【弁護士解説】タイにあるコンドミニアムや預金の相続手続

執筆:弁護士 靏拓剛弁護士 公文 大国際チーム


近年、駐在・移住・投資目的などでタイに資産を持つ日本人が増えている。これを背景として、日本に住む家族が、タイにある資産の相続手続に直面するケースも増えつつあり、「亡くなった家族がタイに銀行口座を持っていた。その預金の相続手続を進めたいが、どうすればいいか。」という相談を受ける機会が少なくない。
そこで、本稿では、コンドミニアムや銀行預金という最も典型的な遺産に焦点を当てつつ、タイでの相続手続の一般的な流れについて概観する。


■遺産管理人の選任の必要

日本では、相続人が遺産分割協議を行い、戸籍謄本など必要書類を集めたうえで、自ら法務局での不動産の名義変更や、銀行での口座解約などの相続手続を進めることができます。

他方、タイでは、こと日本人など外国人が相続人である場合には、相続人自身で相続手続を進めず、遺産管理人を選任し、その遺産管理人に相続手続を進めてもらうのが一般的です。
この「遺産管理人」とは、被相続人の遺産を管理し相続手続を進める者をいい、タイの裁判所によって選任されます。

この点、タイの法令上は、遺産管理人を選任することなく、相続人自身によって相続手続を進めることができる場合はあります。もっとも、実務上は、タイ語での手続となるという言語的な問題、必要書類の複雑さの問題、相続人全員が必ず一緒に窓口にいかなければならないといった条件的な問題など様々なハードルがあり、外国人である相続人が自ら手続を行うことは非常に難しいのが現実です。
また、タイの銀行は、一般的に、遺産管理人による相続手続しか受け付けておらず、相続人全員が揃って窓口に赴いて相続手続を進めようとしても、「裁判所から遺産管理人を選任してもらって、遺産管理人によって手続をしてくれ。」と拒絶されてしまいます。

したがって、日本人など外国人が相続人である場合には、タイの裁判所で遺産管理人を選任してもらい、その遺産管理人によって相続手続をするのが最も現実的で堅実な方法であるといえます。


そして、遺産管理人を選任する場合、相続手続は、大きく分けて、

  1. タイの裁判所での遺産管理人の選任手続
  2. 遺産管理人による不動産の名義変更や預金口座の解約等

という2つのステップで行なわれることとなります。


■遺産管理人の選任の申立て

1.概要
前述のとおり、タイで相続手続をする場合は、遺産管理人を選任してもらうことから始まると理解しておくべきです。
具体的には、タイの裁判所に対して、相続人のうち少なくとも1名が申立人となって遺産管理人の選任を申し立て、遺産管理人を選任してもらうことになります。 

2.代理人による手続

遺産管理人の選任の申立手続は、必ずしも申立人自身によって進められる必要はなく、代理人が申立人に代わって進めることもできます。
この点、タイの裁判所での手続ではタイ語が用いられますし、裁判所に提出する申立書等の書類もタイ語で準備しなければなりません。そのため、相続人がタイ語を流暢に読み書きできるような場合はさておき、一般的には、タイの弁護士に代理人として手続を進めてもらうこととなるでしょう。

代理人に手続を進めてもらう場合、相続人の間に争いがあるといった場合でない限り、原則的には、相続人自身がタイの裁判所に行く必要はありません。

ただし、最近、代理人が手続を進めている場合であっても、裁判官が「遺産管理人を選任するにあたって、一応、申立人自身からも直接話を聞いておきたい。」などと言って、申立人である相続人に裁判所に来るよう求めるケースが増えつつあります。

その場合、申立人もタイの裁判所に行き、裁判官からの質問に回答する必要があります。
この点、その裁判所が十分なウェブ会議システムを備えている場合には、タイに行かずに日本からウェブ会議で対応することもできます。ただし、「日本のタイ大使館まで行って、タイ大使館からウェブ会議で出席しなければならない」などという条件が付されることもあります。
したがって、全ては裁判所次第ではあるのですが、申立人となる相続人はタイの裁判所か日本のタイ大使館(領事館)に1回行かなければならない可能性があると考えておくべきでしょう。

なお、このように裁判官が直接話を聞きたいと求める場合でも、相続人の間に争いがあるといった場合でもない限り、相続人全員ではなく申立人となっている相続人1人がタイの裁判所か日本のタイ大使館に行けば足りるのが通常です。
また、裁判官が相続人に質問する事項は、被相続人との関係や他の相続人との関係など簡単な事項ばかりであることが通常であり、10分程度で終わる傾向にあります(この質疑応答もタイ語ですので、タイ語が十分に話せない場合は通訳人を準備しなければなりません)。

3.遺産管理人候補者

遺産管理人の選任を申し立てるときには、通常、申立てと同時に「この人を遺産管理人として選任してください。」と、遺産管理人候補者を指定して裁判所に伝えます。そして、基本的には、その候補者が遺産管理人として選任されます。

この点、特に遺産管理人となるために必要な資格はないので、理屈上は、日本人の相続人の一人を遺産管理人として選任してもらうことも可能です。
もっとも、相続人が日本人である場合、相続人が遺産管理人となることはおすすめしません。なぜならば、遺産管理人として相続手続を進めるためには、当然ながら相続手続に関する知識が必要不可欠となりますし、遺産の内容に応じてタイの土地局や銀行などに出向く必要も生じるからです。また、タイ語を流暢に読み書きできる者でない限り、現実的に手続を進めるのが難しいという事情もあります。

