
執筆:弁護士 髙林 寧人 (フィンテックチーム)
エンジェル投資家は、多様なスタートアップを生み出す土台としての重要な役割を果たしているといえますが、資本政策の最初の部分を担う存在でもあります。
そのため、スタートアップ側とエンジェル投資家側の資本政策に対する理解が十分でない場合には、せっかくのエンジェル投資がスタートアップに致命的な資本政策上のリスクを招来してしまうこともあり得ます。
そこで、本稿では、エンジェル投資家やエンジェル投資についての基礎知識を確認したうえで、主にスタートアップ側の視点から、エンジェル投資家からの資金調達時にどのような点に注意すべきかを概説します。
1 エンジェル投資家とは
エンジェル投資家とは、法律上に定義された言葉ではありませんが、一般的には、創業間もないシード(またはアーリー)のスタートアップに対して資金援助を行う個人投資家のことを意味します。
スタートアップの成長の典型的なステージについては、以下のように区分されます。
シード期:起業前であり、事業のアイデアはあるものの具体的な製品やサービスがない段階
アーリー期:起業直後であり、事業を立ち上げて軌道に乗せることを志向する段階
ミドル期:事業が軌道に乗り始めて本格的な成長を志向する段階
レイター期:経営が安定して上場を検討する段階
シード期においては、スタートアップ側としては、事業アイデアを製品やサービスとして具体化する資金(シードマネー)を需要していますが、事業計画の検証や企業価値の正確な算定が困難ですので、この段階での投資には高いリスクが伴います。
ベンチャーキャピタル(VC)は、ファンドのLimited Partner(出資はするがファンドの運営には直接関与せず、責任が出資の額までに限られる有限責任の出資者である投資家、いわゆるLP投資家)に対して投資の意思決定についての説明責任を負っていますので、一般的に、この段階において、スタートアップに投資することは容易ではありません。
このような間隙を埋める存在として登場してくるのが、エンジェル投資家です。
エンジェル投資家の投資資金の原資は個人のマネーですので、ベンチャーキャピタル(VC)とは異なり、投資について他に説明する必要はありません。
このように、エンジェル投資家は、シード期のスタートアップに対して、重要な資金供給機能を果たしています。
また、エンジェル投資家は、多様な領域や分野、地域のスタートアップに対して柔軟に資金を提供することができますので、スタートアップのエコシステムにおいて、多様なスタートアップを生み出す土台としての重要な役割を果たしているといえます。
2 エンジェル税制とは
上述のとおり、エンジェル投資家は、多様なスタートアップを生み出す土台としての重要な役割を果たしているといえますが、シード期(起業前であり、事業のアイデアはあるものの具体的な製品やサービスがない段階)に個人のマネーを投じることには、相当なリスクが伴います。
そこで、政府は、税制を改正し、スタートアップへの投資を促進するためにスタートアップへ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度(いわゆるエンジェル税制)を創設しました。
この制度においては、スタートアップに対して個人投資家が投資を行った場合、投資時点と売却時点のいずれの時点でも税制上の優遇措置を受けることが可能となります。
創設当初は、エンジェル税制の恩恵を受けることができる可能性のある投資家が限定的であったことなどから普及は限定的でしたが、改正を重ねるごとに優遇措置が順次拡大されてきました。
近年の税制改正では、後述の「J-KISS」についても、2024年4月1日以降に新株予約権を取得した場合には、エンジェル税制の適用を受けることとなりました。
このように、現在では、エンジェル税制は、個人投資家にとって利便性の高い制度になるに至っているといえます。
そのほか、個人投資家ではありませんが、エンジェル税制の適用が受けられる投資先のスタートアップとして、一定の要件を満たした株式投資型クラウドファンディング事業者(少額電子募集取扱業者)が新たに加えられました。
また、オープンイノベーション促進税制も創設され、一定の要件のもと、国内の事業会社またはその国内コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)がオープンイノベーションに向けてスタートアップの新規発行株式を一定額以上取得する場合には、その株式の取得価額の25%が所得控除されることが可能となりました。
シード期のスタートアップ側としては、当該投資がエンジェル税制の適用を受けるのかについても理解しておくことが重要といえます。
3 エンジェル投資家からの資金調達方法
エンジェル投資家からの資金調達スキームは複数あります。
(普通)株式発行のスキームをとる場合には、(普通)株式発行時に1株あたりの払込価格を決める必要があります。
日本においてはエンジェル投資家の数も多い訳ではありませんので、株価算定における市場原理も働きにくく、任意に株価を算定することになります。
しかしながら、シード期におけるスタートアップは、プロダクトを模索している段階であり、事業計画の検証も困難ですので、この時点で今後の成長や資本政策までを考慮して適切な株価を算定することは相当困難です。
仮に、上場までに数億円の資金調達が必要であるにもかかわらず、エンジェル投資家からの数百万に対して数10パーセントの割合の株式を発行してしまった場合、ベンチャーキャピタル(VC)などの後続の投資家からすると、投資した場合の自身の保有割合に対する魅力が減殺されてしまいますし、また、経営者の保有割合が少ないことから成長へのインセンティブが乏しいと評価することがあり得ます。
近年では、(普通)株式ではなく新株予約権を用いた資金調達スキームの考察が進められてきました。
このスキームには、資金調達時に当該株式に転換する価格を明確には定めずに済むこと、手続きが比較的シンプルであること、普通株式に対して優先性を確保できること、といった特色があります。2016年にCoral Capitalから「J-KISS」が発表され、現在では、これが日本における新株予約権を用いた調達スキームのデファクト・スタンダードとして用いられています。
ただし、このスキームを用いたとしても、J-KISS投資家には、適格資金調達(転換期限の前後を問わない一定金額以上の株式による資金調達のことをいいますが、詳細は割愛します。)の時点の株価にかかわらずに最低保証された一定の株価によって適格資金調達の際の株式を取得することのできる権利(いわゆるCAP)などがありますので、やはりスタートアップ側と投資家側の資本政策などに対する理解は必須になります。
4 おわりに
エンジェル投資家は、多様なスタートアップを生み出す土台としての重要な役割を果たしており、エンジェル投資家からの資金調達は、シード期のスタートアップにとって重要なマネーです。
ただし、米国と比べて日本のエンジェル投資家の層は厚くはありませんし、エンジェル投資家が必ずしも資本政策などの理解に長けている訳ではありません。
資本政策は基本的に不可逆ですので、スタートアップ側とエンジェル投資家側の資本政策などに対する理解が十分でない場合には、当該エンジェル投資がその後の追加の資金調達の障害になってしまうという事態も起こり得ます。
特に、エンジェル投資は資本政策の最初の部分を担う存在ですので、障害となってしまった場合の影響度合いは看過できません。
当該エンジェル投資家からの資金調達をどのようなスキームにて行うかについては、スタートアップ側の資本政策を基にして、エンジェル税制等についての知見も用いながら、慎重かつスピーディーに判断する必要があるといえます。