【弁護士解説】株式譲渡と事業譲渡の違いと法務DDでの着目ポイント<基礎編>

執筆:弁護士 井川 湧理 (M&Aチーム)

 M&Aの手法としては、代表的なものとしては、株式譲渡や事業譲渡、株式交換、株式移転、合併、会社分割等様々な手法があります。今回の記事では、上記のうち、主な手法として挙げられる株式譲渡と事業譲渡の違いについて、解説いたします。

1 株式譲渡と事業譲渡

まず、株式譲渡と事業譲渡がそれぞれどういったものか説明していきます。

(1) 株式譲渡

 「株式譲渡」とは、対象会社の株式を保有する株主が、譲受人たる法人又は個人に対して、自己の株式を譲渡する手続きを指します。この場合、過半数の株式を譲り渡すことで、会社の経営権が譲受先に移転することになります。特徴としては、対象会社の経営権だけでなく、資産や負債などすべてを移転でき、別途の手続き不要です。そのため、特に対象会社が非上場会社の場合には、事業譲渡に比べて、これらの移転に要する各種手続きが簡易的といえます。

(2) 事業譲渡

 「事業譲渡」(会社法467条1項)とは、譲渡企業が所有している事業の一部もしくはすべてを第三者の企業に譲渡する(売却など)手続きを指します。事業譲渡には、すべての事業を譲渡する「全部譲渡」と、譲り渡したい事業のみ譲渡する「一部譲渡」の手法があり、状況によって使い分けられます。事業譲渡の場合、事業を譲り渡した後も会社の経営権や支配権に変更はありません。また、事業譲渡の際には、譲渡する対象を決める必要があり、商品、不動産から、ノウハウ、知的財産権といったものまで譲渡対象とすることがあります。

 事業譲渡のメリットとしては、株式譲渡とは異なり、会社の事業の一部のみを選別できることが挙げられます。不採算事業は対象としない等、自社が資産を投入したい事業に限定して譲り受けることができます。また、譲渡対象の事業を特定することができるため、不法行為債務や潜在的債務を含む偶発債務のリスクの遮断が比較的容易であることも挙げられます。

 他方、デメリットとしては、事業主体の変更ゆえ、譲渡対象事業に必要な許認可等が事業譲渡によって譲渡会社から買収者へと承継されないため、買収者において別途許認可等の取得が必要になるといった手続的負担が生じる可能性があります。

(3) 株式譲渡と事業譲渡の比較

それぞれの特徴を譲渡企業の立場で比較すると以下のようになります。

株式譲渡

事業譲渡

譲渡会社の経営権

残らない(譲渡対象)

残る(譲渡対象外)

譲渡対象(範囲)の選択

不可

可能(有形から無形まで決定可)

手続きの煩雑さ

比較的簡易

煩雑

資産や負債

変動なし

引き継がれないものもある(対象を選択可能)

譲渡金

経営者個人に支払われる

譲渡企業に支払われる

雇用移転の同意

同意の必要なし

個別の同意を取得する必要あり

競業の禁止

特になし

法律による制限あり(会社法21条1項)

 以上のように、双方にはメリット・デメリットがあるため、M&Aを行うにあたり優先したい事項から最適な手法をご検討ください。

 その他、買い手側が、注意すべき点として、簿外債務があります。簿外債務とは、貸借対照表上に記載されていない債務のことをいいます。未払残業代等経営者の把握できていない債務が存在する場合もありますので、ご留意いただければと思います。

 事業譲渡は、買い手側が指定した資産、負債のみが譲渡対象となるため、原則として簿外債務を引き継ぐおそれがありません。そこで、買い手側としては、買収対象企業(事業)に簿外債務のおそれが大きい場合や債務超過である場合は、健全な部分のみを事業譲渡で買収するのがよいと考えられます。

 他方、簿外債務のおそれが小さい場合や債務超過ではない場合は、株式譲渡も選択肢に入ると考えられます。

2 DDの基礎

(1) DDとは

 M&Aにおいては、買い手が、対象会社のデューデリジェンスを行うものが最もオーソドックスなものです。デューデリジェンス(DD)とは、投資対象となる企業等の価値やリスク等を調査することをいい、「買収監査」ともいわれます。

