タイの労働法制と実務 vol.4  試用期間の基本ルールと運用上の留意点

執筆:弁護士 靏拓剛弁護士 公文 大国際チーム

(※2021年4月16日に公開。2025年12月12日に記事内容をアップデートいたしました。)

2021年4月16日 公開
2025年12月12日更新



試用期間の法的性質

試用期間とは、一般的に、本採用をするうえで会社が労働者の適正や能力を判断するための期間として設けられます。

日本では、試用期間の法的性質について、判例上、解約権留保付きの労働契約であるとされています(三菱樹脂事件/最大判昭48年12月12日)。
すなわち、試用期間は、本採用後の労働契約と別個の契約ではなく、同一の労働契約の一部であるとされており、そのうえで、会社は当該期間中に比較的広い裁量により従業員を解雇する権利を留保している、と解釈されています。

タイでも、試用期間を設定する目的は日本と同様であり、労働者保護法(以下「LPA」)において「試用期間を定めた有期雇用は無期雇用とみなす」と定められていることからして(LPA17条2項)、試用期間の法的性質は、本採用後と同一の労働契約の一部であると考えられます。


試用期間と有期雇用

タイの日系企業においても、無期・有期問わず試用期間を設定している場合が多く見られます。
しかしながら、タイでは、上述のとおり、試用期間は無期雇用の一部とみなされることになるため、雇用契約書で有期雇用と定めていたとしても、試用期間を定めている場合には、実質的に無期雇用となってしまうことに注意が必要です。
したがって、例えば、1年間の有期雇用のつもりで従業員を採用したとしても、試用期間を定めてしまうと、1年の期間満了を理由に会社から一方的に雇用を終了できず、解雇理由、事前の解雇予告、解雇補償金の支払い等の通常の解雇の手続きが必要となります。


試用期間中の労働条件

試用期間中は、本採用と異なる労働条件を定めているという会社も多くありますが、この点についてもいくつか注意すべき点があります。

特に休暇に関して、「試用期間中は一切の休暇について取得できない」といった定めをしている会社もしばしば見られます。この点、年次有給休暇の場合には、法律上1年未満の勤務年数の者に対する付与義務はないため、(1年未満の)試用期間中は年次有給休暇を付与しないことも可能です。他方で、病気休暇や用事休暇など、その他の法律上の付与義務がある休暇については、継続勤務期間等の要件がなく試用期間中であっても他の従業員と同様に付与する必要があることに注意が必要です。

また、給与に関しては、試用期間中の給与について本採用後の給与額よりも低い金額を設定すること自体は問題ありません。しかし、この場合には、試用期間の開始前にきちんと労働条件を明示し、同意を得ておく必要があります。


試用期間の期間設定上の留意点

試用期間を定める場合、タイでは、試用期間を119日に設定することが一般的です。
この理由は、解雇補償金の発生時期と関係しています。
後述するとおり、試用期間中の雇用の終了や試用期間満了時の本採用拒否であっても、法的には解雇に該当します。そして、LPA118条1項では、120日以上勤続した労働者を解雇する場合に解雇補償金の支払が必要となると定められています。
そのため、もし120日以上の期間の試用期間を設定したとすると、会社が試用期間満了時に本採用を拒絶する場合には、解雇補償金の支払いが必要となってしまいます。
タイでは、この解雇補償金の支払いを回避するために、119日以下の試用期間を設定することが多いのです。


試用期間中の解雇/試用期間満了時の本採用拒否

タイにおいても日本と同様に、試用期間中の解雇はもちろん、試用期間満了時の本採用拒否についても解雇に該当します。
そのため、合理的な解雇事由があること、適切な時期の解雇予告(本採用否通知)又は事前解雇予告に代わる賃金相当額の支払い(LPA17条2項3項)がされていることが必要です(また、試用期間が120日を超える場合には解雇補償金の支払いが必要)。

