(※2021年2月17日に公開。2025年9月4日に記事内容をアップデートいたしました。)
2021年2月17日 公開
2025年9月4日更新
労働時間
■ 法定労働時間
法定労働時間は、原則として、1日8時間以内、週48時間以内です(労働者保護法23条1項。以下、労働者保護法を「LPA」といいます)。
ただし、「従業員の健康や安全にとって危険を及ぼす可能性がある」と指定されている次の業務(以下「有害業務」といいます)については、労働時間の上限が低く設定されており、1日7時間以内、週42時間以内です(LPA23条1項)。
【有害業務】
・地下、水中、洞窟内、トンネル内その他通気性が悪い場所での業務
・放射線に関する業務
・金属溶接業務
・危険物の運搬業務
・危険化学物質の製造業務
・有害な振動を受けるおそれのある機具を使用する業務
・著しい高温又は低温にさらされる業務
(1998年・労働社会福祉省令2号)
■ 1日8時間を超えて労働時間を設定できる業務
以上が原則的な法定労働時間ですが、省令で定められた業務については、会社と従業員が合意することにより、1日8時間を超える労働時間を設定することが認められています(LPA23条1項)。
ただし、この合意をする場合でも、週の労働時間の上限は48時間のままであることに注意が必要です。
【合意により1日8時間を超える労働時間を設定できる業務】
・専門的・技術的な業務
・庶務的・事務に関する業務
・商業活動に関する業務
・サービスに関する業務
・製造に関する業務
・上記に付随する業務
・石油に関する業務(※労働時間について特別な上限規制あり)
(1998年・労働社会福祉省令7号、2000年・労働社会福祉省令13号)
月給制の従業員との間でこの合意をすれば、合意した時間内での労働である限り、たとえ1日8時間を超えても割増賃金などは発生しません。
ただし、月給制以外の従業員については、8時間を超えた分について、割増賃金を支払う必要があります(2000年・労働社会福祉省令13号)。
なお、具体的にどのような職務が上記の各業務に該当するかについては、ガイドラインなどはなく不明瞭な部分が残ります。また、従業員ごとに所定労働時間が別になると労働時間管理が複雑化しますし、従業員間の不公平感にもつながりかねません。そのため、このような運用を導入するかどうかは慎重に検討すべきですし、格別の必要がない限り、1日8時間以内で統一的な労働時間を設定することをおすすめします。
■ 労働時間の振替制度
タイでは、所定労働時間が8時間以下であることを前提として、ある日の実労働時間が所定労働時間に満たないときに、従業員との間で合意することによって、所定労働時間と実労働時間の差分を別の労働日に振り替えることができます。
例えば、所定労働時間が1日8時間であるとして、ある日の勤務が7時間であった場合に、従業員との間で合意することによって、8時間との差分1時間を他の労働日に振り替えて、その振替日の労働時間を9時間とすることができるのです。
ただし、振替を行う場合でも、振替日の労働時間が1日9時間を超えてはならず、かつ、1週間48時間を超えてはならないという上限があるので、注意が必要です。
この振替を行う場合、その振替日における労働時間が所定労働時間を超えていても超過時間が振り替えられた差分内におさまる限り、割増賃金など追加的な支払は発生しません。ただし、これはあくまでも月給制の従業員の場合に限られます。日給・時給・出来高払の従業員については別段の規定が置かれており、合意により労働時間を振り替えること自体は可能であるものの、これにより振替日の労働時間が8時間を超えた場合には、超過分について割増賃金が発生することとされています(LPA23条2項)。
振替について従業員と合意すべきタイミングについて、法令上は具体的な定めがありません。しかし、実際に所定労働時間を超えて勤務させた後に、「以前、終業時間よりも先に仕事が終わったことがあったから、その差分を振り替えたこととしよう。」などと事後的に合意しても適法な振替と認められない可能性があります。そのため、振替日までに従業員と合意しておくべきです。
なお、有害業務については、このような振替はできません。
■小括
以上のとおり、タイでは、一部例外はあるものの、法定労働時間は8時間とされています。また、多くの会社が1日の労働時間を8時間と設定しています。
時間外労働・休日労働
■タイにおける時間外労働
日本では、実労働時間が法定労働時間(8時間)を超えた場合を時間外労働として扱います。
