
1 はじめに
本年の夏はとても暑く、地球温暖化の影響を強く実感するところでありました。世界的には、カーボンニュートラルの実現に向けた政府の政策や、政策を実現すべく、Climate techのスタートアップ企業が増えてきており、中には評価額10億ドルを超えるユニコーン企業も出てきております。そして、日本は世界にやや後れているものの、官民一体になってカーボンニュートラルの実現に向けて歩み始めております。
具体的には、日本政府は2020年10月に「2050年カーボンニュートラル宣言」(※1)をし、これに合わせて、経済産業省では、2050年カーボンニュートラルの達成に向け、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(※2)を策定し、2050年カーボンニュートラルの実現を目指す企業の調整を後押しする政策の実現に向けて動き始めております。
そして、カーボンニュートラルを実現するための一つの手段として、カーボン・クレジットが注目されているところ、2023年10月11日に東京証券取引所において、カーボン・クレジット市場が開設されました(※3)。
また、大手の金融機関がブロックチェーンをはじめとするWeb3技術を活用したカーボン・クレジットの創出や流通基盤の構築を目指す取り組みを始めるなどしており(※4)、カーボン・クレジットを普及させるにあたって、ネックとなる複雑な手続きを簡略化するものとして、ブロックチェーンの技術を活用することが注目されており、大手上場企業とスタートアップが協力しつつ、この領域でチャレンジしているという状況です。
そこで、本稿では、2回に分けてカーボン・クレジットをトークン化するにあたって問題となり得る法的問題について解説いたします。
第1弾では、トークン化されたカーボン・クレジットの法的性質及びカーボン・クレジットビジネスに関する各種業規制について解説します。
第2弾では、トークン化されたカーボン・クレジットを取引するにあたって生じる法的問題について解説いたします。
カーボン・クレジットに関するビジネスをご検討中の企業様、金融機関様、銀行様におかれましては、ぜひご一読いただけますと幸いです。
2 カーボン・クレジットについて
まず、カーボン・クレジットに厳密な定義はありませんが、一般的に、「温室効果ガス(GHG)削減・吸収量を、一定のルールにもとづき定量的な価値を設定して、取引可能な形態にしたもの」をいい、カーボン・クレジットを国や企業等の間で取引することを、カーボン・クレジット取引といいます。
そして、カーボン・クレジット取引制度は大まかに分けると政府主導のものと民間主導のものに分けることができます。
そして、東京商品取引所のカーボン・クレジット市場で取引されるJ-クレジットについては、政府主導のものになります。他方で、民間が発行・管理するカーボン・クレジットであるボランタリークレジットも普及しつつあり、各制度がそれぞれ利用規約等で運用していることからカーボン・クレジットの法的性質も統一的見解がない現状です。
このようなカーボン・クレジットをトークン化した場合の法的性質はどのように判断されるかを検討します。
3 トークン化されたカーボン・クレジットの法的性質について
まず、前提として、現在の日本の法律上、「トークン」は法律上の用語ではなく、「トークンであること」によって適用される法規制が決まるものではありません。トークンの法的性質に照らし、個別具体的に検討をする必要があるところ、対象となるトークンがいかなる法的性質を有するかについては、当該トークンの法的性質・仕組み・用途、当該トークンを利用する事業やサービスの内容等を踏まえ、法令や監督官庁が公表するガイドラインに照らして、判断が必要となります。
すなわち、カーボン・クレジットがトークン化されたとしても、結局はカーボン・クレジットの法的性質そのものを検討する必要があるということになります。
(なお、トークンの内、NFTに関する法規制に関心がある方は、こちらの記事をご覧下さい。( https://gvalaw.jp/blog/b20231124 ))
4 カーボン・クレジットの法的性質について
結論として、カーボン・クレジットの法的性質は、現時点では具体的に明らかになっていません。そして、カーボン・クレジットの発行主体が公的機関なのか、民間なのか等によってクレジットの法的性質が変わり得るため、カーボン・クレジットの法的性質を一義的に定義付けることはできません。結局、カーボン・クレジットの法的性質については個別具体的に検討する必要があります(※5)。
なお、カーボン・クレジットの内、国の法令において、明示的な法的根拠を有するものは、地球温暖化対策の推進移管する法律(以下「温対法」といいます。)に基づく「算定割当量」(同法第2条第7項)のみとなっています(※6)。
・温対法第2条第7項
(略)
7 この法律において「算定割当量」とは、次に掲げる数量で、二酸化炭素一トンを表す単位により表記されるものをいう。
一 気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書(以下「京都議定書」という。)第三条7に規定する割当量
二 京都議定書第六条1に規定する排出削減単位
三 京都議定書第十二条3(b)に規定する認証された排出削減量
5 カーボン・クレジットビジネスに関する各種業規制
カーボン・クレジットビジネスを行う上で問題となる業規制について解説します。
(1)金融商品取引法との関係
