【弁護士解説】株主間契約の重要なポイントを紹介 ― スタートアップ投資において気を付けるべき点も解説

執筆:弁護士 髙林 寧人 フィンテックチーム

 株主間契約は、スタートアップのコーポレート・ガバナンスの適正化や契約当事者の利害を調整したりするなど、スタートアップ投資を支える重要な機能を果たしています。

 もっとも、株主間契約は、契約の効力として契約当事者間を規律するにすぎませんので、ある意味ではいかようにも規定することができてしまいます。

 そのため、当該株主間契約の定めが当該スタートアップに対してどのように作用するのかについては、個別具体的に検討する必要があります。

 本稿では、株主間契約についての一般的な基礎知識を概説します。

1 概説

 株主間契約は、スタートアップ、経営株主及び主要投資家を契約当事者とする契約であり、投資実行後における会社経営に関する事項などを定めるものです。

 投資契約は、投資実行までにおける規律を定めるものであり、これに対し、株主間契約は、投資実行後における規律を定めるものです。

 スタートアップは、成長過程において複数の投資家と投資後の条件を定めた契約を重ねていくものですが、従前は、ある投資家の義務を履行すると他の投資家に対する義務違反となるような契約内容としてしまう事態が生じていました。そのため、近年では、投資実行後の事項については、各投資契約書からは独立させて株主間契約に一本化して規定することが多くなってきています。

 なお、エンジェル投資家などは、経営への関与を求めていないことが多いため、株主間契約には参加しないことが多いです。ただし、財産分配契約(種類株式の内容として、普通株式よりも優先的な剰余金の配当(会社法第108条第1項第1号)や残余財産の分配(同項第2号。以下、これらの優先的な剰余金の配当及び残余財産の分配を併せて「優先分配」といいます。)の定めを設定している場合にM&AによるExit部分を中心に抜き出した契約)については、優先分配の機能を実効化させるべく、株主全員を契約当事者とする必要があるため、エンジェル投資家なども当該契約当事者に含めることになります。

 

2 株主間契約を締結する意義、背景

 株主間契約は、スタートアップが株式を発行して資金調達を行う場合に締結されるものですが、本来は、資金調達を行う場合には会社法に定められた募集と申込手続などを行えば足りるのであり、株主間契約を締結すべき会社法上の要請はありません。

 ベンチャーキャピタル(以下「VC」といいます。)は、外部の出資者から資金を預かって期限のあるファンドとして運用する責任を負います。そして、日本におけるファンドの出資者への分配は金銭による方法がほとんどであるため、ファンドの期限の到来に際しては、原則として、保有する全株式を売却してファンドの出資者に対して獲得資金を還元しなければなりません。そのため、VCとしては、投資実行後に経営についての必要な情報をスタートアップから受領できるようにしておくなどして、スタートアップのコーポレート・ガバナンスに関与できる立場を保有することが重要となります。

 加えて、現在では、日本においてもVCによる投資案件のExit方法として、M&Aの事例が増えてきました。そのため、VCとしては、投資時点において、M&A時の意思決定プロセス、売却代金の分配方法などのExitに関する事項を明確化しておくことが重要となります。

 会社法は株式会社の株主の権利義務について様々な規定を置いてはいますが、上記とおり、VCにおいては、会社法によって定まる通常の規律(いわゆるデフォルト・ルール)の修正や会社法に定めのない事項の創設についてのニーズがあり、株主間契約はこれに応える手段と位置付けられます。

 

3 種類株式の内容として定める方法との関係

 種類株式とは、普通株式とは権利の内容が異なる株式のことであり、会社法上は以下の9つの内容についての設定が認められています。

  ・剰余金の配当

  ・残余財産の分配

  ・議決権の制限

  ・譲渡の制限

  ・取得請求権

  ・取得条項

  ・全部取得条項

  ・拒否権

  ・役員選任権

 

 株主間契約と種類株式とは、いずれもスタートアップと投資家との間の権利義務を形成するとの点で共通します。

 しかしながら、種類株式は、上記のとおり、会社法に予め列挙された内容を基本として設定されるものであり、これに対し、株主間契約は、当事者間の契約に基づき任意に内容が設定されるものです。そのため、株主間契約の手法によることで、より多様な内容の設定が可能です。

 また、種類株式は、定款の効力をもって株式自体の内容としてスタートアップと投資家との間を規律するものであり、これに対し、株主間契約は、契約の効力として契約当事者間を規律します。そのため、スタートアップが株主間契約に違反した行為をなしたとしても、当該違反はあくまで株主間契約の違反(債務不履行)にすぎず、基本的に会社法上の問題とはなりません。

 また、スタートアップは、成長過程において複数の投資家と投資後の条件を定めた契約を重ねていきますが、株主間契約の手法によれば、株主間契約の内容の変更について株主総会決議は不要ですので、次回資金調達における手続きの負担を軽減することができます。

 このような株主間契約のメリットから、実務上は、株主間契約の手法がよく用いられますが、必ずしも種類株式の内容として定める方法が相互排他的になる訳ではありません。

 例えば、種類株式の内容として、優先分配が定めることがあり、これは株式自体の内容としての配当時や清算時における分配基準ではありますが、当該基準が財産分配契約(又は株主間契約)に流用されていることも多くあり、契約の効力としても契約当事者間を規律することになります。

 

 株主間契約の内容として定めるのか定款において種類株式の内容として定めるのかなどについては、ケースバイケースであり、総合的な判断が必要となります。

 

