【弁護士解説】東南アジア諸国の民事訴訟手続 vol.1 タイの民事訴訟手続

執筆:弁護士 靏 拓剛、弁護士 Poom Kerdsang国際チーム

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『紛争事例で学ぶ国際紛争 vol.1 解決手段の検討』から『紛争事例で学ぶ国際紛争 vol.3 準拠法の検討』にて、紛争解決手段の検討や、どの国のどの機関で紛争を解決すべきかいった点について概観しました。

今回は、もしタイの裁判所で紛争解決する場合を想定して、タイにおける民事訴訟手続について概観します。

第1 タイの裁判所の構成

タイの裁判所は、司法裁判所、行政裁判所、憲法裁判所、軍事裁判所の4つによって構成されています。このうち、司法裁判所が、いわゆる民事事件や刑事事件などを管轄しています。そして、行政裁判所は行政事件を、憲法裁判所は合憲性等が問題となる事件を、軍事裁判所は軍内部の犯罪や違法行為を、それぞれ管轄しています。

憲法裁判所などでの特殊な事件を除き、タイでも、日本と同様に三審制が採用されており、司法裁判所は、第一審裁判所、控訴裁判所、最高裁判所に区別されます。

民事事件に関して述べると、第一審裁判所は、原則として、係争額に応じて、県裁判所又は簡易裁判所のどちらかとなります。ただし、一部の紛争、例えば、労働に関する紛争、国際取引に関する紛争、知的財産に関する紛争などについては、それぞれの事件に特化した専門裁判所が第一審裁判所となります(例えば、労働に関する紛争であれば労働裁判所が第一審裁判所となります)。

第2 民事訴訟の第一審手続の流れ

(1) 訴訟の開始

タイの訴訟提起は、日本と同様、裁判所への訴状の提出によって行われます。

民事訴訟が提起されると、裁判所は、おおよそ訴訟提起から1ヶ月〜2ヶ月後の日を第1回期日として決定したうえ、相手方である被告に対し、訴状や証拠の写しとともに、第1回期日の日時を伝える呼出状を送達します。

この送達は、原則的には被告(の従業員)への手渡しによって行われます。しかしながら、仮に不在等の事情によって誰も受領しないような場合には、被告の住所地の玄関や門といった分かりやすい場所にビニール袋等に入れて貼り付ける方法により送達が行われる場合があります(この貼り付ける方法によって送達された場合でも、通常、次の出勤時などに従業員の誰かが見つけると思われます)。この送達以外には、特に裁判所から訴訟提起されたことを伝える電話がかかってきたりメールが届いたりするといったことはありません。そのため、訴訟が提起されたことに気づかずいつの間にか敗訴していたといった事態に陥らないよう、社内の書類管理体制や報告体制を整えておくことが重要でしょう。

また、被告は、原告の訴状の内容に納得できず争うのであれば、訴状等を手渡しで受け取った場合は受領日から15日以内に、玄関等への貼付けによって受け取った場合は貼付日から30日以内に、反論等を記載した答弁書や証拠を裁判所に提出しなければなりません。ただし、その提出期限を延期するよう裁判所に申請することもでき、通常、延期申請は認められます(申請後2日程度で延期を認めるか否かの決定がされることが多いです)。もっとも、常に裁判所が延期申請を認めるとも限りません。そのため、訴状等を受け取った場合は、すぐにこの延期申請を行うなど、速やかに対応に着手すべきでしょう。

(2) 審理手続

ア    第1回期日

第1回期日では、当事者双方の主張の内容が確認されます。

また、裁判所より、「話し合いでの解決は検討できないか。」と、和解による解決の提案をされることもあります。仮に当事者双方が和解による解決を試みてもよいという意思を有していれば、そのまま和解協議へと進み、場合によっては、その後何度か和解協議のための期日が開催されます。

なお、和解による解決を試みるかどうかは当事者の自由ですので、たとえ裁判所からの提案であっても、これに応じる義務はありません。他方、もし和解による解決も視野に入れるのであれば、和解による解決の提案があった場合に備えて、第1回期日までに、どのような内容であれば和解してよいかという条件などをあらかじめ整理しておくべきでしょう。

 

イ    争点整理

仮に裁判所が和解を提案しない場合や、当事者が和解による解決を拒絶した場合、裁判所は、当事者の主張を比較してどのような法律問題や事実関係について争いがあるか(何について裁判所が検討、判断しなければならないか)をまとめる争点整理へと進みます。

なお、タイでは、日本と異なり、準備書面の提出が行われないことに注意を要します。

日本では、第1回期日後、複数回に渡り、準備書面というかたちでお互いの主張に対する反論を交換し、これにより、双方の主張や争点を明確化・詳細化します。しかしながら、タイでは、このような準備書面の提出の機会がありません(後述のとおり、証人の陳述書を提出する際、その中で反論するということもできますが、反論できる機会があるとしてもその1回限りです)。そのため、何をどこまで訴状や答弁書に記載するかという点について、慎重に検討する必要があります。基本的には、相手方からの反論もあらかじめ想定したうえで主張すべき事項を整理し、漏れなく記載するという姿勢で臨むべきでしょう。

