
1.はじめに
近年、人工衛星を宇宙空間に打ち上げ、既に軌道に投入されている衛星に対して、燃料補給、修理や補修、制御をするサービス(以下「軌道上サービス」といいます。)が注目を集めています。
Northrop Grumman社の子会社であるSpaceLogistics社では、既に2019年に軌道上サービスを提供する衛星(以下「サービス衛星」といいます。)を打ち上げ、2020年にはクライアント衛星とのドッキングに成功し、現在は衛星の寿命延長サービスを提供しています。日本では、株式会社アストロスケールホールディングスが宇宙空間のデブリ除去、衛星の寿命延長、故障機や物体の観測・点検等を目指して技術実証を行っています。同社は、2023年2月にシリーズGとして累計約101億円の資金調達を実施し、2023年度中にサービス衛星として商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J(アドラスジェイ、Active Debris Removal by Astroscale-Japanの略)」を打ち上げる予定となっています。
衛星・宇宙市場調査のコンサルサービスを手掛けるNorthern Sky Research社の試算によれば、2019年から2029年にかけての10年間の累計市場規模は約3100億円程度にもなる見込みとされており、軌道上サービス市場の成長が期待されているといえます。
他方で、このような軌道上サービスは他の衛星やデブリに近づいて、その形態や管理の現状を変更するものであるため、他の衛星やデブリを破損させる可能性が高く、その場合の損害賠償リスクは民間事業者にとって市場参入への大きな障壁となり得るといえます。
そこで、本稿では、民間事業者による軌道上サービスを想定とした損害賠償責任に関して現状の法制度の概観を解説したいと思います。
2.損害賠償責任に関する法的枠組み
(1)国際法
宇宙活動に起因する損害賠償責任について定めた国際法上の規定としては、宇宙物体により引き起こされる損害についての国際責任に関する条約(以下「宇宙損害責任条約」といいます。)が挙げられます。宇宙損害責任条約は、計87か国により署名された国家間のルールで、宇宙物体により発生した損害については、以下のとおり地表における損害と地表外における損害を区別して規定しています。
宇宙活動は高度な危険性を伴う活動であることから、民家への落下事故等といった地表における損害は、過失の有無に関わらず「打上げ国」が損害賠償責任を負うこととされています(宇宙損害責任条約第2条)(「打上げ国」の定義に関する議論については別記事「宇宙保険~民間宇宙活動により生じる損害賠償責任にかかる法制度の概観~」で紹介しておりますのでご参照ください。)。他方で、たとえば宇宙空間での衛星同士の衝突事故等といった地表以外の場所において引き起こされた損害は「打上げ国」に過失がある限りその責任を負うと規定しています(宇宙損害責任条約第3条)。
なお、宇宙損害責任条約は、外国及び外国人に損害が生じた場合に適用されるものであって、自国民への損害については国内法による救済に任されることとなります(宇宙損害責任条約第7条)。宇宙損害責任条約では、仮に複数国が連鎖的に損害を発生させた場合、たとえばA国のサービス衛星がB国のクライアント衛星に損害を加えた結果、第三者であるC国の衛星に損害が発生した場合の連帯責任についても規定されております(宇宙損害責任条約第4条第1項)。この場合にも地表における損害は無過失責任、地表外における損害は過失責任となっており、損害賠償についての責任の割合はそれぞれの過失の割合に応じて分担するものとされています(宇宙損害責任条約第4条第2項)。
条約はあくまで国家間のルールであり、損害賠償責任を負うのは「打上げ国」と規定されているので、請求先は「打上げ国」となります。仮に打上げ国が自国企業の宇宙活動により生じた損害に関し、外国及び外国人に賠償をした場合、実際に損害を発生させた民間事業者に対する求償の手順や政府補償の範囲は各国の国内法制に委ねられています。
(2)国内法
そこで、日本で民間事業者が軌道上サービスを行う場合には、日本における宇宙活動に伴う損害賠償責任がどのように定められているかを確認する必要があります。
(ア)宇宙活動法
