
1 はじめに
紛争が発生した場合にそれを解決する方法には、大別して、2つの方法があります。
1つ目は、第三者の判断を仰ぐ方法です。
裁判や仲裁がこの方法であり、裁判官や仲裁人という第三者が、紛争を解決するために、最終的な判断を下します。
2つ目は、当事者の和解(話し合い)により解決する方法です。
相手方と任意に交渉したり、調停(調停官が間に入って当事者双方に働きかけ、話し合いでの解決を目指す手続)を申し立てたりするのが典型例です。
なお、裁判には、「裁判上の和解」という手続があります。これは、裁判中に、審理を一時的にストップして(又は、審理と並行しながら)、裁判官の関与のもと、和解での解決を目指す手続です。
和解による紛争の解決は、実際の紛争解決の場面でも大きな比重を占めています。
そのため、仲裁と和解の関係について知っておくことはとても重要です。そこで、今回の記事では、仲裁と和解の関係について、概要を整理します。
2 和解の長所・短所
まず、今回のテーマである和解の長所と短所を一般的に整理すると、以下のとおりとなります。和解には長所と短所がありますが、選択肢として和解を検討することは、ニーズに即した解決を目指す意味で非常に有益です。
(1) 和解の長所
1つ目は、柔軟な解決の可能性です。
裁判や仲裁の場合、裁判官や仲裁人は、法令を適用して、「請求が認められるか、認められないか」を判断します。そのため、法令から離れて条件を付けるなど(例えば、分割払いとする)、当事者双方が受け入れられる内容となるように結論を調整することはできません。他方、和解の場合、当事者は、法令に従った場合の結論に縛られることなく、事案の性質、それぞれの利害や要望を踏まえて条件をつけるなど、解決策の調整を図ることができます。
2つ目は、時間、費用、労力といったコストを抑えられる可能性です。
判決や仲裁判断に至るまでの期間よりも、和解がまとまるまでの期間の方が短いことが多いため(特に、裁判で上訴がされれば判決の確定までに何年もかかることもあります)、その分、コストを抑えることができます。
3つ目は、任意に履行されやすいことです。
判決や仲裁判断が出たとしても、相手方が納得するとは限らず、判決や仲裁判断に従った履行をしないことがあります。そして、仮に相手方が任意に履行しない場合、強制執行に及ぶことを検討せざるをえません。他方、和解の場合、相手方も和解内容に納得しているはずですから、その内容に従って任意に履行する可能性が高いです。
(2) 和解の短所
1つ目は、解決に至らない可能性です。裁判や仲裁の場合、裁判官や仲裁人が結論を出すので、(結論に納得できるかどうかは別として)必ず紛争が解決されます。他方、和解の場合、当事者間での話し合いがまとまることが必要不可欠ですので、話し合いがまとまらない限り、紛争が解決しません。
2つ目は、客観的な妥当性が明らかでない場合があることです。
裁判や仲裁の場合、裁判官や仲裁人が客観的に判断して結論を出します。他方、和解の場合は、当事者間の合意に基づく解決のため、例えば、判決で得られたはずの結論以上に譲歩してしまうという事態がありえます。つまり、その合意が客観的に妥当な内容かどうか明らかでない場合があります。
3つ目は、すぐに強制執行できないことです。
裁判や仲裁の場合、相手方が任意に履行しなければ、判決や仲裁判断に基づき、強制執行に及ぶことができます。他方、和解の場合、あくまでも当事者間での話し合いがまとまっただけですので、強制執行に及ぶためには、裁判や仲裁などを申し立てて、判決や仲裁判断をもらわなければなりません。
ただし、前述した裁判上の和解の場合や(日本民事訴訟法267条、民事執行法22条7号)、後述のとおり和解内容を仲裁判断に反映してもらう場合には、この短所を解消することが可能です。
また、そもそも、和解成立と同時に、相手方に全部を履行してもらう(分割払い等とはせず、その場で全額支払ってもらう、送金してもらう等)という方法が取れれば、強制執行に及ばなければならないおそれ自体をなくすこともできます。
3 仲裁と和解の関係
和解は、大別して、仲裁の前に行われる場合、仲裁の途中で行われる場合、の2つがあります。
(1) 仲裁前に行われる場合
