
『連載:国際商事仲裁の利活用 第1回 国際仲裁とは』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第2回 機関仲裁とアドホック仲裁』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第3回 仲裁手続の流れの概要』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第4回 仲裁合意』はこちらから
1 はじめに
訴訟を提起したり、仲裁を申し立てたりする理由は、当然ながら、そこに紛争があり、その紛争を解決したいからです。
判決や仲裁判断が出された場合、相手方が、その判決や仲裁判断に従い、任意に履行してくれるケースももちろんあるでしょう。
しかしながら、全ての相手方が任意に履行してくれるとは限りません。そのような場合には、判決や仲裁判断に基づく強制執行を検討しなければなりません。例えば、金銭の支払いを求めたケースでは、土地、建物や預金といった相手の財産を差し押えて、競売などにより強制的に金銭に換えて債権を回収することを検討することとなります。
本稿では、このような仲裁判断に基づく強制執行の可能性や手続について概観します。
2 仲裁判断(または判決)の承認・執行とは
仲裁判断(または判決)の承認・執行とは、簡単に言えば、仲裁判断(または判決)について効力を有するものとして承認し、これに基づき強制執行することを言います。
仲裁手続や裁判手続と強制執行が全て一つの国内で行われる場合、基本的に、この承認・執行という問題を気にする必要はありません。しかしながら、これらが別々の国で行われる場合、承認・執行という問題が浮上します。ある国で出された仲裁判断や判決が、別の国でも当然に効力があるものとして承認され、強制執行できるとは限らないのです。
もし別の国で強制執行しようとする場合の方法は、次の2つです。
(1) 手続のやり直し
あらためて、財産のある国で仲裁や裁判を行い、その国で仲裁判断や判決を得る。そのうえで、その国の裁判所に対し、強制執行を申し立てる。
(2) 承認・執行
強制執行しようとする国の裁判所で、自分が取得した仲裁判断や判決について、その国の判決等と同じ効力があるものとして扱うことを承認してもらったうえで(承認)、その裁判所に強制執行を進めてもらう(執行)。
このうち、(1)はとても分かりやすい方法ですが、二度手間ですし、前回と同じように勝てるとも限りません。そこで、(2)の承認・執行の可否が重要な問題となるのです。
3 裁判所で判決を得た場合の問題点
ある国の裁判所で得た判決について、別の国で承認・執行してもらうことは、とても難しいと言われています。なぜならば、どのような場合に承認・執行するかという条件や基準が国ごとに異なっており、統一されていないからです。この不都合を解決するための多国間条約も存在しません。特定の国との間で互いの判決を承認・執行するという二国間条約を締結している国もありますが、十分ではありません。
つまり、せっかく判決を得ても他国で強制執行できるとは限らず、判決が絵に描いた餅になってしまうおそれがあるのです。これは、国際紛争に関する裁判の問題点の一つです。
なお、参考として、日本では、民事訴訟法第118条が外国の判決の承認の要件について定めています。同条では、
(1) 確定判決であること
(2) 管轄を有する裁判所による判断であること
(3) 適切な裁判の開始文書が敗訴被告に送達されたこと
(4) 日本の公序に反しないこと
(5) 相互の保証があること
の5つ全てを満たすことが必要とされています。つまり、日本では、これら5つ全てを満たす外国の判決だけが、承認され、執行されうるのです。個別の要件の説明は省略しますが、しばしば問題になるのが、「(3)適切な送達」と「(5)相互の保証」です。
「(3)適切な送達」とは、その訴訟手続において、被告が、訴訟に関与する十分な機会を与えられていたかどうか、という観点からの要件です。訴訟の開始を知らせる文書が、被告に対して、適式かつ適時に送付されていなければなりません。
「(5)相互の保証」とは、判決が出された国においても、日本の判決が日本法と同種の条件で効力を認められるかどうか、という要件です。例えば、アメリカのカリフォルニア州、ニューヨーク州、イギリス、シンガポールなどの判決については、過去の判例にて、この要件を満たすと判断されていますが、他方、中国やベルギーの判決については、この要件を満たさないと判断されています。
4 ニューヨーク条約
判決と異なり、仲裁判断については、ニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び実行に関する条約。Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards)という多国間条約が存在します。
このニューヨーク条約では、強制執行が行われる国以外の国を仲裁地とする仲裁判断について、加盟国は、一定の拒否事由がない限り、承認・執行することが規定されています(3条、5条)。
現在、この条約の加盟国は、160カ国を超えています。日本も加盟していますし、例えば、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどの欧米各国、中国、韓国、フィリピン、タイなどのアジア各国も加盟しています。
なお、加盟国の一覧は、こちらのwebsite(https://www.newyorkconvention.org/countries)
で確認できます。
このニューヨーク条約は、原則的には、加盟国かどうかにかかわらず、あらゆる外国での仲裁判断について、自国で承認・執行することを定めています。ただし、加盟国は、2つの留保ないし限定を付すことができます(ニューヨーク条約1条3項)。
1つ目は、あらゆる外国ではなく、他の加盟国での仲裁判断に限って承認・執行するという留保です。
