執筆:弁護士 吉岡 拓磨、マレーシア法弁護士 (Not admitted in Japan) Saiful Aziz(国際チーム)
マレーシアで事業を展開する外国企業の多くは、社内の生産・調達に限らず、広範な商業活動のために輸入・輸出に関与します。日本企業にとってマレーシアは単なる販売市場ではなく、ASEAN全域を結ぶサプライチェーンの中核拠点として位置づけられつつあります。そのため、コスト効率と法令順守を両立させるには、同国の貿易法制と実務を正しく理解することが不可欠です。
本稿では、マレーシアにおける輸出入に関する規制を実務的な観点から説明します。
■はじめに
マレーシアは周辺ASEAN諸国と比較して、比較的自由な貿易体制を維持しています。多くの品目は最小限の制限で輸出入が可能ですが、一部の品目については、許可を取得する必要がある場合や、全面禁止の対象となる場合があります。これらの措置は、公衆衛生、国家安全保障、国内産業の保護を目的として設けられています。
越境貿易を規定する主要法は関税法(Customs Act)で、輸入禁止令および輸出禁止令がこれを補完します。担当官庁はマレーシア王室税関局(Royal Malaysian Customs Department, RMCD)であり、投資・貿易・産業省(Ministry of Investment, Trade and Industry, MITI)は、一般に承認許可(Approved Permit, AP)制度として知られる輸出入許可の管理を監督します。さらに、食品・動植物・化学製品などの特定品目については、保健省、獣医局、環境局などの所管官庁が安全・衛生・環境基準の順守を求めています。
品目分類は国際的に認められたHSコード(調和システム)に基づいて行われ、ASEAN域内貿易ではAHTN(ASEAN調和関税分類表)が用いられます。マレーシアをサプライチェーンの拠点として活用する日本企業にとっては、正確なHS分類、適時の税関申告、該当ライセンスの適切な判断が重要です。これらを疎かにすると、通関遅延、罰金、さらには取引先からの信頼低下といったビジネス上のリスクに直結します。
■輸入禁止品目
マレーシアでは、完全に輸入が禁止される品目(絶対禁止品)と、所管官庁の許可・事前承認(AP)等を取得すれば輸入できる品目(制限品)を明確に区別しています。
1.絶対禁止品
公衆道徳、国家安全保障、環境や生物多様性の保護などの観点から、以下は原則として国内に持ち込むことができません。
- 偽造通貨・偽造硬貨
 - わいせつ・不道徳な出版物、映像、デジタル媒体
 - ウミガメの卵、ピラニアなど特定の動植物
 - クルアーン(イスラム教の聖典)の詩句を印刷した布
 - 特定の放射性物質や有害物質 など
 
2.制限品
以下の制限品は、所轄官庁の許可証または承認許可(Approved Permit, AP)を取得した上で輸入が認められます。
- 自動車、米・稲など:投資・貿易・産業省(MITI)
 - 肉類、家禽、生体動物など:獣医局(DVS)
 - 医薬品、規制化学物質など:保健省(MOH)
 - 電気通信機器(無線機器・端末等):マレーシア通信マルチメディア委員(MCMC)
 - 農薬など:農業関連当局
 
同じHSコード帯であっても、用途や製品仕様によって所管が異なることがあります。サンプルやデモ機などにも規制が及ぶ場合があるため、出荷前に必ず確認することが重要です。また、制限品や禁止品の指定は随時更新されます。出荷手配前には、マレーシア王室税関局(RMCD)および投資・貿易・産業省(MITI)のポータルサイトで最新の告示やリストを確認しておくべきでしょう。これらの規制を遵守しない場合、貨物の没収、罰金、またはその両方の処分を受ける可能性があります。
■輸出規制
マレーシアでは、輸出についても輸入と同様に、自由に取引できる品目と、特定の許可が必要な品目、そして全面的に輸出が禁止されている品目に分類されています。制度運用の中心となるのはマレーシア王室税関局(RMCD)で、同局が発行する関税命令や輸出許可制度を通じて実務が管理されています。
輸出取引を行う際は、輸出者登録(Customs Registration Number, CRN)を完了し、RMCDのシステムを通じて電子申告を行う必要があります。さらに、製品のHSコードを正確に特定し、品目ごとに輸出禁止令や特別規制が適用されていないかを確認することが重要です。特に、同一品目でも最終用途(商業用か、技術供与か)によって、ライセンスの要否が異なる場合があります。
1.絶対禁止品
マレーシアからの輸出が原則として禁止されているものには、以下のような品目があります。
- 保護対象の野生動植物やその製品(例:象牙、ウミガメ、トカゲの皮など)
 - 国内供給を確保する必要がある主要農産物(例:米・砂糖など、一定時期に制限される場合があります)
 - 放射性物質、武器、軍需関連品
 - 公序良俗に反する出版物や映像、電子媒体 など
 
これらの絶対禁止品は、マレーシア国内の資源保護、輸出統制、また国際的な条約(CITESなど)の遵守を目的としており、違反すると輸出許可の取消や刑事罰の対象となる可能性があります。
2.制限品
多くの工業製品や農産物は輸出が自由化されていますが、以下のとおり、一部の品目は輸出前に関係当局の許可を得る必要があります。
- 戦略物資、鉄鋼、石油製品、車両など:投資・貿易・産業省(MITI)
 - 医薬品、医療機器:保健省(MOH)
 - 植物、動物、食品、木材等:農業関連当局
 - 廃棄物や環境負荷物質:環境局(DOE)
 - 鉱物資源、天然ガスなど:エネルギー移行・天然資源省
 
