会社秘書役(Company Secretary)制度の理解と設計ポイント

執筆:弁護士 吉岡 拓磨、マレーシア法弁護士 (Not admitted in Japan) Saiful Aziz国際チーム



会社秘書役とは

日本企業がマレーシアへ進出する際、しばしば見落とされがちな制度の一つが会社秘書役(Company Secretary)です。日本の会社法には直接対応する制度がないため、「現地で必要な手続担当者」という程度の理解にとどまりやすい傾向があります。しかし、マレーシア会社法2016年法(Companies Act 2016、以下「会社法」)のもとでは、会社秘書役は会社法により設置が義務付けられている役割であり、企業のコンプライアンスを支える制度上の重要なポジションです。

これは単なる形式的要件ではなく、ガバナンス設計の一部として理解すべき事項です。進出初期にこの位置付けを誤ると、増資、役員変更、株式譲渡、組織再編などの局面で、手続の遅延や不備が問題として顕在化する可能性があります。会社の意思決定が適法に外部へ反映される仕組みの一部として、会社秘書役を捉えることが重要です。


日本の制度との違い

日本の会社制度では、会社秘書役に相当する役割は存在しません。コンプライアンス機能は通常、取締役や管理部門によって内部的に管理されます。登記や法定書類の提出は社内担当者や外部専門家が担いますが、それは会社法上必ず設置しなければならないポジションではありません。

一方、マレーシアでは会社秘書役の選任が法律上義務付けられています。また、会社は常に会社秘書役を置かなければならず、一定期間会社秘書役が不在であるという状態を継続させることは許されません。

会社秘書役という役割により、会社のコンプライアンス機能を維持することが可能となります。具体的には、会社がマレーシア会社法に関する有資格専門家の知見にアクセスできるようにすること、法定コンプライアンスについて明確な責任主体を設けること、そして特に現地制度に不慣れな企業における手続的不備のリスクを低減することなどです。

日本とマレーシアにおける制度の違いは、単なる制度の違いではなく、「コンプライアンス機能の制度化」の有無という構造的な違いです。日本では内部管理として処理される機能が、マレーシアでは法制度の中に組み込まれています。

この構造的違いを理解せずに進出設計を行うと、「現地の手続担当者に任せている」という認識にとどまり、実際に誰が責任を負い、どのような管理体制になっているのかが不明確になるおそれがあります。日本本社の統制と現地実務をどう接続するかという観点からも、制度理解は不可欠です。


会社秘書役の選任義務と業務内容

1.選任義務

    会社法第236条により、マレーシアで設立されたすべての会社は、設立から30日以内に少なくとも1名の会社秘書役を選任しなければなりません。さらに、第237条第3項の趣旨から、会社は30日を超えて会社秘書役が不在の状態にあってはならないと解されています。

    この義務は設立時のみの一時的要件ではありません。会社の存続期間を通じて継続的に維持されるべきものです。そのため、会社秘書役の辞任や解任があった場合も、所定期間内に後任を選任する必要があります。

    実務上、継続性の問題は、組織再編、M&A、サービスプロバイダー変更の際に発生しやすい傾向があります。移行期間中に選任や届出に空白が生じると、デューデリジェンスや規制審査の過程でコンプライアンス違反として顕在化する可能性があります。日本企業が所有するマレーシアの会社にとって、適法に選任された秘書役の維持は継続的なガバナンス上の優先事項と位置付けるべきです。

    2.業務内容

    会社秘書役の役割は抽象的な助言にとどまりません。実務上は、以下のような業務を担います。

    (1)会社書類の作成・保管

    • 取締役決議書の作成および保管
    • 年次報告書(Annual Return)の作成および提出
    • 株主総会および取締役会の議事録の作成および保管
    • 社印の保管

    (2)会社法上必要な書類の作成・提出

    • 会社法で定められた各種書類の作成
    • マレーシア企業委員会(SSM)への提出
    • 提出済書類の管理・保管

    (3)変更事項への対応

    • 増資、役員・本店所在地変更、株式譲渡などに関する書類の作成・提出

    適切な書類管理および記録保管は、行政罰や規制監査のリスクを軽減し、監査、融資取引、デューデリジェンスの場面での問題発生を防ぎます。

    3.会社秘書役の責任

    会社秘書役は、単なる事務担当者ではありません。SSMが定める倫理規程や所属専門団体の規則に従う義務を負い、会社のコンプライアンスについて個人的責任を負う立場にあります。合理的注意義務および誠実義務が課され、義務違反があった場合には資格の取消しや個人的罰金の対象となる可能性があります。