まず、日本では人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(以下「宇宙活動法」といいます。)において、民間事業者による宇宙活動に伴い発生する損害賠償責任を定めています。宇宙活動法は打上げ行為を行う者と衛星の管理を行う者に対して許可を要することとしており(宇宙活動法第4条第1項、第20条第1項)、損害賠償責任についても、打ち上げに伴う損害、衛星の管理に伴う損害を、それぞれ次のとおり規定しています。
具体的には、ロケットの打上げ行為の最中に当該ロケットが損害を与えた場合には、「打上げを行った者」が無過失責任を負い(宇宙活動法第35条)、ロケットから正常に分離した運用中の人工衛星等が損害を与えた場合には、「衛星管理者」が無過失責任を負うとしています(宇宙活動法第53条)。
もっとも、宇宙損害責任条約とは異なり、宇宙活動法は、地上、水中、飛行中の航空機等(以下「地上等」といいます。)に発生した損害のみを対象としており、宇宙空間において衛星に発生した損害については特段の規定がありません。よって、軌道上サービスを行うにあたって他の衛星に損害を与えるような場合は、宇宙活動法がカバーしていないケースとなります。
(イ)民法
そこで、宇宙空間において衛星同士での事故が発生し、いずれかの衛星に損害が生じたような場合には、宇宙活動に限らず一般的な損害賠償責任の追及に用いられる民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが考えられます(※準拠法が日本法の場合。準拠法については後述します。)。同条に基づく損害賠償請求が認められるためには、不法行為を行った者の故意又は過失が必要とされています。
根拠法文 | 損害賠償を行う主体 | 地表上の損害 | 地表外の損害 | |
国際法 | 宇宙損害責任条約 | 打上げ国 | 無過失責任 | 過失責任 |
国内法 | 宇宙活動法 | 打上げを行った者 | 無過失責任 | 規定なし |
衛星管理者 | ||||
民法 | 不法行為者 | 過失責任 | 過失責任 |
3.軌道上サービスに関する損害賠償責任についての議論状況
(1)政府補償の範囲、民間事業者への求償の手続
国内法上、民間事業者は上述したような損害賠償責任を負うことが規定されていますが、先に述べた民間事業者への求償の手続きについては具体的な規定がありません。
他方で、政府補償の点については、宇宙活動法が、民間事業者が負う損害賠償責任について部分的に政府補償を行う旨を規定しています(※2 政府補償の範囲に関するより具体的な解説については、別記事「宇宙保険~民間宇宙活動により生じる損害賠償責任にかかる法制度の概観~」で紹介しておりますのでご参照ください。)。軌道上サービスを行うにあたって他の衛星に損害を与えるような場合は宇宙活動法の規定の対象とされていないことから、そのようなケースにおいて政府補償を受けることはできません。この点については、民間の保険を付保することによって、民間事業者側のリスクを十分下げることができ政府補償は不要ではないかとの見解もありました。しかし、内閣府宇宙開発戦略局の第5回スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース大臣会合において「商業的な軌道上サービスが現実のものとして視野に入って来つつある今日においては、この前提は改める必要が生じている」とされており、今後の議論次第で政府補償の範囲は変更されうる可能性があります。
(2)準拠法の決定
衛星同士の事故等に複数の国が関係しているようなケースにおいては、必ずしも日本の法律が適用されるとは限りません。仮に不法行為に基づく損害賠償請求を行う場合は、法の適用に関する通則法17条に基づき適用される法律を決定する必要がありますが、同条は「不法行為によって生ずる債権の成立および効力は加害行為の結果が発生した地の法による」ものとしておりますため、「加害行為の結果が発生した地」が軌道上となると、どのように解釈すべきかが問題となります。
(3)過失の立証困難性
