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1.はじめに
近年、小惑星をはじめとした他の惑星に存在する「宇宙資源」の探査、開発を行うビジネス(以下、「宇宙資源ビジネス」といいます。)に注目が集まっています。たとえば、月の宇宙資源活用を行う日本のベンチャー企業、株式会社ispaceは、シリーズAで世界最高額の103.5億円の資金調達を達成し、2040年代に月面で1000人が生活をする「ムーンバレー構想」を掲げ、月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1の打ち上げを2022年内に行うことを予定しています。
このような宇宙資源ビジネスの振興を受けて、国内外で議論されてきたのが、宇宙空間で取得した資源の扱い、とりわけ所有権の取り扱いについてです。所有権は特定の物を自由に使用・収益・処分できる権利をいいます。所有権が認められなければ、宇宙資源を採掘したとしても、これを販売することができないため、宇宙資源ビジネスそれ自体が成り立たなくなることも考えられます。
このような議論を背景に、日本では宇宙資源に関する法律として、2021年6月に、「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」(以下、「宇宙資源法」といいます。)が制定されました。そこで、本稿では、前稿に引き続き、日本において制定されている「宇宙法」の一つである「宇宙資源法」の意義と内容について、解説をしたいと思います。
2.国際法上の規律
「宇宙資源法」の意義を論じるにあたっては、前稿でご紹介した国と国のルール、すなわち国際法での規律に触れる必要があります。
宇宙資源ビジネスに関する国際条約としては、「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」(以下、「宇宙条約」といいます。)第2条及び「月その他の天体における国家活動を律する協定」(以下、「月協定」といいます。)第11条が挙げられます。
宇宙条約第2条は、「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。」としており、国家による宇宙空間の取得を否定しています。ここで取得を禁止されているのはあくまで「国家」であって、私人、たとえば宇宙資源ビジネスに取り組む民間企業ではありません。しかし、宇宙条約第6条は国家が私人の宇宙活動に対しても、直接に国際的責任を負うことを定めていることから、国家が私人の宇宙活動を国際法に則って規律することとなるため、結果的に、私人による宇宙空間の取得も認められないこととなります。もっとも、宇宙条約第2条は天体を含む「宇宙空間」の取得を禁止しているのであり、天体から採取した資源の取得を禁止したものではないとの考えもあります。
他方、月協定第11条第1項は月及びその天然資源についての規定であり、月及びその天然資源を「人類の共同財産」であると規定しています。同条第3項では「月の表面又は地下若しくはこれらの一部又は本来の場所にある天然資源は、いかなる国家、政府間国際機関、非政府間国際機関、国家機関又は非政府団体若しくは自然人の所有にも帰属しない。」としており、宇宙資源ビジネスを否定する内容となっているようにも思えます。しかし、月協定の当事国(条約に拘束されることに同意し、自国について条約の効力が生じている国)は18か国であり、宇宙先進国といわれる米国、ロシア、中国、また日本も月協定には参加していません。
上記の条約以外にも、2020年10月に宇宙資源開発に関する衝突を回避するために定められた「アルテミス合意」がありますが、同合意は法的文書ではないという位置づけで、国際法上の拘束力がないと解されています。また、宇宙法学会や宇宙資源に関する国際検討会議(ハーグ宇宙資源ガバナンスワーキンググループ)、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の法律小委員会等、国際的なルールの制定に向けて各国間で議論が進められてきましたが、国際法上、宇宙資源ビジネスがどのような態様や範囲で認められるかは未だ不明確かつ不確定であるといえます。
3.宇宙資源法
上記のような状況において、米国が2015年、ルクセンブルクが2017年、UAEは2019年に宇宙資源開発に関する国内法を制定し、続いて2021年に日本において、「宇宙資源法」が成立しました。
宇宙資源法は、前稿で紹介した「宇宙基本法」の基本理念にのっとり、国際法上の諸条約の的確かつ円滑な実施を図りつつ、民間事業者による宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を促進するという目的を定めています。
以下、事業者の皆さまに特に関連すると思われる主要な条文について概説します。
ア 第3条(人工衛星の管理に係る許可の特例)
(ア)許可申請書に記載が必要な事項
