
執筆:弁護士 森田 芳玄(AI・データ(個人情報等)チーム)
2020年9月30日公開
2024年3月13日更新
『連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(3) 仕様の重要性について』はこちらから
『連載:システム開発紛争の基本問題(4) プロジェクトマネジメント義務』はこちらから
1.はじめに
システム開発業務を委託/受託するに際してトラブルに巻き込まれてしまうことは意外にあるものです。そのようなときに後悔しないように、本連載では事前に対処するべき事項や、実際にトラブルになってしまった際の対処法などをできる限りやさしく解説してゆくことを目的としています。
第2回目は、前回解説した請負契約と準委任契約の違いを踏まえて、その区別の判断基準について解説したいと思います。
2.請負契約と準委任契約の区別の判断基準について
これから請負契約と準委任契約の区別の判断基準について考慮される要素を述べたいと思いますが、前提として注意していただきたいのが、以下に挙げる要素は、重要と思われるものを挙げているのみですので、挙げられた要素だけが判断基準であり、すべて満たさなければ請負契約(または準委任契約)と判断されない、ということではなく、最終的にはあらゆる事情が総合的に考慮されたうえで判断されるということになります。
(1)仕事の完成を契約の目的としているか
前回述べたとおり、請負契約の場合、仕事の完成をもって報酬が発生することになりますので、必然的に仕事の完成が契約の目的事項として記載されていることになります。
一方で、準委任契約の場合、何らかの作業を行うことが特定されているだけで、その作業に伴って何かを完成させることまでは明記されていないのが一般的です。
(2)事前に仕様が特定されているか
請負契約の場合には、仕事の完成が目的になりますので、完成させるべきシステムの仕様が確定していることが前提にあります。したがって基本的には契約書を締結する時点で仕様書などにより完成されるべき対象が定まっていることが多いかと思われます。
一方で、準委任契約の場合には、多くの場合、依頼された作業を行う義務があるということになりますので、契約書締結時点で行うべき作業の仕様が確定していない場合もある(そもそも仕様が問題にならない場合がある)ということになります。
(3)報酬の計算方法・支払時期
請負契約の場合には、上記のとおり、完成させるべき内容が事前に確定しているということもあり、まとめて一括で○○○万円という形で報酬が決められている場合が多いかと思います。また、報酬の支払時期については、あくまで契約で求められている仕事が完成していることを条件に支払われるものになりますので、仕事の完成後に報酬が支払われることになります。もちろん、着手金や中間金としてそのうちのいくらかが完成前に支払われることも契約上はあり得るかと思いますが、基本的には請け負う案件単位で金額が決められ、それが完成後に支払われるとされるのが原則となります。
準委任契約の場合には、行った作業を基準にして報酬が決められる場合が多く、例えば人月単位で決められたり、時間単位で決められたりする場合が多いのではないかと思います。支払時期についても、上記のとおり何らかの仕事の完成が目的になるものではありませんので、毎月固定の金額が支払われるとか、稼働量に応じて毎月末日締めで翌月に支払われる、というような例が多いのではないかと思います。
(4)成果物に対する検収の有無
請負契約の場合には、仕事の完成が目的になりますので、成果物について委託者の方で確認する「検収」という作業が必要とされるのが一般的です。一方で、準委任契約の場合には、仕事の完成が目的ではないため、検収が行われないことが多いのではないかと思われます(作業が終了すると業務報告などが求められることは多いかと思います)。
(5)成果物の品質に対する保証があるか否か
請負契約の場合には、完成した成果物を納品することになりますので、もしその成果物に何らかの不十分な点があった場合には修理するというような保証に関する条項がある場合が多いかと思います(民法改正前の瑕疵担保責任と呼ばれる条項もこれに該当します)。
一方で、準委任契約の場合には、仕事の完成が目的とされていないため、品質についての保証についてもとくに定められていないことが多いかと思います(ただし、債務不履行責任を免れるものではない点には留意が必要です)。
(6)契約書のタイトルは影響あるか?
