【弁護士解説】連載:国際商事仲裁の利活用 第4回 仲裁合意

執筆:弁護士 靏 拓剛、弁護士 吉岡 拓磨国際チーム

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連載:国際商事仲裁の利活用 第2回 機関仲裁とアドホック仲裁』はこちらから
連載:国際商事仲裁の利活用 第3回 仲裁手続の流れの概要』はこちらから

1 はじめに

 仲裁合意とは、当事者が権利関係に関する紛争を第三者による仲裁の判断に委ね、その仲裁判断に服することを約する合意をいいます。仲裁手続の根拠は当事者間の合意にあり、仲裁合意なくして仲裁手続を利用することはできません。今回の記事では、仲裁の起点となる仲裁合意について、解説していきます。

2 仲裁合意の有効性

 いくら当事者が仲裁について合意していたとしても、その合意が無効であれば意味がありません。

 仲裁合意の有効性が争いになった場合、どこの国のどの法律を基準にして有効性を判断するのかということが問題となります。この点については、原則としては当事者間の合意により定まり、当事者間の合意がない場合には仲裁地法が基準となると理解しておくべきでしょう。そのため、外国法を仲裁合意の準拠法とすることを当事者が意図していた場合や、当事者の意図がはっきりしない場合で外国を仲裁地としているケースでは、仲裁合意の有効性判断については、その外国の法律が基準となります。各国の法律を網羅的に検討することは難しいので、本稿においては日本法をベースに仲裁合意の有効要件を検討します。

(1)合意としての一般的要件

 仲裁合意も合意の一種である以上、合意として有効に成立するための一般的な以下の要件を満たす必要があります。
① 意思の合致があること
② 錯誤や詐欺など無効、取消事由がないこと

(2)仲裁合意特有の要件

 合意としての一般的要件に加えて、日本の仲裁法では、その内容に関して以下の有効要件が定められています。
③ 一定の法律関係に関する紛争を対象としていること(仲裁法第2条第1項)
④ 仲裁可能性があること(同法第13条第1項)
⑤ 仲裁合意に基づく仲裁手続を行うことができないときでないこと(同法第14条2号)

(3)形式的要件

 上記(1)(2)の要件に加えて、日本の仲裁法では以下の形式的有効要件が定められています。
⑥ 書面性(同法第13条第2項乃至第5項)

(4)仲裁合意の有効性が争われる局面

 仲裁合意の有効要件を満たしていないと当事者が主張して、仲裁合意の有効性が争われるのは以下の3つの局面です。仲裁合意が無効とされると、仲裁手続が開始できなかったり、せっかく取得した仲裁判断を執行できなかったりする可能性がありますので、きちんと要件を満たす仲裁合意としておくことが大切です。

  • 仲裁申立てがなされた場合に、仲裁手続を開始してよいかを仲裁人が判断する局面

  • 申立てをされた当事者が仲裁合意に反して仲裁手続の申立てが行われたと主張する場合に、裁判所がその主張の当否を判断する局面

  • 裁判所が、仲裁判断の効力の承認及び仲裁判断に基づく執行のための要件を満たしているか否かについて判断する局面

3 仲裁条項のドラフティング

(1)仲裁合意をするタイミング

 仲裁合意をするタイミングは、紛争が発生する前でなければならないというわけではありません。しかし、紛争が発生した後では、なかなか当事者間での満足な協議ができず仲裁合意をするのは難しいことが多いと思われます。そのため、当事者間の取引を行う際の契約書の中で。紛争が発生した場合は仲裁により解決するという仲裁条項を定め、あらかじめ仲裁合意をしておくのが通常です。

(2)仲裁条項の主な記載事項

 当事者は国際的な取引を行うための契約書を作成する際に、仲裁条項を定めておき、紛争解決手段として仲裁手続を利用できる状態にしておくことが望ましいです。では、実際どのような仲裁条項を作成すればよいのでしょうか。仲裁条項の主な記載事項は、以下のとおりであり、このうち、①〜④は必須のものとして理解しておくべきでしょう。

① 対象となる紛争
② 紛争解決拘束力
③ 仲裁機関
④ 仲裁地
⑤ 仲裁人の人数
⑥ 仲裁言語

 各仲裁機関は、仲裁条項の例(モデル仲裁条項)を公開しています。その中でも、世界的によく利用されている仲裁機関の一つであるシンガポール国際仲裁センター(SIAC:Singapore International Arbitration Centre)のモデル仲裁条項は、①~⑤のすべてがカバーされています。

① Any dispute arising out of or in connection with this contract, including any question regarding its existence, validity or termination, ② shall be referred to and finally resolved ③ by arbitration administered by the Singapore International Arbitration Centre(“SIAC”)in accordance with the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre("SIAC Rules")for the time being in force, which rules are deemed to be incorporated by reference in this clause?

