
執筆:弁護士 髙林 寧人 (フィンテックチーム)
採用内々定や採用内定の取消しは可能ではありますが、両者の法的状況は大きく異なるため、企業側としての検討事項や対応事項も変わってきます。
本記事では、採用フローに沿って採用内々定と採用内定とを比較しながら、どのような違いが生じてくるのかを解説します。
1 採用内々定時の契約関係
⑴ 採用内々定の法的性質
採用内定とは、正式な入社により労務提供を開始する前ではあるものの労働者を採用することが決定している状態ですが、対して、採用内々定とは、採用内定が決まりかけているものの内定式などの正式手続の前の状態をいいます。
実際、多くの企業では、優秀な人材を確保する目的で、採用内定通知を発する以前に採用する予定である旨を口頭で伝えてその後の内定開始日に採用内定通知を発する、という運用をしています。
採用内々定はあくまでも仮の内定にすぎないことから、この時点では労働契約は未だ成立していないこととなります。
なお、採用内々定か採用内定かについては実質的に判断されますので、採用内々定の形式をとっていたとしても、実態によっては採用内定に至っていると判断されることもあり得るため、この点には注意が必要です。
⑵ 採用内々定の取消し
採用内々定の時点では労働契約は未だ成立していないことから、採用内々定の取消しは、解雇ではなくて単なる採用拒否である、という整理になります。
もっとも、裁判例(コーセーアールイー(第2)事件:福岡高裁平成23年3月10日判決)においては、採用内々定者に対して採用内定通知を出す旨を伝えておきながら採用内々定を取消したという事例において、当該採用内々定者が他の就職先を断っていた等の事実関係から、当該採用内々定者の法的保護に値する期待(以下「期待権」といいます。)の存在及び当該期待権の侵害を認め、企業側の約50万円の損害賠償責任を認めました。
このように、採用内々定の取消しは可能ではありますが、事実関係によっては企業側の損害賠償責任が認められることもあります。
もし採用内々定の取消しを検討するのであれば、当該採用手続に鑑みて、採用内々定者の期待が法的保護に値するまでに至っていないかを検討する必要があります。そして、至っていると判断される場合には、当該採用内々定者の期待権を侵害しないよう、まずは採用内々定者に対して丁寧な説明をするなどして、採用内々定の取消しについての理解を得る努力が必要といえます。
2 採用内定時の契約関係
⑴ 採用内定の法的性質
採用内々定に対して、採用内定とは、正式な入社により労務提供を開始する前ではあるが労働者を採用することが決定している状態です。
判例(大日本印刷事件:最判昭54.7.20、電電公社近畿電通局事件:最判昭55.5.30)においては、採用内定通知を発した後に労働契約締結のための他の手続(内定式等)が予定されていない場合においては、採用内定通知によって労働契約が成立するとされています。他方で、採用内定通知を発した後に労働契約締結のための他の手続(内定式等)が予定されている場合は、当該他の手続を行った後に労働契約が成立すると考えられています。
上記判例においては、採用内定通知によって「始期付解約権留保付の労働契約」が成立するとされており、すなわち、労働契約は成立してはいるものの、採用内定後の調査等で労働者の適格性を判断して不適格と判断した場合や労働者が大学などを卒業できなかった場合などには労働契約を解約できる権利が企業側に留保されている、との法的状況になります。
⑵ 採用内定の取消し
上記判例の立場を敷衍すると、採用内定の取消しができるか否かの問題は、企業側が留保された解約権をどのような場合に行使できるか、という問題に収斂されます。
採用内々定の取消しとは異なり、採用内定時においては、基本的には労働契約が成立すると考えられることから、単なる採用拒否ではなくて解雇という整理になります。そのため、留保された解約権の行使については、解雇と同様、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、無効となります。
留保された解約権の行使の適法性については、個別の事例判断になります。
たとえば、内定後に事情変更があった場合(採用内定者が学校を卒業できなかった、健康状態が著しく悪化した、裁判で有罪判決を受けたなどの場合)、内定当時に企業側が知り得なかった事情が発覚した場合(虚偽の経歴等を申告していたことが発覚したなどの場合)には、適法に傾きやすいといえます。
対して、景気変動により著しく業績が低下した場合など、経営悪化を理由とした採用内定取消しの適法性については、企業側の帰責事由に基づく解約であることから、整理解雇の4要素(人員削減の必要性、解雇回避努力義務、人選の合理性、手続の相当性)に照らして、厳格に判断されることとなります。
留保された解約権の行使が違法とされた場合、採用内々定の場合と異なり、企業が損害賠償責任を負うのみならず、当該内定者の労働者としての地位が確認されることもあり得ます。労働者としての地位を有するにもかかわらず自宅待機などで休業させる場合には、企業側は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています(労働基準法第26条)。
採用内定の取消しをなすに際しては、退職勧奨と同様、採用内定者に対して入社延期や休業、一定の金銭保証、再就職支援を行うなどして、まずは内定辞退による労働契約の解消を志向していく必要があるといえます。
⑶ 内定者側からの辞退
労働者側からの労働契約の解約については、基本的には自由です(退職の自由:憲法第18条、第22条参照)ので、内定者側からの一方的な内定辞退は、2週間の予告期間があれば適法といえます(民法第627条第1項)。したがって、企業側からの内定辞退者に対する損害賠償請求は、特段の事情がない限りは認められ難いといえます。
3 終わりに
採用内々定時の契約関係と採用内定時の契約関係とは、大きく異なりますが、両者については、形式的な呼称ではなく、採用内定のための別の手続(内定通知書の授与等)が予定されているかどうかなどに照らして実質的に区別されることから、候補者に誤解を生じさせ易い面があります。企業側としては、候補者に採用内々定通知書を交付して当該書面に当該候補者の地位が採用内々定者にとどまるものであることを明記しておく、などの工夫が考えられます。
採用内定取消しの場面においては、採用内定取消通知書において採用内定取消事由に該当する具体的事実を摘示することが重要になってきますが、紛争を防止する観点からは、予め、採用内定通知書の段階において合理的な採用内定取消事由を具体的かつ網羅的に記載しておくことも有益です。
厚生労働省は、内定取消企業に対する制裁として、企業名公表制度を設けており、一定の場合には、厚生労働省のウェブサイトで企業名を公表することとなっています(職業安定法施行規則第17条の4)。当該公表の対象となってしまった場合、企業の対外的な社会的信用は大きな打撃を受けることとなってしまいます。
採用内定取消しの段階で当該行為の適法性を具体的に検討することはもちろん必須ですが、今一度、各社の採用フロー全体を確認して、紛争リスクを予防する体制が整備されているかを検討することも有益と考えます。