(※2021年5月11日に公開。2026年3月17日に記事内容をアップデートいたしました。)
2021年5月11日 公開
2026年3月17日更新
概要
今回は、タイにおける懲戒手続について解説します。就業規則での定めの要否など懲戒する際に必要な事項や手続、警告・出勤停止・懲戒解雇といった懲戒の種類、懲戒する際に気をつけておくべき事項、懲戒解雇できる場合など、タイの法令に則した制度設計と、日々の労務管理において生じる懲戒をめぐる実務上の問題について、日本の法制度との違いを踏まえて解説します。
日本における懲戒手続
はじめに、日本における懲戒手続について概観しておきます。日本では、会社は、企業としての秩序を維持する権利を持っていると考えられています。そして、会社が、あらかじめ懲戒の種類や程度のほか、懲戒を課す場面について就業規則等で定めている場合、会社は、その定めに従って従業員に懲戒を課すことができます。
もっとも、懲戒は、従業員のした行為の性質や態様等と均衡の取れたものでなければならず、軽微な非違行為に対して極端に重い処分を下すことなどはできません。また、懲戒を課すまでの手続が就業規則等に定められている場合は、その手続を遵守しなければならず、仮に手続に関する定めがないとしても、特段の支障がない限り、従業員から事実関係や言い分を聴取する機会を持たなければなりません。そして、これらの要請を満たしていない懲戒は、無効とされてしまいます。
タイにおける懲戒と就業規則
1.就業規則の定め
タイでは、懲戒の種類や懲戒できる場合について具体的に定めた規定はありません。しかし、労働者保護法(Labor Protection Act。以下「LPA」といいます。)第108条において、会社は、従業員が10人以上となった場合には就業規則を作成しなければならず、この就業規則に記載することが必要とされる事項の一つとして、「規律及び懲戒」が規定されています。これを受けて、多くの会社が就業規則にて懲戒について定めています。就業規則では、できる限り具体的かつ網羅的に、懲戒の対象となる事由(ルール違反行為)について定めておくべきだと考えられます。
2.就業規則がない場合の懲戒の可否
では、就業規則がなく、雇用契約書にも懲戒規定がない場合、会社は一切の懲戒を行えないのでしょうか。この点、一概に「できない」とは言い切れません。従業員の行為が、法令や公序良俗に反する場合、雇用関係上当然に要求される職務遂行義務や忠実義務に著しく反する場合、または雇用主の適法かつ公正な命令に反する場合には、会社が一定の指導や警告等の対応を取る余地はあるものと考えられます。
最高裁判所判例第3599/2537号でも、就業規則が十分に整備されていない場合であっても、従業員が法令または公序良俗に反する行為をしたときは、雇用主がこれを規律違反として扱い、書面による警告を行い得ることが示されています。
もっとも、上記の理屈では、客観的に明らかな法令違反等に関しては懲戒処分をなし得ても、会社が独自に禁止と考えるルールに対する違反には、懲戒の行使は難しい場面も考えられます。
また、わざわざ就業規則が「規律及び懲戒」を記載すべき事項として挙げていることからすれば、LPAは、何がルール違反行為となるのかについても明確に示しておくべきことを求めていると理解すべきでしょう。
加えて、就業規則や明確な命令が存在しない場合には、どの義務に違反したのか、従業員にとって予見可能であったか、処分が公平かつ相当かといった点が争われやすく、就業規則が整備されている場合よりも無効となるリスクが高くなるといえます。
これらのことからすれば、やはり、就業規則をしっかりと整備しておくことは重要です。
懲戒の種類
タイにおける懲戒の種類として多く見られるのは、警告、出勤停止、普通解雇(解雇予告手当や解雇補償金を支払う解雇)、懲戒解雇(解雇補償金を支払わない即時解雇)です。なお、懲戒の種類の一つとして、減給を定めている会社もあります。
しかし、LPA第76条は、使用者が給与から控除できるものを限定的に明示しており、これ以外の控除を許さない立場をとっています(詳細は、「タイの労働法制と実務 vol.2 賃金に関する原則と基本ルールの概要」をご参照ください)。そして、この条文によると、会社が給与から控除できるものの中には、懲戒による減給は含まれていません。そのため、懲戒による減給は、この規定に違反していると判断される可能性があるため、減給を懲戒の種類の一つとして設けるのは避けておいた方がよいでしょう。
出勤停止に関する注意点
出勤停止については、「調査目的の出勤停止」と「懲戒としての出勤停止」を区別して理解する必要があります。
1.調査目的の出勤停止