2つ目は、その国の法令上「商事」に関する紛争についての仲裁判断に限って承認・執行するという留保です。
例えば、日本は、このうちの1つ目の留保は付していますが、2つ目の留保は付していません。その他、各国の留保の状況は、前述のwebsiteにて確認できます。
5 仲裁判断の承認・執行拒否事由
前述のとおり、仲裁判断は、ニューヨーク条約上、一定の承認・執行拒否事由がない限り、承認・執行されるものとしており、UNCITRAL(国際連合国際商取引法委員会)の策定した仲裁に関するモデル法も、同様の拒否事由を設定しています。各国の仲裁法は、このモデル法を参考として制定されています。つまり、仲裁判断の承認・執行拒否事由は、世界的に統一化が図られているのです。
ニューヨーク条約またはUNCITRALモデル法にて定められている拒否事由の概要は、以下のとおりです(ニューヨーク条約5条、UNCITRALモデル法36条)。
行為能力や仲裁合意の有効性に問題がある場合
仲裁合意の当事者が、その当事者に適用される法令によると行為能力が制限される者であったこと。または、仲裁合意が、当事者が準拠法として指定した法令(指定がない場合は仲裁地の法令)により有効でないこと。
当事者の手続保障に問題がある場合
仲裁判断を受ける当事者が、仲裁人の選定手続や仲裁手続について適切な通知を受けなかったこと。または、その他の理由により防御できなかったこと。
仲裁判断の範囲・対象に問題がある場合
仲裁判断が、仲裁合意に定められていない紛争に関するものであること。または、仲裁合意の範囲を超える事項に関する判断を含むこと。
ただし、仲裁合意の範囲内の事項に関する判断が、範囲外の事項に関する判断から分離できる場合、範囲内の事項に関する部分は、承認・執行できる。
仲裁廷や手続に問題がある場合
仲裁廷の構成または仲裁手続が、当事者の合意(合意がなかった場合は仲裁地の法令)に従っていないこと。
仲裁判断の有効性に問題がある場合
仲裁判断が、まだ当事者を拘束するものとなっていないこと。または、仲裁判断が、仲裁地にてもしくは仲裁の準拠法により取消しまたは停止されたこと。
紛争の対象に問題がある場合
紛争の対象が、承認・執行が申し立てられた国の法令によると、仲裁によって解決できないものであること。
公序との関係で問題がある場合
仲裁判断の承認・執行が、承認・執行が申し立てられた国の公の秩序に反すること。
なお、日本やタイの仲裁法も、これらに沿う内容の拒否事由を定めています(日本仲裁法45条2項、タイ仲裁法43条)
6 仲裁判断の承認・執行手続
仲裁判断の承認・執行は、承認・執行する国の法令に従って進めることとなります。
そのため、実際の承認・執行に際しては、その国の法令の専門家の助言を受けつつ進めるべきこととなります。
日本の場合の承認・執行の手続の概要は、次のとおりです。
(1) 裁判所に対して執行決定を申し立てる(仲裁法46条)。
これは、仲裁判断に基づく強制執行を可能とする決定を受けるための手続です。
裁判所は、前述の拒否事由がない限り、執行決定をしなければなりません(仲裁法46条8項)。
また、裁判所は、この手続にて、必ず口頭弁論または審尋の期日を開催して審理します(仲裁法46条10条、44条5項)。相手方は、承認・執行拒否事由があると考える場合、これを主張・立証して争うことができます。
なお、この手続は、非公開で行われます。記録の閲覧も、利害関係者のみが可能です(仲裁法9条1項1号)。
(2) 通常の強制執行の申し立てを行う。
執行決定を受けた仲裁判断は、確定判決などと同様の効力があるものとされます(民事執行法22条6号の2)。
そして、この仲裁判断に基づき、日本の確定判決に基づく場合と同様、強制執行の申し立てを行うこととなります。
補足として、外国の判決に基づき、日本で強制執行を試みる場合も、いきなり強制執行の申し立てをすることはできません。その前に、執行判決を求める訴えを提起する必要があります(民事執行法22条6号、24条)。その手続では、前述した判決を承認する要件が満たされているか否かが審理されます。
7 まとめ
本記事では、仲裁判断の承認・執行について概観しました。仲裁判断がされたあとは、一般的に、その判断に従った履行が期待できると言われているものの、履行するかどうかは相手方の判断次第であることもまた事実です。
そのため、相手方が任意に履行しない場合に備えて、仲裁判断の承認・執行の概要を知っておくことは重要です。また、各国によって細かな手続等が異なる部分もありますので、紛争が発生した早期の段階から、承認・執行まで視野に入れて各国の専門家との間で協議をすることは、より効率的な紛争解決のため有用です。
裁判の場合でも同様ですが、紛争を解決するプロセスの中では、どうしても裁判手続や仲裁手続ばかり目が行ってしまいがちです。しかしながら、このような承認・執行に関する手続も、債権回収など最終的なゴールに至るまでの一過程です。ゴールに至るまでの事前の見通しや予測の確度にも影響しますので、「このような手続や問題もあるんだな」と頭の片隅に入れておいていただけると幸いです。
『連載:国際商事仲裁の利活用 第1回 国際仲裁とは』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第2回 機関仲裁とアドホック仲裁』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第3回 仲裁手続の流れの概要』はこちらから
『連載:国際商事仲裁の利活用 第4回 仲裁合意』はこちらから
監修
弁護士 藤江 大輔
(GVA法律事務所入所以来、スタートアップから上場企業まで幅広い規模のIT企業に対して法務サービスを提供し、企業の法務体制構築、ファイナンス支援、バイアウト支援等を行う。また、教育系スタートアップ企業の執行役員に就任し、社内の立場から同社のバイアウトを支援するなど、総合的な法務サービスを提供する。 GVA Law Office (Thailand) Co., Ltd.代表に就任後は、日系IT企業を中心としてタイにおける事業創出支援に従事する。)