
『連載:国際商事仲裁の利活用 第1回 国際仲裁とは』はこちらから
1 仲裁の種類
仲裁手続には、仲裁機関を利用する「機関仲裁」と仲裁機関を利用しない「アドホック仲裁」とがあります。
当事者は、合意することによって、どちらの仲裁によることもできます。どちらにするかという問題は、仲裁手続をどのように運営するかということに直結する重要な問題です。そのため、両者の区別は重要になります。
2 機関仲裁
(1)機関仲裁の概要
「機関仲裁」とは、仲裁機関の関与のもと、仲裁機関が定めている仲裁規則に従って行われる仲裁をいいます。
仲裁機関とは、仲裁手続に関する様々な支援ないしサービスを提供する機関をいいます。仲裁手続においては、仲裁人(仲裁廷)が実際に仲裁手続を指揮し、仲裁判断を下すことになりますが、その仲裁の過程では、手続の細やかな管理が必要となります。しかしながら、主張や証拠の整理、検討に加えて手続の管理まで、当事者や仲裁廷が自ら行うのは大変です。そこで、仲裁人や仲裁廷のために、円滑な仲裁手続の進行を補助するための様々な事務作業を行うのが、仲裁機関です。
代表的な仲裁機関としては、JCAA(日本商事仲裁協会)、ICC(国際商業会議所)、LCIA(ロンドン国際仲裁裁判所)、AAA(アメリカ仲裁協会)、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)などが挙げられます。
(2)機関仲裁による様々なサポート
ア 仲裁規則の提供
それぞれの仲裁機関は、仲裁手続に関する規則(仲裁規則)を定めています。機関仲裁の場合、当事者や仲裁廷は、利用する仲裁機関の仲裁規則に従って手続を進めることになります。そのため、当事者が自ら手続を検討したり、決定したりする必要がありません。
イ 仲裁手続のサポート
当事者が機関仲裁を選択した場合、申立人は仲裁機関が定める仲裁規則に従って仲裁を申し立て、仲裁機関のサポートを受けながら仲裁手続を進めることになります。
例えば、申立の場面では、申立人は仲裁機関に対して申立書を提出し、仲裁機関が申立書を受理した日が仲裁手続の開始日とみなされます。なお、仲裁手続の開始日は、消滅時効の中断や出訴期間制限等との関係で、重要な意味を持ちます。仲裁機関の仲裁規則では、申立書における記載事項、申立書の提出先及び提出方法、仲裁機関への申立料金の支払い等に関する規定が置かれているのが一般的です。また、仲裁機関によっては、仲裁機関が、申立書を被申立人に送付することもあります。他方、申立書を受領した被申立人は、答弁書を提出しなければなりません。答弁書を提出する期限及び答弁書の記載事項は、仲裁機関の仲裁規則に定められているのが一般的です。
また、仲裁機関の大きな役割の一つとして、仲裁人の選任へのサポートがあります。仲裁手続では、仲裁人が、いわゆる裁判官の役割を果たし、当事者間の紛争について最終的な判断を示します。仲裁人は、仲裁手続にとって必要不可欠な存在です。
原則的に、仲裁人は、当事者の合意により選任されます。もっとも、双方の意向が必ずしも一致するとは限らず、誰を仲裁人とするか合意できない場合もあります。そのような場合、仲裁機関が仲裁人を選任することになります。それぞれの仲裁機関は仲裁人候補者リストを有しており、その中から仲裁人を選任するのが通常です。当事者間の公平性、中立性、必要な知見や経験の有無など、当事者や紛争を踏まえて、ふさわしいと思われる者を選任するのです。
仲裁人が選任された後は、仲裁人を中心として審理が進んでいくため、仲裁機関の役割は、仲裁人が選任される前に比べて後退します。もっとも、その後も、例えば仲裁人の忌避(仲裁人としての要件を満たしていない者を仲裁人から外す手続)の場面や、仲裁人が病気等で職務を続けられなくなった場合の交代手続等では、仲裁機関がイニシアチブをとって手続を進めていきます。また、仲裁機関は、仲裁手続が円滑に進んでいるかどうかを確認しながら管理しますし、仲裁判断案の形式的な部分についてレビューを行う場合もあります。
加えて、例えば審理が行われる会議室、通訳、機材の準備など、円滑な手続のため様々なサポートを実施する場合もあります。
このようなサポートの結果、当事者は、紛争解決により専念できることとなります。
3 アドホック仲裁
(1)アドホック仲裁の概要
「アドホック仲裁」とは、当事者の合意により仲裁手続に関する手続の選択・設定等が行われ、その手続に従って行われる仲裁をいいます。つまり、原則的に、あらゆる手続を自前で設定できるのです。
(2)アドホック仲裁の手続
ア 手続の選択・設定
前述のとおり、アドホック仲裁では、当事者が合意することにより、自らどのような手続で仲裁を進めるか設定できます。
