
1.はじめに
昨年7月に、米国のVirgin Galactic社やBlue Origin社が、サブオービタル飛行による有人宇宙飛行を成功させ、世界では宇宙を舞台とした旅行ビジネスが増えてきております。
一方で、これまで日本においては、国内から人を宇宙に打上げたことはなく、現在日本の宇宙ベンチャーが、サブオービタル機の機体開発を行い、様々な実証試験を重ね、日本でのサブオービタル飛行による有人宇宙飛行を目指しています。
このような現状の中で、内閣府宇宙開発戦略本部が公表した「宇宙基本計画工程表」において、「有⼈商⽤サブオービタル⾶⾏に関して、官⺠協議会を中⼼に、2020年代前半の国内での事業化を⽬指す内外の⺠間事業者における取組状況や国際動向等を踏まえ、必要な環境整備の在り⽅及びその実現に向けた進め⽅について、早期に具体化する。」ことを明らかにしており、世界だけでなく日本においても、近い将来サブオービタル飛行による有人宇宙飛行ビジネスの実現することが考えられます。
本稿では、現在のサブオービタル飛行の日本の法体系の現状などについて解説いたします。
2.「サブオービタル飛行」とは
(1)サブオービタル飛行の定義
国土交通省と内閣府宇宙開発戦略推進事務局が合同開催をする「サブオービタル飛行に関する官民協議会」では、サブオービタル飛行を「地上から出発し、高度100km程度まで上昇後、地上に帰還する飛行」と定義しています。
このサブオービタル飛行により、人々は高度100kmまで上昇した機内から眼下の地球を見渡したり、数分程度の無重力体験をすることができるとされています。
(2)サブオービタル飛行により実現されるビジネス
ア 宇宙旅行
現在日本法及び国際法上「宇宙」の定義がなく、どの高度までが「空」で、どの高度から「宇宙」なのかは、法律上定まっておりません。国際航空連盟(FAI)が定めたカーマン・ラインで高度100km以上を宇宙とする見解や、米空軍とNASAが採用する高度80km以上を宇宙とする見解など様々な見解が存在しており、現在のところ、高度80km~100km以上に達すれば、宇宙であると考えられています。
そのため、上記定義にあるように高度100km程度まで達するサブオービタル飛行については、宇宙旅行の実現であるといえます。
文部科学省により2021年6月22日に公表された「革新的将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ検討会中間取りまとめ」(以下、「中間取りまとめ」といいます。)においては、2040年前代前半にサブオービタルの宇宙旅行で年間8,800フライトという市場概況の予測がなされており、宇宙旅行市場は、サブオービタル軌道・地球低軌道を併せて、8,800億円程度の市場となることが見込まれるとされています。
イ 二地点間高速輸送
サブオービタル飛行が実現することにより、その高度な飛行技術を活用した二地点間高速輸送(P2P:Point to Point)が可能になるとされています。
二地点間高速輸送とは、高速で、高度100km付近の宇宙空間を通り、短時間で地球上の二地点間を移動する輸送手段をいいます。なお、二地点間高速輸送により、米国のスペースX社は、世界各国へどこでも1時間以内で移動を可能とする計画を発表しています。
この二地点間高速輸送が可能となることで、人々の高速移動だけでなく、医療現場での移植用の臓器の緊急輸送への活用や、新鮮な食材を鮮度の高い状態で世界中に輸送する活用方法も考えられています。
中間取りまとめでは、既存の旅客航空機需要の一部が代替されると仮定して概算すると、日本発着ベースで年間5.2 兆円程度の市場規模となる可能性があるとされております。
3.サブオービタル飛行に対する法制度の現状
日本におけるサブオービタル飛行に関する法制度の現状を以下で解説いたします。
(1)宇宙活動法
2016年11月に成立をした宇宙活動法(人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律)は、ロケットによる人工衛星の打上げなどを同法の適用対象とし、これら行為について、内閣総理大臣の事前の許可を条件としています(宇宙活動法第4条)。
もっとも、同法第2条2号では、「人工衛星」を「地球を回る軌道若しくはその外に…投入する人工の物体」と定義づけているため、地球の周回軌道を飛行しないサブオービタル機は、「人工衛星」に該当しないことになります。
そのため、サブオービタル飛行は、現行の宇宙活動法の適用対象外となります。
(2)航空法
航空機の航行の安全や輸送の安全を確保する航空法が、サブオービタル飛行に適用されるのかも論点となります。
航空法第2条1項では、「航空機」を「人が乗って航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器」と定義しており、無人のサブオービタル機は、同法の定義に該当せず、適用の対象外とされております。一方で有人のサブオービタル機の場合には適用対象になるかというと、同法で「航空」に関する具体的な定義が規定されておらず、有人のサブオービタル機がこの「航空機」に該当するか否かが現在のところ明らかになっておりません。
また、航空法では、航空機についての耐空証明を受けた航空機のみが、航空の用に供することができるとされており(航空法第10条及び第11条)、仮にサブオービタル機が同法の「航空機」に該当すると整理された場合には、サブオービタル機についての耐空証明の取得が必要となります。
この耐空証明は、国土交通省令で定める安全性を確保するための強度、構造及び性能についての基準などに適合しなければならず(航空法第11条4項)、これらの基準は、既存の飛行機などを基にしているところ、サブオービタル機については航空機ほどに安全性を保障できるような技術蓄積がされておらず、サブオービタル機が既存の飛行機と同等の耐空証明を取得することは、難しいとされています。
なお、仮にサブオービタル機を同法の「航空機」に該当しないと整理した場合であっても、航空法134条の3第1項では、「航空機の飛行に影響を及ぼすおそれのあるロケットの打上げその他の行為」は原則禁止されているため、何らの規制なくサブオービタル機を飛行させることができることになるわけではありません。
同条では、「国土交通大臣が…航空機の飛行に影響を及ぼすおそれがないものであると認め、又は公益上必要やむを得ず、かつ、一時的なものであると認めて許可をした場合」を例外要件として定めておりますが、商用利用のサブオービタル飛行が公益上必要やむを得ないとまでは考えにくいこと、一時的なものとも言い難いことからすれば、サブオービタル飛行の例外的な許可を受けることは難しいように思えます。
4.おわりに
以上のとおり、現状の宇宙活動法では、サブオービタル飛行に関する制度が規定されておらず、一方で航空法においても、サブオービタル飛行を念頭に置いた耐空証明の基準が整備されていない等の問題があります。
このような現状を踏まえて、2019年6月26日に、内閣府宇宙開発戦略推進事務局と国土交通省航空局が共同で「サブオービタル飛行に関する官民協議会」を設立し、サブオービタル飛行に関して、民間の取組状況や国際動向を踏まえつつ、必要な環境整備の検討が行われております。
サブオービタル飛行の実現が可能となれば、宇宙旅行や二地点間高速輸送などのビジネスチャンスが広まり、日本の宇宙市場がより活性化することになりますので、サブオービタル飛行に関する法整備がなされることを期待します。
監修
弁護士 本間 由美子
(企業法務において、幅広い分野で法務サービスを提供。 学生時代にITベンチャー企業に参画し法務部門を担当した経験有。 GVA法律事務所入所後は、分野にとらわれず様々な側面から企業の躍進と理念実現をサポート。機械学習ベンチャーの社外監査役として同社IPOに貢献。近時は、宇宙・航空チームのリーダーとして、特に同業界における法務サポートに注力。)