【弁護士解説】共同研究契約と技術を提供するスタートアップが留意すべき事項

執筆:弁護士 髙林 寧人フィンテックチーム

 共同研究契約は、複数の企業などが相互にリソース(人材、設備、資金、情報・ノウハウなど)を提供し、特定の技術や製品の研究・開発を行う内容の契約です。

 共同研究における関与形態は多様ですので、各社の役割分担、成果物の利用形態、知的財産権の帰属などについての契約内容は、個別事情に応じて大きく変わり得ます。

 特にスタートアップにおいては、独自技術や知見を有する一方、資金や事業化ノウハウ、基礎データなどを協業会社から得ることで、研究開発を加速させたり市場展開の機会を得たりします。

 そのため、共同研究契約は、スタートアップが協業会社などと協業して技術や知見を提供する際に不可欠な契約類型です。

 スタートアップは、自社の技術や知的財産を守りつつ事業成長の機会を最大化するべく、事業戦略や成長モデルに適合した契約内容とするべきであり、そのためには、契約内容の検討・交渉において、共同研究の目的、前提事実、成果の取扱いなど、多くの点に留意しなければなりません。

 本稿では、共同研究契約の基本構造からスタートアップが特に注意すべき法務・知財・運用面のポイントまで、詳しく解説します。

1. 共同研究契約の締結プロセスとフェーズ管理

 共同研究契約は、通常、以下の一連のプロセスを経て締結・運用されます。

 スタートアップは、以下のプロセスを念頭に、フェーズごとに適切な対応をし、一貫した適切性を保持することが重要であり、いずれかのフェーズにおける不適切性が全体的なリスクにつながることについて、十分に理解しておくべきです。

①共同研究候補の探索
②秘密保持契約の締結
③技術検証契約の締結
④共同研究契約の交渉・締結
⑤共同研究の実施
⑥成果の権利化・利用

 経済産業省・特許庁は、「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」(以下「モデル契約書」といいます。)を公表しています。

 モデル契約書は、共同研究開発の連携プロセスの時系列に沿って必要となる、秘密保持契約、技術検証契約、共同研究開発契約、ライセンス契約に関して、新素材編・AI編など、分野ごとに逐条解説付きで公開されています。

 仮想の取引事例を設定して、契約書の取り決め内容を具体化することで、交渉の勘所を学ぶことができるとともに、契約書の文言の意味を逐条解説で補足することで、当該記載を欠いた場合の法的リスクなど、契約に潜むビジネスリスクへの理解を深めることができます。

 モデル契約書には、知的財産権の帰属・利用条件、バックグラウンド情報の定義、秘密保持義務、成果物の利用範囲、競業禁止条項など、スタートアップの事業展開に配慮した内容が盛り込まれています。

 スタートアップは、事業連携指針やモデル契約書を参考にしつつ、個別事情に応じて契約内容をカスタマイズする対応をするべきです。

2. ①共同研究候補の探索

(1) リスク

 このフェーズは、秘密保持契約の締結前ですので、このフェーズにおいてスタートアップ側が自社技術やノウハウを安易に開示してしまうと、事業上の秘密情報や重要なノウハウが流出したり模倣されたりするリスクが生じます。

(2) 対策

 スタートアップにおいては、このフェーズで、自社技術の強みや価値の源泉を整理し、開示可能な情報と秘匿すべき情報を明確にしておくべきです。

 そのうえで、このフェーズでは、あくまでもノンコンフィデンシャルな範囲で情報交換を行うこととし、詳細な技術情報の開示は控えるべきです。

 秘密保持契約の締結が遅れることで、重要な技術情報が保護されないまま開示されるリスクが高まりますので、双方が交換する情報の重要性を認識したうえで、目的・対象・範囲を明確化した秘密保持契約をできる限り早期に締結するべきです。

3. ②秘密保持契約の締結

(1) リスク

 秘密保持契約を締結していても、その内容が片務的であるなど、スタートアップ側に不平等な内容であると、スタートアップ側のみが情報開示義務を負ったりすることになりかねず、①共同研究候補の探索のフェーズと同様、情報流出や模倣のリスクが高まります。

(2) 対策

 スタートアップにおいては、法務・知財の専門家の助言を活用し、不平等な内容となる秘密保持契約の締結を回避するべきです。

 加えて、適切な内容の秘密保持契約を締結した後であっても、自社の技術情報を特定・整理し、必要最低限の情報の開示に留める運用を徹底するべきです。

4. ③技術検証契約の締結

(1) リスク

 技術検証契約を締結せずに技術検証を実施した場合、スタートアップ側には、実施した技術検証に関するコスト回収ができない、技術検証ばかりを依頼されて共同研究契約の締結に進めず疲弊する、技術検証で得られた知見の扱いについての紛争が生じる、などのリスクがあります。

(2) 対策

 技術検証は、共同研究に進む前段階であり、共同研究契約の礎になるべきものです。

 技術検証契約の内容は、以降のフェーズに直接に関わってくるため、この段階で法務・知財の観点から慎重に検討する必要があります。

 技術検証契約を締結し、技術検証の目的、終了要件、対価、技術検証の結果に基づく追加作業や費用負担について明確化しておくことが重要です。

 加えて、技術検証の終了後の共同研究契約への移行条件についても明確にしておき、共同研究契約締結の努力義務や期間設定などを規定することで、スタートアップ側の想定する事業展開のスピードと確実性を担保しておくべきです。


