【弁護士解説】IPO準備の具体的なプロセスと法律事務所

執筆:弁護士 熊谷 直弥Web3チーム

 本稿では、これから新規株式公開(IPO)/上場の準備を検討している企業様向けにIPO準備の概要を解説します。また、IPO準備における主要なプレイヤーの一つである法律事務所の役割やその選定のタイミングとポイントについてもご紹介します。

1 IPO準備のプロセス

(1)上場の条件

 株式上場を達成するためには、最終的に株式を上場する証券取引所の審査を通過し、上場承認を得る必要があります。現在の日本には、東京、札幌、名古屋、福岡の4か所に証券取引所があり、それぞれの取引所で新興企業向け市場や本則市場、プロ投資家向け市場が設置されています。

 上場に際しては、まずは証券取引所の形式要件をクリアする必要があります。スタートアップ企業の代表的な上場先である東京証券取引所のグロース市場の形式要件は以下のとおりです。

項目

グロース市場への新規上場

(1)株主数
(上場時見込み)

150人以上

(2)流通株式
(上場時見込み)

a.流通株式数 1,000単位以上
b.流通株式時価総額 5億円以上
(原則として上場に係る公募等の価格等に、上場時において見込まれる流通株式数を乗じて得た額)
c.流通株式比率 25%以上

(3)公募の実施

500単位以上の新規上場申請に係る株券等の公募を行うこと
(上場日における時価総額が250億円以上となる見込みのある場合等を除く)

(4)事業継続年数

1か年以前から株式会社として継続的に事業活動をしていること

(5)虚偽記載又は不適正意見等

a.「上場申請のための有価証券報告書」に添付される監査報告書(最近1年間を除く)において、「無限定適正」又は「除外事項を付した限定付適正」
b.「上場申請のための有価証券報告書」に添付される監査報告書等(最近1年間) において、「無限定適正」
c.上記監査報告書又は 四半期レビュー報告書に係る財務諸表等が記載又は参照される有価証券報告書等に「虚偽記載」なし
d.新規上場申請に係る株券等が国内の他の金融商品取引所に上場されている場合にあっては、次の(a)及び(b)に該当するものでないこと
 (a)最近1年間の内部統制報告書に「評価結果を表明できない」旨の記載
 (b)最近1年間の内部統制監査報告書に「意見の表明をしない」旨の記載

(6)登録上場会社等監査人による監査

「新規上場申請のための有価証券報告書」に記載及び添付される財務諸表等について、登録上場会社等監査人(日本公認会計士協会の品質管理レビューを受けた者に限る。)の監査等を受けていること

(7)株式事務代行機関の設置

東京証券取引所(以下「東証」という)の承認する株式事務代行機関に委託しているか、又は当該株式事務代行機関から株式事務を受託する旨の内諾を得ていること

(8)単元株式数

単元株式数が、100株となる見込みのあること

(9)株券の種類

新規上場申請に係る内国株券が、次のaからcのいずれかであること

a.議決権付株式を1種類のみ発行している会社における当該議決権付株式
b.複数の種類の議決権付株式を発行している会社において、経済的利益を受ける権利の価額等が他のいずれかの種類の議決権付株式よりも高い種類の議決権付株式
c.無議決権株式

(10)株式の譲渡制限

新規上場申請に係る株式の譲渡につき制限を行っていないこと又は上場の時までに制限を行わないこととなる見込みのあること

(11)指定振替機関における取扱い

指定振替機関の振替業における取扱いの対象であること又は取扱いの対象となる見込みのあること

引用:日本取引所グループHP「上場審査基準」https://www.jpx.co.jp/equities/listing/criteria/listing/02.html

 

 グロース市場には、純資産額や利益額についての形式要件は設けられていませんが、スタンダード市場では「最近1年間における利益の額が1億円以上であること」、プライム市場では「連結純資産の額が50億円以上(かつ、単体純資産の額が負ではないこと)、「最近2年間の利益の額の総額が 25 億円以上であること」又は「最近1年間における売上高が 100 億円以上である場合で、かつ、 時価総額が 1,000 億円以上となる見込みのあること」といった要件が設けられています。

 

(2)主要なプレイヤーとその役割

 IPOは多くの専門家や外部関係者との協力が不可欠であり、その主要なプレイヤーの役割を理解し、適切な協力を求めていくことや対応が必要です。IPO準備に際して関わる主要なプレイヤーは次のとおりです。