まず、金融商品取引法上、カーボン・クレジットは金融商品(金融商品取引法(以下、「金商法」といいます。)第2条第1項及び第2項)に定められておりません。そのため、カーボン・クレジットの売買取引を媒介とする行為については、金融商品取引業の登録をすることなく行うことができます(※7)。
次に、カーボン・クレジットが、「算定割当量」(金融商品取引業等に関する内閣府令(以下、「金商業等府令」といいます。)第68条第16号及び同条第17号)に該当する場合には、金融商品取引業者(金商法第35条第1項柱書(第一種金融商品取引業(金商法第28条第1項)または投資運用業(同条第4項)を行う者))は、金商業等府令第69条に基づく届出を行うことによって、カーボン・クレジットの売買またはその媒介取次ぎ、もしくは代理ができると考えられております。
・金商法第35条第2項第7号
1(略)
2 金融商品取引業者は、金融商品取引業及び前項の規定により行う業務のほか、次に掲げる業務を行うことができる。
一~六(中略)
七 その他内閣府令で定める業務
・金商業等府令第68条第16号及び第17号
(届出業務)
第六十八条 法第三十五条第二項第七号に規定する内閣府令で定める業務は、次に掲げる業務とする。
一~十五(中略)
十六 算定割当量(地球温暖化対策の推進に関する法律(平成十年法律第百十七号)第二条第七項に規定する算定割当量その他これに類似するものをいう。次号において同じ。)の取得若しくは譲渡に関する契約の締結又はその媒介、取次ぎ若しくは代理を行う業務
十七 次に掲げる取引又はその媒介、取次ぎ若しくは代理を行う業務
イ 当事者が数量を定めた算定割当量について当該当事者間で取り決めた算定割当量の相場に基づき金銭の支払を相互に約する取引その他これに類似する取引
ロ 当事者の一方の意思表示により当事者間において前号の契約に係る取引及びイに掲げる取引を成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して対価を支払うことを約する取引その他これに類似する取引
・金商業等府令第69条
(その他業務に係る届出)
第六十九条 法第三十五条第三項又は第六項の規定により届出を行う金融商品取引業者は、当該届出に係る業務の種類並びに当該業務の開始又は廃止の年月日及び理由を記載した届出書に、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める書類を添付して、所管金融庁長官等に提出しなければならない。
そのため、カーボン・クレジットが「算定割当量」に該当するのかが問題となります。具体的には、「算定割当量」とは、「温対法第2条第7項に規定する算定割当量その他これに類似するもの」(金商業等府令第68条第16号)を指すところ、ボランタリークレジットが「温対法第2条第7項に規定する算定割当量」に該当しないことは明らかである場合あるため、ボランタリークレジットが「その他これに類似するもの」といえるかが問題となります。
ボランタリークレジットが「その他これに類似するもの」に該当するか否かについては、金融庁が以下のとおり見解を示しているところ(※8)、個別具体的な判断が必要になります。
問2(答)
「その他これに類似するもの」に該当するか否かについては、審査・承認手続の厳格性、帰属の明確性等の観点から、個別具体的に判断される必要があります。例えば、帰属の明確性に加えて、以下のいずれかの機関が当該ボランタリークレジット発行の基礎となる温室効果ガス排出削減・吸収事業の妥当性審査及び当該事業に基づく排出削減・吸収量の検証を実施している場合には、「その他これに類似するもの」に該当し、取扱可能と考えられます。
1.京都メカニズムやパリ協定第6条第4項メカニズムの指定運営機関
2.ISO14065 に基づき認証された機関など、検証等に関する認証を取得している機関またはその認定機関
上記の内、帰属の明確性については、個々のカーボン・クレジットについて、二重譲渡・二重使用がなされない仕組みが実務上確保されていることを意眛すると解されております(※9)。そのため、例えば、登録簿によりカーボン・クレジットの帰属先を管理する仕組みが採用されている場合には、かかる意味における「帰属の明確性」は認められるといってよいと考えられます。
そして、金融庁の見解を踏まえてもなお、「その他これに類似するもの」の該当性判断にあたっては、法的専門性に限らず技術的な専門性を元に判断することが必要になります。
(2)銀行法との関係
カーボン・クレジットが「算定割当量」に該当する場合には、銀行は、他業証券業等ないし法定他業付として、カーボン・クレジットを取得し、もしくは譲渡することを内容とする契約の締結またはその媒介、取次ぎもしくは代理を行うことができます(銀行法第11条第4号、施行規則第13条の2の6)。ここでいう「算定割当量」とは、温対法第2条第7項に規定する「算定割当量その他これに類似するもの」と同じ内容になります(銀行法第10条第2項第14号)。
・銀行業法第11条第4号
第十一条 銀行は、前条の規定により営む業務のほか、同条第一項各号に掲げる業務の遂行を妨げない限度において、次に掲げる業務を行うことができる。
一~三 (中略)
四 算定割当量を取得し、若しくは譲渡することを内容とする契約の締結又はその媒介、取次ぎ若しくは代理を行う業務(前条第二項の規定により営む業務を除く。)であつて、内閣府令で定めるもの
・銀行業法施行規則第13条の2の6
