
1.はじめに
まず、前提として、取締役の善管注意義務違反と損害賠償責任の関係について見ていきます。
取締役は会社から委任を受け(会社法330条)、この委任に基づき業務執行をします。そして、受任者には善管注意義務があり(民法644条)、取締役は会社に対して、善管注意義務を負っています。取締役が任務懈怠により会社に損害を負わせた場合、取締役は会社に対して、損害賠償責任を負います。(会社法423条1項)
M&A取引も会社の業務遂行に含まれますので、取締役の善管注意義務の対象であり、この注意義務を怠って会社に損害を生じさせた場合には、取締役に賠償責任の問題が生じ得ます。
2.善管注意義務と経営判断原則
1.のとおり、取締役は会社に対して、善管注意義務を負っています。もっとも、会社経営上、不確実な状況下での判断やリスクを要する部分もあり、結果的に損害が生じたからといって責任を負わせることは適当でありません。いわゆる「経営判断の原則」があり、取締役の業務執行が適正な経営判断であったと評価できる場合には、取締役の業務執行の結果、会社に損害が生じたとしても、取締役は責任を負わないものとされています。
取締役の業務執行が適正な経営判断であったかは、
① 経営判断の前提となる事実の認識過程に不注意な誤りがなかったか
② 事実認識に基づく意思決定の過程及び内容に著しく不合理な点がなかったか
という点から判断されます。
そして、M&A取引における取締役の損害賠償責任についても、この「経営判断の原則」が適用されます。結果のみで責任の有無を判断するのではなく、経営判断の原則を考慮した上で、取締役は適正な経営判断のもとM&A取引を実施したのか、あるいは適正な経営判断とは言えず任務懈怠があるのか判断されます。
この判断においては、様々な考慮要素がありますが、例えば、取引の目的、評価額、取引の必要性等を見ます。また、取引における判断過程、具体的には、経営会議を開催しているか、専門家の意見聴取があるか、デューディリジェンスを実施しているか、実施しているとして適切な内容のデューディリジェンスか等を考慮します。
3.判例からの検討
(1)経営判断原則について
東京地裁平成16年9月28日判決において、「取締役の業務についての善管注意義務違反または忠実義務違反の有無の判断にあたっては、取締役によって当該行為がなされた当時における会社の状況及び会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢の下において、当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、前提としての事実の認識に不注意な誤りがなかったか否か及びその事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から、当該行為をすることが著しく不合理と評価されるか否かによるべきである」とされています。
判旨からも読み取れるように、経営判断のもとにおける善管注意義務は固定の基準や明確なラインがあるものではなく、個々の事案に応じて判断されます。
(2)株式の適正価格と株式の買取価格に差があった事例(最判平成22年7月15日)
子会社株式の買取価格が相当であったか否かという積極的な経営戦略の場面における、取締役の経営判断と善管注意義務違反が問題となった事例があります。
この際、買取価格について、対象会社が設立からの期間が5年経過したに過ぎないこと、重要な加盟店である株主との友好関係を維持することが有益という事情を考慮して、算定評価額よりも買取価格が高額であることについて、合理性があるものと判断されました。
本件は事業再編が絡むケースで、グループ企業全体の資本政策や将来予測を要し、相対的に経営判断が強く尊重される事例となります。
(3)異業種を営む会社株式の取得の事例(東京高裁平成28年7月20日判決)
ある会社がベンチャー企業と未上場企業の株式を取得したところ、これらが無価値化したという事例で、同じく経営判断の原則のもと、取締役らの善管注意義務違反が争点となっており、特性としては、ベンチャー企業への投資や異業種への投資の際、どのような判断がされるのか、という点にあります。
この事例では、基本的な論理は最高裁判例を踏襲しつつ、ベンチャー企業への投資については、対象会社の特性より、不確実な将来の経営状況等の予測にもとづくものにならざるを得ない点も考慮して検討し、調査やヒアリングの内容をふまえて社内手続きの履践等を総合的に考慮して、取締役の判断は著しく不合理とはいえないと判断しました。
また、未上場企業の株式取得についても、事業においてプラスの相乗効果を得ることが主要な目的であることを認定し、当時の財務状況を踏まえた専門家の意見状況、社内手続きの履践状況などを総合的に考慮し、取締役の判断は著しく不合理とはいえないと判断し、善管注意義務違反は認めませんでした。
ベンチャー企業への投資という状況や、適切な調査・専門家の意見を経ての判断であることを踏まえて、結果として会社に損害が生じたとしても、善管注意義務違反とならないと判断された事例です。
4.最後に
M&A取引も会社の業務執行の一環ゆえ、勿論ながら善管注意義務の対象となります。
デューディリジェンスを行わない、またはデューディリジェンスが十分でないことなどにより会社に損害が発生すれば、取締役は善管注意義務違反に基づき責任追及を受ける可能性があります。
この注意義務を尽くした・経営判断は合理的なものだとの担保を得るためにも、専門家による法務デューディリジェンスを実施するということは、大きな要素になるものといえます。
そして、取締役としては、M&Aの適切なプロセスを遂行したこと、その遂行の証拠を残すことが、自己の判断の合理性を示す上で重要と考えます。
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