まず、仲裁前に和解が試みられる典型例は、あらかじめ契約書の中で、仲裁の申立て前に和解での解決を試みるべきことが規定されている場合です。ただし、そのような規定がなくとも、一方が和解協議を持ちかけ、これに相手方が応じれば、和解を試みることは可能です。
和解が成立して紛争が解決すれば、あらためて仲裁を申し立てる必要性はなくなります。
なお、契約書上で、仲裁前に和解を試みるべきことを規定する場合、和解協議を行う期間についても明示的に規定しておく方がよいでしょう。和解が望みどおりに進んでいるときは格別、そうでない場合、いつになったら仲裁に移行してよいのか明らかでない場合があるからです。
(2) 仲裁の途中で行われる場合
たとえ仲裁手続が進んでいる途中であっても、当事者が任意に仲裁手続外で和解協議を試みることは可能です。そのような場合、仲裁手続も引き続き行われますが、仲裁人に対して、「当事者間で和解協議を行っているため、いったん、仲裁手続の進行を停止してほしい。」と申し入れ、仲裁手続の進行を一時的に停止してもらうこともあります。この場合、和解による解決に至らなければ、仲裁手続が再開します。
(3) 仲裁の途中で和解が成立した場合の処理
仲裁の途中で和解が成立した場合、当事者は、まず、仲裁申立てを取り下げて仲裁を終了させるという選択肢があります。
また、仲裁人に対して、和解内容を伝え、和解内容のとおりの仲裁判断(Consent Award)をするよう求めるという選択肢もあります。和解内容のとおりの仲裁判断を出してもらえれば、相手方が任意に履行しない場合、この仲裁判断を用いて強制執行に及ぶことが可能です。しかしながら、そのような仲裁判断をするかどうかは、仲裁人の判断に委ねられています。当事者双方がそのような仲裁判断をすることに同意していれば、違法な内容であるなどの例外的な事情がない限り、仲裁人は和解内容に従った仲裁判断をするのが一般的ではないかと思われますが、一応の注意が必要です。
4 調停
(1) 調停とは
前述のとおり、調停とは、調停官という第三者が間に入って当事者双方に働きかけ、和解での解決を目指す手続です。
当事者間だけではなかなか話し合いがまとまらない場合も多いため、和解での解決を目指す場合には、調停手続の利用も視野に入れるべきです。
(2) 仲裁との関係
調停と仲裁は、手続としては別個のものです。しかしながら、これらを組み合わせて紛争解決を目指すことも可能です。つまり、当事者間での和解の試みと同様、仲裁を開始する前、又は、仲裁の途中で、調停を試みるという選択肢があります。
仲裁を開始する前に調停を行う場合としては、和解と同様、そもそも契約上で調停を先行させるよう合意していた場合や、たとえそのような合意がなくとも、一方が調停を申し立て、これに相手方が応じる場合がありえます。
また、仲裁の途中で調停を開始し、その間、仲裁の進行を停止するよう仲裁人に申し入れることも可能です。
なお、多くの仲裁機関は、調停手続を行う機能を備えていたり、提携している調停機関を備えていたりします。そのため、仲裁が視野に入っている場合や、すでに仲裁が開始している場合には、そのような調停機能(機関)を利用するのが簡便です。
(3) 仲裁人の位置づけ
日本の裁判では、裁判官が調停人役を務めて、事件に対するその段階での評価を示したり、和解内容の一案を示したりしつつ、裁判の中での和解を積極的に進めることがあります。
もっとも、これは日本の裁判官の信頼性の高さゆえに行われていることであり、世界的には、裁判官にバイアスがかかることを防ぐ等の目的から、裁判官が和解に関与することは珍しいようです。
仲裁において、仲裁人は、世界的な裁判の傾向と同様、原則的に和解に関与できません。そのため、調停も利用する場合は、調停人と仲裁人は別の者となるのが基本です。
もっとも、当事者双方が同意すれば、仲裁人が調停人を務めることも可能とされていることが多いです。例えば、JCAA(日本商事仲裁協会)の商事仲裁規則では、当事者が書面によって合意すれば、仲裁人を調停人に選任して調停を進めることができる旨が定められています(59条1項)。
なお、日本の裁判で和解を進める場合、裁判官が、各当事者と個別に協議すること(その間、他の当事者は別室で待機)が一般的に行われています。