4 株主間契約における主要な条項

(1) 事前承認/事前通知

 事前承認とは、スタートアップ側に対し、一定の事項について、事前に投資家に対して通知のうえで承認を得るべき義務を課すものであり、事前通知は、事前承認は不要であるものの通知するべき義務を課すものです。

 当該条項は、投資実行時に確認したスタートアップの事業内容や経営体制、株式の価値を無断で変更されないためのモニタリングや、新規の株主や取締役が反社会的勢力で無いかなどの確認を行う趣旨で設けられます。

 特に、事前承認の対象事項が過剰な場合には、スタートアップにとっては運営上の妨げとなるため、締結に際しては、項目ごとに必要性を検討すべきです。

 

(2) 情報開示

 情報開示とは、スタートアップ側に対し、株主名簿、定款、登記事項証明書、月次試算表、事業計画書など、経営上の重要な情報の開示や災害や訴訟といった重要事象の発生に対しての報告についての義務を課すものです。

 VCは、ファンドの運営責任を負っており、当該条項は、スタートアップの経営情報を常に把握しておく必要があることから規定されます。

 情報開示の対象事項、開示方法、開示時期などが過度な場合には、スタートアップにとっては運営上の妨げとなるため、締結に際しては、情報ごとに必要性を検討すべきです。

 

(3) 取締役指名権及びオブザーベーション・ライト

 取締役指名権とは、投資家がスタートアップに対して投資家が指名する取締役を派遣できる権利であり、オブザーベーション・ライトとは、投資家がスタートアップの取締役会その他の重要会議に投資家が指名する者を派遣できる権利です。

 当該条項は、スタートアップの情報の取得、モニタリングや経営関与の目的で設定されます。

 特に、取締役指名権については、当該権利を各投資家に設定してしまうと、スタートアップの機動的な運営上の妨げとなり得ますので、締結に際しては、慎重な検討が必要となります。

 

(4) Exit協力義務

 Exit協力義務とは、Exitに向けて互いに協力し合うこと確認する条項です。

 VCは、一定期間内に投資の成果を確定してファンドの出資者に対してその成果を分配しなければなりませんので、スタートアップ及び経営株主にもこれを認識させる趣旨で設定されます。

 

(5) 先買権及び共同売却請求権

 他の株主がスタートアップの株式を譲渡しようとする場合において、自己が優先的に譲受人となって当該株式を買い受けることができる権利を先買権といい、自己も他の株主と共同して譲渡人として参加して売却することができる権利を共同売却請求権といいます。

 

(6) 株式買取請求権

 株式買取請求権とは、一定の事由が生じた場合に投資家がスタートアップ(及び経営株主)に対して投資家の保有する株式を買い取るように請求できる権利です。

 株式買取請求権が発動された場合、スタートアップ(及び経営株主)は、株主間契約に規定の算定方法による価額にて当該投資家の保有する株式を買い取らなければなりません。当該権利の発動は、スタートアップと投資家との関係を解消させるものであり、スタートアップは、多額の負担を強いられることとなります。そのため、株式買取請求権の発動事由が過度に広範なものとなっていないか、規定の価額算定方法に合理性があるかなどについて、慎重な検討が必要となります。

 なお、近年では、買取請求の対象者をスタートアップに限定して経営株主を除外する考えも有力となってきており、スタートアップ側としてはこの点も含めた交渉が重要となります。

 

(7) 同時売却請求権

 同時売却請求権は、任意に設定された一定の要件を満たした場合に他の株主(スタートアップ、経営株主に限りません。)も保有する株式の売却に応じるよう請求できる権利です。

 当該条項は、M&AによるExitを円滑に行うことを目的としています。

 なお、買収側企業の多くは、買収先への持株比率が100%となることを希望します。そのため、同時売却請求権の効力が全株主に及ぶことが重要であり、株主間契約には参加しないエンジェル投資家などの株主がいた場合でも、これらの者と同時売却請求権を抜き出した契約(財産分配契約など)を締結しておく必要があります。

 

(8) みなし清算

 みなし清算とは、スタートアップにM&Aが生じた場合にスタートアップを清算したものとみなして投資家に対して分配を行うことをいいます。

 残余財産の優先分配については、会社法上、種類株式の内容として設定することが可能ですが、当該効力は、M&Aのような株式の譲渡などの場面には及びません。このような背景を受けて、みなし清算条項は、M&Aのような株式の譲渡などの場面においても、種類株式において定めた残余財産の優先分配と同様の対価が得られるようにする目的で規定されます。

 なお、同時売却請求権と同様、株主間契約には参加しないエンジェル投資家などの株主がいた場合には、これらの者とみなし清算を抜き出した契約(財産分配契約など)を締結しておく必要があります。

 

5 おわりに

 株主間契約は、スタートアップ投資を支える重要な機能を果たしていますが、日本においては、VCがそれぞれの経験や知見を積み上げて株主間契約の内容を検討してきた経緯がありますので、株主間契約の内容は各VCにおいて異なる状況にあります。

 株主間契約は、個別性が強く、同一のスタートアップであっても、成長ステージなどによって適切な契約内容は異なってきます。

 いったん締結した株主間契約は、次回資金調達における交渉の前提となります。そのため、当該スタートアップの個別的な事情をよく汲むことなしに定型雛形をもって紋切型に妥結してしまった場合には、当該株主間契約の存在がスタートアップの成長を阻害する要因ともなり得ます。

 株主間契約の内容については、当該スタートアップの個別具体的な事情や資本政策なども考慮しながら、適切な法的知識のもとで総合的に検討する必要があります。

執筆者

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