に不服がある場合は、控訴や上告ができます。控訴の場合は法律に関する争点や事実に関する争点に関して争うことができますが、上告は主に法律問題を審理する手続とされています。
(10)所要期間
訴訟提起から第一審判決が出るまでには、少なくとも2年程度を要します。
また、上訴がされた場合、控訴審には2年程度、上告審には1年程度を要します。
つまり、上告審まで手続が進むと、訴訟開始から訴訟終了まで約5年という長い期間がかかってしまいます。
第3 強制執行
フィリピンでも、日本と同様、民事訴訟において原告の請求を認容する判決(勝訴)が出た場合、原告は強制執行の手続により、強制的に請求を実現することができます。もっとも、控訴や上告がされた場合、控訴審や上告審での判決が出るまでの間は、原則として強制執行することができません。
第4 民事保全
フィリピンにも、日本と同様、仮差押えなどの民事保全手続があります。
しかしながら、フィリピンでは民事保全手続を利用できる場面が限られているため、日本ほど利用されていないと思われます。例えば、売買代金、業務委託料、貸付金といった一般的な金銭の支払を請求については民事保全手続を利用できません。民事保全手続を利用できるのは、被告がその事案において詐欺を行った場合などに限定されているのです。
また、民事保全手続を利用できる場合であっても、民事訴訟を提起した後でなければ申立てを行うことができません。
第5 調停・仲裁
フィリピンでは、ADR法(裁判以外の紛争解決手続について定めた法律)のもと、紛争解決手段として調停や仲裁が広く利用されています。
調停が成立した場合、裁判所にその成立に関する承認を受けることができ、この承認には判決と同様の効力があります。つまり、調停の内容に従って強制執行に及ぶことができるのです。
また、仲裁における仲裁判断(判決に相当するもの)にも判決と同様の効力がありますので、これに基づいて強制執行に及ぶことができます。
第6 紛争解決手段としての民事訴訟手続の適合性
フィリピンでは、判決が出るまでに第一審だけでも2年以上を要し、控訴等があればさらに長期化します。また、特に地方では、紛争の相手方が裁判官に賄賂を渡したことによって不当・不公正な判決がされることがあると言われています(他方、マニラでは、賄賂による不当・不公平な判決がされることはあまりないと言われています)。
このような問題を避けるため、紛争を裁判所で解決するのではなく仲裁によって解決するという選択肢を視野に入れておくことをおすすめします。
ただし、仲裁により解決を図るためには、当事者間に「仲裁により紛争を解決する」という合意があることが必要とされています。いざ紛争が生じた後にこのような合意をすることは難しい可能性が高いので、例えば、取引開始時の取引基本契約書内で合意しておくといった事前の対応が大切となります。
監修
フィリピン法弁護士 (Not admitted in Japan) Richard Leonard A. Cruz
フィリピン法弁護士 (Not admitted in Japan) Marcus J. Valdez