タイの労働法制と実務 vol.17 労働局での紛争処理

執筆:弁護士 藤江大輔、弁護士 靏拓剛国際チーム

タイでは、労働裁判所ではなく労働局で解雇等に関する労働紛争が処理される場合があり、その数は決して少なくありません。そこで、今回は、労働局での紛争処理について解説します。

【目次】
労働局への申立て
労働局に申し立てることができる事項
労働局への申立て費用
申立後の流れ
刑事罰
最後に

労働局への申立て

従業員が使用者に労働法違反があると考える場合(例えば、解雇補償金の支払なく即時解雇された従業員が、その解雇が不当だと考える場合)、その従業員は、労働裁判所に訴訟提起することができます。しかしながら、その従業員は、労働裁判所への訴訟提起ではなく、労働局(provincial labor protection and welfare office)に申立てを行うかもしれません。つまり、従業員には、労働裁判所への訴訟提起と労働局への申立てという2つの選択肢があります。

労働局に申し立てることができる事項    

従業員が労働局に申し立てることができるのは、
「使用者が、労働者保護法に規定されている従業員への支払をしない場合」
です(労働者保護法123条1項。以下この法令を「LPA」といいます)。

LPAに使用者の支払義務が規定されているもの、例えば、時間外労働手当や解雇補償金などの請求について、従業員は、労働裁判所だけではなく労働局に対しても、申立てを行うことができるのです。

労働局への申立て費用

労働局への申立ては、労働裁判所への訴訟提起と同様、無料です。
つまり、従業員は、金銭的負担なしで申立てを行うことができます。

申立後の流れ

(1) 調査

従業員からの申立てがされた後、労働局の担当調査官(以下「調査官」といいます。)は、事実関係を調査します。

この調査の過程では、使用者からの事情聴取も行われます。その場合、調査官から使用者に対して呼出状が送付されることが一般的であり、使用者は、その呼出しに応じて、所定の日時に労働局に出頭することとなります(なお、調査官は従業員の勤務していたオフィス等に出向いて調査等を行うこともできます)。

調査官は、呼び出した使用者から事情を聴取したり、使用者が持参した関係資料を確認したりして、事実関係を確認します。そのため、使用者は、出頭する前に、事実関係や資料を整理して、きちんと調査官に説明したり、資料を提示したりできるよう準備しておかなければなりません。

なお、この際の使用者の対応として、いわゆる答弁書のような、事実関係を含む自己の主張をまとめた書面を作成して調査官に提出することは必須ではありません。しかしながら、調査官に対して自己の主張を遺漏なく、分かりやすく伝えるため、書面を作成して持参する方が望ましいでしょう。

(2) 命令

調査官は、前項の調査結果に基づき、命令を発出します。この命令は、原則として、申立てから60日以内に発出されます(LPA124条1項)。
この命令では、調査官の調査結果に基づく判断が示されます。従業員の申立てに理由があるか否か、及び、仮に理由がある場合、使用者はいくら従業員に支払わなければならないか、といったことが示されるのです。
例えば、従業員が使用者に対して解雇補償金や解雇予告手当を支払うよう求めて申し立てた事案について、調査官が従業員の主張に理由があると判断すれば、調査官は、使用者に対し、解雇補償金や解雇予告手当として支払うべき額を明示して、その支払を命令します。

なお、調査官は、使用者に支払を命じるときには、命令を知った日(又は知ったとみなされる日)から30日以内での支払を命じます(LPA124条3項)。

(3) 不服申立て

従業員も使用者も、調査官の命令が納得できなければ、労働裁判所に対し、不服を申し立てることができます。ただし、その不服申立期間は、命令を知った日から30日以内です(LPA125条1項)。
不服申立てがされた後、その事件は、労働裁判所での通常の労働裁判として審理されることとなります。

なお、使用者が不服申立てをする場合、使用者は、裁判所に対して、調査官から支払を命じられた額を供託する必要があります(LPA125条3項)。

(4) 命令の確定

いずれも不服申立てをしないままに不服申立期間が経過した場合、調査官の命令が確定します。つまり、これ以上、その内容を争うことができなくなるのです。

 

(5) 強制執行

仮に使用者の支払義務を認める命令が確定した後も使用者がその命令に従わない場合、従業員は、労働裁判所に対して、その命令の執行を求める申立てを行ったうえ、強制執行に及ぶことができます。例えば、解雇補償金の支払いをすべき旨の命令が確定したにもかかわらず、使用者が解雇補償金を支払わない場合、従業員は、使用者の預金や不動産などの財産を差し押さえることが可能となります。

刑事罰

仮に、支払いをすべき旨の命令が確定したにもかかわらず、使用者がこれに従わない場合、使用者に対する刑事手続が開始され、使用者は、刑事罰として、20,000バーツ以下の罰金、又は、1年以下の禁錮、又はその両方を命じられるおそれがあります(LPA151条2項)。
また、使用者が法人である場合、その法人だけではなく、代表者その他の責任者も、同様に罰せられるおそれがあります(LPA158条)。

最後に

今回は、労働局での労働紛争の処理手続について概観しました。

無料であることや迅速性があることから、従業員による労働局への申立ては、決して珍しいものではありません。

郵便書類の整理や対応を現地スタッフに任せきりにしていた結果、労働局からの呼出状や命令書が届いたにもかかわらず放置され、結果として、知らぬ間に刑事罰にまで発展してしまったというケースも存在します。

労働局での手続も、裁判と同様、きちんと対応することが大切です。

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