しかしながら、仲裁では、仲裁人が当事者の一方とだけ連絡を取り合うことは避けるべきとされています。そのため、仲裁人が調停人を務める場合、当事者双方の同意がない限り、個別の協議はされず、当事者双方が同席して協議が進められることが多いです。例えば、JCAAの商事仲裁規則では、個別協議を行うためには当事者の書面による合意が必要であり、かつ、個別協議した場合には、個別協議したという事実を他の当事者に伝えなければならない旨が定められています(59条2項)。
したがって、調停と仲裁を組み合わせることを視野に入れる場合、仲裁人に調停人ともなってもらうのかどうか(可能かどうかを含む)、調停人となってもらうとしてどのように協議を進めるか、といったことを事前に検討しておくべきでしょう。
(4) 調停の効力
日本の裁判所に対して調停を申し立て、日本の裁判所で調停がまとまった場合、その内容は調停調書にまとめられます。そして、相手方が任意に履行しない場合には、その調停調書に基づき、強制執行に及ぶことが可能です(民事調停法16条)。
しかしながら、仲裁機関にて調停がまとまったとしても、この調停により強制執行できないのが原則であり、強制執行しようと思えば、別途、裁判や仲裁を申し立てる必要があります。ただし、前述のとおり、仲裁人に対し、合意した内容に従った仲裁判断をするよう求める余地はあります。
また、国際的な取引に関する調停に基づく強制執行の可否に関して、2020年9月、シンガポール調停条約(国際的な調停による和解合意に関する国際連合条約)が発効しましたので、その締結国においては、裁判等を経ずに強制執行に及ぶことができる可能性が広がっています(もっとも、日本はまだ締結していません)。
調停が成立しても相手方が任意に履行しない場合に強制執行に及ぶことができないという点は、調停の短所の一つではあるかもしれません。しかしながら、一般的に、調停という話し合いによって紛争を解決した場合に、相手方が任意に履行してくれる高い可能性があります。したがって、単に強制執行できないかもしれないという点だけを捉えて調停を敬遠するのは避けるべきです。
(5) 日本の国際仲裁機関
なお、日本では、2018年、国際調停を専門的に取り扱う「京都国際調停センター(JIMC-Kyoto)」が設立されました。ここでは、専門的訓練を受けた調停人による調停手続を利用でき、また、当事者は、調停人候補者リストから選出するなど、調停人の選任にも関与することができ、数ヶ月での調停成立(そのうち当事者が現実に集まるのは1日〜2日)という短期間での紛争解決が目指されています。
5 まとめ
紛争が発生した場合に備えて、複数の解決手段を持ち、理解しておくことは、極めて有益です。そして、以上、概観したように、当事者による和解・調停は、紛争の解決手段の一つとして非常に魅力的であるうえ、仲裁と組み合わせて利用することもできます。
今回の記事が、少しでも皆様の役に立てば幸いです。
『連載:国際商事仲裁の利活用 第1回 国際仲裁とは』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第2回 機関仲裁とアドホック仲裁』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第3回 仲裁手続の流れの概要』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第4回 仲裁合意』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第5回 仲裁判断の承認・執行』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第6回 保全・暫定措置』はこちらから
監修
弁護士 藤江 大輔
(GVA法律事務所入所以来、スタートアップから上場企業まで幅広い規模のIT企業に対して法務サービスを提供し、企業の法務体制構築、ファイナンス支援、バイアウト支援等を行う。また、教育系スタートアップ企業の執行役員に就任し、社内の立場から同社のバイアウトを支援するなど、総合的な法務サービスを提供する。 GVA Law Office (Thailand) Co., Ltd.代表に就任後は、日系IT企業を中心としてタイにおける事業創出支援に従事する。)