①   証券取引所

 株式上場(IPO)を達成するためには最終的に、株式を上場させたい証券取引所の上場審査に合格し、上場承認を得る必要があり、いわばIPOにおける最後の関門として立ち塞がるのが証券取引所です。証券取引所は、投資家保護の観点から、自社の上場審査基準に照らして当該株式が広く市場において流通するのにふさわしいかを厳格に審査していきます。

 上場審査においては、大量の申請書類の提出のほか、提出書類に対しての質疑応答をクイックに対応していく必要があるほか、代表取締役へのインタビュー等も実施されます。

②   主幹事証券会社

 上場時に発行会社の株式を引き受けて投資家に販売する行為は金融商品取引業者である証券会社が行う必要があり、通常は複数の証券会社が引き受けを行うことから、メインとなる引受証券会社を主幹事証券会社と呼びます。主幹事証券会社は、最終的に上場する会社(以下「発行会社」といいます。)の株式のセールスマンとなりますが、その前段において上場を目指す会社の総合的なサポーターとなると同時に、証券取引所への推薦人の役割を果たすべく、証券取引所の上場審査に先立ち、引受審査を実施します。東京証券取引所のHPにおいて主幹事候補証券会社として記載されている会社は以下のとおりです(2023年4月1日現在、五十音順)。

・アイザワ証券株式会社

・SMBC日興証券株式会社

・株式会社SBI証券

・岡三証券株式会社

・ゴールドマン・サックス証券株式会社

・Jトラストグローバル証券株式会社

・JPモルガン証券株式会社

・大和証券株式会社

・東海東京証券株式会社

・東洋証券株式会社

・野村證券株式会社

・BofA証券株式会社

・マネックス証券株式会社

・丸三証券株式会社

・みずほ証券株式会社

・三田証券株式会社

・三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社

・UBS証券株式会社

出典:https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/basic/03.html

③   監査法人

 上場会社となるためには、会社法上の会計監査人設置会社となる必要があり、上場申請書類に含まれる財務諸表等は、日本公認会計士協会及び証券取引所の認めた「登録上場会社等監査人」である監査法人の会計監査を受ける必要があります。会計監査は上場申請期の2期前から受ける必要があることからIPO準備に際して、最初に選定する必要があるのが監査法人です。

 上場をサポートできる監査法人は限られていることから、会計監査人となる監査法人の引き受け手が見つからないためIPOが遅れるという監査難民問題があると言われています。発行会社への出資者であるVC(ベンチャーキャピタル)等の推薦を受けて監査法人を選定していくことが多いようです。近年はBIG4と呼ばれるような大手の監査法人だけでなく、中規模の監査法人が上場時の会計監査を担当する例も増えてきています。

 監査法人は選定後、まず「ショートレビュー」と呼ばれる簡易かつ網羅的な調査を行い、発行会社における上場審査上の課題を洗い出します。これは実際の監査期間に入ってから監査上の重大な問題が発生してしまうと、IPO時期の変更等が必要となってしまうおそれがあるため申請期の3年前頃までに実施するのが望ましいとされています。

 ショートレビューは発行会社にとって、IPO準備の最初の洗礼となり、発見された解決の課題には法律事務所のサポートが必要となることも多いです。

④   証券印刷会社(ディスクロージャー)

 非上場会社と上場会社とで大きく異なるのが金融商品取引法や証券取引所規則に伴う様々な開示規制対応です。上場申請時の発行開示規制対応のため作成が必要な「新規上場申請のための有価証券報告書」の記載ルールは非常に細かく、内容も多岐にわたりますが、この書類作成のサポート・ノウハウ等を有するのが証券印刷会社です。

 現在、日本の証券印刷会社は宝印刷株式会社と株式会社プロネクサスの2社の寡占状態にあり、どちらかの印刷会社のサポートを受けることになります。

⑤   株式事務代行機関

 上場会社は会社法上の株主名簿管理人を定める必要があり、株式事務代行機関とも呼ばれ、株主名簿作成事務等の受託、議決権・配当等株主に付与される各種の権利の処理の役割を担います。

 現在、東京証券取引所において承認されている株式事務代行期間は以下のとおりです。

・信託銀行

・東京証券代行株式会社

・日本証券代行株式会社

・株式会社アイ・アールジャパン

出典:https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/basic/03.html

⑥   法律事務所

 本稿後半の2(1)にて詳述致します。

 

(3)3年計画で進めよう~具体的なプロセス~

 具体的にIPO達成のために必要な準備期間は個社によって様々であるものの、一般にIPO準備は、上場申請を行う会計年度(申請期)の3年前から開始することが望ましいとされています。各時期で行うべき主な準備行為は次のとおりです。

