
執筆:弁護士 林越 栄莉 (メタバース / エンターテインメントチーム)
(※2023年8月22日に公開。2024年6月28日に記事内容をアップデートいたしました。)
2023年8月22日 公開
2024年6月28日 更新
従業員の適格性を観察し本採用するか決める試用期間中に企業側から解雇できるのかについて、悩まれている企業法務担当者様は多いのではないでしょうか。
今回の記事では、試用期間中の解雇が認められるための要件や、企業側が解雇事由として主張できる事由について弁護士が解説致します。
1.試用期間とは
試用期間とは、実際に就労させてみて従業員としての適格性を観察し、本採用するか否かを決定する期間のことです。
試用期間は企業が従業員を採用した後、つまり企業・従業員間で労働契約を締結した後に、約1か月~3か月程度の期間として設定されることが多くなっています。試用期間に法律上の定めはなく、企業は自由に試用期間を設定可能ですが、本採用の可否を決定するという試用期間の目的達成に必要な期間を超えて、不当に長期にわたり試用期間を設けることは認められないと考えられています。
企業は、試用期間中、従業員を実際に業務に従事させながら、従業員の自社の業務を行う適格性を有しているかを判断することになります。
2.試用期間時に解雇はできるのか?
結論から言うと、試用期間中の解雇も可能です。もっとも、いかなる場合にでも有効となるわけではありません。
試用期間中の企業・従業員間の労働契約の性質は、判例上『解約権留保付き労働契約』であると考えられています(最高裁大法廷昭和48年12月12日判決/三菱樹脂事件)。上記判例によれば、労働契約の解約権が企業側に留保されていることから、試用期間中の解雇は本採用後の通常解雇よりもやや広い範囲で解雇の自由が認められる余地があるとされています。
そうとは言っても、試用期間中の解雇がどのような場合にも認められるわけではありません。試用期間中は労働契約の解約権が企業側に留保されている趣旨・目的に照らし、試用期間中の解雇に客観的合理性・社会的相当性が認められる場合にのみ、有効と認められることになります。
なお、試用期間満了後であれば、いかなる理由であっても本採用の拒否ができるわけではありません。試用期間満了後の本採用の拒否も常に有効となるわけではなく、試用期間中の解雇と同様、本採用の拒否に客観的合理性・社会的相当性が認められる場合にのみ有効となります。
このように、試用期間時の解雇の有効性が認められる場面が限定されている点について、十分ご注意ください。
事例から学ぶ!試用期間時の解雇が認められるポイント
上記のとおり、試用期間時の解雇の有効性が『解雇に客観的合理性・社会的相当性が認められるか否か』という点から総合的に判断されることから、試用期間時の解雇が認められるかについては、事例ごとの判断とならざるを得ません。
そのため、試用期間時の解雇が認められるかについては法務部や弁護士への相談が望ましいものの、ここでは試用期間時の解雇が有効と認められた一般的な事例をご紹介いたします。
①経歴詐称
経歴詐称とは、従業員が自分の経歴や能力などについて実際よりも誇張したり、虚偽の情報を提供することを指します。例えば、履歴書や職務経歴書で学歴や職歴を偽ったり、能力やスキルを実際よりも高くアピールしたりする行為が経歴詐称にあたります。
東京地裁平成21年8月31日判決(労働判例995号80頁)は、従業員による意図的な履歴書等への虚偽記載(経歴詐称)が認められた事例について、解雇の有効性を認めました。
もっとも、この事案では
「履歴書や職務経歴書に虚偽の内容があれば,これを信頼して採用した者との間の信頼関係が損なわれ,当該被採用者を採用した実質的理由が失われてしまうことも少なくないから,意図的に履歴書等に虚偽の記載をすることは,当該記載の内容如何では,従業員としての適格性を損なう事情であり得る」と判断されており、どのような経歴詐称であっても直ちに解雇の有効性が認められると判断しているわけではないため、事案ごとに判断することが必要です。
②能力不足
「能力不足」とは、従業員が特定の仕事や任務を遂行するために必要なスキルや知識、経験、能力が不足している状態を指します。つまり、その人が持つ能力や資質が、その仕事や状況に適しておらず、適切に業務を遂行できない状態が能力不足にあたります。
大阪高裁平成24年2月10日判決(労働判例1045号5頁)は、従業員の能力不足が認められた事例について、企業側が十分な指導・教育を行っていたことを前提に、