従業員の不規律行為について調査するために出勤を停止させる場合、LPA第116条が適用されます。同条では、就業規則や雇用契約書での定めがない限り、使用者は調査中の出勤停止を命じることはできないとされています。仮に出勤停止を命じることができる場合でも、使用者は、従業員に対し、事前に、具体的な不規律事由と出勤停止期間(7日以内)を記載した命令書を交付しなければなりません。また、出勤停止期間中は、無給とすることはできず、就業規則によって定められた割合(ただし、出勤停止前の賃金の50%以上)に従って賃金を支払わなければなりません。
したがって、ルール違反行為に関する事実調査のため出勤停止を命じる可能性がある場合には、事前にその旨を就業規則に定めておくことが必要です。
なお、調査の結果、従業員が非違行為を犯していなかったことが判明した場合、使用者は出勤停止期間中に支払うべき賃金に年利15%を加えた補償金を従業員に支払う義務があります(出勤停止期間中に支払われた金員はこの支払うべき賃金の一部として扱われます。)(LPA第117条)。
2.懲戒としての出勤停止
これに対し、就業規則上の懲戒処分として出勤停止を定め、適正な手続に従って適用する場合については、賃金支払が不要とされた判例があります(最高裁判所判例第3211/2545号)
この判例では、会社の適法な命令に従わなかった従業員に対し、書面警告後に11日間の無給出勤停止を命じた事案において、その期間の賃金支払義務が否定されました。
ただし、この判例をもって「あらゆる懲戒としての出勤停止は無給でよい」と一般化するのは適切ではなく、最低限、就業規則上の根拠、対象行為、期間、手続を明確にしておくことが必要と考えておくべきでしょう。
なお、懲戒としての出勤停止については、一般的な上限日数を直接定めた明文規定は見当たりませんが、合理的な期間設定であることが必要です。この際、別の目的であるとはいえ、調査目的の出勤停止の上限である7日間前後を一つの目安とすることも考えられます。
懲戒権行使の限界
まず、手続的要件に関し、タイの法令上、懲戒を課す際に必要な手続に関する定めは特にありません。
しかし、会社内の就業規則等で懲戒に関する手続が定められているのであれば、当然その手続を遵守しなければなりません。また、懲戒の公正さを手続面から担保するため、処分を下す前に、少なくとも従業員から事情を聴取する機会は設けておくべきでしょう。この事情聴取の結果を資料として残しておくことは、後々、懲戒に関する紛争が生じた際の有力な証拠の一つとなるので、この意味においても、事情聴取の手続を実施し、記録しておくことは会社にとって必要な手続といえます。
また、実体的要件として、前述のとおり、タイでも、日本と同様、懲戒を課すときには、行為の性質、態様や結果等を踏まえてバランスの取れた処分でなければなりません。
懲戒処分の流れ
以上のことを踏まえると、懲戒処分を実行する際は、以下の流れで行うのが安全と考えます。

ただし、就業規則上で追加的なステップが定められている場合には、その実施も必要となりますので、ご注意ください。
懲戒解雇について
1.タイにおける「懲戒解雇」とは
タイの懲戒解雇を理解する前提として、解雇補償金という制度を知っておく必要があります。
タイでは、従業員を解雇する場合には、原則として1給与期間前に解雇を予告しなければならず(LPA第17条2項)、かつ、勤続年数に応じた解雇補償金を支払わなければならないとされています(LPA第118条1項)。
これに対し、一定の場合は、解雇補償金を支払わずに即時解雇できる場合があり、これを一般的に「懲戒解雇」と呼んでいます。この一定の場合とは、LPA第119条1項に列挙されている事由であり、これに該当する場合には、例外的に解雇補償金を支払う必要はなく、また解雇予告なしに即時解雇ができることになります(LPA第17条4項)。
このように、第119条1項に列挙されている事由を理由として解雇する場合が、タイにおける「懲戒解雇」であり、懲戒解雇の概念が日本とは少し異なることに注意が必要です。
【LPA第119条1項の列挙事由】
| 1号 | 職務上の不正行為、又は、使用者に対する故意の犯罪行為をした場合。 |
| 2号 | 使用者に対して故意に損害を与えた場合。 |
| 3号 | 使用者に対して過失により重大な損害を与えた場合。 |
| 4号 | 使用者が文書で警告書を交付していたにもかかわらず、就業規則、社内規程又は使用者の合法かつ合理的な命令に違反した場合。 ただし、重大な違反の場合、警告書の交付は不要。 警告書は労働者の違反日より1年間有効。 |
| 5号 | 正当な理由なく、3労働日連続して職務を放棄した場合。 |
| 6号 | 確定判決に基づき禁固刑を受けた場合。 ただし、過失犯や軽犯罪の場合は使用者に対して損害を与えた場合に限る。 |
2.懲戒解雇事由の実務的運用
