タイにおける債権の保全・回収 vol.2 抵当権の設定

執筆:弁護士 藤江大輔、弁護士 靏拓剛国際チーム

 タイに限らず、売買や請負など、他社に製品や技術を提供して対価を得る取引を行う場合、必ず考えておかなければならないのは、不払となるリスクです。
 前回のコラムでは、そもそも不払となることを回避するために事前に調査できる事項は調査しておくべきことを概観しました。
 今回は、不払が実際に生じた場合の担保のうち、タイの抵当権について概観します。

【目次】
タイにおける抵当権
抵当権を設定できる財産
抵当権設定契約と登記
抵当権設定の効果
抵当権の効力が及ぶ範囲
抵当権の実行の申立て
注意点
最後に

タイにおける抵当権

 タイの民商法上、抵当権は「抵当権設定者が、抵当権者に対して義務の履行の担保として財産を割り当てるが、引渡しを伴わないもの」とされています(民商法702条1項)。
 この「割り当てる」という言葉の意味としては、抵当権者のために一定の権利を設定する、というイメージが近いと思われます。
 次に「引渡しを伴わない」とは、文字通り、その財産を現実に抵当権者に引き渡すことなく、その後も抵当権設定者が手元に置いてよい、という意味です。
 そのため、タイの抵当権は「抵当権設定者が、抵当権者に対して、義務の履行の担保として自分のもとに財産を留めつつ、その財産について一定の権利を設定するもの」と理解できます。

 抵当権設定者は、抵当権が設定された財産(以下「目的物」と表現することがあります。)を自己の手元に置いておくことができますので、抵当権を設定した後であっても、目的物を自ら使用したり、他人に賃貸したりすることができます。

 なお、債務者自身が抵当権設定者となることができるのはもちろんですが、債務者以外も抵当権設定者となることができます(民商法709条)。例えば、会社の代表者が、会社の債務の担保として、自分の個人資産に抵当権を設定することができるのです。

抵当権を設定できる財産

 抵当権は、あらゆる財産に設定できるわけではありません。
 抵当権を設定できるのは、不動産のほか、一部の動産に限定されています。抵当権を設定できることとされている財産は、以下のとおりです(民商法703条)。

① 不動産
② 5トン以上の船舶
③ フローティングハウス(水上住宅)
④ 交通用の家畜(象、馬、ロバなど)
⑤ その他登録が可能な動産

 このうち、⑤によれば、一定の機械や車にも抵当権を設定することが可能であるはずです。しかしながら、車の抵当権設定については行政がいまだ十分に登録に関する体制を整えていないようですので、事実上困難であると理解しておくべきでしょう。
実務上は、抵当権が設定されるのはほとんどが不動産です。

抵当権設定契約と登記

 抵当権の設定は、当事者間の契約によって行います。
 ただし、民商法上、抵当権設定契約は書面により締結されなければならず、かつ、行政局で登記されなければなりません(民商法714条)。
 つまり、口頭だけでの設定契約は無効ですし、たとえ契約書を作成しても行政局で登記しなければ無効です。
 また、抵当権設定契約は、行政局が定める書式を用いて担当行政官の面前で作成されなければならないこととされています。
 抵当権設定契約では、抵当権設定者、抵当権者、目的となる財産、担保される債権、担保される額を特定することとなりますが、その金額はタイバーツで特定しなければなりません。

 なお、いわゆる共同抵当として、複数の財産に抵当権を設定することも可能ですし、一つの財産について、複数の抵当権を設定することも可能とされています。

 

 

抵当権設定の効果

 抵当権者である債権者は、目的物から、抵当権者でない一般の債権者に優先して、債権を回収することができます。これは、抵当権設定後に目的物が第三者に譲渡された場合でも同様であり、抵当権者は引き続き、目的物から債権を回収することができます(民商法702条2項)。

 

抵当権の効力が及ぶ範囲

 抵当権の効力は、目的物に付着する全ての物に及ぶのが原則です(民商法718条)。
 そのため、土地を目的とする抵当権の効力は、原則として、その土地上に建っている抵当権設定者が所有する建物にも及びます。ただし、その建物が抵当権設定後に建設された場合には、合意がない限り、その建物には及びません(民商法719条)。
 また、他人の土地上の建物に設定された抵当権の効力は土地には及ばず、土地に設定された抵当権の効力はその土地上の他人の建物には及びません(民商法720条)。

 なお、抵当権の効力が目的物に付着する物に及ぶとはいえ、賃料など果実にまでは及ばないのが原則です(民商法721条)。

 

 

抵当権の実行の申立て

 抵当権の実行のプロセスは、おおよそ次のとおりとなります。

1. 裁判所への抵当権実行の申立て
2. 執行官への執行の申立て
3. 執行官による執行・配当

 抵当権を実行する場合、抵当権者は、まず、債務者に対して書面で通知することによって、合理的期間内(60日以上であることが必要です。)に義務を履行すべきことを催告しなければなりません(民商法728条1項)。

