
執筆:弁護士 靏 拓剛、弁護士 Poom Kerdsang(国際チーム)
『東南アジア諸国の民事訴訟手続 vol.1 タイの民事訴訟手続』はこちらから
はじめに
以前のタイの訴訟手続に関する記事では、主に第一審手続を概観しました。
今回は、当事者が第一審判決に不服がある場合の不服申立手続(上訴手続)について概観します。
概要
タイでも、日本と同様、三審制が採用されています。したがって、第一審判決に不服がある当事者は、控訴審裁判所に控訴を申し立て、審理のやり直しを求めることができます。また、控訴審判決に不服がある当事者は、最高裁判所に上告を申し立て、審理のやり直しを求めることができます。
控訴手続
控訴申立て
第一審判決に不服がある当事者は、控訴申立書を提出することにより、控訴することができます。
控訴申立書には、控訴の理由を詳細に記載することが必要です。
控訴を申し立てることができる期間は、第一審判決言渡しから30日以内です。
なお、控訴申立てが間に合わない場合、裁判所に対し、控訴期間の延長が必要な理由(例えば、事案の複雑性など)を具体的に明示しつつ、控訴期間の延長を申請することができます。ただし、延長を認めるかどうかは裁判所の裁量事項であり、裁判所は一般的に延長を認める傾向にあるものの、延長を認めない可能性もあります。そのため、可能な限り、元々の控訴期間内に控訴申立てを完了しておくべきでしょう。
また、控訴人(控訴を申し立てる当事者)は、控訴申立時に証拠(書証や証人)を提出することができます。しかしながら、裁判所が取り調べるのは、原則として、「第一審で提出できなかった合理的理由がある証拠」に限られます。つまり、第一審で提出できたはずの証拠を提出しても、裁判所がその証拠を考慮しないおそれがあるのです。そのため、提出すべき証拠を漏れなく第一審手続内で提出しておくことが大切です。
控訴の理由
控訴の理由には、
事実誤認(裁判所が誤った事実に基づき判決をした)
法令の解釈・適用の誤り(裁判所が法令を誤って解釈したり適用したりした)
判例違反(裁判所が最高裁判所の判例に反する内容の判決をした)
手続違反(裁判所が不適当な手続のもと判決をした)
事情変更(判決後、事情が変わって第一審判決の内容が不適切となった)
があります。
ただし、控訴手続内で主張できる法的根拠や具体的事実は、第一審手続内で主張されたものに限られます。そのため、証拠を全て第一審手続内で提出しておくだけではなく、法的根拠や具体的事実についても、漏れなく第一審手続内で主張しておくことが大切です。
なお、例えば労働訴訟では事実誤認は控訴の理由にならない(つまり、事実誤認を主張しても裁判所が考慮しない)など、事件の性質や内容によっては、控訴の理由として許容されるものの範囲に法令上の特例があります。したがって、控訴する場合や控訴された場合には、まず、法令上どのような控訴の理由が許容されているかを確認することが大切です。
答弁書の提出
控訴申立書が提出されると、裁判所は、その写しを被控訴人(控訴された当事者)に送付します。
被控訴人は、控訴申立書の写しを受領してから15日以内に、答弁書(控訴申立書に対する反論書)を裁判所に提出することができます。これを提出するか否かは被控訴人の裁量に委ねられていますが、明確に反論しておくためにも提出しておくべきです。
答弁書の提出期間についても、控訴申立書の提出期間と同様、裁判所に対して延長を求めることができ、裁判所はこれを認める傾向にありますが、あくまでも裁判所の裁量に委ねられます。
また、被控訴人側の証拠や主張についても、控訴人側と同様の制限があります。
控訴審での審理
控訴審では、裁判所は、当事者の主張を確認する必要性や、新たに証拠を取り調べたりする必要性があるなどと考える場合は期日を開催します。しかしながら、裁判所が全く期日を開催せず、第一審の記録、及び、当事者双方から提出された控訴申立書や答弁書といった書面のみで審理を行い、判決することも珍しくありません。
控訴審判決
控訴裁判所の審理後、判決がされます。具体的には、
控訴には第一審判決を覆すほどの合理的な理由がないので、控訴を棄却する。
控訴には合理的な理由があるので、第一審判決を変更する。
控訴には合理的な理由があるので、第一審裁判所に再審理させる。
といった判決がされます。
ただし、控訴審にて、第一審判決が覆るケースはそれほど多くありません。
控訴手続の所要期間
控訴手続全体に要する期間は、事案の複雑さ、当事者が書面の提出期間の延長を求めるか否か、控訴裁判所が期日を開催するか否か等によって左右されますが、最短でも6ヶ月程度を要し、1年以上を要することもあります。そのため、おおよそ1年程度はかかるものと考えておくべきです。
上告手続
上告申立て
控訴審判決に不服がある当事者は、最高裁判所に対し、上告を申し立てることができます。