これに対して、タイでは、所定労働時間とされる時間帯の労働かどうかにより、時間外労働かどうかかが判断されます。つまり、実労働時間が法定労働時間(原則1日8時間)の枠内に収まっていたとしても、始業時間前や終業時間後の労働があれば、その部分について時間外労働手当が発生するとされています。
例えば、勤務時間が午前9時から午後5時、うち休憩1時間であるとして(所定労働時間は7時間)、従業員が午後6時まで勤務したとします。この場合、実労働時間は8時間であって法定労働時間内に収まっているのですが、午後5時〜午後6時の1時間分については時間外手当が発生します。
■個別的な同意の必要性
日本では、多くの会社において、時間外労働や休日労働に関する36協定と呼ばれる労使間の協定が締結されています。
一方、タイでは、36協定のような時間外労働や休日労働に関する包括的な協定その他の労使間の合意は存在しません。
したがって、会社が従業員に時間外労働や休日労働をさせるためには、原則として、その都度、個別に従業員から同意を得る必要があります(LPA24条1項、25条3項)。
これを言い換えると、従業員には時間外労働や休日労働を拒否する権利があるといえます。そのため、従業員が時間外労働や休日労働の求めに応じなかったとしても、業務命令違反にはなりません。
なお、法令上、従業員からの同意は、「その都度」取得しなければならないと規定されていることに注意が必要です。そのため、例えば雇用契約書上で「従業員は、会社の指示に従っていつでも時間外労働に従事することに同意する」などという包括的な同意に関する規定を置いていても、この規定を根拠として従業員の同意があったものと見ることはできないと考えておくべきであり、具体的に時間外労働等をしてもらう都度、同意を得るようにしましょう。ただし、実際に時間外労働等をしてもらう当日又は直前に同意を得ることまでは要求されておらず、事前に同意を得ておくことは問題ないです。
なお、時間外労働、休日労働、休日時間外労働の合計時間は、原則として1週36時間を超えてはならないとされています(LPA26条、1998年労働社会福祉省令3号)。
また、有害業務に関しては、時間外労働にも休日労働にも従事させることができません(LPA31条)。
■従業員の同意が不要である場合
前述のとおり、タイでは、従業員を時間外労働や休日労働に従事させるためには従業員の個別の同意が必要です。
ただし、例外として、次のいずれかに該当する場合には、従業員に対し、その同意がなくとも、時間外労働や休日労働に従事させることができます(LPA24条2項。LPA25条1項、2項)。
【同意が不要である場合】
同意なく時間外労働に従事させることができる場合
(a) 連続した作業を必要とする業務で、作業停止により業務に損害が生じる場合
(b) 緊急の業務の場合
(C) 省令で定める場合(省令なし)
同意なく休日労働に従事させることができる場合
(a) 連続した作業を必要とする業務で、作業停止により業務に損害が生じる場合
(b) 緊急の業務の場合
(c) ホテル、劇場、運輸、飲食店、クラブ、協会、診療所の事業、又は、省令で定める場合(省令なし)。
このうち、「連続した作業を必要とする業務で、停止すると業務に損害が生じる場合」とは、作業を途中で停止すると作業の成果が損なわれる業務(以下、「連続業務」といいます。)を指すと解釈されています。より具体的には、作業停止により原材料や製造中の製品が劣化したり、機械設備が破損したりするような業務です。
例えば、銅の精錬作業は、成形や圧延などの工程を途中で停止してしまうと、精錬していた銅の品質が損なわれるため、連続業務に該当します。他方、たとえ「作業を停止すると、受注数量分の製造が納期までに間に合わない」という事情があるとしても、製造中の製品の品質や機械設備への作業停止による影響がない場合には、連続業務に該当しません。
次に、「緊急の業務の場合」とは、突発的かつ予期せぬ事態が生じており、直ちに対応しなければ損害を防げない状況下での、その事態への対応業務(以下「緊急業務」といいます。)を指すと解釈されています。
例えば、水害が発生した際に製品を安全な場所に移動させる作業が緊急業務に該当します。他方、大型連休などの繁忙期において顧客数が増加し、その顧客対応に通常よりも多くの人員を配置する必要が生じたとしても(レストランなど)、そのような増加は事前に予測してあらかじめ人員配置できるはずであるため、緊急業務に該当しません。
なお、同意なく時間外労働や休日労働に従事させることができる場合として、法令上は、「省令で定める場合」とも規定されています。しかし、これらについて定めた省令はいまだ存在しません(2025年8月25日現在)。