 そして、債務者がその期間内に履行しない場合、抵当権者は裁判所に抵当権の実行を申立てることができます。

 ただし、抵当権設定者が債務者でない場合、抵当権者は債務者に対して上記の催告をしてから15日以内に、抵当権設定者にも通知をしなければなりません。仮に抵当権者がこれを怠った場合、抵当権設定者はその期間経過後に生じる利息や損害金について責任を負わないこととされています(民商法728条2項)。

 また、目的物が第三者に譲渡されていた場合、抵当権者は抵当権の実行に60日以上先立って、書面でその旨をその第三者に通知しなければなりません(民商法735条)。

 次に、裁判所から抵当権の実行を認める判決を得た後、抵当権者は執行官に対して執行を申立てることとなります。
 執行の方法は、①競売による換価、②抵当権者への所有権の移転、③裁判外での競売による換価、の3つがあります。

 このうち、原則的な方法は、①競売による換価です。これは執行官によって競売が行われる方法です。
 つまり、競売によって目的物が換価されることとなり、抵当権者はその換価代金から債権を回収することができます。
 なお、同じ目的物に複数の抵当権が設定されていた場合、はじめに第一順位の抵当権者に配当され、余剰があれば第二順位の抵当権者に配当され、それでもなお余剰があれば第三順位の抵当権者に配当され、と順位に従って配当が行われます。

 この①競売による換価が原則的な執行方法ですが、例外の1つ目として、他に抵当権者等がおらず、利息の支払が5年以上滞っており、目的物の価額が債権額を下回っている場合には、②目的物の所有権を抵当権者へと移転する方法をとることもできます(民商法729条)。
 もっとも、タイの土地制度上、外国人(外国企業を含む)が土地を取得することは難しいため、この方法による執行はあまり現実的でないと思われます。

 また、例外の2つ目として、③裁判外での競売による換価という方法もありますが、これは抵当権設定者(抵当権者ではありません)からの通知により競売がされる場合です(民商法729/1条)。具体的には、他に抵当権者等がおらず債務の弁済期がすでに到来しているなど一定の条件を満たす場合には、抵当権設定者の方から、抵当権者に対して、目的物を裁判所外で競売にかけて債権回収に充てるよう要求できるというものであって、この方法による限り、裁判所への抵当権実行の申立てを求める必要もありません。

 

 

注意点

 以上のとおり、タイの抵当権は大枠として、日本と同じような制度となっています。しかしながら、全てが同じというわけではありません。大きく異なる点としては、次の2つがあります。

 まず、日本では抵当権を実行して債権回収を図ったものの、十分に債権回収ができなかった場合、未回収分について債務者に請求することができます。
 しかしながら、タイでは原則として、抵当権を実行した後、なお未回収の債権が残っているとしても、もはやこれを債務者に請求できないのが原則とされています(民商法733条)。
 そして、未回収となった分を債務者に請求したい場合には、債務者との間で、この民商法733条の適用を排除し、差額分についても引き続き責任を負う旨を合意しておかなければなりません。

 次に、日本ではいわゆる物上保証人兼保証人として、債務者の履行を担保するため、第三者が自己の財産に抵当権を設定しつつ保証人ともなる場合があります。
 しかしながらタイでは、抵当権を設定した第三者はその目的物の価値の範囲内で責任を負うこととされており(つまり、目的物が競売等で債権回収に当てられる以上の責任を負わないこととされており)、それ以上の責任を負わせ又は保証人と同様の責任を負わせる契約は無効とされています(民商法727/1条)。したがってタイでは、抵当権を設定した第三者が保証人にもなることを合意しても無効とされるのであって、債権者としては、ある第三者について抵当権を設定してもらうか保証人となってもらうかのどちらか一方しか選べないと考えておくべきでしょう。
 ただし、これには例外があります。法人が主債務者であり、代表取締役その他経営者や支配権者が自己の財産に抵当権を設定する場合には、その経営者は、別途保証契約を締結することにより保証人にもなれることとされています(民商法727/1条2項)。

最後に

 以上、タイの抵当権制度について概観しました。
 抵当権は、債務者の履行を確保するための重要な手段であり、抵当権を設定してもらえるからこそ安心して取引に及ぶことができる場面も少なくありません。そのため、日本とタイにおける抵当権制度の違いを十分に理解しておかなければなりません。
 後々、事前の想定と異なり債権回収できなかったなどということにならないよう、抵当権を設定してもらうときには、制度の違いに配慮しつつ、必要十分な担保となりうるかしっかりと吟味するようにしましょう。

顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)