取引競争法とは
タイの取引競争法は、日本における独占禁止法に近い法令であり、支配的地位の濫用、企業結合、カルテル、不公正な取引方法などについて規制しています。
このうち、不公正な取引方法については、次の規定が置かれています。
第57条
事業者は、次の各号のいずれかの態様で他の事業者に損害を与える行為をしてはならない。
1.他の事業者の事業活動を不当に阻害すること。
2.優越的な市場支配力又は優越的な交渉力を不当に利用すること。
3.他の事業者の事業活動を制限または妨げるような取引条件を不当に設定すること。
4.その他、取引競争委員会の告示に定められた行為。
この第4号に規定されている「取引競争委員会」は、取引競争法に基づき設置された機関です。取引競争法違反を監視・調査して必要な措置をとることなどを職責としており、その権限の一つとして、取引競争法に関する規則、告示やガイドラインを発出することができます(取引競争法第17条1項2号、3号等)。
取引競争委員会は、第57条4号を具体化するためのガイドラインを複数発出しており、そのうちの一つが、「中小企業が商品販売者またはサービス提供者である場合の与信期間に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます)です。
本ガイドラインは、与信期間という観点から中小企業の保護を目的としたものであり、実質的に、タイにおける下請法として位置づけられています。
本ガイドラインの概要
概要
本ガイドラインは、交渉力が弱く不公正な取引方法によって不利益を被りやすい中小企業を保護する目的のもと、
- 事業者間の取引において
- 中小企業が売主又はサービス提供者となる場合について
- 主として、その代金(サービス料)の支払時期を規律することにより、
中小企業の保護を試みるものです。
2021年5月24日付告示により公布されて同年12月16日から施行されていますが、2022年7月6日付告示にて一部が改正されています(以下、2021年5月24日付告示を「告示No.1」、2022年7月6日付告示を「告示No.2」といいます)。
SMEsとは
本ガイドラインでは、その業種に応じて、次の基準を満たす事業者が中小企業(以下「SMEs」といいます)と評価されます(告示No.2第2条)。
- 製造業の場合
従業員数200人以下、かつ、年間売上高5億バーツ以下である事業者
- サービス業・卸売業・小売業の場合
従業員数100人以下、かつ、年間売上高3億バーツ以下である事業者
この基準に関しては、次の点に注意が必要です。
一点目として、上記の業種は、取り扱っている商品・サービスの内容を問いません。つまり、取り扱っているのが機械の部品であれ、衣類であれ、マーケティングサービスであれ、ITサービスであれ、基準に合致すれば、SMEsと評価されます。
二点目として、事業者が製造業やサービス業など複数の事業をおこなっている場合、SMEsに該当するかどうかは、各業種の年間売上高を比較して、一番高い売上高の業種を基準として判断されます。つまり、製造業の年間売上高が一番高ければ「製造業」に関する基準が適用されますし、他方、サービス業、卸売業または小売業の年間売上高が一番高ければ、「サービス業・卸売業・小売業」に関する基準が適用されます。
三点目として、基準の一つである「年間売上高」は、経費を控除する前の売上高を意味し、商品の販売やサービス提供から得られる利益だけでなく、あらゆる利益を含みます。
四点目として、本ガイドライン上、「買主またはサービス受領者」については、何ら定義がされていません。したがって、その企業規模に関係なく、売主(サービス提供者)側がSMEsに該当すれば、少なくとも理屈上は、その取引について本ガイドラインが適用されます。
この点、本ガイドラインは、当事者の力関係に差があるような取引を念頭に置いたものであろうと思われますので、SMEs同士の取引であれば本ガイドライン違反による処分の対象とはなりにくいと予想しますが、いずれにせよ、違反とされるリスクはゼロではありません。そこで、取引相手がSMEsである場合は、自社の規模に関係なく可能な限り本ガイドラインを遵守しておくべきでしょう。
五点目として、SMEsに該当する事業者は、自社が売主やサービス提供者である場合、自社の従業員数と年間売上高を証する書面を取引相手に交付すべきこととされています(告示No.2第3条)。
この点、もしSMEsがこの書面の交付を怠れば、(取引相手との間で書面交付をする必要がない旨の合意をしているような場合を除き)その取引に関して本ガイドラインが適用されない可能性もあります。そのため、売主やサービス提供者であるSMEsは、忘れずに書面を交付する必要があります。また、買主やサービス受領者側も、本ガイドラインの適用の有無を明確化するため、取引相手がSMEsに該当する疑いがある場合には事前にその点を確認するという運用が望まれます。
代金等の支払期限
1.原則:45日以内
まず、SMEsと取引する事業者は、SMEsに対する代金やサービス料を「45日以内」に支払わなければなりません(告示No.1第4条)。
この45日という期間は、売主等が商品の納品又はサービス提供を完了し、かつ、請求書など支払に必要な書類を提出した日からカウントされますが、委託販売取引については、例外的に、合意された数量又は割合の商品の販売が完了した日からカウントされます。
ただし、この「45日以内」というルールには、以下の3つの例外があります。
2.より早期に支払う旨の合意がある場合
当たり前のことですが、当事者がより早期の支払を合意していた場合には、その合意した支払時期までに支払わなければなりません。
3.取引対象が農産物やその加工品である場合
取引対象が、農産物(穀類、野菜、畜産品、海産品など)、又は、一次加工農産物(生産工程が複雑でないもの。カット野菜、精肉など。)である場合、30日以内の支払が必要です。