■従業員の自発的な時間外労働や休日労働
タイでも、日本と同様、従業員が会社の許可を得ることなく自発的に時間外労働や休日労働に従事することがあります。このような事態を会社が容認して放置していると、想定外の時間外労働手当や休日労働手当の支払義務が生じることにもなりかねません。
そこで、就業規則上に「時間外労働や休日労働を希望する場合は、事前にマネージャーに申請して許可を得なければならない。」といった規定を設けて事前の許可が必要であることを明確化したり、終業時間後も指示も許可もないまま会社に残っている従業員がいたら帰宅を促しつつ事前許可を得るよう指導したりするということを検討すべきです。
■小括
以上のとおり、タイでは、従業員に時間外労働や休日労働に従事してもらうためには、原則的に、その都度、同意を得る必要があります。法令上は同意が不要な場合も定められているものの極めて限定的です。
そのため、従業員を時間外労働などに従事させるときには同意を得ることを徹底するのが基本となるでしょう。
また、必要に応じて、会社の想定しない従業員の時間外労働等を予防するため、就業規則の規定の見直しなどを検討すべきです。
休憩
■休憩の基本ルール
- 休憩時間
タイでは、5時間を超えて連続で従業員を働かせることはできず、それまでに必ず休憩を与える必要があります。
また、その休憩時間は1時間以上でなければなりません(LPA27条1項)。
なお、タイにおける休憩も、日本における休憩と同様、労働から完全に解放されている状態を指します。例えば、電話や来客があれば対応しなければならないといった場合や、次の仕事に向けた作業準備や後片付けをしなければならないといった場合は、休憩とは評価されません。 - 休憩の与え方
休憩は、1回でまとめて与えるのが基本です。例えば、「正午から午後1時まで1時間の昼休みを設ける」といった与え方です。
もっとも、会社と従業員の合意があれば、分割して与えることも可能です(LPA27条1項)。例えば、「昼休みとして正午から40分、午後休憩として午後3時から20分」という与え方でも問題ありません。 - 時間外労働の前の休憩
上記に加えて、所定労働時間が終了した後、2時間を超える時間外労働に従事させる場合にも、時間外労働の開始前に20分以上の休憩を与えることが必要です(LPA27条4項)。
■休憩を与えなくてよい場合
次のような場合には例外的に休憩を与えなくてもよいとされています(LPA27条5項)。
【例外的に休憩を与えなくてもよい場合】
(a) 連続業務であって、かつ、従業員の同意がある場合
(b) 緊急業務の場合
ここでいう「連続業務」や「緊急業務」の意味は、従業員の同意なく時間外労働や休日労働を命じることができる場合と同様です。
ただし、連続業務については、従業員の同意を得ることが必要とされていることに注意が必要です。
■小括
以上のとおり、タイでは、法令上の限定的な例外はあるものの、一般的には就業日には1時間以上の休憩を与える必要があります。
休憩の付与は法令遵守にとどまらず従業員のやる気にも直結しますので、適切な休憩を与えることを徹底しましょう。
労働時間の管理方法
タイにおける労働時間の管理方法は、従業員が自ら所定のシートに記入する自己申告制、タイムカードの利用、勤怠管理ソフトの利用、クラウド型の勤怠管理サービスの利用など、日本と類似しています。
もっとも、タイではLINEの利用が盛んであり、遅刻や欠勤などの連絡にもLINEが利用されているケースが散見されます。そのような場合、LINE上の記録とは別に勤怠管理をしっかり行っておかないと、窓口担当者の退職や日本への帰任が生じた後で勤怠の履歴が確認できなくなってしまうといった事態も起こりかねません。
したがって、会社と従業員との間での連絡にLINEを用いること自体に問題があるわけではありませんが、それのみで完結せず、勤怠管理シートやソフト等を利用し、会社としてしっかりと勤怠管理を行い、記録化することをおすすめします。
以上、今回はタイにおける労働時間や休憩のルールや運用上の注意点について整理しました。
労働時間についても休憩についても原則と例外がありますが、例外の多くは適用できる場面が限られていますし、日本とはルールが異なる場面もあります。 この機会にあらためて自社の設定している労働時間等や実際の運用がタイのルールに合致しているかご確認いただければと思います。
(※2021年2月17日に公開。2025年9月4日に記事内容をアップデートいたしました。)