これらの輸出許可は、Approved Permit(AP)やExport Licenseなどの名称で発給され、品目や取引形態によりオンライン申請(DagangNetを通じたMITI ePermitシステム)で取得するのが一般的です。
また、補足ですが、マレーシアでは、武器・軍事転用可能な機材・ソフトウェアなど、いわゆる「戦略物資(Strategic Trade Items)」に対しては、戦略貿易法(Strategic Trade Act 2010, STA)が適用されます。この法律は、国際的な安全保障の観点から、核・化学・生物兵器やその関連機材への転用を防ぐための制度です。対象品目を輸出または再輸出する場合、輸出業者はMITIからのライセンスを取得する必要があります。違反した場合、厳しい罰則(罰金・禁錮刑)が科されることもあります。
■承認許可(AP)制度とライセンス取得手続
マレーシアで輸入または輸出を行う際、特定の品目や業種については、関係当局から事前の承認許可(AP)や個別ライセンスの取得が必要となります。AP制度は、マレーシアの貿易政策において、国内産業の保護や市場の安定化を図る目的で運用されています。
1.AP制度の概要
APとは、指定された品目を輸入・輸出する際に取得しなければならない政府発行の許可証です。制度の管理主体は投資・貿易・産業省(Ministry of Investment, Trade and Industry, MITI)であり、特定の業種・品目については他省庁が所管する場合もあります。APは一度限りの取引を対象とする「シングルAP」と、継続的な取引を許可する「マルチAP」に区分されます。
取得対象となる代表的な品目は次のとおりです。
- 自動車および自動車部品
 - 米・砂糖などの主要農産物
 - 鉄鋼・セメント・木材などの建設資材
 - 電気通信機器、化学薬品、石油製品 など
 
2.申請機関と電子手続
現在、APの申請はMITIが運営するオンライン貿易申請システム「DagangNet」を通じて行われます。企業はまずRMCD(マレーシア王室税関局)で輸出入業者登録(Customs Registration Number, CRN)を完了し、その後「DagangNet」のアカウントを開設して電子申請を行います。
申請書には、以下の書類を添付するのが一般的です。
- 会社登記証明書(SSM発行)
 - 取締役および株主の情報
 - 輸入/輸出予定商品の詳細(HSコード、数量、価格等)
 - 仕入先または販売先との契約書、インボイス
 - 関連官庁の補助的な許可(必要な場合)
 
申請後、審査が行われ、通常は5〜10営業日で許可証が発行されます。ただし、特定業種(たとえば食品・医薬・電気通信機器など)では、所管官庁による技術審査や追加書類の提出が求められる場合があります。
3.有効期間と更新
APの有効期間は、通常、発行日から3か月または特定の取引完了までとされています。有効期間を過ぎて許可証が使用されなかった場合、再申請が必要となります。継続的に取引を行う企業は、マルチAPの発給を受けることで、一定期間(通常は1年間)にわたり複数の輸出入を行うことができます。
4.ライセンス取得に関する実務上の注意点
APやライセンスの取得においては、品目の分類を正確に行うことが最も重要です。HSコードの誤りや申請書類の不備は、審査遅延や申請却下の主な原因となります。また、外国資本企業の場合、会社形態や事業内容によっては、APの取得が認められないケースもあります。たとえば、Wholesale and Retail Trade(WRT)ライセンスが必要な事業で、有限責任事業組合(LLP)形態の企業は申請対象外となる場合があります。
そのため、実務上は、Sdn. Bhd.(私的有限会社)として法人を設立し、必要なWRTライセンスとAPを組み合わせて運用するのが一般的です。これにより、金融機関・規制当局・取引先に対しても、法的安定性を提示できます。
■まとめ
マレーシアの貿易環境は比較的自由で開放的と評価されていますが、実際に事業を円滑かつ適法に運営するためには、複雑な規制や手続きを的確に理解し、遵守する必要があります。
特に日本企業にとっては、日マレーシア経済連携協定(JMEPA)により多くの輸入品に対する関税が撤廃されているほか、CPTPP(包括的及び先進的環太平洋パートナーシップ協定)やRCEP(地域的包括的経済連携協定)などの広域的な協定を通じて、特恵関税の恩恵を受けることが可能です。こうした貿易優遇措置は、特に電子機器、自動車関連、食品産業といった分野で有望な機会をもたらしています。
また、関税免除制度や関税還付制度を活用することで、原材料の輸入コストや完成品の輸出コストを抑えることができます。さらに、投資・貿易・産業省(MITI)やマレーシア王室税関局(RMCD)といった主要当局との良好な関係構築、そして経験豊富な現地通関業者との連携は、業務の効率化とリスクの低減に大きく寄与します。
自由貿易協定による優遇措置と、法令遵守を前提とした慎重な貿易管理を組み合わせることで、企業はより効率的かつ競争力の高い形で事業を展開し、マレーシアが有する東南アジアの戦略的拠点としての強みを最大限に活用することができます。
GVA国際法律事務所では、企業の事業内容や進出目的に応じて、マレーシアで必要となる貿易ライセンス・税務登録・法的義務を総合的に整理し、実務に落とし込むためのサポートを提供しています。現地当局との調整、契約スキームの設計、税務面の影響整理など、専門家の立場から一貫して支援いたします。マレーシア進出や貿易業務の開始を検討されている方は、ぜひ一度ご相談ください。


								
													
													
					
					
					
					
					