「…繰り返し行われた指導による改善の程度が期待を下回るというだけでなく…研修に臨む姿勢についても疑問を抱かせるものであり,今後指導を継続しても,能力を飛躍的に向上させ,技術社員として必要な程度の能力を身につける見込みも立たなかったと評価されてもやむを得ない状態であった」として、改善可能性が少ないと判断されてなされた本件解雇の有効性を認めました。
裁判例においても、「能力不足」という従業員本人の問題だけで解雇の有効性が判断されているわけではなく、企業側が十分な指導・教育を行い、解雇回避義務を尽くしていたか等の企業側の行動も考慮されていますので、「能力不足」を理由に解雇するには慎重な対応を行うことが必要です。
③勤務態度不良
「勤務態度不良」とは、従業員が業務に対して適切な態度や姿勢を示さず、業務遂行に支障をきたす行為や態度のことを指します。具体的には、遅刻や欠勤が続く、業務の遂行に消極的である、職場の雰囲気を乱すなどが挙げられます。
東京地裁令和元年9月18日判決(労働基準広報2034号22頁)は、従業員のパワーハラスメント、勤務態度不良等が認められた事例について、従業員がITに関する高い専門性を前提に社内情報システム管理者として採用され、部下に対する適切な監督及び業務指導と業務を円滑に遂行すべき立場にあったにもかかわらず、部下や上司との協調性の問題、取引先との軋轢ないし関係修復困難な状況の発現、勤務態度等から他部署との軋轢など従業員の指導を要する状態にあったことを認定しました。その上で、企業側が従業員に対し上記を踏まえた指導等を行っていたことを認定したうえで、上司らによる面談と相応の指導に対する原告の認識等から改善の見通しの乏しさが認められるなどを総合考慮すると、本件解雇は社会通念上相当であるとして解雇の有効性を認めました。
②能力不足と同様に、裁判例において「勤務態度不良」という従業員の本人の問題だけで解雇の有効性が判断されているわけではなく、企業側の行動も考慮されていますので、「勤務態度不良」を理由に解雇する場合も慎重な対応を行うことが必要です。
3.試用期間時に解雇する際の注意ポイント
企業が試用期間時に従業員を解雇する際の注意ポイントは、解雇手続の遵守です。
試用期間時の解雇に客観的合理性・社会的相当性が認められる場合であっても、従業員の解雇にあたっては法令の定めや企業内部で定められた所定の手続が求められる点に注意が必要です。
(1)労働基準法上の注意ポイント
労働法は解雇について複数の定めを置いていますが、試用期間時の解雇において特に注意したいポイントは、労働基準法20条1項が、企業は従業員に対し、30日前までに解雇を事前に予告するか、あるいは30日分の賃金を解雇予告手当として支払わなければならない旨を定めている点です。
もっとも、労働基準法20条1項の例外として、同法21条4号が試用期間の開始後14日以内であれば、事前の予告なしに、客観的合理性・社会的相当性が認められる限り、解雇を行うことが可能である旨定めている点にも注意が必要です。
(2)就業規則上の注意ポイント
労働基準法89条3号は、解雇の事由を就業規則上の記載事項として定めることを規定しています。企業内に就業規則が存在する場合は、就業規則記載の解雇事由等の解雇に関する手続を充足しているか、確認する必要があります。
4.まとめ
試用期間は従業員の適格性を確認する期間であり、試用期間中の解雇も一定の要件を充たす場合には可能です。もっとも、経歴詐称、能力不足、勤務態度不良などの解雇事由が必要となる上、解雇時には法令や就業規則に基づく手続きが必要となります。試用期間中の解雇では、通常の解雇と同様に30日前までの予告あるいは30日分の賃金支払いが求められることにも留意する必要があります。
試用期間時の解雇は企業・従業員双方にとって大きな問題であり、紛争化しやすい事案でもあります。万が一紛争化した場合であっても、企業として適切な反論ができるように、まずは法的に隙のない適切な対応を行うことが重要です。
やむを得ず試用期間時の解雇を検討される場合には、弁護士への相談もご検討ください。
監修
弁護士 森田 芳玄
(都内の法律事務所にて主に企業法務に携わったのち、2016年GVA法律事務所入所。現在は、企業間紛争、労務、ファイナンス、IPO支援、情報セキュリティ法務を中心としたさまざまな企業法務案件に携わる。情報処理安全確保支援士。ITストラテジスト。システム監査技術者。)