ア 申請期から3年前(N-3期/直前々々期)

・上場の意思決定及び対象とする証券取引所の選定

・上場対応を行う社内体制の確立、人員の確保

・資本政策の策定

・監査法人の選定及びショートレビューの実施

 ⇒ショートレビュー結果に応じた是正対応

・法律事務所の選定

・主幹事証券会社の選定

イ 申請期から2年前(N-2期/直前々期)

・常勤監査役の選任

・会計監査人の選任

 ⇒会計監査の開始

・印刷会社の選定

・内部監査制度の整備

・コンプライアンス体制整備

・月次決算の早期化

・予算実績管理体制の整備

ウ 申請期から1年前(N-1期/直前期)

・株主名簿管理人の選定

・各種導入制度等の運用徹底

 ⇒是正対応

・上場申請書類の作成対応

エ 申請期(N期)

 ・定款変更

 ・株式等振替制度参加対応

 ・主幹事証券会社による引受審査対応

 ・証券取引所への上場申請

 ・証券取引所の上場審査対応

 

2 IPO準備と法律事務所

(1)  法律事務所の役割

 IPO準備において、法律事務所は、各上場審査の段階で発見された法律問題の是正・解消や上場に際して必要な各種社内規程の作成対応等を行います。特に各審査機関から法律問題について指摘された場合の意見書は、上場審査を受ける発行体企業の内部で作成するのではなく、適法性を担保するためのいわばお墨付きを得るために外部の法律専門家である弁護士作成の意見書の提出を求められることがあります。

 上場審査において全く法律問題が発見されないということは稀であり、したがって、法律事務所のサポートを全く受けずにIPOを達成するということは極めて難しいのが実情です。

 また、上場申請の際に作成が必要な「新規上場申請のための有価証券報告書」の作成をサポートすることもあります。

(2)  法律事務所の選定時期 

 上場審査に備えた法律事務所の選定は、遅くともN-2(直前々期)期の頃には完了させているケースが多いです。N-2期以降は、監査法人のショートレビュー結果や主幹事証券会社の引受審査によって発見される法律問題にスピーディーに対応していく必要があり、問題が発見されてから慌てて法律事務所を探すのは得策ではありません。早めの時期に法律事務所を選定できていれば指摘を受ける前に先回りして法律問題を発見し、是正・解消をしていくことも可能です。相互理解を深めて信頼関係を構築した状態で上場審査対応に臨むべく、監査法人の選定と同時期に法律事務所も選定しておけると良いでしょう。

(3)  法律事務所の選定ポイント

 IPO準備に伴走できる法律事務所を選定するポイントとして、IPO準備と上場審査対応の実績があるかは重要です。また、日頃の業務分野として、企業法務全般を取り扱っており、会社法や金融商品取引法、労働法、個人情報保護法、下請法等についての知見も十分に有している必要があります。特に業規制が及ぶ事業の場合は、当該業規制が及びクライアントの有無やサポート実績を確認しておくと良いでしょう。

 上場審査対応は、上場承認の時期に近づけば近づくほど、発覚した法律事務所に迅速にかつ適切に対応する必要があり、通常弁護士1名のみで対応することには限界があります。したがって、十分なIPOサポートを受けるには一定の弁護士数を有する法律事務所が望ましく、またIPO準備にあたり複数の弁護士がチームを組んで対応してもらえる事務所が良いでしょう。また、コミュニケーションのレスが悪い又は遅い場合は、上場審査対応に支障をきたすおそれがあり、企業側法務担当者の大きなストレスになるおそれがあります。ビジネスチャットサービスの利用等によって日頃の業務連絡がクイックにできるかなども見極めのポイントになるかもしれません。

 会社の成長ステージが変われば、必要とされる法務サポートの内容も変化していきます。既に顧問法律事務所のサポートを受けている企業も、自社の顧問法律事務所がIPO準備に十分対応可能かは、今一度立ち止まって検討してみることも必要です。

3 まとめ

 本稿ではIPO準備のために必要となる前提知識を紹介し、約3年間の上場準備の概要とその主要なプレイヤーの一つである法律事務所の役割と選定方法について解説致しました。弁護士法人GVA法律事務所は、2012年の設立以来、多くのIPO企業を輩出しており、上場準備対応の経験も豊富です。IPO対応の顧問先様には弁護士2名以上のチームで対応し、Slack等のコミュニケーションツールを駆使してクイックにかつクオリティの高い法務サポートを提供しています。具体的なIPOサポートの内容や費用等にご関心のある企業様は、お問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。

執筆者

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