(※2021年4月27日に公開。2026年2月6日に記事内容をアップデートいたしました。)
2021年4月27日 公開
2026年2月6日更新
日本における配置転換
日本では、就業規則に「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」といった規定を設けるのが一般的です。そして会社は原則として、この就業規則の規定を根拠に、従業員に対して職種や勤務場所の変更(以下、総称して「配置転換」といいます。)を命じることができると考えられています。
もっとも、雇用契約において職種や勤務地を限定している場合には、上記のような就業規則を根拠として一方的にこの限定を変更することはできず、限定の範囲を超えた配置転換をするには従業員本人の個別の同意が必要です。
また、職種や勤務地の限定がない場合、又はこの限定の範囲内であっても、配置転換命令が権利の濫用に該当する場合には無効となります。
日本の裁判例では、業務上の必要性の程度、命令に不当な動機・目的がないこと、従業員が被る不利益の程度などの要素を考慮し、これらを総合的に判断して配置転換命令の有効性が審査されます。
事前の合意内容
1.就業規則での定めの要否
まず、配置転換を命じるために就業規則上の根拠規定が必要か否かについてです。
結論として、配置転換命令の根拠は就業規則に明記しておくべきだと考えられます。
たしかに、配置転換は人材の有効活用や組織の活性化、従業員の能力開発など会社運営上の重要な意義を持ち、使用者の基本的な指揮命令権の一部と評価することもできます。そのため、仮に就業規則に規定がなくても、指揮命令権の範囲内で配置転換を命じること自体は可能だとも考えられます。
しかし、配置転換に関する事前の合意がない場合、従業員にとっては全く予想外の命令となりかねず、一方的に労働条件を変更する根拠が欠ける以上、裁判所から違法と判断される可能性が高いでしょう。
したがって、配置転換の可能性があることを就業規則や雇用契約書に明記しておくことは、配置転換を行う上での前提条件と考えておくことが安全です。
ただし、就業規則に規定があればいつでも自由に配置転換命令を発令できるわけではなく、後述の要素を考慮して適切に権限を行使する必要があります。
2.職種や勤務場所が限定されている場合
雇用契約書やオファーレターで特定の職種や勤務地が明示されている場合に、その範囲外への配置転換を命じることができるでしょうか。
タイでは、雇用契約は口頭でも成立し得ますが、後日の紛争防止のため、書面で契約書を取り交わすのが一般的です。また、契約締結前にオファーレター(内定通知書)で労働条件を示すことも多く行われています。
これらの書面に特定の職務や勤務地が明示されている場合、裁判所にその記載が「職種や勤務地を限定する趣旨」であると解釈される可能性が高いでしょう。
そのため、日本と同様、会社が一方的にこの限定を変更することや、その範囲を超えて配置転換することはできず、この場合には従業員の個別同意が必要と考えられます。
このことから、雇用契約書を作成する段階では、将来的にその従業員が従事し得る職務内容や勤務地をできるだけ網羅的に記載しておくことが望ましいです。
オファーレターについても同様であり、たとえ雇用契約書に記載がなくとも、オファーレター上で明示されていれば有力な証拠資料となり得るため、配置転換の可能性がある職務や勤務地をできる限り明示しておくことが重要です。
命令権行使の限界
では、配置転換に関する規定があり、事前の同意がある場合に、いつでも自由に配置転換が認められるのでしょうか。
この点について、タイの明文法に直接の規定はありませんが、タイ最高裁判所の考えでは、命令が適法かつ正当・公正であり、従業員に不当な不利益を与えない場合には、配置転換命令を有効と判断する傾向にあります。
反対に、配置転換が不当な動機や従業員への嫌がらせの目的でされた場合、配置転換によって従業員に過大な費用負担を強いるような場合、又は配置転換によって賃金、手当、その他の福利厚生等の労働条件が配置転換前よりも不利益となる場合には、無効と判断されることになります。
このことからすると、タイでも日本と同様に、命令の合理性や従業員の不利益といった要素を考慮して判断する枠組みになっていると考えられます。
ただし、タイでは「不利益の程度」よりも「不利益の有無」自体が重視される傾向にあり、配置転換によって従業員の待遇に何らかの不利益が生じる場合には、原則として従業員の個別同意が必要となることにはご留意ください。
とはいっても現実問題として、職務や勤務地が変われば何らかの不利益な変化は避けられないため、全ての不利益について必ず同意を取得しなければならないとするのは現実的ではありません。実際に裁判例でも、配置転換によって通常伴う結果については不利益とは扱わない運用がされているものもあるため、反射的に生じる明らかに軽微な不利益について同意は不要と考えられます。