    もっとも、会社の経営責任が会社秘書役に移転するわけではありません。会社法第213条に基づき、会社の業務および事務は取締役により、またはその指揮の下で管理されます。会社秘書役の存在は、取締役の責任を軽減するものではありません。



    資格要件

    会社秘書役には誰でもなれるわけではありません。会社秘書役の資格要件は、会社法第235条および第241条に定められています。

    具体的には、

    • 18歳以上の自然人であること
    • マレーシアに居住していること
    • SSMにおいて登録されていること
    • 有効な業務遂行許可証(Practicing Certificate)を保有していること

    が求められます。

    SSMへの登録のためには、マレーシア企業委員会(SSM)のライセンス取得者または大臣が指定する専門職団体の会員(例:マレーシア公認会計士協会、マレーシア弁護士会、マレーシア公認秘書役協会等)である必要があります。

    重要なのは、就任できるのは「特定の資格を有する個人」に限られるという点です。法人名義での就任はできず、日本本社の担当者が国外から形式的に担うことも認められていません。


    進出企業が検討すべきポイント

    マレーシア進出を検討する企業、とりわけCEOや経営企画責任者にとって重要なのは、会社秘書役を「設立時に必要な形式的要件」として扱わないことです。会社秘書役は、継続的に関与する外部専門家であり、子会社の法的基盤を支える存在です。

    進出初期の設計段階で、少なくとも以下の観点を整理する必要があります。

    1.誰を選任するのか

      会社秘書役として法的に選任されるのは、法人ではなく「資格を有する特定の個人」です。したがって、以下の確認が不可欠です。

      • 会社法第235条および第241条の要件を満たしているか
      • SSMへの登録状況
      • 有効な業務遂行許可証(Practicing Certificate)を保有しているか

      法人と契約している場合でも、実際に法的責任を負う個人が誰なのかを把握することが重要です。

      2.どのようにして秘書役を見つけるか

      日本企業が会社秘書役を探す方法としては、主に次のルートが考えられます。

      • 現地法律事務所や会計事務所からの紹介
      • 日系コンサルティング会社や進出支援会社からの紹介
      • 既に進出している日系企業からの紹介
      • 現地のコーポレートサービス会社への直接依頼

      実務上は、会社秘書役業務を専門に扱う「コーポレートサービス会社」と契約するケースが一般的です。その場合でも、法的に選任されるのは当該法人ではなく、当該法人が指名する有資格の個人です。

      選定にあたっては、以下の観点が重要となります。

      • 日系企業対応実績
      • 英語でのコミュニケーション能力
      • レスポンスの速さ
      • 増資や株式譲渡対応経験

      3.費用

      会社秘書役の費用は、業務範囲や会社規模により異なりますが、一般的には以下の構造です。

      • 年間基本費用(基本契約)
      • 個別手続ごとの追加費用(増資、役員変更等)
      • 特別案件対応費用(M&A、再編等)

      年間基本費用は、提供されるサービス範囲によって幅がありますが、概ね月額RM100~300が相場です。

      4.実務体制

      会社秘書役との関係は「契約して終わり」ではありません。検討すべき事項として、以下の事項が挙げられます。

      • 日本本社への報告フロー
      • 決議後の届出タイムライン
      • 年次報告書提出前の内部確認
      • 緊急時の対応窓口

      会社秘書役は当局との公式窓口となりますが、日本本社が情報を把握できていない場合、統制が弱くなるので、日本本社との連携も踏まえたうえで、会社秘書役を選任する必要があります。

      まとめ

      会社秘書役は、日本企業にとって馴染みのない制度です。制度の理解不足は、増資や役員変更、組織再編などの局面で問題として顕在化する可能性があります。逆に、初期段階で制度の位置付けを正しく整理すれば、安定した子会社運営の基盤を構築することが可能です。

      マレーシア進出をご検討中の企業様におかれましては、現地制度の理解だけでなく、日本本社の意思決定プロセスとの接続を含めた統合的なガバナンス設計をご検討ください。

      当事務所では、マレーシア法制度の整理、Company Secretary選任体制の検討支援、ならびに現地専門家との連携設計についてサポートしております。進出初期段階でのご相談が、将来のリスク回避につながります。 ご関心がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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