マレーシア進出を検討する日本企業のための事業体の選択肢

執筆:弁護士 吉岡 拓磨、マレーシア法弁護士 (Not admitted in Japan) Saiful Aziz国際チーム

はじめに

日本企業が東南アジアでの機会を引き続き模索する中で、戦略的な立地、コスト効率の高いビジネス環境、そして比較的分かりやすい会社法制を提供するマレーシアは投資・進出先として魅力的な目的地として際立っています。とりわけ中小企業にとっては、サービス業、大企業とのパートナーシップ、食品・ヘルスケア・グリーンテクノロジーといったニッチ市場においてチャンスが生じています。


日本の投資家がマレーシアに参入する際に最初に決めなければならないことの一つは、最も適切な事業体の種類を選ぶことです。この際、日本の制度と比較しながらマレーシアの事業体を理解することは、適切に選択することに役立つだけでなく、法制度が異なる二つの国の間で認識をすり合わせることにも有用です。


本稿では、マレーシアと日本における一般的な事業体を横並びで比較し、それぞれの仕組みがどのように機能するか、またその利点・欠点について、実務的な観点から説明します。


■法的枠組みの概要

日本では会社法が、株式会社、合同会社合名・合資会社、外国会社支店などを規律しますが、マレーシアではCompanies Act 2016(マレーシア会社法2016)が会社設立・運営の基本法であり、持分会社の設立、取締役の義務、コーポレートガバナンス、株主の権利、法定コンプライアンス(株式会社、パートナーシップ、有限責任事業組合、支店)に関する規定が置かれています。また、LLP(有限責任事業組合)には、Limited Liability Partnerships Act 2012(マレーシア有限責任事業組合法2012)などの特別法が適用されます。


■事業体の概要

マレーシアにおける主な事業体は以下のとおりです。

  • Private Limited Company (“Sdn. Bhd.”):私的有限会社
  • Limited Liability Partnership (“LLP”):有限責任事業組合
  • Branch Office (of a foreign company):支店
  • Representative Office (“RO”):駐在員事務所
  • Sole Proprietorship:個人事業
  • Partnership:パートナーシップ

マレーシアと日本の双方で、個人事業からより複雑な会社形態まで幅広い選択肢が用意されているものの、実務上日本企業にとって有力な候補は限られています。マレーシア進出を検討する日本企業にとって、最も一般的な比較対象は、その信用力と知名度からすると、マレーシアのSdn. Bhd.と日本の株式会社です。また、マレーシアのLLPは日本の合同会社と多くの類似点をもち、どちらも柔軟性と有限責任を重視しています。


■主な事業体の比較

1.Sdn. Bhd.と日本の株式会社

項目Sdn. Bhd.(マレーシア)株式会社(日本)
法的地位– 株主と独立した法人格– 株主と独立した法人格
責任– 出資額に限定(有限責任)– 出資額に限定(有限責任)
所有、取締役– 株主は1名以上(個人・法人)
– 少なくとも1名以上のマレーシア居住の取締役が必要
– 株主は1名以上(個人・法人)
– 少なくとも1名以上の取締役が必要
秘書役の要否– 秘書役が必要– 秘書役という機関は存在しない
資本金– 最低資本金要件はなし– 最低資本金要件はなし
コンプライアンス– かなり詳細な要件が定められている– マレーシアほど詳細ではない

Sdn. Bhd.は、株式会社と同様に事業運営に適した信用力のある会社形態です。Sdn. Bhd.は有限責任、現地での認知度、少額資本での標準化された設立手続を備えているため、有限責任性、信用力、規制遵守などを重視してマレーシアに子会社を設立したい日本企業にとって、理想的な選択肢といえます。そのため、Sdn. Bhd.は有限責任、有限責任性、信用力、規制遵守の観点から最も実務的で推奨される形態です。
Sdn. Bhd.と株式会社は基本的な枠組み(法的地位、有限責任、資本金要件など)において共通点が多いものの、実務上は以下の点が大きく異なります。

  • 居住取締役

Sdn. Bhd.では最低1名のマレーシア居住取締役が必要であり、現地人材を登用するか、日本人駐在員の居住要件を満たす必要があります。

  • 秘書役(セクレタリー)の義務付け

秘書役(セクレタリー)とは会社の機関の一つであり、Sdn. Bhd.では有資格の会社秘書役を必ず置かなければなりません。コンプライアンス不備は秘書役と取締役双方の責任に及びます。

また、Sdn. Bhd.の設立後義務の理解も重要となります。主に、適切な会計記録の維持、マレーシア会社委員会(SSM)への年次報告の提出、有資格の会社秘書役(大臣が指定する職能団体の会員)の選任、必要に応じたライセンス監査人による法定監査、税務申告(法人税、該当する場合はマレーシア法に基づく物品・サービス税等)があります。現地規制への適合性を確保するため、定期的な財務・業務レポートの作成も求められます。