ただし、上告は、控訴と異なり、最高裁判所が上告を許可してはじめて可能となります。
そのため、上告を行うときには、上告の理由を記載した上告申立書のほか、上告の許可を求める上告許可申立書を提出する必要があります。
上告を申し立てることができる期間は、控訴審判決の言渡しから1ヶ月以内です。
上告申立書には、上告の理由を記載することが求められます。また、上告許可申立書には、裁判所が上告を許可して審理すべき理由を記載することが求められます。
なお、控訴申立時と同様、申立てが間に合わない場合には、上告期間の延長を申請することができますが、この延長を認めるかどうかは裁判所の裁量により決定されます。また、上告申立時には、証拠(書証や証人)を提出することができますが、裁判所が取り調べるのは、原則として、「第一審や控訴審で提出できなかった合理的理由がある証拠」に限られます。
上告の理由
上告の理由には、
事実誤認(裁判所が誤った事実に基づき判決した)
法令の解釈・適用の誤り(裁判所が法令を誤って解釈したり適用したりして判決した)
判例違反(裁判所が、過去の最高裁判所の判決に反する内容の判決をした)
手続違反(裁判所が、不適当な手続を行って判決をした)
事情変更(判決後、事情が変わって第一審判決の内容が不適切となった)
があります。
ただし、上告手続内で主張できる法的根拠や具体的事実は、第一審手続内で主張されたものに限られます。
上告の許可・不許可の決定
前述のとおり、上告審では必ず審理が開始されるとは限りません。最高裁判所は、まず、上告を許可するかどうか審査します。この審査では、上告の理由の有無や審理を行うべき必要性の有無などが検討されます。そして、これらが認められないと判断すれば上告を許可しません。上告が許可されない場合、その時点で上告手続は終了し、以後、争うことができなくなります。
そのため、上告を申し立てる場合は、上告許可申立書にて、上告を許可すべきことを強く訴える必要があります。
なお、上告が許可されるケースは稀です。そのため、遅くとも控訴審判決までには、有利な判決を得ておく必要があります。
答弁書の提出
最高裁判所が上告を許可する場合、最高裁判所は、上告申立書の写しを被上告人に送付します。
被上告人は、上告許可から15日以内に、これに対する答弁書(反論書)を裁判所に提出しなければなりません。もっとも、上告申立書と同様、この提出期間についても、裁判所に対して延長を求めることができます。また、提出できる証拠についても、上告申立時に提出できる証拠と同様の制限があります。
上告審での審理
上告が許可された場合、その許可日から約1年後に、上告審期日が開催されます。
そして、最高裁判所が、上告の理由やこれに対する反論について審理します。
上告審判決
上告が許可された場合、最高裁判所は、審理後、判決を行います。例えば、
上告には控訴審判決を覆すほどの合理的な理由がないので、上告を棄却する。
上告には合理的な理由があるので、控訴審判決を変更する。
上告には合理的な理由があるので、第一審裁判所や控訴審裁判所に再度審理させる。
などです。
なお、前述のとおり、裁判所は、この時点ですでに上告の理由が相当であるか否かの吟味を完了しているため、上告を許可して審理するということは、控訴審判決が覆る可能性があることを示しています。
上告手続の所要期間
上告申立てから上告手続の終了までの期間は、上告が許可されるか否か、当事者が書面の提出期間の延長を求めるか否か、事案の複雑さ、最高裁判所が期日を複数回開催するか等によって変わります。上告が許可されない場合は6ヶ月程度であり、上告が許可された場合は最短でも1年程度を要します。
保証金の納付
なお、控訴する当事者は控訴申立時に、上告する当事者は上告申立時に、保証金を裁判所に収めなければなりません。
その額は、「元々の判決で支払を命じられた訴訟手続費用額」です(支払は債務額全額ではありません)。具体的には、訴訟提起時に原告が裁判所に支払った訴訟申立手数料や、裁判所による当事者への書類の送付費用などです。
ただし、裁判所は、控訴や上告を申し立てる当事者の経済的事情(資力)を考慮し、この納付を免除する場合もあります。
この保証金は、控訴審や上告審で申立人が勝訴した場合は申立人に返還されますが、敗訴した場合は、相手方(被控訴人)への支払に充てられます。
まとめ
以上のとおり、タイでは三審制が採用されており、第一審判決に不服があれば上訴手続によって再度争うことができます。
しかしながら、上訴手続の中で主張できる事項や取り調べられる証拠には制限があります。また、控訴審で判決が覆るケースは多くありませんし、上告審ではそもそも上告を許可されることが稀です。
したがって、いくら上訴によって再度争うこともできるとはいえ、第一審判決に全力を注ぎ、第一審でしっかりと勝訴することが何よりも大切です。