ただし、当事者が自ら手続を設定する場合、手続に遺漏がないか、手続が本当に機能するのかといった問題が潜在します。そのため、アドホック仲裁においては、当事者間の合意により、UNCITRAL仲裁規則に基づく仲裁手続を利用することがしばしばあります。そのため、必ずしも当事者が一つ一つの手続を定めるというわけではありません。
イ 自由で柔軟な手続運営
アドホック仲裁では、仲裁機関が関与しません。
例えば、UNCITRAL仲裁規則に従うことが合意されているときの申立の場面では、申立人は被申立人に対して申立書を提出し、被申立人が当該申立書を受理した日が仲裁手続の開始日とみなされます(UNCITRAL仲裁規則第3条第1項及び第2項)。また、同規則では、申立書における記載事項が定められています(同条第3項及び第4項)。申立書を受領した被申立人は、申立書を受領後30日以内に答弁書を提出しなければなりません(同規則第4条第1項)。また、同規則では、答弁書における記載事項が定められています(同条第1項及び第2項)。
また、アドホック仲裁においても、仲裁人は、原則として、当事者の合意により選任されます。しかしながら、当事者が合意できないときは、仲裁地の法に基づき選任されることとなります。例えば、日本が仲裁地である場合は、日本の仲裁法の定めに従い、最終的には裁判所が仲裁人を選任します(仲裁法17条)。また、当事者がUNCITRAL仲裁規則に従うことを合意している場合は、当事者が合意した任命機関(合意できない場合はオランダのハーグにある常設仲裁裁判所の事務局長が指定する任命機関)が仲裁人を選任することになります(同規則第8条第1項、同第9条第2項及び第3項)。
ウ アドホック仲裁を認めない国の存在
世界には、機関仲裁のみを認め、アドホック仲裁を認めていない国が存在します。例えば、中国です。仲裁合意が中国法によって規律されるケースでは、アドホック仲裁ができなかったり、仲裁判断が取消しの対象となったりしてしまいます。そのため、アドホック仲裁を視野に入れる場合には、そもそもアドホック仲裁が可能かという観点からの吟味も必要です。
4 機関仲裁とアドホック仲裁の比較
(1)規則の有無
機関仲裁の場合、当事者は、仲裁機関の仲裁規則に従って、仲裁手続を進めることになります。仲裁規則は、仲裁手続に必要な基本的事項を漏れなく定めていますので、当事者にとって、どのような手続が行われるか予測することができます。また、手続のあり方に関する当事者間の争いを避けることも可能です。
他方、アドホック仲裁の場合、当事者は合意により手続を自ら決定し、柔軟な対応をすることができます。その代わり、合意に至らない場合には、進行がストップしてしまうおそれがあります。
(2)サポートの有無
機関仲裁の場合、仲裁機関が手続の管理やサポートをしてくれます。そのため、実際の仲裁手続の管理や準備に要する当事者の負担は大きく軽減します。
他方、アドホック仲裁の場合、当事者が自ら手続を管理、準備していかなければなりません。
(3)費用
機関仲裁の場合、仲裁機関に対し、管理料金を支払わなければなりません。
他方、アドホック仲裁の場合、仲裁機関が関与しないので、このような支払も生じません。そのため、アドホック仲裁のほうが手続に要する費用を節約できる可能性があります。
ただし、アドホック仲裁の場合、当事者が自ら手続について相手方と協議して決定していかなければなりませんので、その分、代理人に支払う費用が増加する可能性もあります。したがって、アドホック仲裁のほうが必ず費用を節約できるとは限らないと考えておくべきでしょう。
5 まとめ
以上のとおり、今回の記事においては、機関仲裁とアドホック仲裁について概観しました。
数多の仲裁を経験してきた代理人や企業の中には、自由度や柔軟性の高さから、機関仲裁よりもアドホック仲裁を好む人も存在するようです。
しかしながら、一般的には、その安定性や利便性等から、機関仲裁が選択されています。また、日本の企業の殆どは、仲裁を一度も経験しておらず、又は、不慣れであるのが実情と思われます。そのため、紛争解決手段として仲裁を選択する場合には、アドホック仲裁ではなく機関仲裁を選択するほうがよいでしょう。
『連載:国際商事仲裁の利活用 第1回 国際仲裁とは』はこちらから
監修
弁護士 藤江 大輔
(GVA法律事務所入所以来、スタートアップから上場企業まで幅広い規模のIT企業に対して法務サービスを提供し、企業の法務体制構築、ファイナンス支援、バイアウト支援等を行う。また、教育系スタートアップ企業の執行役員に就任し、社内の立場から同社のバイアウトを支援するなど、総合的な法務サービスを提供する。 GVA Law Office (Thailand) Co., Ltd.代表に就任後は、日系IT企業を中心としてタイにおける事業創出支援に従事する。)