【弁護士解説】連載:国際商事仲裁の利活用 第6回 保全・暫定措置

執筆:弁護士 靏 拓剛、弁護士 吉岡 拓磨国際チーム

1 はじめに

 訴訟などの紛争手続において、手続係属中に相手方が証拠を破棄あるいは隠した場合には、十分な立証ができず勝訴判決を得ることが難しくなる可能性があります。また、勝訴判決を得たとしても、相手方が事前に財産隠しをしたり、移転したりした場合には、事実上、強制執行ができないこととなり、望んでいる権利を実現することが難しくなる可能性があります。そのため、日本の民事訴訟手続では、民事訴訟法や民事保全法上、相手方の行為によって証拠や財産が散逸することを防ぐ手段が用意されています。これと同様に仲裁手続においても、暫定措置又は保全措置(以下「暫定・保全措置」といいます。)という類似の手段が用意されています。

 仲裁手続における暫定・保全措置を判断する主体は、仲裁廷と緊急仲裁人があり、これとは別個に、裁判所を利用する場合もあります。本稿においては、暫定・保全措置について、その主体ごとに解説していきます。

2 仲裁廷による暫定・保全措置

(1)仲裁合意の必要性

 仲裁廷による暫定・保全措置も、仲裁手続の一部です。仲裁手続を行うためには当事者間での仲裁合意が必要ですので、仲裁合意が存在しない場合には、仲裁廷は暫定・保全措置を発動することはできません(そもそも仲裁手続を行うこと自体ができません)。仲裁合意がある場合でも、その合意の中で暫定・保全措置を排除・制限していれば、仲裁廷は暫定・保全措置を発動することはできません。
 また、仲裁合意も一種の合意である以上、合意をした当事者だけに効果が及びます。したがって、暫定・保全措置の対象となる者も仲裁合意の当事者だけです。例えば、第三者が有する証拠を保全したい場合であっても、仲裁廷による暫定・保全措置では対応できません。

(2)暫定・保全措置の内容及び要件

ア 暫定・保全措置の内容
 多くの仲裁法は仲裁廷が暫定・保全措置を発動する権限を規定していますが、暫定措置の要件及び内容を具体的に規定している仲裁法は少ないです。例えば、日本の仲裁法は、「仲裁廷は、当事者間に別段の合意がない限り、その一方の申立てにより、いずれの当事者に対しても、紛争の対象について仲裁廷が必要と認める暫定措置又は保全措置を講ずることを命ずることができる。」と規定するにとどまります(24条1項)。
 仲裁地の仲裁法が、暫定・保全措置の内容を具体的に規定していない場合、暫定・保全措置の内容は、各仲裁廷の合理的な裁量により決定されることとなります。
 ただし、日本所在の仲裁機関であるJCAAや香港所在の仲裁機関であるHKIACの仲裁規則など、仲裁機関の定める仲裁規則の中には、仲裁廷が発動しうる暫定・保全措置の内容に関する規定を置いているものがあります。もっとも、そこで列挙されている内容は例示であって、仲裁廷はこれに縛られずその他の措置を講ずることもできるとされていることが多いです(JCAA商事仲裁規則71条1項等)。
 暫定・保全措置の内容を具体的に定めているものの一例として、UNCITRAL(国際連合国際商取引法委員会)の定めている仲裁規則には、以下のとおりの定めがあります(26条2項)。なお、この仲裁規則は、仲裁機関を用いず仲裁を行う「アドホック仲裁」で利用されるものですが、仲裁の標準的な内容を定めているため、これをほぼそのまま仲裁規則として採用している仲裁機関も存在します。

  1. 紛争の決定の継続中、現状を維持し、または、回復すること

  2. ⅰ現時のかつ甚大な損害、または、ⅱ仲裁手続そのものへの侵害、を引き起すおそれのある行為をなすことを阻止し、または、差し控える手段を講ずること

  3. その後の仲裁判断が履行確保されうる財産を保存する手段を提供すること

  4. 紛争解決に関連するまた重要でありうる証拠を保存すること

 具体的には、例えば、紛争の対象となっている財産の処分を禁止したり、支払わねばならない可能性のある金額に相当する資産の維持を命じたり、第三者による調査・検査を行わせたりすることがあります。これらの暫定・保全措置の内容は、日本の民事訴訟手続における、仮処分、仮差押、証拠保全に相当します。

イ 暫定・保全措置の要件
 いかなる場合に暫定・保全措置が認められるかという要件について、多くの仲裁法や仲裁規則は、明確に定めておらず、仲裁廷の判断に委ねています。しかしながら、例えば、JCAAやHKIACなど、具体的に要件を定めている仲裁規則もあります。
 具体的な要件に関する定めの一例として、UNCITRAL仲裁規則第26条第3項は以下の2つの要件がみたされる場合、上記①~③の暫定・保全措置が発せられることを規定しています。