なお、第一次加工農産物として30日以内の支払を要するかどうかは、加工が保存・輸送のための最小限か、味付けや調理があるか、さらに加工されることが前提とされているか等の観点から判断されます。
4.正当な理由及び合意がある場合
事業上、マーケティング上又は経済学的観点から合理的に説明可能な理由(正当な理由)が存在し、かつ、当事者が合意している場合には、より長期の支払期間を設定することも許されます。
もっとも、どのような場合であれば正当な理由があると判断されるかは不明瞭です。
この点、本ガイドラインでは、「SMEsの資金流動性を高めることを目的とした与信期間に関する取引慣行は、優越的交渉力の行使でないこと、差別的でないこと、排他的でないこと、明確な基準があること、書面による証拠があること、及び、通常の事業活動として合理的に説明可能であることを満たすものでなければならない。」とされています(No.1第3条)。
したがって、基本的姿勢としては45日以内(30日以内)の支払を徹底したうえで、45日よりも長期とする場合には、少なくとも上記の各観点から妥当かどうかの事前の検討をしておくべきでしょう。
支払手続の明確化
SMEsと取引をする場合、買主等は、支払手続について明確に示す必要があります(告示No.2第3条)。
つまり、支払に必要な書類、締日・支払日などを明確化しておく必要があるのです。
また、そのような支払手続は、通常の商習慣に沿った合理的なものでなければならず、一般的に不要とされている書類の提出などを要求することはできません。
書面の作成
本ガイドラインは、支払期間について「書面による証拠を伴うもの」であることを要求しています(告示No.1第2条)。
また、本ガイドラインとは関係なく、将来的な紛争予防という観点から、取引条件に関する合意は記録化しておくべきです。
したがって、支払期間(支払時期)を含め、取引条件は必ず書面化しておきましょう。
不公正な取引方法と評価されるおそれのある行為
SMEsと取引する買主等が上記の各ルールに違反した場合、不公正な取引方法であると評価されるおそれがあります。
これに加えて、本ガイドラインは、不公正な取引方法に該当するおそれのある行為として、次の行為を列挙しています(告示No.1第5条)。
1.合理的な理由のない大幅な支払遅延。
2.合理的な理由のない契約条件(支払時期を含む)の変更、又は、合理的理由があっても
60日以上前の事前通知を伴わない契約条件(支払時期を含む)の変更。
3.SMEsに対するその他の不当な強制。例えば、支払期限に関連して不必要な負担を生じさせる条件を課す行為。
これは、本ガイドラインに沿って支払期限を設定する代わりとして、本来的には買主等が負担すべき費用を売主等に負担
させたり他社との取引を禁止したりする行為などが想定されます。
これらの行為については、たとえ形式的には売主等であるSMEsからの同意を得ていたとしても、不公正な取引方法に該当すると判断されるおそれがあります。
違反があった場合の指導・罰則等
本ガイドラインは、上記の取引競争法第57条にて禁止されている「その他、取引競争委員会の告示に定められた行為」(同条4号)を具体化したものです。
そのため、本ガイドライン違反は、取引競争法第57条違反と評価されます。
指導等
違反がある場合、取引競争委員会は、違反者に対し、違反行為の停止、中止、修正、変更を命令することができます(取引競争法第60条)。
罰則
違反した事業者は、違反があった年の売上高の10%相当額までの範囲で罰金が科させる可能性があります(取引競争法第82条)。
また、もし取引競争委員会による命令に従わない場合、命令違反それ自体に対して、最大600万バーツの罰金、及び、違反が継続している間、1日当たり最大30万バーツの追加の罰金が科される可能性もあります(取引競争法83条)。
さらに、事業者が法人である場合には、その法人だけではなく取締役その他運営に責任を負う者も、同額の罰金が科される可能性があります(取引競争法第84条)。
損害賠償
本ガイドライン違反により損害を被ったSMEsは、違反者に対し、取引競争法上の規定に基づき、民事上の損害賠償請求を行うことができます(取引競争法第69条)。
また、損害を被ったSMEsは、この取引競争法第69条に基づく損害賠償請求に加えて、(要件を満たす限り)契約一般の債務不履行責任等に基づく損害賠償請求も可能です。
違反があった場合の流れ
本ガイドライン違反に関する監視や処分は、取引競争委員会とその事務局が担当しています。
取引競争委員会のウェブサイト上には被害の申告や苦情の受付窓口が設けられており、オンラインによる通報が可能です。
違反の疑いが発覚した場合、一般的には、まず実態の調査を行い、必要に応じて是正措置(支払勧告や条件改善の指示)を求め、それでも従わない場合には、罰則を適用する流れとなります。
補足
なお、今回は下請規制に焦点を当てているので言及していませんが、取引競争委員会は、取引競争法に関する様々なガイドラインを発出しています。
例えば、卸売業者又は小売業者と生産者間の間での不公正な取引方法の評価に関するガイドライン、フランチャイズにおける不公正な取引方法の評価に関するガイドライン、支配的地位にあるかどうかの評価に関するガイドラインなどです。
これらは、取引競争委員会のウェブサイト(以下のページ)で確認できますので、一度、自社が関連しそうなものがないか確認することをおすすめします。
https://www.tcct.or.th/view/1/Guideline/EN-US
まとめ
以上のとおり、タイでは、取引競争法とそのガイドラインが日本の下請法に近い役割を果たしています。SMEsとの取引では、支払期限や取引条件が不公正と評価されないよう、ガイドラインを踏まえた慎重な実務対応が不可欠です。