なお、当然ながら、従業員が真意に基づき同意している場合には、配置転換は自由に行うことができます。会社としては、安全を図る上では、配置転換に際して当該従業員の同意を取り付ける努力をすることが望ましいでしょう。
昇進・降格の場合の留意点
配置転換に関連して、昇進や降格といった人事異動を行う場合の同意の要否についても触れておきます。
1.昇進・昇給
まず、単なる昇給の場合、これは従業員の労働条件の有利な変更であるため、就業規則や雇用契約書に記載がなくとも、会社は一方的に実施することが可能といえます。
他方、昇進(役職の引き上げ)の場合には、実質的に有利な変更として同意が不要な場面も考えられますが、通常、業務量や責任の重さが変化する可能性が高いため、必ずしも従業員にとって有利な変更とはいえません。そのため、就業規則や雇用契約書に当該従業員への不利益変更の側面が具体的に記載され、事前に従業員がその昇進内容に合意している場合は別として、そうでない場合には、従業員の個別同意を取得しておくことが安全と考えるべきでしょう。特に、昇給なしに業務量や責任に関する負担が重くなる名ばかり昇進のような場合には、一方的な昇進が無効と判断される可能性が高いと考えられます。
なお、事前の承諾がある場合でも、命令権の範囲で行う必要がある点は前述のとおりです。
2.降格
まず、減給等を伴う降格(役職の引き下げ)は、従業員にとって不利益な労働条件の変更であることは明らかなため、就業規則や雇用契約書における事前の合意がない場合には、従業員の個別同意が必要となります。
また、減給等を伴わない降格の場合でも、従業員にとって不名誉な処遇変更である以上、不利益変更と解される可能性は高く、原則として本人の同意が必要と考えるべきでしょう。
なお、事前の同意がある場合でも、命令権の範囲で行う必要がある点は同様です。
会社所在地の変更に伴う就業場所変更
最後に、会社自体の所在地を変更(事業所の移転)する場合における、従業員の就業場所変更について説明します。
企業活動をする上で、会社のオフィスや工場の移転を避けられない場合もありますが、その際、会社は、労働者保護法第120条による特別な規律を遵守する必要があります。
まず、事業所を移転する場合、会社は、移転日の少なくとも30日前までに従業員に対して移転先の場所や移転時期等を明示して告知しなければなりません(1項)。
仮に会社がこの事前告知を怠った場合、会社は新事業所での就労を希望せず退職する従業員に対し、30日分の賃金相当額の特別補償金を支払う義務を負います(2項)。
また、事業所移転が従業員自身、又はその家族の生活に重大な影響を及ぼすことを理由として従業員が新勤務地での就労を望まないときは、従業員は会社からの告知日から30日以内(会社が告知をしなかった場合は移転日から30日以内)に会社に通知することにより退職することができます(3項)。
この場合、会社はその従業員に対し、通常の法定解雇補償金以上の特別解雇補償金を支払わねばなりません(3項)。
一般に、従業員が自己都合退職する場合には会社に解雇補償金支払義務はありませんが、上記の場面では、事務所移転によって従業員や家族の生活に重大な影響が生じるため、実質的には会社都合の退職として、解雇と同様の補償が与えられる趣旨と解されます。
そこで問題となるのが、「従業員自身や家族の生活に重大な影響が生じる場合」とはどのようなケースかという点です。
典型例としては、新勤務地が遠方となり通勤に支障が出る場合でしょう。もっとも、この支払義務が生じるのはあくまでも影響が「重大」である場合に限定されています。そのため、例えば、新事務所と旧事務所の距離が数km程度しか変わらない、通勤時間が少々長くなるといった程度であれば、重大な影響があるとはいえず、支払義務も生じないと考えてよいでしょう。
タイの法令に即した制度設計と運用を
以上のとおり、タイにおける配置転換のルールは概ね日本と似た枠組みで運用されていますが、不利益を伴う変更には原則として本人同意が要求されることなど、いくつか重要な違いもあります。
また、ジョブホッピングが盛んなタイでは、せっかくの人材が配置転換に納得せず退職してしまう事態も、日本以上に起こりやすい環境にあります。
そのため、会社としては就業規則に配置転換に関する規定を整備して周知すること、雇用契約書やオファーレターに配置転換の可能性がある職務・勤務地の範囲を明示しておくことが重要です。そして、実際に配置転換を命じる際も、可能な限り事前に従業員の理解と協力を得るよう努め、不利益が生じる場合には何らかの代償措置や緩和策を検討することが望ましいでしょう。
従業員の生活や心情にできるだけ配慮した運用を心掛けることで、円滑な人事異動と人材の定着につなげていただければと思います。