  1. 措置が講じられなければ、損害賠償の仲裁判断により適宜に回復できない害が生ずる恐れがあること、また、措置が許容されたならば、そのような害が、仕向けられた当事者に生ずる恐れがある害を実質的に超えていること

  2. 措置を求める当事者が申立ての本案について成功裏に終わる相当な可能性があること。

 JCAAやHKIACの定める要件も、これと同種のものです。
 また、具体的な規定がなく仲裁廷の判断に委ねられている場合も、仲裁廷は、上記①及び②と同種の事項を主たる考慮要素として判断しているものと考えられます。
 このような暫定・保全措置の要件ないし考慮要素は、日本の裁判所における民事保全の要件と、大きく異なるものではありません。日本の裁判所における民事保全では、被保全権利と、保全の必要性が、民事保全命令(仮差押命令又は仮処分命令)を得るための要件となっているところ、被保全権利は上記②に対応するものであり、保全の必要性は上記①に対応しています。

(3)担保金

 日本の民事保全手続では、仮差押等の民事保全命令を発令する際、申立をした者に対して、担保金の提供を命じることが一般的です。保全を行ったことが結果として不適切であり相手方が損害を被る場合に備えて、その賠償金を担保する目的です。
 これは仲裁廷の行う暫定・保全措置でも共通であり、様々な仲裁期間の仲裁規則が、仲裁廷に対し、暫定・保全措置の発動の条件として、申立人に対し、担保の提供を求めることができることを規定しています。

(4)審理手続

 日本の民事保全手続では、申立てがあった場合、相手方に通知して審理に参加させることなく、申立人の主張や提出した証拠だけに基づき、保全命令を発動することができます。例えば、相手方に預金を仮差押えするかどうかについての審理に参加させると、相手方が、審理している間に預金を引き出すなどして隠してしまう可能性もありますので、このように一方的な手続を可能とすることによって、その実効性が期待できます。
 他方、仲裁廷の行う暫定・保全措置では、これとは逆に、仲裁規則により、相手方に通知して反論の機会を与えなければならないこととされていることが多いです。

(5)暫定・保全措置の執行力

 現在、一部の国では、仲裁廷による暫定・保全措置に執行力が認められており、裁判所による強制的な実現が可能です。しかしながら、仲裁廷による暫定・保全措置には執行力が認められていないのが一般的です。
 もっとも、圧倒的に多くの当事者が、暫定・保全措置を遵守する傾向にあると言われています。仲裁合意の内容には、仲裁廷による暫定・保全措置を遵守することも含まれており、仲裁廷による暫定・保全措置の違反は、仲裁合意に違反していることになるからです。そのため、仲裁廷による暫定・保全措置に違反した当事者に対しては、仲裁合意違反という債務不履行に基づく損害賠償請求が可能であり、これが最終の仲裁判断で認められる可能性があります。また、当事者は、仲裁廷の最終判断を自らに有利なものとしたいため、その仲裁廷の発令した暫定・保全措置に違反して、仲裁廷の心証を悪くするような行動をとりづらいということもあります。

3 裁判所による暫定・保全措置

(1)前提

 仲裁廷は、仲裁手続の開始から2、3カ月あるいはそれ以上の期間を経過してから構成されることもあり、仲裁廷の構成を待っていたのでは、仲裁手続を通じた権利の実現の保全や、証拠の保全が実現できない場合があります。また、前述のとおり、仲裁機関の多くは一方当事者だけの手続による暫定・保全措置の発動を制限しているため、暫定・保全措置の対象となる当事者に知られることなく、暫定・保全措置を発令するためには、裁判所による暫定・保全措置を利用する必要があります。さらに、上述したように仲裁廷による暫定・保全措置には執行力が認められないことが一般的です。また、仲裁廷による暫定・保全措置は当事者以外の第三者に対して効力を及ぼしません。そのため、実効的な暫定・保全措置を行うために、裁判所による暫定・保全措置の発動を申し立てることがあります。