2.LLPと合同会社

項目LLP(マレーシア)合同会社(日本)
法的地位– 構成員と独立した法人格– 社員と独立した法人格
責任– 出資額に限定(有限責任)– 出資額に限定(有限責任)
所有– 構成員は2名以上– 社員は1名以上
出資金
コンプライアンス– 詳細かつ高い水準のコンプライアンスが求められる– 社員により柔軟に設計可能

LLPは日本の合同会社に類似し、有限責任のもと柔軟な経営を兼ね備えます。ただし、LLPはマレーシアでは比較的新しく、銀行や取引先からの信用はSdn. Bhd.に比べると低いと言われています。


意思決定の柔軟性を保ちつつ責任を限定したいコンサルティング会社や、テック分野やクリエイティブな分野を試験的に共同開発するジョイントベンチャーなどに向いています。他方、より大規模な事業では、金融機関や取引先からの認知・信用の観点からSdn. Bhd.が選ばれるのが一般的です。特に、大半の営業ライセンスや規制業種の許認可は、Sdn. Bhd.を前提として発行されます。つまり、LLPではライセンスを取得できないケースがあります。

3.支店

マレーシアにおける支店は、日本における支店と同様に、外国親会社の延長として機能し、独立の法人格は認められません。また、日本と同様に、法務局での支店登記が必要で、親会社が支店の義務を全面的に負うことになります。

マレーシアでは、支店の負債は親会社に直接帰属するため、現地子会社を設立せずに一時的に事業を行う、または市場を評価したい企業に適しています。ただし、銀行・金融、輸出入取引、保険サービスなど、支店では実施できないなどの制約があります。そのため、支店は短期・限定的な活動には適するものの、持続的・大規模・規制業種での事業については、Sdn. Bhd.が適しています。

4.ROと駐在員事務所

項目RO(マレーシア)駐在員事務所(日本)
法的地位– 独立の法人格はない
– 親会社の名で契約をする
– 独立の法人格
– 親会社又は駐在員事務所の代表者の名で契約をする
責任– 親会社の責任のもと活動– 親会社の責任のもと活動
登録– MIDA(マレーシア投資開発長)の許可が必要
– 有効期間は通常2-3年
– 登記は不要
制限– 市場調査や情報収集など非営業活動に限定– 市場調査や情報収集など非営業活動に限定

マレーシアのにおけるROは、日本の駐在員事務所と同様に、市場評価、情報収集、活動の調整など非営業活動を実施する機関として機能し、マレーシア市場を評価する予備段階としては有用です。他方、営業活動は実施できないため、収益獲得を目的とする拡大には不向きです。
また、日本の駐在員事務所と異なり、MIDAからの認可を取得する必要があります。認可取得はそれほど難しい手続ではありませんが、親会社の財務資料が不十分な場合やマレーシアでの活動内容が曖昧な場合などには、認可されないこともありますので、事前準備が重要となります。

5.その他

マレーシアでは、パートナーシップという形態の事業体があり、パートナーシップは日本の合名会社に類似する形態です。パートナーシップにおいては、パートナーは無限責任で、かつ、マレーシア国民又は永住者に限定されていますので、日本からの進出において用いられることは稀なケースです。
また、個人事業という形式もありますが、SSM(マレーシア会社委員会)における登録が必要となり、外国人は、マレーシア永住者でなければ登録できませんので、個人事業も、日本からの進出において用いられることはほとんどありません。


■どの事業体を選ぶべきか

以上を踏まえると、日本企業は、以下の観点から、マレーシア進出にあたって選択すべき事業体を検討すべきです。

① 長期的かつ本格的な展開を目指す場合

当初から Sdn. Bhd.(私的有限会社) を選ぶのが基本です。というのも、銀行口座開設やライセンス取得、大手取引先との契約などはSdn. Bhd.を前提に進められるのが通常だからです。ROやBranchからはじめてしまうと、後でSdn. Bhd.に切り替える際に契約やライセンスをやり直す必要があり、二度手間になるリスクがあります。

② 小規模な試行や限定的な共同事業を行う場合

このようなケースでは、Sdn. Bhd.だけでなくLLP(有限責任事業組合)も検討の余地があります。パートナー間の合意で柔軟に運営でき、試験的なジョイントプロジェクトやライセンス不要の事業には有効です。ただし、実務上多くの営業ライセンスはSdn. Bhd.を前提に発行されるため、LLPでは活動できない分野が多い点に注意が必要です。将来的に規模拡大を想定するなら、早期にSdn. Bhd.へ移行できる体制を整えておくべきでしょう。

③ 市場調査や事業検討の初期段階にとどまる場合

この場合はBranch Office(支店)やRepresentative Office(駐在員事務所)が有用です。ただし、Branchは活動範囲に制限が多く、ROはMIDAの認可制で営業活動は一切できません。いずれも「一時的な調査・準備のための手段」として考えるべきです。

■まとめ

今後もGVA国際法律事務所は、「マレーシア進出×日本企業」をテーマに、現地の法制度や規制動向、実務で直面しやすい課題、そして成功・失敗の事例を幅広くお届けしていく予定です。具体的な事業計画や検討中の課題がある場合は、ぜひGVAにご相談ください

顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)