上記のとおり、タイでの懲戒解雇事由は、LPA第119条1項第1号から第6号に規定されています。
このうち、最も懲戒解雇事由として用いられる頻度が高いのが、第4号です。第4号は要するに、「社内のルール違反行為について警告書で注意したにもかかわらず、1年以内に、再度同じ違反行為に及んだ場合」です。この第4号だけが、就業規則などの社内ルール違反を根拠として懲戒解雇が可能となる場面だからです。
第4号以外の事由に該当する場合や、社内ルールに関する重大な違反(第4号ただし書)に該当する場合を除き、第4号での懲戒解雇をする場合は、単に一度の社内ルール違反があっただけでは足りず、まず、警告書による指導が必要となります。
3.就業規則の有無と懲戒解雇
就業規則上の懲戒事由としては定められていないものの、LPA第119条1項各号に該当する行為を従業員が行った場合、懲戒解雇とすることができるのかという問題があります。この点、懲戒解雇は、LPA第119条という法令を根拠として行うものであるため、就業規則上の定めは必ずしも必要ないと考えます。ただし、前述のとおり、従業員に対して懲戒が課される場合を具体的かつ網羅的に明示しておくことは、従業員のルール違反行為を防止し、会社に損害が発生することを予防するため極めて重要です。それゆえ、やはり、できる限り就業規則できちんと明示しておくことを心がけるべきでしょう。
警告書の交付
1. 警告書を出すことができる場合
タイの法律は、どのような場合に警告書を出すことができるのかについて、明確に定めているわけではありません。しかし、LPA第119条第4号を踏まえて、「就業規則、社内規程又は使用者の合法かつ合理的な命令に違反した場合」に、会社は警告書を出すことができると考えておいてよいでしょう。例えば、就業規則の服務規律や雇用契約書で定められている遵守事項に違反した場合には、警告書を出すことができます。また、会社内で通用している内規に違反した場合や、口頭での業務命令に違反した場合であっても、警告書を出すことは可能と考えます。
2. 警告書の記載内容
警告書には、警告書の発効日、従業員の氏名、違反行為の詳細(日時・場所・態様を含む)、それがどの規律に違反するかについてわかりやすく記載し、今後再び同様の行為に及ばないよう警告するとともに、万が一同様の行為に及んだ場合には解雇され得ることも併せて記載しておくべきだと考えられています。
3. 警告書への署名と交付方法
実務上の運用として、警告書を交付した事実や日付を記録上も明らかにしておくため、警告書には、その従業員から署名を得ておくことが多く見られます。従業員の中には署名を拒絶する者もいますが、そのような場合には、従業員に対して警告書をメールに添付して送信するとともに配達証明郵便にて書面でも送付するという対応や、立会人の面前で警告書を読み聞かせ、立会人から署名を得るという対応が考えられます。客観的に警告書を交付した記録が残るという観点からは、メールでの送信と配達証明郵便での送付を併用する方が簡易で確実と思われます。
4. 複数の非行に対する警告書
従業員が性質の異なる複数の非行を犯した場合、それぞれの非行について別個の警告書を発行するのが望ましいです。例えば、遅刻の常習と上司への暴言のように性質が異なる問題が併存する場合、これらを1通の警告書にまとめてしまうと、LPA第119条第4号が問題となる場面で、「前回の警告後、同種の違反を繰り返したか」の判断が不明確になりやすく、後の紛争で不利になるおそれがあります。そのため、性質の異なる非行については、別々の警告書にして、それぞれについて事実、日時、場所、違反内容、今後同様の行為を行ってはならないこと、再犯時の不利益を明確にするのが最も安全です。
タイの法令に則した制度設計と運用を
以上、今回は、タイにおける懲戒のルールについて概観しました。タイにおける懲戒のルールは大枠としては日本と同様であり、きちんと就業規則等でルール化し、相当な範囲内で運用していかなければなりません。もっとも、懲戒解雇できる場合が法令で限定されているなど、日本と大きく異なる点もあります。
また、いくらタイではジョブホッピングが盛んであるとはいえ、日本と同様に、懲戒が従業員の生活等に対してマイナスの影響を与える可能性があることは間違いありません。そのため、軽々に懲戒を課していると、その従業員のみならず、他の従業員からも強い反感や不信を買い、会社の運営にさまざまな支障をもたらすおそれがあります。また、タイでは、労働裁判所への訴訟提起には裁判手数料がかかりません。そのため、懲戒解雇のケースでは、解雇補償金の支払を求めて労働裁判所に訴訟提起されてしまうことも多いのが実態です。 懲戒を課すことを検討する際には、日本と同じように、バランス感覚を大切にしながら、随時、タイの法令に違反していないか確認していくことが必要です。