 ④ The seat of the arbitration shall be [Singapore].
 ⑤ The Tribunal shall consist of _________________** arbitrator(s).
 ⑥ The language of the arbitration shall be ________________.

① 対象となる紛争
 仲裁条項をドラフティングする場合、いかなる紛争が仲裁合意の範囲に含まれているかを検討する必要があります。というのも、上述したとおり、仲裁手続は仲裁合意がなければ利用することができないため、仲裁合意の範囲に含まれていない紛争については、仲裁手続を利用することができなくなります。この場合、一つの紛争において、一部が仲裁手続で、他の一部が訴訟手続で解決されるというような複雑な状況が発生してしまうおそれがあります。
 一般的には、仲裁合意の範囲を単に契約から生じた紛争に限定するのではなく、仲裁条項を含む契約に関するすべての紛争を対象とすることが多いです。SIACのモデル条項では、「Any dispute arising out of or in connection with this contract, including any question regarding its existence, validity or termination」と記載されています。
 対象となる紛争について、「Any dispute arising under this agreement」というような記載をしてしまうと、不法行為等の契約外の事由に基づく紛争が仲裁合意の対象に含まれないと解釈される可能性があるため、このような記載をすることは望ましくありません。

② 紛争解決拘束力
 仲裁条項で定められた仲裁手続以外の手続も利用できるという可能性を排除するために、「仲裁により解決する」ということを「May」ではなく「Shall」で表現する必要があります。SIACのモデル条項では、「shall be referred to and finally resolved」と記載されています。
 仮に「May」としてしまうなど、裁判手続も利用できるかのような記載にしてしまうと、仲裁と裁判のどちらで紛争を解決すべきなのか不明瞭となる結果、仲裁でも裁判でも管轄権を欠くとして手続を進められない事態に陥る可能性も否定できませんので、注意が必要です。

③ 仲裁機関
 アドホック仲裁ではなく機関仲裁を選択した場合、どの仲裁機関を利用するかについて、当事者間で合意をしておく必要性があります。SIACのモデル条項では、「by arbitration administered by the Singapore International Arbitration Centre(“SIAC”)in accordance with the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre(”SIAC Rules”)」と記載され、SIACを仲裁機関とすることが明記されています。
 仲裁機関を記載する場合には、存在しない仲裁機関や誤った仲裁機関を記載しないよう十分に注意することが必要となります。なぜなら、仲裁条項に記載された仲裁機関が正確でない場合、仲裁合意の有効性が問題となり得るからです。この点については、裁判所又は仲裁廷の判断に委ねられ、有効と判断された裁判例もありますが、正確に仲裁機関を記載していれば防げる紛争ですので、十分に注意して仲裁条項を作成しましょう。

④ 仲裁地
 仲裁地は、国際裁判管轄、仲裁手続準拠法、ニューヨーク条約との関係で重要な意味 を持ちます。国際裁判管轄とは、仲裁手続に関与すべき裁判所はいずれの国の裁判所であるかという点について規律する概念です。仲裁手続準拠法とは、仲裁手続の進行に関して従うべき手続に関する法律はいずれの国の法律であるかという点について規律する概念です。仲裁地が定められていれば、仲裁地が所在する国が国際裁判管轄を有し、仲裁地が所在する国の法律が仲裁手続準拠法として適用されることになります。また、ニューヨーク条約は、「外国」においても仲裁判断に基づき執行ができるというものですが、どの国が「外国」であるかについては、仲裁地を基準に判断することになります。
 SIACのモデル条項では、「The seat of the arbitration shall be [Singapore].」と記載されていますが、シンガポール以外の地を仲裁地とすることも可能です。

