タイにおける取締役の役割と責任

執筆:弁護士 靏拓剛弁護士 公文 大国際チーム



■取締役の役割

タイにおける株式会社も、日本における株式会社と同様、所有と経営の分離が一つの本質的な要素です。会社の所有者は株主ですが、株主が日々の会社の経営をおこなうのではなく、取締役が、会社の経営を担当します。
したがって、タイにおける取締役の役割も、日本における取締役の役割と同じく、株主総会の監督のもと、会社の業務をおこなうことにあると考えてよいです(CCC1144条)。


■取締役の選任・解任

取締役の選任と解任は、株主総会の普通決議事項です(CCC1151条)。
したがって、取締役を選任し、又は、解任するときには、必ず株主総会を開催すべきこととなります。
また、取締役が受け取る報酬も株主総会の普通決議事項ですので、取締役を選任するときには報酬についても一緒に決議しておくようにしましょう(CCC1150条)。

なお、タイでは、定時株主総会において、取締役のうち3分の1(取締役の総数が3の倍数でない場合には、3分の1に最も近い人数)が退任しなければならないというルールがあることに留意しましょう(CCC1152条)。
例えば、取締役が1名のみの場合、事実上、任期は1年となり、毎年退任することとなります。取締役が2名又は3名の場合には、在任期間が最も長い取締役1名が退任すべきこととなります(CCC1153条1項)。
ただし、退任した取締役の再任が認められています(CCC1153条2項)。
したがって、毎年の定時株主総会においては、取締役の任命(新任又は再任)の決議、及び、これに伴う報酬の決議をおこなうべきこととなります。


■取締役の人数

非公開会社は必ず1名以上の取締役を置かなければなりませんが、上限数については法令上の定めがありません。

すなわち、原則的には、最低1名の取締役さえ選任されていれば法的には問題なく、また、株主総会の普通決議によって何名でも自由に取締役を選任できることとなります(CCC1150条)。
ただし、付属定款において取締役の人数が定められている場合がありますので、注意が必要です。
仮に付属定款上で取締役の人数に関する定めがある場合、その定められた人数の取締役を置く必要が生じます。そして、この人数を変更する場合には、株主総会の特別決議により、付属定款上の定め自体を変更する必要が生じます。


■取締役会

1.取締役会で決議すべき事項

取締役の人数が1名である場合、会社の経営は、その取締役の判断のもとにおこなわれます。

他方、複数の取締役が選任された場合においても、タイの法令上、取締役会が決議すべき事項に関する定めがありませんので、(少なくとも後述する署名権を有する)取締役は、契約締結など広範な事項を単独でおこなうことができることとなります。
もっとも、付属定款に定めを置くことにより、必ず取締役会の決議を経るべき事項を設けておくことは可能です。したがって、慎重な経営の確保という観点からは、一定の事項(例えば、一定額以上の取引など)については取締役会の決議を経るべきこととしておく選択肢もあります。

2.取締役会の開催

取締役会を開催すべき時期や頻度については法令上の規定がありません。各取締役は、必要に応じて、いつでも自由に取締役会を招集することができます(CCC1162条)。
また、招集の方法(通知の方法、通知の時期、通知すべき事項など)についても、オンラインで開催する場合を除き、法令上の規定がありません。そのため、各取締役は、メールでも電話でも、自由な態様とタイミングで他の取締役に取締役会の開催を呼びかけることができます。

ただし、二点、注意をすべきことがあります。

一点目は、取締役会には取締役自身が出席しなければならず、代理人による出席が認められていないという点です。

二点目は、書面決議(物理的に取締役会を開催せず書面上のみで取締役会の決議をおこなうこと)は認められておらず、物理的な開催が必要であるという点です。
ただし、附属定款で禁止されていない限り、取締役会をオンラインで開催することはできます。そのため、特定の場所に集合することが困難な場合はオンラインでの開催を検討すべきこととなりますが、オンラインでの開催に際しては、株主総会のオンライン開催と同様の要件を満たす必要がある点に注意が必要です(オンライン開催時の要件については、コラム【タイにおける株主総会運営の実務】をご参照ください)。

3.取締役会の定足数

取締役会の定足数は、付属定款に定めがあれば、その定めに従うべきこととなります。
付属定款に定足数の定めがない場合、取締役は、取締役会での決議により、定足数について定めを設けておくことも可能です(CCC1160条)。

付属定款上の定めも、取締役会決議による定めもない場合には、CCC上の定めに従うべきこととなります。
この点、CCCでは、取締役の人数が3名を超える場合には、定足数は3名であるとされているのですが(CCC1160条)、3名以下である場合については何ら規定が置かれていません。もっとも、取締役会が会議体であること、及び、取締役間の議論によって経営を決定していくことが期待されていることからすれば、2名が定足数であると考えておくべきでしょう。

4.取締役会での決議

取締役会上、各取締役が1議決権を持ちます(CCC1161条)。
決議要件は過半数の賛成です(CCC1161条)。ただし、付属定款に定めを置くことにより、決議要件を引き上げることもできます。