 M&Aにおいて、売買の対象が企業又は事業という外部から見てその実質を把握し難いものであるため、買い手にとっては必須といえます。

 DDには、主なものとしては、ビジネスDD、財務DD、法務DDがあります。他にも、税務DD、労務DD、知財DD、環境DD等もありますが、必ずしも明確に定義されているものではありません。

(2) 法務DDの目的

 DDの目的は、買収対象企業の抱えるリスクの抽出と買収後の経営統合準備の2つです。

 

 DDには、ビジネスDDや財務DD等各分野のDD等があり、それぞれの分野の専門家が実施することが一般的です。法務DDにおいては、法的なリスクを抽出し、買収スキームや買収価格や調整の検討、最終契約条件の交渉を効果的に進めるための情報収集等を実施します。

 今回は法務DDについて見ていきます。

3 法務DDのポイント

(1) 法務DDの目的

 法務DDは、主に以下の事項を明らかにすることを目的としています。

  • M&Aが可能か否か、障害がないか。

  • 買収価格が適正か。評価額に影響を与える法務リスク等の存否を確認します。

  • M&A後にやりたいことを実現可能か。

  • その他、M&A取引を行うべきではない特殊な事情はないか。

(2) 発見された問題点に対する方針

 そして、DDの実施の結果、発見された問題点について、買い手は対応方針を決定しなければなりません。買い手の対応方針としては取引の停止やスキーム変更の他、取引は継続しながらも条件面等を調整する以下の例が考えられます。複数の対応策を選択することも可能です。

① 取引価格の減額調整

ビジネスDD、財務DD、法務DDにおいてリスクが発見された場合、これに応ずる価格を減額等することが考えられます。

② 支払方法による対応(アーンアウト・後払い等)

 DDの結果、リスクが発見されたとしても、そのリスクが発現しない可能性がある場合、取引価格へ反映できないこともあります。もっとも、潜在的にリスクがあることには変わりなく、契約上の補償条項等でリスクをカバーすることがあります。この他にも、買収対価の一部後払いやアーンアウトを要求することもあります。

③ 最終契約条項において対応(クロージングの前提条件・誓約事項・表明保証・補償等)

 DDの結果、発見された問題点を最終契約において条項に織り込むことによって対応します。クロージングの前提条件や誓約事項として定めたり、表明保証規定の項目に入れ、表明保証違反について賠償又は補償させたりすることが考えられます。

4 株式譲渡と事業譲渡のDDにおける差異

 株式譲渡の場合は、買い手側は、対象会社とともに、対象会社の資産や負債、契約、従業員、許認可のすべてを承継することとなるのに対し、事業譲渡の場合、買い手側が承継すべき資産や契約、従業員、許認可等について、譲渡の対象を限定することができ、簿外債務等の負債を承継しないこととすることも可能です。

 すなわち、株式譲渡の場合は、対象会社の資産や負債、契約、従業員、許認可のすべてについて、DDを行う必要がありますが、事業譲渡の場合は、対象事業に関連する資産や契約、従業員、許認可等のみについて、かつ、買主の選択した特定の資産や契約、従業員、許認可等に絞って、DDを行うことができます。

5 おわりに

今回は、M&Aの基本的手法である株式譲渡と事業譲渡の基本的な差異からDDにおける違いについてみていきました。M&Aの手法に迷われている買い手や売り手の方には、経営権の有無、譲渡の範囲、簿外債務、DDの負担等着目すべきポイントを踏まえ、最適な手法を選んでいただきたいと思います。

適切な手法選びに迷われたり、法務DDでお困りの際は、お気軽にお問い合わせください

監修
弁護士 大橋 乃梨子
(都内法律事務所にて弁護士業務を経験したのち、2017年にGVA法律事務所に入所。 2018年からGVA TECH株式会社の社内法務を兼務(現在は兼務終了)。スタートアップの法務課題を社内から見つめた経験を活かし、クライアントのフェーズにあった法務サービスの提供を意識しながら、ベンチャー法務、AI、ファイナンス、知的財産、紛争等、企業の法務課題に幅広く対応する。)

執筆者

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