宇宙資源ビジネスを行う事業者が許可申請を行うにあたっては、宇宙活動法(本連載にて今後解説する予定です。)に定めるもののほか、申請書に以下の事項を記載しなければなりません。
①事業活動の目的
②事業活動の期間
③事業活動を行う場所
④事業活動を行う方法
⑤事業活動の内容
(イ)許可要件
申請が許可されるためには宇宙活動法に定めるもののほか、以下のいずれにも該当する必要があります。
(i)事業活動計画が、宇宙基本法の基本理念に則したものであり、かつ、宇宙の開発及び利用に関する諸条約の的確かつ円滑な実施及び公共の安全の確保に支障を及ぼすおそれがないものであること。
(ii)申請者が事業活動計画を実行する十分な能力を有すること。
(i)(ii)のいずれも抽象的な文言であり、具体的な審査基準については今後ガイドラインの策定等が待たれるところですが、米国やルクセンブルクの国内法に比して、許可要件を明確に定めた点は一歩進んだ法律であるとの評価もなされています(※1)。
イ 第4条(公表)
宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動について、許可を受けた場合、その者の氏名又は名称、事業活動計画の内容等が公表されることとなっています。公表の方法は、「インターネットの利用その他適切な方法により」と記載されており、この点については、官報での公表等と異なり、国際的な連携の確保を意識したものであるとの見解があります(※2)。
ウ 第5条(宇宙資源の所有権の取得)
第5条では、宇宙資源ビジネスの根源的な部分ともいえる宇宙資源に対する所有権の取り扱いについて定められています。
本条において「採掘等をした者が所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。」とされており、一定の条件の下で宇宙資源の所有権の取得が認められることが明記されました。
米国やルクセンブルクの国内法においても、私人による宇宙資源に対する所有は認められており、日本の宇宙資源法はこれらと同様の立場をとったものと考えられます。もっとも、仮に日本の国内法において所有権が認められていたとしても、国内法はあくまで当該国内にのみ効力を有するものであって、他の宇宙資源法を持たない国との間で法的な効力を有するものではありません。他の国の企業との間でどのように調整をするか、共にプロジェクトに取り組む際にはどの国に許可をとるべきか、といったことについては未だ議論の余地があると考えられます。
上記のとおり、宇宙資源法は、国際法的な枠組みが明確には定まっていない中で、宇宙資源開発を許可し、それに法的保護を与える内容となっています。これによって、宇宙資源ビジネスに取り組む事業者にとって、少なくとも国内での法的な保障を受けるために、いかなる許可手続きを踏めばいいのか、資源の権利性が認められ得るかを明確に示すことができるため、より多くの事業者の挑戦が促されるのではないかと期待されています(※3)。さらに、国際的なルールメイキングの場では、国家がどのような行為を行っているのか(国家実行)が考慮されるところ、日本の宇宙資源法の存在自体が、国家実行の一つとしてとらえられ、現在は不透明な国際的枠組みの制定に寄与するとも考えられています(※4)。
4.おわりに
以上のとおり、宇宙資源法の成立は宇宙資源ビジネスにとって意義深いものであったといえます。もっとも、先述したとおり、許可の基準について未だ不透明な点があるほか、宇宙資源法を制定していない他国の会社との調整をどのように行うのかといった点等、未だ法的な課題は多く残されています。
弊所では、許認可取得のサポートのみならず、契約関連法務、レギュレーションのリサーチやアドバイス、その他宇宙・航空分野に関する幅広いサポートをさせていただいております。
宇宙ビジネスの法律に関するご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせいただければ幸いです。
(※1)大久保涼、大島日向(編)『宇宙ビジネスの法務』116頁(弘文堂、2021)
(※2)小塚荘一郎、青木節子ほか「宇宙探査と宇宙資源開発」55頁、ジュリスト2022年5月号
(※3)小林鷹之、大野敬太郎ほか「宇宙資源法(宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律)の成立」78頁、NBL 1203号
(※4)小塚荘一郎、青木節子ほか、前掲書、54頁
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監修
弁護士 本間 由美子
(企業法務において、幅広い分野で法務サービスを提供。 学生時代にITベンチャー企業に参画し法務部門を担当した経験有。 GVA法律事務所入所後は、分野にとらわれず様々な側面から企業の躍進と理念実現をサポート。機械学習ベンチャーの社外監査役として同社IPOに貢献。近時は、宇宙・航空チームのリーダーとして、特に同業界における法務サポートに注力。)