タイの労働法制と実務 vol.18 リモートワークに関する労働者保護法の改正

執筆:弁護士 藤江大輔、弁護士 靏拓剛国際チーム

日本でもタイでも、数年前から「リモートワーク(在宅勤務、ワークフロムホーム)」という言葉が使われるようになり、現在ではすっかり馴染みのある言葉となりました。

そのような状況下において、今般、タイにて、労働者保護法(Labor Protection Act。以下「LPA」と言います。)が改正され、リモートワークに関するルールが新設されました。現在、リモートワークを導入している企業は少なくありません。すでにリモートワークを導入している企業(や今後の導入を検討している企業)にとって、法令上のリモートワークのルールについて知っておくことは有用です。そこで、今回は、新設されたリモートワークに関するルールについて概観します。

改正の施行日

今回のLPA改正は、「官報にて公告された日から30日後」に施行されることとされています。

官報に公告された日が2023年3月19日ですので、2023年4月18日からリモートワークに関する新ルールが施行されています。

 

 

新設された条文

今回、LPAに新設されたのは23/1条であり、その内容は以下のとおりです。

 第23/1条
1. 使用者の事業上の利益及び従業員の生活と職務遂行の質の向上のため、又は、その他必要に応じて、使用者と従業員は、雇用上の職務又は使用者と合意した職務(従業員が、使用者の施設又は敷地の外で都合よく行うことができる性質又は内容を有するもの)について、従業員が、自宅や居所で行うこと、又は、遠隔地から情報通信技術を用いて行うことを合意することができる。

2. 使用者は、その取決めに関する合意書を、書面又は電子データの形式で、意味を変更することなく、アクセス可能かつ再生可能なものとして、作成しなければならない。これには、以下の内容を含めることができる。
  (1)  その開始時期と終了時期
  (2)  通常の労働日、労働時間、休憩時間、及び、時間外労働
  (3)  時間外労働、休日労働、休暇に関するルール
  (4)  職務の範囲、及び、使用者による管理監督
  (5)  職務に必要な備品や設備の準備、経費に関する責任

3. 使用者と従業員が合意した通常の労働時間が終了した後、又は、使用者が割り当てた職務が完了した後、従業員は、通信手段を問わず、使用者、上長、検査人との連絡を拒絶することができる。ただし、従業員が事前に書面により同意した場合を除く。

4. 自宅、居所その他遠隔地において情報通信技術を用いて勤務する従業員は、使用者の施設又は敷地にて勤務する従業員と同様の権利を有する。

新ルールの適用対象

23/1条が対象とするリモートワークは、次の2つです。

(1)  自宅や居所での勤務
(2)  自宅や居所以外の遠隔地での勤務

つまり、いわゆる在宅勤務だけでなく、例えば旅行先など、オフィスや自宅以外の場所で職務を行う場合も、新ルールの適用対象となります。
なお、23/1条には、格別、「何日以上のリモートワークの場合」や「何ヶ月以上のリモートワークの場合」といった期間についての記載がありません。したがって、条文を形式的に読む限り、1日限りのリモートワークであってもこの条文の適用対象となります。もっとも、「事業上の利益及び従業員の生活と職務遂行の質の向上」を主たる目的として挙げていたり、後述のとおりリモートワーク期間の合意を推奨していたりする点に照らすと、一定の期間を伴うリモートワークを念頭に置いている条文であり、1日限りのリモートワークの場合は必ずしも適用されないと考える余地もあろうかと思われます。

新ルールの概要

23/1条は、リモートワークに関するルールとして、概要、以下のとおり規定しています。

(1)  使用者は、従業員との間で、従業員がリモートワークすることを合意することができる

(2)  その合意は、書面又は電子的方法によらなければならない。その合意には、リモートワーク期間、労働日、労働時間、職務範囲、管理監督方法、備品の負担などの内容を含めることができる。

(3)  勤務終了後、従業員は、原則として、会社からの連絡に対応する必要がない。

(4)  職場で勤務する従業員との間で差異を設けてはならない。

以下、個別に見ていきます。

1. リモートワークの合意

(1)は、リモートワークについて合意できることを規定しています。
つまり、会社は、リモートワークは合意に基づくこととされており、合意がない場合にまで会社が従業員にリモートワークさせる義務を負うわけではありません。
ただし、会社が一方的にリモートワークを命じることができるとも定められていません。そのため、従業員にリモートワークさせる場合には、従業員の同意を得ておくべきでしょう。