第十三条の二の六 法第十一条第四号に規定する内閣府令で定めるものは、算定割当量を取得し、若しくは譲渡することを内容とする契約の締結又はその媒介、取次ぎ若しくは代理を行う業務とする。
・銀行法第10条第2項第14号
1~2(略)
一~十三(中略)
十四 金利、通貨の価格、商品の価格、算定割当量(地球温暖化対策の推進に関する法律(平成十年法律第百十七号)第二条第七項(定義)に規定する算定割当量その他これに類似するものをいう。次条第四号において同じ。)の価格その他の指標の数値としてあらかじめ当事者間で約定された数値と将来の一定の時期における現実の当該指標の数値の差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引又はこれに類似する取引であって内閣府令で定めるもの(次号において「金融等デリバティブ取引」という。)のうち銀行の経営の健全性を損なうおそれがないと認められる取引として内閣府令で定めるもの(第五号及び第十二号に掲げる業務に該当するものを除く。)
また、カーボン・クレジットが「算定割当量」に該当する場合には、銀行は、付随業務として、差金決済型に限定して、「算定割当量」のデリバティブ業務を行うことができます。
カーボン・クレジットが「算定割当量」に該当するかについては、金融庁がパブリックコメント(※10)の回答の中で、以下の見解を示しております。
「その他これに類似するもの」に該当するか否かについては、審査・承認手続の厳格性、帰属の明確性等の 観点から、個別具体的に判断される必要があります が、この限りにおいて、法令(外国の法令、米国州法を含む。)に基づく排出枠やクレジットについては該当するものと考えられます。
また、「排出量取引の国内統合市場の試行的実施について」(※10)に基づき取引される排出枠及び国内クレジット については該当するものと考えられます。
下記の見解を参考に、各カーボン・クレジットの「算定割当量」該当性を判断する必要があります。
6 総括
以上のとおりで第1弾では、我が国のカーボンニュートラルに向けた取り組みを踏まえ、ブロックチェーン技術を用いてトークン化されたカーボン・クレジットの法的性質及びカーボン・クレジットビジネスに関する業規制についてその概要を解説させていただきました。
実際に、これらのビジネスを展開するにあたっては、個別具体的なビジネスの設計によってさらに慎重な検討が必要な事項もありますので、ご不明な点は弊所Web3チーム所属弁護士へご相談ください。また、Web3ビジネスに関する法規制について、さらに広く詳細を確認したい方は拙著『Web3ビジネスの法務』(技術評論社刊)をご参照いただければ幸いです。
なお、本稿は、ご紹介をさせていただいたものを含めて特定のサービスの適法性について論評するものではありませんので、この点ご了承ください。
次回の第2弾では、トークン化されたカーボン・クレジットを取引するにあたって生じる法的問題について解説いたします。
(※1) 2050年カーボンニュートラル宣言 令和2年10月26日 第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/1026shoshinhyomei.html
(※2) 2050 年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略
https://www.meti.go.jp/policy/energyenvironment/globalwarming/ggs/pdf/green_honbun.pdf
(※3)カーボン・クレジットクレジット市場 東京証券取引所
https://www.jpx.co.jp/equities/carbon-credit/index.html
(※4) Web3技術を活用したカーボンクレジットの創出および流通基盤の構築に関する実証実験の実施~パブリックチェーンとDAOを活用した、オープンなReFiの実現~ 2023年6月15日
https://lightvortex.com/news/20230615-ccarbon-credit/
(※4) 『カーボンニュートラル法務』長嶋・大野・常松法律事務所 カーボンニュートラル・プラクティスチームp52
(※5)『カーボンニュートラル法務』長嶋・大野・常松法律事務所 カーボンニュートラル・プラクティスチームp53
(※6) 『アドバンス金融商品取引法』長嶋・大野・常松法律事務所 p750
(※7) 『カーボン・クレジットの取扱いに関するQ&A』金融庁
(※8) 金融法務事情 No2203 「金融機関等によるカーボン・クレジットの取扱いに関する留意点」
(※9) 平成20年12月12日金融庁パブリックコメント回答64頁
https://www.fsa.go.jp/news/20/20081202-1/00.pdf
(※10) 環境省 https://www.env.go.jp/press/files/jp/13479.pdf
監修
弁護士 熊谷 直弥
(2012年の弁護士登録以来、一貫して企業法務を扱う。中小企業から上場企業まで広く担当し、契約法務、人事労務、紛争、渉外法務、商標等で研鑽を積む。2019年GVA法律事務所入所後、スタートアップ企業の法務支援に注力し、IPOやその先の成長までの伴走を複数経験。顧問先スタートアップSaaS企業の監査役を務める。所内のWEB3チームのリーダーとして、NFT関連ビジネスや暗号資産、STO、その他トークンビジネス等の研究及び実務を対応。NFT書籍の監修の他セミナー等でのNFTに関する情報発信も多数。)