(2)裁判管轄

 何らかの裁判管轄の根拠がなければ、裁判所による暫定・保全措置は認められません。
 例えば、日本の裁判所による暫定・保全措置である民事保全手続を利用する場合には、裁判所に当該民事保全事件に関する管轄があることが前提となります。日本の裁判所の場合、暫定・保全措置である仮処分命令又は仮差押命令を発令するための裁判管轄は、「日本の裁判所に本案の訴えを提起することができるとき」又は「仮に差し押さえるべき物若しくは係争物が日本国内にあるとき」に限り認められます (民事保全法第11条)。この点、仲裁合意がある場合には、裁判所での訴訟手続は却下されるため、「本案の訴えを提起することができるとき」という要件をみたさないとも思えます。もっとも、「仲裁合意がなければ本案の訴えを提起できた裁判所」と解釈することにより、「本案の訴えを提起することができるとき」に該当すると判断した裁判例(東京地裁平成19年8月28日判時1991号89頁)があります。また、同決定は、「我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に沿う特段の事情」がある場合には、日本の裁判所の裁判管轄が認められると判断しました。

(3)暫定・保全措置の内容及び要件

 暫定・保全措置の申立てを受けた裁判所は、同裁判所における暫定・保全措置に関する法令に従って要件を具備しているかを検討します。その内容は仲裁廷による暫定・保全措置の内容と大きくは異なりません。
 もっとも、前述したように、裁判所による暫定・保全措置には執行力が認められること、相手方当事者に知られずに暫定・保全措置を発動できる可能性があること、という違いがあります。
 とはいえ、もちろん、これらは、各国の裁判所による暫定・保全措置の手続のあり方によって差異が生じるところであり、例えば、タイでは、裁判所による暫定・保全措置の審理手続で、相手方に通知して反論の機会を与えることが珍しくありません。

(4)担保金

 前述のとおり、日本の民事保全手続では、保全命令の発動の条件として、担保金の提供を求めることが一般的です。
 他国の裁判所による暫定・保全措置でも、同様に、担保金の提供が求められる可能性があると考えておくべきです。

4 緊急仲裁人による暫定・保全措置

(1)仲裁合意の必要性

 緊急仲裁人の制度は、前述のとおり、仲裁廷の構成に時間を要することから、仲裁廷の構成を待つことができない緊急の要請に応えるための制度であり、現在、多くの仲裁機関により導入されています。各仲裁機関の規則は、関連する限度で仲裁廷に関する規定を準用して、緊急仲裁人に管轄判断、手続の遂行、暫定・保全措置の申立てにつき判断を下す権限があるといった内容を規定しています。
 もっとも、仲裁廷による暫定・保全措置と同様に、緊急仲裁人による暫定・保全措置が認められるためには、仲裁合意が存在していなくてはなりません。また、仲裁機関によっては、仲裁合意の成立時期が、緊急仲裁人制度が導入された時期より後であることを必要とする場合があります。

(2)暫定・保全措置の内容及び要件

 緊急仲裁人による暫定・保全措置も仲裁手続における暫定・保全措置の一種です。そのため、その内容や要件についても仲裁廷による暫定・保全措置と同様です。もっとも、緊急仲裁人手続を申し立てる場合は、仲裁廷に暫定・保全措置を申し立てるよりも一層の緊急の必要性を主張する必要があると考えておくべきです。

5 まとめ

 本稿では、国際仲裁手続による紛争解決を前提とした暫定・保全措置には、①仲裁廷によるもの、②裁判所によるもの、③緊急仲裁人によるものの、3通りがあることを解説しました。このうち、基本的には①と③の手続が利用されることが多いと思われます。①と③の手続は仲裁手続の枠組みで利用することができ、わざわざ裁判所での手続を進めることは、当事者にとっては手続的にも費用的にも負担がかかります。

 もっとも、それぞれの手続は一長一短であり、紛争のタイミングや内容に応じて、適切な手続を選択すべきです。そのためには、まず、紛争を管轄する仲裁機関の仲裁規則や国の法令上、暫定・保全措置についてどのような定めがされており、どのような手続が予想され、どのような結果が期待できるかについて、きちんと把握することが大切です。その一助として、本稿が参考になれば幸いです。

連載:国際商事仲裁の利活用 第1回 国際仲裁とは』はこちらから
連載:国際商事仲裁の利活用 第2回 機関仲裁とアドホック仲裁』はこちらから
連載:国際商事仲裁の利活用 第3回 仲裁手続の流れの概要』はこちらから
連載:国際商事仲裁の利活用 第4回 仲裁合意はこちらから
連載:国際商事仲裁の利活用 第5回 仲裁判断の承認・執行はこちらから

監修
弁護士 藤江 大輔 
(GVA法律事務所入所以来、スタートアップから上場企業まで幅広い規模のIT企業に対して法務サービスを提供し、企業の法務体制構築、ファイナンス支援、バイアウト支援等を行う。また、教育系スタートアップ企業の執行役員に就任し、社内の立場から同社のバイアウトを支援するなど、総合的な法務サービスを提供する。 GVA Law Office (Thailand) Co., Ltd.代表に就任後は、日系IT企業を中心としてタイにおける事業創出支援に従事する。)

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