2. 書面・電子データによる合意

(2)は、リモートワークについて合意する場合、書面や電子的方法による合意書の取り交わしが必要であることを規定しています。これは、義務として課せられています。
ただし、その合意書の中で規定すべき事項は不透明です。条文上は、期間、労働時間、管理監督、備品の負担などの事由が列挙されていますが、あくまでも合意書に「含めることができる」とされているにとどまり、規定することを義務付けてはいないのです。そのため、合意書を作成する際、この列挙事由について必ず規定する必要はなく、事案に応じて合意する事項を決めることができると考えられます。
もっとも、この列挙事由はいずれも、会社と従業員の間での認識の不一致が生じやすく、また、その不一致がトラブルに発展しやすい事由です。そのため、認識の不一致やトラブルを予防するため、合意書を作成する場合には、この列挙事由についても合意しておく方が望ましいでしょう。

3. 応答義務なし

(3)は、勤務終了後、従業員は原則として上長等からの連絡に応答する必要がないことを規定しています。
オフィスで勤務している従業員であっても、退勤後は会社からの連絡に応答しなくてよいのが原則ですので、これは、いわば当たり前のことを確認した規定といえます。

 

4. 差別的な取扱いの禁止

(4)は、リモートワークしている従業員を差別的に取り扱ってはならないことを規定しています。
しかしながら、例えば通勤交通費など、オフィスで勤務するからこそ発生する性質のものについてまで画一的に取り扱い、リモートワークしている従業員にまで支払うといったことまでは必要はなく、合理的な差異を設けることは可能と考えます。
なお、補足として、この規定は、リモートワークしている従業員とオフィスで勤務している従業員との平等を確保する趣旨と考えられます。したがって、社内でその検討を行う場合は、「リモートワークしている従業員が不当に不利益を被っていないか」という視点だけではなく逆の視点、つまり、「リモートワークしている従業員が不当に優遇されていないか」という視点からも検討することをおすすめします。

違反した場合

23/1条に違反した場合の罰則は今のところ制定されていないので、この条文への違反を理由として処罰されることはありません。

ただし、何らリスクがないと考えるのは早計です。

例えば、合意書を作成しなかった結果として、会社と従業員の間にリモートワーク時の労働条件の認識に不一致があった場合、後々、裁判で会社の主張する労働条件が認められないリスクはあります。また、リモートワークしている従業員を差別的に取り扱った結果としてその従業員に不利益が生じた場合には、その不利益について、会社が損害賠償義務を負うことにもなりかねません。

加えて、従業員が労働局に違反を報告して苦情を申し立てた場合には、労働局による調査等の対象になりえます。

 

 

実際の運用に際して

制度として一定期間のリモートワークを導入したり、特定の従業員に長期間にわたりリモートワークさせたりする場合には、この条文に定められているように、各労働条件について明確に定めた合意書を取り交わしておく方が、後々の紛争の予防という観点のみならず、安定的な労務管理という観点からも望ましいでしょう。

もっとも、実際は、従業員から突発的・単発的なリモートワークの申出がなされることも少なくないと思われます。そのようなときに、逐一、合意書を作成して取り交わすのは現実的ではありません。そこで、例えば、あらかじめ単発的なリモートワークに関する労働条件等を記載したSlack上のチャネルやGoogle Formなどを用意しておき、単発的なリモートワークの希望があるときはそれらを利用して会社に申請すべきこととし、会社側が申請を承認するか否かをクリックして済ませるといった簡便な仕組みを導入しておくといったことが考えられます(合意書の作成は電子的方法でもよいとされていますので、このような方法であっても、合意が成立したと評価されると考えられます)。

長期間のリモートワークにしても単発的なリモートワークにしても、会社にとって、その労働条件、管理方法や申請方法等を整理しておくべきであることは明らかです。この新ルールの適用開始を機に、自社のリモートワークについて見直しを行い、どこまでどのように合意を取得していくか検討することをおすすめします。

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