⑤ 仲裁人の人数
 「第3回 仲裁手続の流れの概要」でも解説しましたが、仲裁人の人数は通常1名又は3名であり、当事者がその人数を決定します。
 SIACのモデル条項では、「The Tribunal shall consist of _________________ arbitrator(s).」と記載されており、空欄部分には、奇数を入れことが推奨されています。例えば2人や4人などと複数にすると、仲裁人の間で意見が完全に割れて結論が出ない可能性があるからです。

⑥ 仲裁言語
 仲裁言語は多くの場合英語ですが、英語及びその他の言語といったように複数の言語を指定することもできます。翻訳の手間やコストを削減できるというメリットもありますが、手続が混乱する恐れがあるというデメリットもあります。
 SIACのモデル条項では、「The language of the arbitration shall be ________________.」と記載されています。

  

 以上が、SIACのモデル条項をベースにした記載例です。

 このほか、もう一つの例として、日本の仲裁機関である日本商事仲裁協会(JCAA:Japan Commercial Arbitration Association)のモデル条項もご紹介します。

① All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this contract ② shall be finally settled ③ by arbitration in accordance with the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association. ④ The place of the arbitration shall be Tokyo, Japan.

 この契約から又はこの契約に関連して生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って仲裁により最終的に解決されるものとする。仲裁地は東京(日本)とする。

  

 JCAAのモデル条項では、主な記載事項のうち、①~④が網羅されています。JCAAにおいて仲裁手続を行う場合、当事者は、3つの仲裁規則の中から当事者のニーズに合った規則を選択することができます。仲裁合意において当事者が仲裁規則を特定せず、単にJCAAのもとで仲裁を行う旨のみを規定していた場合には、商事仲裁規則が自動的に適用されます。

 以上のとおり、各仲裁機関は、それぞれのモデル仲裁条項を持っており、公開しています。仲裁条項は、必須の事項が規定されている限り、必ずしもこのモデル仲裁条項に従う必要はなく、さらに色々と細かく取り決めることも可能です(例えばディスカバリーなど証拠に関する記載、守秘義務に関する記載など)。しかしながら、基本的には、利用する予定の仲裁機関のモデル仲裁条項に従って仲裁条項を作成しておくのが簡便かつ安心でしょう。

4 仲裁合意と簡易手続

 第3回の記事でもご紹介しましたが、簡易手続(迅速手続)とは、通常の仲裁手続よりも、簡易迅速に仲裁手続を進める制度です。基本的にどの仲裁機関(ICC、SIAC、HKIAC)も当事者の合意がある場合、又は、請求額が一定額以下の場合には、簡易手続を利用することができます。基本的な要件を満たすだけで自動的に簡易手続となる仲裁機関と、基本的な要件に加えて当事者の「簡易手続による」という申立てを要求している仲裁機関があります。また、「仲裁機関が相当と認める場合」という要件を設けている仲裁機関もあります。そのため、それぞれの仲裁機関の簡易手続を確認した上で、仲裁合意をしておく必要があります。

5 まとめ

 今回は、仲裁合意と仲裁条項のドラフティングについて解説しました。仲裁合意は仲裁手続において重要な要素であるにもかかわらず、仲裁合意に関するトラブルが散見されます。このようなトラブルは、実際に紛争が発生することはないだろうという憶測のもと、当事者が紛争条項の作成に十分なコストと時間を投入しなかったことに起因するケースも少なくありません。もっとも、国際取引における紛争が発生した場合に企業が要するコストは極めて大きく、仲裁条項の作成も含めて、取引開始の段階で紛争が発生した際のリスクも予見して契約書等を作成する必要があります。その際には、本稿が参考になれば幸いです。

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監修
弁護士 藤江 大輔 
(GVA法律事務所入所以来、スタートアップから上場企業まで幅広い規模のIT企業に対して法務サービスを提供し、企業の法務体制構築、ファイナンス支援、バイアウト支援等を行う。また、教育系スタートアップ企業の執行役員に就任し、社内の立場から同社のバイアウトを支援するなど、総合的な法務サービスを提供する。 GVA Law Office (Thailand) Co., Ltd.代表に就任後は、日系IT企業を中心としてタイにおける事業創出支援に従事する。)

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