また、上述した損害賠償責任について、国際法及び国内法双方において懸念されているのは「過失」の立証困難性であるといわれています。「過失」とは、結果の発生を予見し回避することができたのにもかかわらずこれを回避しなかったことをいいますが、軌道上サービスのような最先端の技術を必要とするサービスにおいては初めて経験するトラブルが発生することも十分考えられます。軌道上で衛星同士の事故が発生したとしても、いずれの衛星の運用者に過失があるのかを認定することにも、認定するための証拠を挙げることにも相当困難かつ時間を要してしまいます。宇宙損害責任条約を用いて衛星同士の事故を解決しようとした実際の判例はなく、「過失」の判断に関する積み上げもない状況となっています。このような状況においては、宇宙交通ルール(宇宙物体の打上げ許認可審査から打上げ、軌道離脱、安全な落下処置等の宇宙活動を管理するルール)の整備を進め、共通の行動規範を共有する必要があると考えられています。
2021年11月、内閣府は、宇宙活動法に基づき人工衛星の打上げ及び管理に関する許可審査基準について解釈指針を定めた「軌道上サービスを実施する人工衛星の管理にかかる許可に関するガイドライン」の制定・公表をしています。同ガイドラインは宇宙活動法に定められた審査基準の具体的な解釈指針を示しており、民間事業者に対して具体的な結果回避義務の内容を示すという意味で、過失の認定にも資すると考えられます。
たとえば、宇宙活動法22条2号においては「人工衛星の構造が、その人工衛星を構成する機器及び部品の飛散を防ぐ仕組みが講じられていること」等を許可の基準として設けておりますが、ガイドラインではより具体的に「あらかじめ、対象物体の構体、インタフェース等に係る設計情報、推定される残存推薬量その他安全確保のための対策を検討するために必要な情報を委託者から入手し、確認すること。」とし、さらに確認すべき具体的な事項(「接触した際の熱や静電気などへの耐性」や「スラスタプルームやガス等の放出源の配置および放出方向」等)を挙げています。
もっとも、ガイドラインは日本国内にのみ適用されるため、最終的には他国の企業との間で損害が生じた場合に備えて、国際的な認識との調整が必要となる可能性があります。
4.おわりに
以上のとおり、軌道上サービスを想定とした損害賠償責任について法整備は進められているものの、判例の集積が少ない分野である以上、現状議論中である点も多く、未だ不透明な点が複数残されているといえます。
弊所では、許認可取得のサポートのみならず、契約関連法務、損害賠償関連、レギュレーションのリサーチやアドバイス、その他宇宙・航空分野に関する幅広いサポートをさせていただいております。
宇宙ビジネスの法律に関するご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせいただければ幸いです。
【参考文献】
大久保涼、大島日向(編)『宇宙ビジネスの法務』92頁以降(弘文堂、2021)
宇宙航空研究開発機構「2030 年台/2040 年台宇宙利用市場ニーズ/規模(革新的将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ検討会資料4-2-2)」、文部科学省研究開発局宇宙開発利用課
(2021年1月18日)
内閣府宇宙開発戦略推進事務局「軌道上サービスに共通に適用する我が国としてのルールについて(第5回 スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース大臣会合議事次第参考資料3-2)」
URL:https://www8.cao.go.jp/space/taskforce/debris/dai5/sankou3_2.pdf
(2021年5月27日)
内閣府宇宙開発戦略推進事務局「人工衛星の軌道上での第三者損害に対する政府補償の在り方(中間整理たたき台)」
URL:https://www8.cao.go.jp/space/comittee/30-housei/housei-dai4/siryou1.pdf
(2018年11月20日)
監修
弁護士 本間 由美子
(企業法務において、幅広い分野で法務サービスを提供。 学生時代にITベンチャー企業に参画し法務部門を担当した経験有。 GVA法律事務所入所後は、分野にとらわれず様々な側面から企業の躍進と理念実現をサポート。機械学習ベンチャーの社外監査役として同社IPOに貢献。近時は、宇宙・航空チームのリーダーとして、特に同業界における法務サポートに注力。)