外国人が相続人である場合は、例えば、「弁護士のソムサックさんを遺産管理人に選任してください。」などと、申立手続を代理してもらっている弁護士や、その弁護士と同じ事務所の別の弁護士を候補者として挙げ、その弁護士を遺産管理人として選任してもらうのが一般的です。

4.所要期間
申立てから遺産管理人が確定的に選任されるまでに要する期間は、平均4〜6ヶ月程度です。

ただし、前述したウェブ会議システムによる相続人への質疑応答が実施され、かつ、「相続人が日本のタイ大使館まで行って、タイ大使館からウェブ会議で出席しなければならない」という条件が付される場合、裁判所と大使館との間での調整などに3ヶ月程度を要することがあります。そのときには、全体的な期間として7〜9ヶ月程度を要することとなります。

5.遺産管理人の選任後

遺産管理人が選任された後、その遺産管理人は、相続人との間で、遺産をどのように処理するか協議しながら(又は、遺産管理人の選任申立てまでに協議を済ませたうえで、その協議結果に従って)、遺産の相続手続を進めていきます。



■不動産の相続

不動産の相続手続は、土地局にて不動産の名義を相続人に変更することによって行なわれます。このとき、遺産管理人が土地局に行けば足り、相続人は土地局に行く必要はありません。

名義変更が完了すれば、「権利証書(Title Deed)」(日本でいうところの権利証)にも新所有者(その不動産を相続した者)の名前が記載されますので、これにより相続手続(名義変更)が完了したことを確認できます。

この土地局での手続は、通常、1〜2日で完了します。


■銀行預金の相続

銀行預金の相続は、遺産管理人が、預金口座が開設されている銀行の支店に赴き、被相続人名義の口座を解約し、その預金を相続人の銀行口座に送金する方法(相続人が日本人の場合は、日本の銀行口座に国際送金する方法)によって行なわれます。この銀行での手続も、遺産管理人のみで手続を完了できます。

この点、銀行の多くは、被相続人の口座から相続人の口座へと預金を直接送金することを認めず、遺産管理人名義の口座への送金しか受け付けません。
そのため、遺産管理人がその相続手続用の口座を開設し、その口座を経由して、相続人に送金するという方法がとられています。したがって、遺産管理人の選任にあたっては、信頼できる人を選任することが大切です。
なお、送金を利用せず、相続人が遺産管理人とともに銀行の窓口に赴き、現金で預金を受け取るということも可能です。

口座の解約手続から相続人への送金完了までは、銀行の内部的な処理や国際送金手続の都合上、通常、1週間程度を要します。
ただし、銀行での手続の過程で、口座に紐づいている被相続人名義のクレジットカードの存在が発覚したり、相続人が知らなかった別の口座が発見されたりすることがあります。このようなときには、そのクレジットカードの解約や別の口座の解約なども必要となりますので、銀行での処理が全て完了するまでに2〜3週間を要する場合もあります。


■必要書類

1.必要書類の概要

遺産管理人の選任申立て、土地局での不動産の名義変更、銀行での預金口座の解約などを進めるためには、様々な書類を準備する必要があります。

その一例は、被相続人や相続人全員の戸籍謄本類、相続人全員のパスポート(パスポートを持っていない場合は、運転免許証など他の身分証明書)の写し、相続関係図、遺産管理人の選任に関する相続人の同意書、遺産管理人選任の申立書、遺産管理人選任の申立人の住民票、委任状などであり、遺産の種類に応じて、コンドミニアムの権利証書、コンドミニアムの管理費に未払がないことの証明書、銀行口座の通帳なども必要となります。

なお、タイでは土地局や銀行窓口の職員の裁量の範囲が広いため、担当者によって、提出を求める書類に違いがあったり、突然、追加書類の提出を求められたりすることもあります。

2.相続人の署名
必要書類の一部には、相続人の署名が必要となります。

この点、相続人がタイ国内で各書類に署名する場合は、文字どおり署名すれば足ります。
しかし、日本国内で署名する場合には、書類の一部について、単に署名するだけでは足りず、日本の公証役場での公証や日本のタイ大使館(タイ領事館)での領事認証といった手続を経る必要が生じます。

なお、補足として、タイは「外国公文書の認証を不要とする条約(ハーグ条約)」の締約国ではありませんので(2025年9月3日現在)、アポスティーユにより領事認証を省略することはできません。

3.タイ語への翻訳
例えば、戸籍謄本や住民票などの書類は日本語で記載されています。そのため、これらの書類を取得した後、タイ語に翻訳しなければなりません。また、タイ語への翻訳の過程で、タイの日本大使館にて英文の記載証明を取得しなければならない書類もあります。


■最後に

タイにある遺産の相続手続は、遺産管理人の選任の申立てから相続手続の終了まで、全体として少なくとも半年程度を要すると考えておくべきです。
また、言語も全てタイ語ですし、必要な書類(どのような書類を準備しなければならず、どの書類に署名が必要であり、どの署名に公証などを取得しなければならないか、など)も少々複雑です。
そのため、手続や必要書類を十分確認しないままに進めると、途中でやり直しが生じるといった事態にもなりかねません。
そこで、タイに遺産がある場合には、まずは、タイの弁護士と連携して手続を処理できるような専門家にご相談なさることをおすすめします

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