1.解雇予告のタイミング

    119日の試用期間中であれば解雇補償金だけでなく解雇予告も不要になるという誤解が多いようですが、この認識は誤りであり、119日以下であっても事前の解雇予告は必要となります。そして、適切な時期に解雇予告をしなければ、119日間が経過するまでに解雇の効力が発生せず、解雇補償金の支払いも必要となってしまう可能性があるため、いつまでに解雇予告をするかは会社にとって重要になります。
    前提として、タイでは、給与支払日の当日又はそれまでに解雇予告をした場合、次の給与支払日に解雇効力が発生するとされています(LPA 118)。つまりは、解雇予告は、日本のような30日前までにするものではなく、一給与期間前にしておく必要があります。つまり、下の図でいうと、119日が経過する前の最後の給与日である7月25日に解雇の効力を発生させたい場合には、6月25日の当日又はそれ以前までに解雇予告をしておく必要があります。
    もしそれ以降に解雇予告をした場合には、実際の解雇の効力発生日が119日を過ぎてしまうため、解雇補償金の支払うことになります。
    なお、このような場合、解雇予告に代わる賃金相当額の支払いをした上で即時解雇すれば、解雇補償金の支払義務を避けることはできますが、労働を受けずに賃金を支払わないといけないため、また悩ましい問題となります。

    【本採用拒否における解雇予告の例】

    したがって、試用期間を119日に設定した場合において、試用期間満了時に解雇補償金の支払いも解雇予告に代わる賃金相当額の支払いもなく本採用拒否を行えるようにするには、実質3ヶ月程度で本採用するかどうかを判断しなければならないという点に留意が必要です。

    2.不公正解雇の該当性の判断

    上述のとおり、試用期間中の解雇又は試用期間満了時の本採用拒否をするには、合理的な解雇事由があることが必要です。
    ただ、この合理性の判断は、日本と同様に、本採用後の解雇の場合と比較して会社側の裁量が比較的広く認められる傾向にあります。
    実際の裁判例でも、業務成績が不十分であることを理由とする解雇が不当解雇には当たらないとする事例が出ています(タイ最高裁判例2364/2545、8682/2548、13896/2555など)。

    なお、解雇に関連する事項の詳細については、別途解説する予定ですので、そちらも合わせてご確認ください。


    本採用時の給与減額

    タイでは、原則として、給与減額には従業員の個別の同意が必要とされています。
    この考えは、試用期間満了後の本採用の場合においても同様であり、試用期間開始時に本採用時の給与額を明確に合意している場合、会社側が本採用時に一方的に減額することはできません。
    ただ、試用期間満了時において、本採用はしたいけれども、試用期間中の勤務成績や能力が芳しくなかったため、当初約束していた本採用後の給与を減額したい場面もあるかと思います。さて、このような給与の減額は可能なのでしょうか。

    この点について明確に判断した判例は見当たりませんが、法の趣旨に照らせば、仮に給与減額について個別同意を得ていたとしても、このような同意は従業員の真意に基づくものではないとして、無効と判断される可能性があると考えます。
    従業員側からすれば、給与減額への同意を拒否すれば職を失う可能性もあるため、本採用拒否という不利益を回避するために渋々同意するしかないと考えたに過ぎず、真意に基づく同意とはいえない可能性が残るためです。

    一方で、当初から本採用時の給与について、合理的な幅を設定して合意していたような場合には、その範囲内で給与額を設定している限り、有効と判断される可能性があると考えます。たとえば、試用期間中の給与を月額30,000バーツとし、本採用時の給与額については、試用期間中の勤務成績や勤務態度等をもとに、能力、スキル、適性等を評価し、月額30,000〜35,000バーツの間で決定する、といったような合意をしておく方法です。
    このような条件をきちんと雇用契約書において明記し、十分に説明した上で合意している場合には、従業員からの個別の真の同意が得られているものと判断される余地があるためです。

    なお、裁判所においてどのような条件下で有効な同意と認められるかの判断基準について、まだ明確に判断した判例は見当たりませんが、考えられる考慮要素としては、給与額の幅の合理性、事前の説明、同意取得の方法、試用期間満了時の給与額決定にあたっての評価の実施方法などが挙げられるかと思います。

    ただ、いずれにしても、給与の減額となるとやはり紛争化の危険があるため、仮に幅を設定する場合でも、やはりその一番低い金額で試用期間中の給与を設定するのが安全でしょう。

    試用期間の正しい理解と運用を

    以上のとおり、試用期間については、基本的な考え方は日本の労働法上の考え方と大きな違いはありません。
    しかし、試用期間を設定すると無期雇用とみられる点、119日以下の期間設定およびその際の解雇予告義務は時期、解雇や減給の注意点など、様々な点で慎重な運用が求められます。
    これらの点を念頭に置きつつ、適切に試用期間を設定・運用していただければと思います。

    顧問契約やその他各種法律相談については、こちらからお気軽にお問合せください。

    ※営業を目的としたお問い合わせはご遠慮願います。

    GVA法律事務所の最新情報をメールで受け取る(無料)