契約書のタイトルが業務委託契約書ではなく、「請負契約書」とか「準委任契約書」とされている場合はどうでしょうか。あえてそのような契約書のタイトルとしたということは、当事者間にそのような契約類型とする合意があったということで、その点を考慮要素に入れて契約の性質が決定される可能性はもちろんあります。
しかしながら、もともと請負契約の雛形をベースにして、準委任契約にするつもりで、タイトルだけ「準委任契約書」としながらも、契約書の中身が、報酬に関する条項以外が請負契約のまま(つまり成果物に対して検収があったり、民法改正前の瑕疵担保責任のような条項があったりするまま)であったりする例もありますし、契約書のタイトルが業務委託契約書のままで報酬の定め方を準委任契約らしくしつつ、やはりそれ以外の条項が請負契約のままになっている例も見かけます。
このような場合は、タイトルだけでは実質的な契約内容が判断できませんので、やはり契約のタイトルとは別に、上記の諸要素を考慮しつつ、さらには契約締結に至る交渉経緯なども考慮して総合的に判断されることになります。
(7)小括
以上のとおり、いくつか判断要素を挙げましたが、繰り返しとなりますが、これらの要素があるからといって必ず請負契約であるとか、準委任契約であるというように決まるものではありません。また、次に述べるように、準委任契約においても成果完成型の類型もあることから、一概にいずれの契約であるか割り切れるものでもない点はご留意ください。
まとめ
仕事の完成を目的としているか否か⇒仕事の完成を目的としていれば請負の傾向
事前に仕様を特定しているか否か⇒仕様が特定されていれば請負の傾向
報酬の計算方法・支払時期⇒事前に金額が定められている場合は請負の傾向
成果物に対する検収の有無⇒検収があると請負の傾向
成果物の品質に対する保証があるか否か⇒品質保証があると請負の傾向
3.成果完成型の準委任契約について
前回と今回で請負契約と準委任契約の区別について説明してきましたが、2020年4月1日施行の民法改正により、準委任契約については、履行割合型の準委任契約と成果完成型の準委任契約の類型に分けられることが明確化されました。
履行割合型というのは、これまで説明してきた作業の割合に応じて報酬が請求できる契約類型であり、成果完成型というのは、成果物の完成をもって報酬が請求できる契約類型になります。
システム開発の現場においては、これまで準委任契約といえば履行割合型を指して使われることが多かったと思いますので、前回と今回の説明では便宜上、準委任契約という場合には、履行割合型の準委任契約を念頭に説明してきました。
そこで、成果完成型の準委任契約について具体的にどのようなものなのか補足しますと、この類型の場合には、成果の引渡しと同時に報酬を支払うことになっており(民法第648条の2第1項)、その点において請負契約と類似しています。他方で、それ以外の点については、概ねこれまで説明してきた準委任契約と同じであり、性質的には請負契約と(履行割合型の)準委任契約の中間といえるものです。
したがって、このような成果完成型準委任契約の場合には、準委任契約といっても検収などの規定が契約上規定されていることもあり得るかと思いますので、例えば契約書のタイトルが準委任契約書となっている場合でもそれだけで履行割合型の準委任契約であると早合点せずに、自分の意図する内容か否か契約書の中身をよく確認する必要があります。
4.業務内容の性質の問題
最後に、業務内容の性質との関係について考えてみたいと思います。請負契約で契約締結した場合において、業務内容の中にシステムの開発業務(プログラミング)そのもの以外に、要件定義書の作成サポートなども含まれている場合もしばしばあるかと思います。
しかしながら、本来的には要件定義については委託者側が責任をもって行うべき作業であり、受託者側はその補助を行うに過ぎないものであるため、要件定義書の完成を請負契約の業務内容とすることは適切ではないものと考えられます。
それゆえ、一般的には要件定義書の作成「サポート(補助)」という項目が業務内容となることが多いかと思うのですが、このような場合、要件定義書の作成サポートについては、作業を行った時間単位で報酬が発生する(履行割合型の)準委任契約の方が性質上なじみやすいというように考えることもできます。
そうすると、一つの契約書の中において、要件定義書の作成段階では準委任契約的な作業を行った時間単位で報酬が発生することとし、システム開発(プログラミング)段階では請負契約的な完成をもって報酬が発生するものとする、というように、工程ごとに報酬の発生方式を異ならせるという工夫の余地もあり得るかと思います。
5.まとめ
前回と今回で請負契約と準委任契約の区別について説明をしてきました。前回も述べたとおり、委託者側は仕事の完成をもって報酬が発生するという請負契約を望む場合が多く、受託者側は作業を行えば報酬が発生する(履行割合型の)準委任契約の方を好む場合が多いため、この点において両者の思惑が対立しがちです。
そこでまさに契約書にどのような内容が記載されているかが重要となってくるのですが、システム開発業務の場合、急ぎの案件であったり、全体像が明確に定まらないまま開発がスタートする場合など、契約書の確認作業がおざなりになって、細部を詰め切れないままなし崩し的に開発業務自体が始まってしまうことはよくありがちです。
そうすると上記のとおり、契約類型の違いにより報酬の発生条件や受託者側の義務などが大きく異なってくることから、トラブルが発生した後になってから想定していた契約内容と異なることに気付いて慌てる、ということもあり得ることです。このような事態を避けるためにも、当然のことながら契約書の内容は締結する前に十分に確認することが重要となります。
それでも実際にトラブルになってしまった場合には、本稿で説明した区別の判断基準により請負契約なのか準委任契約なのかが判断されることになります。繰り返しとなりますが、上記の判断基準はすべて満たさなければ請負契約(または準委任契約)と判断されない、ということではなく、最終的にはあらゆる事情が総合的に考慮されたうえで判断される点はご留意下さい。
『連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)』はこちらから
監修
弁護士 小名木 俊太郎
(企業法務においては 幅広いサービスを提供中。 ストックオプション、FinTech、EC、M&A・企業買収、IPO支援、人事労務、IT法務、上場企業法務、その他クライアントに応じた法務戦略の構築に従事する。セミナーの講師、執筆実績も多数。)