また、争点整理と同時に、証拠調べ・証人尋問の日程が決定されます。

なお、和解が全く試みられない場合など、第1回期日にて、この争点整理や、証拠調べ・証人尋問の日程の決定まで進むことがあります。そのため、誰を証人として申請するかという点についてもあらかじめ検討したうえで、第1回期日に臨むべきでしょう。

 

ウ    証拠調べ・証人尋問期日

証拠調べ・証人尋問期日は、争点整理が行われた日からおおよそ1ヶ月〜2ヶ月後頃に行われます。

当事者は、通常、証拠調べ・証人尋問期日の1週間前までに、証人の認識をまとめた陳述書を裁判所に提出することが求められます。

証拠調べ・証人尋問期日では、当事者双方が提出した証拠の取調べと証人に対する尋問が実施されます。

証人尋問は、基本的には、日本と同様、証人ごとに、まず証人を申請した当事者による主尋問、次に相手方による反対尋問、そして裁判官による補充尋問という流れで進みます。ただし、例えば労働訴訟では最初から裁判所が積極的に自ら尋問を行うなど、別の流れで進む訴訟もあります。

なお、タイの裁判所での訴訟手続は、当然ながらタイ語で実施されます。

そのため、日本語や英語などタイ語以外で書かれている証拠を提出する際には、タイ語訳を添付しなければなりません。したがって、証拠の準備の過程では、翻訳に必要な期間も考慮に入れてスケジュールを組む必要があります。

また、証人尋問についても、証人が日本人であるなどタイ語話者でない場合は、通訳を準備する必要が生じます。しかしながら、証人の母国語とタイ語の両方を話せる人であれば誰でも法廷での通訳ができるというわけではありません。証人尋問では、細かな事実関係に関する質問や回答、各業界特有の専門用語を伴う質問や回答などが頻出します。そのため、通訳が細かな事実関係や専門用語についていけず、せっかく証人が良いことを言っているのに裁判官に伝わらないという事態に陥る可能性も否定できません。証人尋問時の通訳を選ぶ際は、法廷での通訳の十分な経験がある人にするなどの配慮が必要です。

  

(3) 判決

証拠調べ・証人尋問期日のおおよそ1ヶ月〜3ヶ月後頃に、裁判所が、判決を言い渡します。

なお、事件の規模等によっては、裁判所が、当事者に対し、証拠調べ・証人尋問期日から判決までの間に、期限を定めて、証拠調べや証人尋問を踏まえた最終的な主張を書面として提出するよう求めることもあります。

 

(4) 第一審に要する平均時間

第一審の平均的な裁判期間は、おおよそ1年です。

 

 

第3 保全手続

タイにも、日本と同様に、保全手続が存在します。例えば、金銭の支払請求権を保全するため、裁判所に対し、相手方の預金や不動産を仮に差し押さえるよう求める申立てを行うことができます。

しかしながら、タイでは、このような保全申立ては、訴訟提起と同時か訴訟提起後でなければ行うことができません。また、裁判所は、申立てを認めるか否かについて検討する過程で、被告を呼び出して審尋する傾向があります。したがって、日本のように相手方に知られないうちに保全を行うことが困難であり、相手方に知られた結果として裁判所が保全に関する処分を行う前に財産を隠されるというリスクを伴うのが実情です。

 

 

第4 強制執行

タイでも、日本と同様、被告が確定判決に従わない場合には、強制執行に及ぶことができます。例えば、金銭の支払請求権を回収するため、被告の不動産や預金を差し押さえることができます。

もっとも、日本と同様、差し押さえるべき財産は、強制執行を行う者が自ら探して特定しなければならないというハードルがあります。

そのため、もし可能であれば、そもそも紛争が発生する前の段階(取引開始前の与信調査段階など)で、取引相手から資産状況について報告してもらい主要な財産を把握しておく、又は、万が一債権回収不能となった場合の損失が大きくならないよう取引限度額を厳密に管理するといった事前の対策をしておくべきでしょう。

 

 

第5 紛争解決手段としての裁判手続の適合性

アジアの他の国では、裁判官への賄賂やこれによる不公平な判決がしばしば生じる国もあるようです。しかしながら、タイの裁判所ではそのようなことは生じず信頼に足りると理解しておいてよいのではないかと考えます。

 

もっとも、(タイに限らず)外国で訴訟を行うと不利に扱われてしまうのではないかといった不安や、そもそもタイ語のみしか使えないことによる不便さなどを感じる場合もあるでしょう。

そのような場合には、紛争を裁判所で解決するのではなく、仲裁によって解決するという選択肢もあります(仲裁については、国際商事仲裁の利活用などをご参照ください)。

ただし、仲裁により解決を図るためには、当事者間に「仲裁により紛争を解決する」という合意があることが必須です。いざ紛争が生じた後にこのような合意をすることは難しいかと思われますので、例えば、取引開始時の取引基本契約書内でこのような合意をしておくといった事前の対応が大切となります。

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