5. ④共同研究契約の交渉・締結~⑥成果の権利化・利用

(1) リスク①

(ア) 知的財産権の一方的帰属・無償提供リスク

 協業会社が優越的地位を背景に、共同研究の成果に基づく知的財産権(特許権など)を一方的に自社に帰属させたり、無償での譲渡・ライセンスを求めたりするケースが多く見られます。

 スタートアップが共同研究の結果得られる成果物についての知的財産権を失うと、自社での実施や第三者へのライセンスが制限されることとなり、事業展開や資金調達に大きな支障となり得ます。

(イ) 対策

 スタートアップとしては、自社の特性を踏まえ、成果物の権利が相手方に帰属することで他社とのアライアンスが阻害されるリスクを回避するための工夫が必要です。

 事業連携指針では、成果の帰属、正当な対価の設定、知的財産権の利用条件の整理などについては、貢献度に見合ったものとすることが推奨されています。

 そのため、費用分担のみで一方的な帰属とはせず、貢献度に見合った成果の帰属を設定するべきです。

 貢献度を適切に測るためには、各当事者が担う役割(技術提供、資金拠出、設備提供など)を明確に定めることが不可欠です。

 共同研究前から保有していた自社技術(バックグラウンド情報)と共同研究で生じた成果(フォアグラウンド情報)の区別が曖昧になること(コンタミネーション)により、本来的にはスタートアップ単独の貢献であるもにもかかわらず共同成果とされてしまうリスクがあります。

 このような事態を防ぐため、スタートアップ側においては、共同研究開始前に保有していたバックグラウンド情報とフォアグラウンド情報とをリスト化、文書化して明確に区分しておくこと、必要に応じて特許出願やタイムスタンプなどで証拠化しておくこと、情報障壁(ファイヤーウォール)を設けるなど社内管理体制を整備しておくことが重要となります。

 スタートアップ側の貢献度によっては、スタートアップ側の単独帰属や主戦場技術分野における単独帰属を共同研究契約において明確に定めておくべきです。

 スタートアップ側の貢献度にもかかわらず、一方的に協業会社に知的財産権を無償で提供したり成果物の知的財産権を帰属させたりする場合、このような契約内容は、協業会社が優越的地位を濫用するものとして、独占禁止法上問題となる可能性があります。

 スタートアップは、こうした観点も加味して粘り強く交渉するべきです。

 なお、交渉を円滑に進めるために「とりあえず共有」とする例も散見されます。

 この点について、研究成果を共有とする場合、各共有者は、他の共有者の同意を得ない限り、特許権などに関して、その持分を譲渡し又はその持分を目的として質権を設定できず(特許法73条1項)また、他の共有者の同意を得ない限り、その特許権について専用実施権を設定し又は他人に通常実施権を許諾できません(特許法73条3項)。

 このように、日本法のデフォルトルールでは、共有特許権の出願や第三者へのライセンス、持分譲渡などに共有者全員の同意が必要とされているため、スタートアップ側の自由な事業展開が大きく制約され得ます。

 共有リスクを回避するためには、スタートアップは、協業会社に対し、一定期間の独占的利用権や競合他社へのライセンス制限、最恵待遇条件などのリターンを設定するなどして、Win-Winの関係を目指す交渉を展開するべきです。

 交渉の結果、共有とせざるを得ない場合であっても、持分買取権、第三者へのライセンスに際しての事前同意など、リスクヘッジ条項を盛り込む方向で交渉を展開すべきです。

 以上のとおり、スタートアップは、共同研究における双方の役割分担・費用分担を明確化したうえで、貢献度に応じたリターンの設定、成果物の権利化・利用条件について、モデル契約書などを参考にしつつ交渉し、最終的に納得したうえで共同研究契約を締結するべきです。

(2) リスク②

(ア) 損害賠償責任や特許保証の一方的負担

 共同研究における成果や進捗は不確実であるため、研究の途中で頓挫したり解消したりということも珍しくありません。

 このような場合に、共同研究の成果物に関して、スタートアップ側に過度な損害賠償責任や特許保証が一方的に負わされていることがあり、スタートアップ側が予期していなかったリスクが顕在化することがあり得ます。

(イ) 対策

 スタートアップは、共同研究契約の締結の時点において、共同研究の終了時における成果物の帰属、秘密情報の取扱い、中途解約時の処理などについても明確な規定を置くことが望ましいです。

 また、いったん締結した共同研究契約であっても、契約した内容と実態とが乖離しないよう、進捗に応じて契約内容を適時見直す内容の条項を入れておくことも重要です。


6. まとめ

 スタートアップは、協業会社とWin-Winの関係を築くことで、事業成長の鍵を得ることとなり、共同研究契約は、スタートアップの成長戦略に直結する重要な契約です。

 スタートアップは、自社の技術・知財を守りつつ、協業会社との連携を通じて新たな価値創造を目指すため、一連の契約交渉・運用において慎重かつ戦略的な対応をしなければなりませんが、知的財産権の帰属・利用条件、技術のコンタミネーション防止、秘密保持・情報管理、費用分担・対価設定、契約終了時の処理など、留意点は多岐にわたります。

 これらについて、モデル契約書や事業連携指針を活用しつつ、個別事情に応じた契約内容を選択する必要があり、法務・知財・事業部門や専門家との連携による実務運用が不可欠といえます。

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