■署名権を有する取締役

日本では、一般的には、取締役の中から代表取締役を選任し、代表取締役が会社を代表します。
この点、タイには、「代表取締役」という制度はありません。しかしながら、タイにもこれと類似するポジションはあり、それが「署名権を有する取締役」です。

すなわち、タイでは、会社を代表して、契約書その他の書面に署名できる取締役(署名権を持つ取締役)を決定できます。そして、署名権を持つ取締役の署名のみが、会社を有効に代表する署名であると評価されるのです。

したがって、署名権を有する取締役が、実質的に、日本における代表取締役と同様の位置づけになります。

この点、誰が署名権の付与に付いて決定できるのかについては、明文の規定はありません。しかしながら、付属定款にて「取締役会の決議によって定める」等の特別な規定が置かれているといった事情のない限り、署名権を有する取締役の決定や変更は、株主総会の普通決議によらなければならないと考えておくべきでしょう。

また、署名権を有する取締役の決定や変更があった場合は、DBDにて登録することが必要となります。

なお、この署名権の付与に関して、もちろん、1人の取締役に対してあらゆる事項の単独での署名権を与えることも可能ですが、それ以外のパターンも可能です。

例えば、

  • どのような事項に関しても単独での署名権を認めず、取締役2名の共同署名が必要であることとする
  • 基本的には1名の取締役に対して署名権を与えつつ、特定の取引(例えば、取引額が1000万バーツを超える取引)については全取締役の共同署名が必要であることとする
  • 取引の種類(例えば、売買取引、銀行取引など)ごとに、別の取締役に署名権を与える

などです。

なお、前述のとおり、署名権を有する取締役はDBDで登録しておかなければならず、署名権を有する取締役はAffidavit上に表示されます。
この点、たとえ契約書上に取締役の署名があったとしても、その取締役が署名権を有する取締役として登録されていなかったという場合には、理屈上、その契約が無効とされるリスクが生じますので、重大な取引であればあるほど、契約締結前に取引相手のAffidavitを取得して署名権について確認しておくことが大切です。


■補足:社印について

タイでは、社印の作成や登録は必須ではなく、また、契約締結などの際に社印の押印が必須というわけではありません。
しかしながら、実務上、会社は社印を作成してDBDに登録しており、契約締結などの際には、「署名権を有する取締役の署名に加えて、社印の押印が必要である」としています。この場合、たとえ署名権を有する取締役の署名があったとしても、社印が押印されていなければ、やはり契約が無効とされるリスクが生じます。
社印の押印の要否についても、署名権を有する取締役とともにDBDでの登録事項であり、Affdavit上に記載されていますので、署名権について確認すると同時に確認しておくべきです。


■取締役の責任

最後に、取締役の責任について確認しておきます。

各取締役は会社に対する善管注意義務を負っており(CCC1168条1項)、また、次の事項については他の取締役と連帯して責任を負うこととされています(CCC1168条2項)。

  • 株式の払込み
  • 法令上定められた帳簿や書類の作成及び保管
  • 適法な配当
  • 株主総会決議に従った適切な業務の執行

加えて、株主総会の承認がない限り、会社の事業と競合する事業に関与することが禁止されています(CCC1168条3項)。

そして、もしこれらへの違反があった場合、会社は、違反をした取締役に対し、損害賠償請求することができます(CCC1169条1項)。また、仮に会社が損害賠償請求しない場合には、株主が会社を代表して、違反した取締役に対して会社への損害賠償をするよう請求できます(CCC1169条1項)。さらに、会社及び株主のみならず、会社債権者も、違反した取締役に対し、違反した取締役に対して会社への損害賠償をするよう請求できます(CCC1169条2項)。

以上のとおり、取締役は、不適切な経営をおこなっていた場合、会社に対する損害賠償義務を負うこととなります。もちろん、事業がうまくいかないからといってそれだけで直ちに損害賠償義務を負うわけではなく、取締役として合理的に期待される調査・検討・判断をしていたかという点が考慮されます。

また、会社が法令違反行為をした場合、会社だけでなく、取締役も処罰対象となる場合もあります。例えば、財務諸表を作成せず、又は、株主総会に提出しなかった場合などです(Act on Offenses Concerning Registered Partnerships, Limited Partnerships, Limited Companies, Associations, and Foundations B.E. 2499 (1956))。

したがって、日本と同様、タイでも、取締役は、法令を遵守しつつ注意深く職務を遂行することが求められているのです。


■まとめ

以上のとおり、今回は、タイでの取締役に関するルールについて整理しました。
日系企業の多くは、日本人を取締役として据えているものの、言語の問題などから社内的な手続や届け出などを現地スタッフに任せきりにしているケースがしばしば見受けられます。
しかしながら、現地スタッフが法令上要求されている手続などを全て把握できており、これらを遵守しているとは限りません。したがって、一度、会社の運営や事業に関する法令上の要求を確認し、どのような場合にどのような社内手続を踏むべきかという検討・整理をなさることをおすすめします。

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